「駒川の者として」読んでくださりありがとございます。
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第三話、お楽しみください。
『叢雨丸』
はるか昔、朝武の頭首が神から授かったとされる伝説の御神刀。
そして数百年前、ムラサメ様が人柱となり神力を宿すことで、妖を祓い、戦を勝利へと導いた刀。
昨日、その使い手が現れた。
「……い、…きひ…、聞いて………」
春祭りの日に、それも、朝武の呪いを知る家系の者から使い手が現れた。
これは偶然か。それとも運命なのか。
「も……ーし、ゆき…こ、聞こえ……か?」
どちらにせよ、状況は良くも悪くも変わっていくことになるだろう。
考えることは山積みだが、しばらくは様子見だな。
彼の人間性を見極めなければ。朝武家の害となる人間でなければいいが。
「おー…、返事…ろー」
もし害ある人間であったのなら、その時は…
「ふんっ!!」
「あだっ!」
突然頭を殴られる。
「痛たた……。ちょっと魚海のおやじさん!いきなり何するんですか!?」
「お!ようやく反応したな幸彦!たく、バイト中なのに電波障害起こしてんじゃねーぞ」
おやじさんに言われ、ハッとした。
俺は今、魚海のおやじさんが経営している魚屋「魚政」のアルバイトをしている途中だったのだ。
「……すいません、おやじさん。アルバイト中なのに考え込んでしまって」
「随分と難しい顔してたじゃねぇか。悩み事か?」
「ええ、まあ」
「ふーん。そうか」
魚海のおやじさんはそれ以上何も言わなかった。
この人はバカだが、察する力は高い。いつもは大きな声でやかましく絡んでくるのに、そっとしておいて欲しい時には必要以上に突っ込んでこない。
そして、本当に必要な時だけ背中を叩いてくれる。今までもそうやって、何度も俺を元気付けてくれた。
「幸彦。今日はもうあがっていいぞ。」
「え?いやでも、まだ午後の仕事が残ってますし」
「昼のピークは過ぎたからな。お前のことだ。考え事するなって方が無理だろ?正直な話、午後のピークで同じことになったら仕事の邪魔だ。あとは俺一人でなんとかやっから、少し頭を冷やしてこい。ほら、駄賃だ」
そう言うと俺の方へ小銭を投げる。
「今度みっちり働いてもらうからな。覚悟しとけよ?」
魚海のおやじさんはニヤリと笑った。
俺は一瞬呆気にとられるが、魚海のおやじさんの優しさを噛みしめるように、手の中にある小銭を握り直す。
「ありがとうございます、魚海のおやじさん」
「いいってことよ!人生に悩み考えるのは若者の特権だからな!少年よ!大地を砕け!ってな」
それを言うなら『少年よ、大志を抱け』だと思う。
しかも微妙に使いどころがずれている気が……いや、はは、なるほど。
少年よ、大地を砕け。要は、考えすぎるな。当たって砕けろということか。おやじさんらしいアドバイスだな。
ありがたいことに、肩の力が抜けた気がした。
◆◆◆
アルバイトを早めに終えた俺は、考えをまとめるためある場所を目指す。その間の道のりも有効に使うべく、昨日起こった出来事を思い返していた。
◇◇◇
茉子や芳乃様と久しぶりに祭りを楽しんでいた時だった。
玄十郎さんの孫であり、クラスメイトの廉太郎が俺たちを呼びにやってきた。その内容は、廉太郎の従兄弟が叢雨丸を折ってしまったというものだった。
廉太郎に礼を言うと、俺たちは急いで建実神社へと戻った。
朝武家の居間の近くまで行くと、安春様と玄十郎さんの声が聞こえてきた。
「……という方向で僕は考えています。どうでしょうか?」
「いや、この件でワシが口を挟むことはありません。将臣も覚悟を決めると言っておりましたので」
どうやら先に話を始めているらしい。
最初に芳乃様が襖を開け中に入る。俺と茉子はそのあとに続いた。
芳乃様は自分を落ち着かせようと一度大きく息を吸い、努めて冷静な声で安春様たちに話しかける。
「ただいま戻りました。お父さん、玄十郎さん」
「おかえり、芳乃。茉子君も幸彦君も、呼び戻してしまい申し訳無い」
娘が久しぶりに祭りを楽しんでいたのだ。安春様は少し残念そうな顔をしていた。
「お気になさらないでください。俺たちにとっても一大事ですから」
「幸彦の言う通りです。それで、本当に叢雨丸の使い手が現れたんですか?」
芳乃様は早速話を切り出した。
「うん。僕も玄十郎さんも、この目で叢雨丸が折れるところを目撃したからね。間違いないよ」
「そもそも、叢雨丸が折れても平気なんですか?」
茉子が当たり前の疑問を問いかける。
「大丈夫。叢雨丸は神から授かった刀だ。神力を込めればその姿は元に戻るはず。それにあの刀は、普通の人間がどれだけ力を加えようが折れることは無い。その刀が折れたということはつまり、折った人間は叢雨丸に選ばれたということになるんだ」
「なるほど。幸彦が言うなら間違いないでしょうね」
茉子が納得するのを確認して、安春様は話を続ける。
「とりあえず、現状の確認とこれからのことについて、話をまとめようと思うんだ。まず、今回叢雨丸の使い手に選ばれた人物についてなんだけど」
「それについては、ワシがお話ししましょう」
今まで話の流れを静かに見守っていた玄十郎さんが話し出した。
「名前は
有地将臣。
それが、俺たちの運命を左右するかもしれない者の名前だった。
「年齢は芳乃たちと同じ。人柄についても、玄十郎さんは大丈夫だろうと言ってくれている」
「長らく会ってはいませんでしたが、芯のある真面目なやつです。それはワシが保証します」
玄十郎さんは信頼できる人だ。人を見る目があることも知っている。身内贔屓する人ではないこともわかっている。しかし、
「玄十郎さんには申し訳有りませんが、人柄については自分の目で判断したいと思います」
「ちょっと幸彦!」
「いや、いいんだ、常陸さん。駒川くんは巫女姫様を思ってそう言ってくれている。ワシも駒川くんと同じ立場ならそうするだろう」
「玄十郎さん、ご無礼をお許しください」
「君はそれでいいんだ。駒川くんたちが見限らないようにするのがワシの役目でもある」
ありがたいことに玄十郎さんは、気持ちはわかると言ってくれた。その上で、間違いが起きないよう協力してくれるという。
「彼については、みんなで見守っていくということでいいかな」
安春様の言葉に、その場にいる全員が頷いた。
「あとは、叢雨丸に選ばれた人間が祟り神に狙われる危険性について、幸彦くんの見解を聞かせてくれないかな」
場の空気が張り詰める。
祟り神は大昔にかけられた呪詛の一つと考えられている。何百年もの間、朝武の人間は祟り神と戦い、穢れを祓い続けてきた。
「前例がないことなので確証はありませんが、ほぼ間違いなく標的になると思われます」
「そう思う理由を聞かせてくれないかい?」
俺は自分の考えをまとめながら説明する。
「強い憎しみや殺意が形を持ったもの、それが今祟り神として呼ばれている存在です。奴らの目的は、巫女姫を亡き者にすること。問題なのは、その憎しみを呪詛として残した人間を退治したのが、叢雨丸であるという事実です」
「どういうこと?」
「奴らを作った存在が叢雨丸に退治されたということは、当然、叢雨丸の力も知っていることになります。目的を邪魔されるかもしれない相手が現れたのに、野放しにしておくとは思えない」
俺が話し終えると、安春様も玄十郎さんも考え込んでしまった。芳乃様も茉子も、ことの重大さを理解しているらしく何も話さない。
そんな中最初に口を開いたのは安春様だった。
「やはり彼には、うちで生活してもらうほうがいいと思う。穂織の外に出てしまっては何が起きるかわからないからね」
「俺もその方がいいと思います」
もし穂織の外で祟り神が暴れることになれば、収拾がつかないことになる。
「じゃあその方向でいこう。芳乃もそれでいいね?」
「わかった。朝武の呪いのせいで周りを危険にさらすわけにはいかないもの」
「茉子君も、家事の仕事が増えることになるけど……」
「一人ぐらい増えたってどうって事ありません。好きでやっていることなので」
「それでは、将臣の説得はワシに任せてください」
おおよその話し合いは済んだ。あとは本人次第になるだろう。
「将臣君の立場については僕に考えがある。幸彦君、茉子君、あとは僕に任せてもらえるかな?」
「俺たちは朝武に仕える者。主君の決定に従いますよ」
「何があっても芳乃様はワタシたちがお守りします」
俺も茉子も異論はなかった。
「ありがとう。彼は神殿で待ってる。芳乃、ついてきてくれ。二人は今日のところは解散にしよう。顔合わせしてもらいたいけど、きっと彼もいっぱいいっぱいだろうからね、また後日ということで」
「わかりました。それでは芳乃様、安春様、玄十郎さん。失礼いたします」
◇◇◇
昨日はそのまま茉子を家まで送り、俺自身も家路についた。
あとで姉さんに聞いた話だが、安春様が考えていると言った彼の立場は、芳乃様の婚約者だという。とんでもない劇薬を投与したものだ。
昨日の出来事の復習が終わったところで目的地にたどり着く。
俺の憩いの場であり、美味しい甘味を提供してくれるお店。
その名も「
考える頭に、糖分は必需品である。
「いらっしゃいませ!あ、駒川先輩、こんにちは!」
店に入り出迎えてくれたのは、玄十郎さんのお孫さんで廉太郎の妹の小春ちゃんだった。
「こんにちは小春ちゃん、いつもの席空いてるかな?」
俺がいつも座るのは店の隅にあるテーブル席。こだわりがあるわけではないが、隅っこは嫌いじゃない。
「空いてますよ。すぐご案内しますね」
お店はピークが過ぎた後なのだろう。混んでいなくて助かった。これなら静かに甘味を食べながら考え事ができる。
「そうだ、昨日は俺たちの代わりに神社を手伝ってくれてありがとう。とても助かったよ」
「いえいえ、いいんですよ。巫女姫様のお手伝いなんてなかなかできませんし。貴重な体験ができました。こちら、メニューになります」
「そう言ってもらえると助かるよ」
廉太郎の妹とは思えないほどしっかり者だ。いや、廉太郎の妹だからか。
俺がメニューを受け取ると、奥から馬庭さんがでできた。
「いらっしゃいませ、駒川くん。今日は材料があるから駒川スペシャル作れるよ?」
彼女が田心屋の店主になってから、和菓子だけでなく洋菓子も提供されるようになり、ますます俺のお気に入りのお店へと進化していった。
ちなみに駒川スペシャルとは、あまりにも通い詰める俺に対し、この店の元店主(馬庭さんのお父さん)が俺の好きなものを詰め込んでくれた、まさに夢のような甘味である。
「いや、今日はプリンとどら焼きをください。手持ちが少ないもので」
スペシャルと名前がつくだけあって、お値段もスペシャルになってしまったのが悔やまれる。
「今日は半額でいいよ?昨日まー坊が巫女姫様にご迷惑をかけちゃったから、そのお詫び」
「まー坊?」
「そっか、昨日お兄ちゃんが叢雨丸を折っちゃったから」
「お兄ちゃん?」
文脈から察するに、「まー坊」も「お兄ちゃん」も有地将臣の事を指した呼称だろう。
「お二人もあの場にいたんですか?」
「そうなの。だから巫女姫様の婚約者になった事も玄十郎さんから聞いてるよ。他言無用だって事もね」
馬庭さんは周りに聞こえないよう声を小さくして教えてくれた。
「小春ちゃんは従兄妹だからわかるけど、馬庭さんも有地様のお知り合いだったんですね」
「うん。まー坊のお母さんとうちの母親の仲が良くって。昔はまー坊と廉太郎と小春ちゃんと私の四人でよく遊んでたんだよ」
「お兄ちゃんと会うのは久しぶりだったけど、やっぱりお兄ちゃんはレン兄と違っていいひとだったな〜」
そうか、彼は何度か穂織に来ているんだな。これは彼の人柄を知れるいい機会かもしれない。
「お詫びの件ですが、半額にはしなくていいので、よかったら彼の話をもっと聞かせてくれませんか?」
営業中なのでずっと話を聞くのは無理だったが、二人は彼の事を教えてくれた。普段は優しく、気配りができる人間であるが、昔は少しやんちゃで山の沢で溺れかけた事もあったらしい。
何かに秀でているわけではないが、一緒にいると落ち着く、そんな人物だ。そう彼女たちは言った。
あとは、実際にあって話してみないとわからない。彼の負担を考えて、俺との顔合わせは今日の夜という事になっている。茉子も今日あっているはずだから、家に送る時に話を聞いてみよう。
注文したプリンとどら焼きを食べながら、これからするべき事の考えをまとめる。
しかし、本当に美味しいプリンだ。いつも食べているが飽きがこない。滑らかな舌触り。素材の味を最大限に生かし、上品な甘さが口いっぱいに広がっていく。どら焼きの方も負けてはいない。少し厚めに焼かれたふわふわの生地で粒餡を挟んだそれは、シンプルなのに奥が深い。餡子作りは和菓子屋の力の見せ所である。この店の餡子は甘すぎる事はなく、しっとりと食べ応えのある素晴らしい餡子だ。それをふわふわもちもちの生地で挟んだものが美味しくないわけがない。嗚呼、幸せとはこういう事なのだろうな……。
ゆっくり味わって甘味を食べていたため、店を出る頃には辺りは暗くなっていた。
「すいません。長居してしまって」
「いいのよ。駒川くんは大事な常連さんだもの。それにお土産まで買ってもらったんだから文句なしだよ。またのご来店お待ちしております!」
「はい、それではまた」
このあと朝武家に向かうことになっている。
有地様との顔合わせも兼ねて晩御飯をご馳走してくれるそうだ。
手ぶらで行くのも申し訳ないと思った俺は、茉子も芳乃様も、甘いものが大好きである事を知っているので、茉子にはティラミス、芳乃様にはプリン、安春様と有地様にはどら焼きを買っていくことにしたのだった。
◆◆◆
少し早いかもしれないが朝武の家に向かう。遅れるよりはいいだろうし、なんなら茉子の手伝いをすればいい。
途中、青いTシャツを着た5歳ぐらいの子供が迷子になっていたので、一緒に親を探してまわったりもしたが、すぐに見つかったので問題はない。
問題は、その後起きた
「幸彦!いいところに!大変なのだ!ご主人が!ご主人が〜!!」
神社の境内に向かう途中でムラサメさまが慌てた様子で現れた。
「ムラサメ様!?ちょっと落ち着いてください!」
ムラサメ様がご主人と呼ぶ人物なんて、一人しか思い浮かばない。
有地将臣。彼に何かあったことは明白だった。
「ムラサメ様。落ち着いて、何があったのか説明してください」
「う、うむ。ご主人が山の中で倒れているのだ!もしかしたら祟り神にやられたのかもしれん」
「なんだって!?どうして山の中に!?」
もう辺りは暗くなっている。祟り神は基本夜に活動を開始する。そのため日が暮れてから山に入ることは禁止されているはず。
彼はそれを知らなかったのか?
「いや、聞きたいことはたくさんありますが、今は彼を救出する方が先だ。案内することは可能ですか?」
「可能だ!可能だが、幸彦。おぬしが山に入ったら……」
「対策はちゃんとしていきます。祟り神と直接戦わなければ、
「しかし……」
「ここで彼を失うわけにはいかないんです!彼は、俺たちの希望かもしれないのだから……」
現状、呪詛を解く方法はわかっていない。
このままでは、芳乃様は自らに課せられた使命にとらわれ、茉子は自分の血に苦しめられ続ける。俺たちが変わるためにも、新しい風が必要なのだ。
言いながら俺は自分の携帯を操作する。
『はい、駒川診療所です』
「姉さん?幸彦だけど、至急朝武家に来てくれないか?医療道具一式持って」
『一体どうしたんだい?何があったのかちゃんと言いなさい』
どうやら俺も相当焦っているようだ。
「……ごめん。有地様が山で倒れているのをムラサメ様が発見したんだ。今から俺が救出に向かう。姉さんはこのことを安春様と玄十郎さんに連絡してくれ」
『……どうやら本当に緊急らしいね。わかった。今すぐ向かおう』
「頼んだ。それじゃあ」
『幸彦、君も十分気をつけるように』
「ああ」
電話を切りムラサメ様に向き直る。
「それでは、案内お願いします」
「うむ。こっちだ!」
◆◆◆
ムラサメ様に先導され全速力で走る。
山の手前に着くと一度止まり、準備を始めるためポケットから紙を二枚取り出す。一枚は獣の形。もう一枚は人の形。
俺は獣の形に切り取られた一枚に念を込め地面に置く。するとその紙は猫の姿に変身した。
式神。
遥か昔、陰陽師が使役していたという霊的存在。俺が使える数少ない力の一つだ。
そもそも何故、俺にムラサメ様が見えるのか。
理由は俺の家系にある。
今でこそ開業医として生計を立てている駒川家だが、朝武が呪いをかけられる前は陰陽師として活動していた。呪いのせいで病気や怪我が増えた朝武を支えるため、俺の一族は医者へと身分を変えたのだ。
俺の力は所謂「先祖返り」だと、ムラサメ様は言う。
人より霊力が高いためムラサメ様を認識することができるし、穢れを感じ取ることもできる。
「猫丸、茉子を俺のところまで案内してくれ」
猫丸と呼ばれた式神は建実神社へと消えていった。
もう一つの人型の方には、俺の髪の毛を挟み同じように念を込める。
すると目の前に俺と同じ姿をした式神が現れる。
「行け」
俺と同じ姿の式神は山の中に放つ。これでしばらくは式神が囮になってくれる。
「お待たせしました。急ぎましょう」
「うむ!」
この時間に山の中に入るのは12年前のあの日以来、久しぶりのことだ。
暗い山の中、ムラサメ様の後を追い、俺は駆ける。
山に入り5分ほどたった頃だった。
「この下だ!」
ムラサメさまが指差す方、山道を外れた斜面の下に有地様の姿を発見した。
急いで斜面を下り、怪我の具合を確認する。
「呼吸は安定している。斜面を転がり落ちた時についたと思われる裂傷多数。気絶しているということは、少なからず頭を打ってることは確定だな。それに……」
有地様の右肩の傷。かすり傷だが、穢れがひどい。
「ご主人は大丈夫なのか!?どうなのだ幸彦?」
「大丈夫ですよ、ムラサメさま。安心してください」
ムラサメさまを落ち着かせるため、笑顔で対応する。
本来であれば、無理に動かすのは避けるべきだが、状況が状況だ。急いで運び出さなければ、止めを刺されかねない。
そんな時だった。
「くそ、式神がやられた。予想より早いな」
感覚で式神の存在を感じ取ることができるが、その式神の気配がなくなった。つまりは祟り神がこちらに来る可能性が高くなったということだ。
急いでもう一体式神をつくり山に放つ。
これでダメなら、あとは時間との勝負になる。俺は気絶している有地様の体を起こし一気に背負い込む。師匠達に鍛え上げられていて良かったと思う。
あとは手首をしっかり握って後ろに落ちないように固定して、揺らさないように、且つ迅速に山から出るだけだ。
人を背負いながら斜面を登るのは大変だった。まだまだ鍛錬が足りないな。
山道に戻ったところで式神の気配が消えた。同時に背後の方にゾワリとする気配を感じる。
「幸彦」
ムラサメさまが緊張した声で語りかける。
「わかってます。まだ距離はありますが、確実に近づいている。走りますよ!」
後ろを振り返らないように全速力で来た道を引き返す。
出口が近づいてきた頃、前方から猫丸と茉子がやってきた。
「幸彦ごめん!遅くなった!」
「いいや、来てくれてありがとう。猫丸もありがとな」
猫丸はにゃ〜と鳴くと獣型の紙に戻り俺の胸ポケットに入っていった。
「まずいぞ幸彦。祟り神がすぐそばまで来ておる」
「わかっています。茉子、有地様を安春様のところへ」
「幸彦はどうするんですか?」
「このままだと神社まで追ってくるかもしれない。結界は張ってはいるが、山の外に出られると困るからな。俺の式神を使って山の中腹まで祟り神を戻す」
最悪の場合は避けなければならない。これが一番の方法だろう。
「またそうやって、自分が囮になるんですか……」
暗い声で茉子は言った。その声は怒っているような、悲しんでるような、そんな声だった。
「俺が囮になるわけじゃない。あくまでも引っ掻き回すのは式神さ。式神を放ったらすぐ戻るから」
「本当ですね?」
「嘘ついたらあとが怖いからね」
「……わかった。待ってるから」
茉子は有地様を抱えて走って行った。
茉子が見えなくなるのを確認してから、行動を開始する。
「俺も急がないとな。式神!」
ポケットにしまってあった紙の依り代を全て出し四方へ放つ。
祟り神を錯乱させるため、式神たちには山を駆け回ってもらう必要があった。
式神を召喚すると同時に、膝の力が抜けて少しだけバランスを崩す。
「っ、さすがにこの量は疲れるな。引っかかってくれよ、祟り神さん」
これ以上の策は用意していない。これでダメなら茉子には悪いが、俺が囮になる必要がでてくる。
数分待ち、祟り神の気配が遠くなるのを確認する。
「無事、任務完了かな」
力が抜けてその場にへたり込む。
しばらくは動けそうにない。もうヘトヘトだった。
◆◆◆
体に怪我はないが、精神的に限界だった俺は少し休憩してから建実神社へと戻って来た。
境内に入った瞬間、茉子が抱きつてきた。顔を俺に押し付けているのでその表情をうかがうことはできない。
「えっと、茉子さん?」
「心配したんだから!すぐ戻るなんて言ってたのに全然戻ってこないんだもん」
「いや、式神の使い過ぎで疲れたから少し休んでただけなんだ。それにちゃんと戻って来ただろう?」
「そうだけど!あんな別れ際に死亡フラグみたいなキザなこと言うんだもん。本当に一晩中山の中にいるつもりなんじゃないかって」
「それは漫画の読みすぎぃたたたたたたたた!」
茉子が抱きしめる力を強くする。
「本当に、心配したんだからね……」
茉子は泣きそうな声になっていた。
俺は自然と茉子の頭の上に手を乗せて撫でる
「ごめん……」
「許さない」
「え?」
「ハーゲンビッツのアイス買ってくれたら許してあげる」
「……何個だ?」
「ワタシに二個、芳乃様に二個」
「それで機嫌がなおるなら」
最後は二人とも顔を向けあい、自然と笑いがおきる。
「おやおや、私はお邪魔かな?」
ニヤニヤしながら姉さんが近づいてきた。
「大丈夫ですみづはさん。幸彦とは
「だから、なんで何もの部分を強調するんだ」
昨日も同じことを思った気がする。
「姉さん、有地様は?」
「問題ないよ。傷は多いがどれも軽いものだった。一応目が覚めたら、もう一度詳しい検査をしたいところだね」
「そうか、よかった」
「玄十郎さんも感謝していたよ。孫を助けてくれてありがとうだってさ」
「結果無事で本当によかったよ」
「しかし、女の子を泣かせるのはいただけないな」
「勘弁してよ姉さん」
祟り神との駆け引きで疲れているのだから、少しは容赦してほしい。
姉さんは茉子に向き直る。
「それでは常陸さん、私は失礼します。幸彦も、力を使ったんだ。今日はすぐ休みなさい」
「言われなくても、もう限界が近いから」
「わかりました。ワタシも今日は芳乃様の家に泊まろうと思います」
「その方がいいだろうね。芳乃様は今自分を責めているだろう。常陸さんがいれば芳乃様も少しは落ち着くだろうからね」
経緯はわからないが、有地様が山に入ったということは、誰も山に入るなと忠告しなかったということ。責任を感じるのも無理ないだろう。
「茉子、あとは頼んだぞ」
「幸彦も、しっかり休んでね」
春祭りから始まった濃い日常。その二日目がやっと終わるのだった。
駒川の者として、第三話を読んでくださりありがとうございます。
やっと将臣が登場しました。しゃべっていませんが……
回数を重ねるごとに文章量が多くなってしまいます。読みにくくなって申し訳ありません。
ヒロインとも、もっとイチャコラさせたいのですが、まだ序盤ということで我慢してます。
レナさんも早く登場させたいのです、癒しがほしい。
レナさんファンの方々、もう二、三話お待ちください。
四話こそは、将臣視点を書けると思います。
それでは、また。