駒川の者として   作:マルチビタミン

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「駒川の者として」読んでくださりありがとうございます。

少し遅くなりましたが、第五話になります。
それではどうぞ。




第五話「男の譲れないもの」

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 ——大丈夫です。祟りは私が何とかします。

 

 彼女は、大きな宿命を背負っている。そう思った。

 

 

 常陸さんと幸彦と別れた後、俺は舞の練習をしていた朝武さんのところを訪れた。特に用事があったわけではなかったのだけど、なんとなく話しておきたかった。

 朝武さんの舞は綺麗で、とても練習とは思えないほど集中していた。

 彼女は言っていた。

 舞を奉納することは自分の大切なお役目。疎かにすることなどできない。

 きっと彼女は、毎日努力を怠らず練習しているのだ。

 

 今までの朝武さんとの会話の中で気づいたことがる。

 それは彼女が本当に優しい心を持っているということ。

 俺の看病で時間がなかったはずなのに、俺の服を直して綺麗にしてくれた。

 自分の方が呪詛で大変だというのに、俺の体を心配してくれた。

 会話の端端でその優しさが顔を出す。

 俺は、この優しくて素敵な女の子を守りたいと自然と思うようになっていた。

 

いつか彼女が、その小さな背中に背負っているものを俺にも背をわせてくれる日が来るだろうか。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 ぼく、強くなるよ。強くなって二人を守るんだ。

 

 

 12年前のあの日。俺は二人を守ると心に誓った。

 弱い自分を変えたくて、がむしゃらに自分を鍛えてきた。

 呪詛の研究の合間を利用して、駒川家に眠っていた陰陽師の資料を読み、その術を復活させた。

 他にも、彼女たちの助けになれるようなものがあれば、勉強だろうが訓練だろうがなんだってしてきた。

 

 それでも、肝心なところで俺は役に立たない。

 祟り神という脅威に対して、俺が彼女たちにできること。

 それは彼女たちを見送り、ただ無事を願うこと。

 自分の無力さを感じるこの時間が、俺は大嫌いだ。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 夕食を終え、茉子たちは早速準備に取り掛かる。といっても特別何かをするわけではない。

 体を動かす前の準備体操。クナイなど、祟り神と戦う道具の確認。

 普段と違うことを強いてあげるならば……。

 

「常陸さん、その格好はどうしたの?」

 

 おそらく初めて目にしたであろう茉子の服装に有地が疑問の声をあげる。

 

「?何かおかしなところがありますか?」

「おかしいというか、なんというか、目の遣り場に困るというか……」

「忍び装束。これが茉子の正装なんだよ」

「忍ぶという言葉の意味を考えさせられるな……」

 

 初見の人間にはやはり刺激が強いようだ。俺は何年もその姿を見ているので慣れてしまった。

 

「でもこれ、先祖代々受け継がれてきた装束なんですよ?まぁ、少し手は加えていますが」

「加えて説明すると、その服には少しだけだが神力が込められている。祟り神と対峙する上で結構重宝するんだ」

 

 わかりやすく説明するなら、装備品の防御力を上げるために霊的な加工がしてあるということである。

 

「だから朝武さんも巫女服なんだ」

「そういうことです。それでは、行ってきます」

 

 やはり芳乃様は有地に対しては少しドライな対応をしている。

 彼女なりに、有地を危険に巻き込まないよう努力しているのだろう。不器用さは相変わらずのようだ。

 

「いってらっしゃい。気を付けて。茉子君、芳乃をよろしくお願いするよ」

「任せてください。行って参ります」

「山まで送る」

「うん。ありがと」

 

 茉子たちが山に出かけ、安春様は家で、俺は山の前で彼女たちが帰ってくるのを待つ。いままで何度も続けてきたことだ。

 

 安春様と怪我をしている有地を残して、俺たちは山に向かう。彼女たちはもはや日常の一コマのように特別気負う様子もない。俺も悔しさを胸に隠していつものように会話をつなぐ。

 

「ここまでで大丈夫だよ」

 

 山道の入り口で茉子に言われる。

 

「二人とも、何度も言うけど」

「怪我だけはするな、でしょう?」

 

 芳乃様は優しく微笑み、俺を安心させようとする。

 

「何回も言われてるから耳にタコができちゃいます」

「芳乃様、これは幸彦の口癖みたいなものですから諦めるしかないかと」

「茉子は怪我したら罰金な」

「ええ!それはひどいよ〜!」

「とにかく。耳にタコができようが、呆れられようが、俺は何度だって言いますよ。二人だって知ってるだろ?俺は」

『「心配性だからな」「心配性だもんね」「心配性ですからね」』

 

 三人の声が重なる。

 茉子も芳乃様もニヤニヤしながら俺を見ている。

 少し恥ずかしい。俺は大げさに咳払いをしてごまかす。

 

「わかってるなら気をつけること!いいかい?」

「ええ。気をつけて行ってきます」

「芳乃様のことは任せて」

 

 二人は森の中に入っていく。

 二人の姿が見えなくなるまで、俺は手を振っていた。

 もう片方の手が強く強く握られていることを悟られないように。

 

 

 

 

——————————————————————————————

 

 

 

 

 朝武さんたちを見送ったあと、安春さんはその胸の内を俺に語ってくれた。

 

 本当なら男である自分が、娘の代わりに祟り神を退治するべきではないのかと悩んだこと。力のない自分が祟り神と戦ったせいで怪我を負い、無駄な心配をかけてしまったこと。俺を婚約者にしたのは、祟り神と戦わせるためではなく、朝武さんの心を開かせるためであること。

 安春さんが語る思いのすべてが、父親が娘を大切に想う気持ちを俺に教えてくれた。

 

「それでも、やっぱり婚約者はやりすぎだったかな……」

「やりすぎというか、現状、逆に朝武さんに避けられてますし」

 

 俺としても彼女と仲良くなりたい気持ちはあるが、今の所一方通行な気がしてならない。

 

「あの、幸彦ではダメだったんですか?」

 

 これは幸彦に会ってからずっと考えていたことだ。悔しいが、今の俺よりも幸彦の方が朝武さんを支えていける気がする。

 

「もちろん、幸彦君は昔からよくしてもらっているよ。でも、彼じゃおそらく駄目なんだ。それはきっと彼が一番理解してるんじゃないかな」

「どういうことですか?」

「彼の中で芳乃は支える主君であり守るべき存在になっている。穂織に住んでいる人はみんな、芳乃のことを巫女姫様と言って特別大切にしてくれている。その中でも彼は、人一倍朝武の家を守ろうとしているんだ」

「それは、昔から朝武に仕えていたからですか?」

「いや、彼の場合は12年前の誘拐事件がきっかけだろう」

「誘拐事件!?」

 

 12年前に誰かが誘拐されたのか?大事じゃないか!

 驚いた俺の声を聞いて安春さんは、しまったと顔を歪めた。

 

「ここから先は僕が話していいことじゃないかな。ごめんよ、将臣君」

「いえ、事情があるのはなんとなくわかりましたから」

 

 気にならないわけではないが、無理やり聞き出すのはいけないことだ。誰にだって人に知られたくないことがあるだろうし。

 

「芳乃と対等の関係になれるのは将臣君しかいない。僕はそう思ってるよ。幸彦君風に言うなら、将臣君には新しい風になってもらいたいんだ。我儘を押し付けて申し訳が、どうか娘をよろしくお願いします」

 

 

 自室に戻ってきても、心のモヤモヤは消えなかった。

 安春さんは戦わなくていい、朝武さんと仲良くしてくれればそれだけでいいと言っていたが、心のどこかでは俺に期待しているのではないだろうか。

 

「ムラサメちゃんはさ、人柱になる時怖くなかったの?」

「怖くなかったと言えば嘘になる。だが、吾輩はそれしか選択がなかったからな」

「選択がないってどういうこと?」

「吾輩は流行り病にかかっておった。おそらく長くは生きられなかったであろう。だから吾輩は望んで自ら人柱になる道を選んだのだ。吾輩の命で皆が救われる道を……」

 

 現代の日本では考えられないことだった。他の人の命をこの小さな背中に背負っていたなんて。本当に、この街の俺の周りにいる女の子たちはどうしてこうも強いのだろう。

 

「ねえムラサメちゃん。もう何年も竹刀なんか振ってないし、真剣なんか扱ったことのない俺だけど、二人のためにできることはないかな?」

「祟り神が危険なのはご主人も理解しておろう。祟り神の前で恐怖に尻込みするのなら、ただの足手まといで終わるだろうな」

 

 ムラサメちゃんの顔は険しい。それもそうだ。相手は簡単に退治できるものじゃない。邪魔になるかもしれないし、朝武さんも山には行くなと言っていた。

 

「………」

 

 気がつけば、朝武さんが縫ってくれた服の傷口に触れていた。俺は知ってしまったのだ。朝武さんの優しさを。

 いっそ嫌な子であれば、俺も嫌いになれたのにな。

 

「あーもう!考えたってダメだ!」

 

 俺は勢い良く立ち上がる。

 

「行くのか」

「行く。怖くても、痛くても、女の子が頑張ってるのにじっとなんかしてられない!」

 

 これ以上みっともない姿は見せたくなかった。古臭い考えかもしれないけど、これが俺の本心だ!

 

「つまりは見栄だな」

「ああ、見栄だ。くだらない動機だってことはわかってる。だけど、ここで見栄を張らなきゃ、男としても人としてもダメな気がするから」

 

 それに、女の子が頑張っているのに部屋でただただ待っていられるほど、俺の肝は太くない。きっと負い目やらストレスやらで胃に穴が空くだろう。

 

「男の動機としては十分だぞ。それでこそ吾輩のご主人だ」

 

 ムラサメちゃんが満足そうに笑った。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 覚悟を決めた俺がムラサメちゃんとともに山に向かうと、山道の入り口で佇んでいる幸彦の姿を発見した。

 山を見つめるその顔はとても苦しそうで、悲しそうで、悔しそうで、手のひらは強く握られていた。

 

「ご主人、最終関門だ。一筋縄では幸彦は退いてくれないぞ」

 

 ムラサメちゃんはそう警告する。俺もなんとなくそう思っていたが、今幸彦の姿を見て確信した。

 

 幸彦はこちらに気づくと、山を見つめたまま抑揚のない声で語りかけてきた。

 

「何しに来たんだい?有地」

 

 昼間とは全く違い、その声には敵意さえ感じてしまう。

 

「朝武さんたちのところに行く。そこを通してくれないか」

「芳乃様に言われなかったかい?山には入るなって」

「言われた。でも女の子が頑張っているのに、叢雨丸に選ばれた男の俺が部屋でじっとなんかしていられない」

 

 手汗がひどい。話しているのは同年代の男の子なのに俺は緊張しっぱなしだった。

 

「男の見栄ってやつかな。その心意気は嫌いじゃないけど、祟り神はそんなに甘くない」

 

 ここでようやく、幸彦はこちらを向く。

 

「有地、君の覚悟を見せてくれ」

 

 瞬間、祟り神を前にした時とは比べ物にならないほど大きな殺気をぶつけられる。あまりにも突然発生したため、それが幸彦から発せられているものだと理解するのに時間がかかった。

 初めて人に向けられる殺気。これほど恐ろしいものなのか!?

 

 肌が粟立つ。

 口が渇く。

 体が震える。

 足が動かない。

 声も出ない。

 

 無意識に、だが確実に、ここから逃げ出したいと後ろへと足が下がりそうになる。

 だけど俺は、その足を前に出した。

 恐怖から、祟り神にやられた右肩を触ろうとしたことで、朝武さんが直してくれた縫い目に手が触れた。そのおかげで自分の気持ちを思い出すことができたのだ。

 

「ッ!」

 

 幸彦は俺が足を前に出したことに対して驚くと、ふぅと息を吐く。

 同時に幸彦から出ていた殺気が徐々に消えていく。

 

「よく耐えたぞ。さすがは吾輩のご主人だ」

 

 ムラサメちゃんの言葉で自分の様子を冷静に感じ取れるようになって気づく。

 肩で息をして汗もひどい。よく引かなかったものだと褒めてやりたいぐらいだ。

 朝武さんに感謝だな。

 

「本当なら、医者の息子としても、芳乃様に仕える者としても、怪我人を通すわけにはいかないんだけどな」

 

 幸彦は自嘲した口調で語り出すと、山道への道を開ける。

 

「いいのか?」

「言っておくが、芳乃様たちの邪魔はするんじゃないぞ。それで芳乃様や茉子が怪我でもしてみろ。俺は君を許さない」

 

 幸彦の目は本気だった。だが、もとよりそんなつもりはない。

 俺は一度だけ頷き山へと駆ける。

 

「怪我だけは、するなよ」

 

 すれ違いざまに小さく声をかけられる。

 幸彦がどんな気持ちでその言葉を言ったのかはわからない。だがその言葉は俺の気持ちを一層引き締めてくれた。

 

 

 

 

——————————————————————————————

 

 

 

 

 有地は俺の殺気を受けて尚、その足を前に踏み出した。

 正直、意外だった。

 なんの取り柄もないような少年のはずなのに、山へと駆けるその姿が、俺には眩しかった。

 

「君の不器用さはやはり芳乃に似ているね」

 

 安春様が母屋から顔を出す。どうやら有地との会話も聞いていたようだ。

 

「自覚してる分、芳乃様よりタチが悪いと思いますよ」

「ははは、幸彦君本人が言うならそうなんだろうね。しかし、将臣君はやはり行ってしまったか」

 

 安春様は最初から有地を祟り神と戦わせようとは思っていなかった。危ないと思ったから居候させ、娘のことを本当に想い、悩んだ結果有地を婚約者にした。

 

「まさか君があそこまでするとは思わなかったよ。しかも芳乃の言いつけを破って山へ行かせるとはね」

「使える手札は使わないともったいないですから。たとえ今回の件で有地に憎まれようが怖がられようが、芳乃様たちが無事ならそれで十分です」

「将臣君はそんな子じゃないと思うけどなぁ」

 

 安春様は少しだけ困ったように笑う。そうして芳乃様や茉子、有地が入っていった山に体を向ける。

 

「無事に帰ってくるといいね」

 

 たった一言だが、その言葉には安春様の気持ちが全部込められていた。

 安春様が抱える悔しさや芳乃様を心配する気持ちは、きっとこの街にいる誰よりも大きいものだと思う。それでも安春様は自分を見失わず優しい心を持ち続けている。

 俺は安春様や芳乃様に仕えることができて幸せだと、心から思う。

 

「ええ、そうですね」

 

 俺も山へと体を向ける。

 

「きっと無事に帰ってきますよ」

 

 そう自分に言い聞かせながら。

 

 

 

 

——————————————————————————————

 

 

 

 

「どういうことか説明してもらおうか?」

 

 有地将臣として生を受けて17年。俺は今、人生で一番の命の危機にさらされていた。

 

「なぜ、芳乃様の服があのようなことになっていたのかな?」

 

 え?祟り神?そんなの、いま目の前にいる鬼に比べれば可愛いものだ。

 鬼の名を駒川幸彦という。笑顔なのに圧が半端ない。

 

「その〜、なんと言いましょうか。不慮の事故がありまして……」

「すごいんですよ!有地さん、たった一太刀で祟り神を退治するだけでなく、芳乃様の肌を傷つけることなく布だけを一刀両断したんですから!まさに神業です!」

「ちょっ!!常陸さん!その言い方は色々と誤解を招く……」

「ほう……」

「ほら!幸彦の顔みて!ゴミを見るような目になっちゃってるから!」

「もう!二人とも、からかうのはそこまでにしてください!」

 

 朝武さんか助け舟が出される。

 

「あはっ♪冗談ですよ、芳乃様」

 

 心臓に悪い冗談はやめてほしい。

 

「俺はあながち冗談でもないですけどね」

 

 なにそれ怖い。爽やかな笑顔で言わないでほしい。

 

 なぜこんなことになったかというと、数時間前に遡る。

 山に入った俺は、なんとか朝武さんたちと合流することができた。すんなりとは言い難いが祟り神を祓うことにも成功した。

 最後に俺ががむしゃらに叢雨丸を振るい、祟り神を真っ二つにしたのだ。したのだが、流石は叢雨丸。その神力の力は強く、近くにいた朝武さんの霊的加護のある服も真っ二つに。不可抗力とはいえ、俺は朝武さんの白いきれいな肌と小柄なのに意外に谷間が深かった胸を見てしまったのだ。

 

 山から出てきたところで幸彦に捕まり母屋へ連行。

 そして現在、普段着に着替えた朝武さんと常陸さんも加わり反省会兼尋問会が開催されているのだ。

 

「下着の件は私にも落ち度がありましたから。私が聞きたいのは有地さんが何故山に入ったのかということです」

 

 朝武さんは不機嫌そうに尋ねてきた。

 

「私は『来ないで』と言ったはずです。それなのにどうしてあんな無茶な真似をしたんですか?」

「……確かに悩んだよ。俺自身祟り神にはひどい目にあわされたし、怖い思いもした。部屋で待ってた方が安全だとも思った」

「だったら——」

「でも、できなかった」

 

 朝武さんは目を丸くして驚いていた。

 

「転校も居候も、最初はいきなりすぎて混乱もした。でも事情が事情だし、それは仕方ない。不満もあるけど、全部、俺のためだ。我慢するのも仕方ないと思った」

 

 そうやって言われた通りに受け入れ続けるのが最善手だったかもしれない。

 

「それでもさ、やっぱり恥知らずにはなりたくないんだ」

「恥知らず、ですか?」

 

 安春さんは俺に言った。朝武さんと対等の友人になってほしいと。

 俺だってもっと朝武さんと仲良くしたい。

 そのために、俺から少しでも歩み寄っていく。そう決めたんだ。

 

「女の子に危険なことを押し付けて、安全なところから祟り神が収まるのを待っているだけなんて、俺は嫌だ。これから一緒に生活していくのに、顔を会わせるたびに負い目を感じるなんて、そんなのはゴメンだ」

「………」

「わがままかもしれない。それでも手伝わせてほしいんだ」

 

 朝武さんが背負っているものを、少しでも俺に……。

 

「私の気持ちは変わりません。危険ですから有地さんは家で大人しくしているべきです」

「そうはいかない。女の子を危険にしたまま大人しくなんかしてられない」

 

 朝武さんとにらみ合う。これは意地と意地のぶつかり合いだ。

 

「……ここまで頑固な人だったとは思いませんでした」

「いいや、朝武さんの方が頑固だよ」

「むっ、どう考えても有地さんの方が頑固です!頭カチカチです」

「頭カチカチは朝武さんの方だよ。普通あそこで家にいてくださいなんて言わないでしょ」

 

 話が平行線で先に進まない。

 

「むぅぅぅぅぅぅぅぅ!」

「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬ!」

「やれやれ、どっちも子供だのう」

「実は仲いいんじゃないか?」

「そうかもね。とはいえ……」

 

 今度は常陸さんから黒いオーラが出てくる。

 

「祟り神を前にしてまでじゃれ合うのは止めていただきたいのですが」

「「す……すいませんでした」」

 

 不覚にも声が揃ってしまった。

 

「わかっていただけたならいいんです。次やったら幸彦とワタシでお説教です」

 

 絶対にしない。今だけは朝武さんと心が通じ合った。そんな気がする。

 

「ふぁぁ。。久々に力を使ったからちょっと疲れた」

 

 大きなあくびをしたムラサメちゃん。

 

「ムラサメちゃんでも疲れるんだ」

「体力的ではなく、この場合精神的な疲れというのかのう。神力はそれなりに氣力を使うのだ」

「何かしてあげることはあるかな?」

「この程度なら少し休めば問題ない。朝には元に戻っているだろう。悪いが先に休ませてもらうぞ」

 

 ムラサメちゃんはそう言うと姿を消した。

 

「では、用事がなければ私たちも戻ろうと思います」

「ありがとう。もう大丈夫だから、おやすみなさい」

「おやすみ」

「芳乃様も有地もちゃんと休むように。特に有地は慣れないことをしたせいで自分が思っている以上に疲れが溜まっているはずだから」

 

 流石は医者の息子といったところか。ちゃんと体を考えてくれている。

 ……山に入る前のあの殺気。あれだけの殺気を出せるとは思えないほど、今の幸彦は穏やかだ。まぁ、鬼にはなってはいたが。

 

 朝武にかけられた呪いについても12年前の誘拐事件についても、俺はまだまだ知らないことが多いな。もっと頑張って、ちゃんと信頼関係を築いていこうと思った。

 

 

 この後、朝武さんと好みの話で喧嘩する(のちの卵焼き事件)のはまた別の話……。

 

 

 

 

——————————————————————————————

 

 

 

 

 茉子を家まで送るのは俺の日課のひとつである。その帰り道、俺はずっと先ほど有地が言っていた言葉を思い出していた。

 

『それでもさ、やっぱり恥知らずにはなりたくないんだ』

 

『女の子に危険なことを押し付けて、安全なところから祟り神が収まるのを待っているだけなんて、俺は嫌だ。これから一緒に生活していくのに、顔を会わせるたびに負い目を感じるなんて、そんなのはゴメンだ』

 

『わがままかもしれない。それでも手伝わせてほしいんだ』

 

 正直耳が痛い。有地にその気はないかもしれないが、彼の言っていた恥知らずの行動が全て俺に当てはまっているように感じた。

 

「恥知らずになりたくない……か」

「なーんか暗い顔してる」

 

 隣を歩いていた茉子が顔を覗き込んでくる。

 

「また一人で考え込んでるんでしょ」

「……何言ってるんだよ、そんなことないさ」

 

 なんとなくだが、茉子には知られたくないと思った。これは有地に対する一種の嫉妬。かっこ悪い姿は見られたくない。

 

「当ててあげようか?幸彦は今、有地さんが言った恥知らずになりたくないっていう発言に対して負い目を感じている。違いますか?」

 

 茉子はまっすぐ俺の目を見ている。あまりにもまっすぐで綺麗な目。

 俺は思わず視線を逸らした。

 だが茉子はそう簡単に逃がしてくれない。彼女は両手を伸ばし俺の頬に触れる。瞬間、鈍い痛みが俺を襲う。頬っぺたをつままれたのだ。

 

「あの……まほひゃん?いひゃいんやが?」

「痛くしてるの」

 

 茉子は手を離すと、改めて体ごとこちらを向ける。自然と向かい合うかたちになってしまった。

 

「ねぇ、()()

「っ!……その呼び方はやめろって」

 

 女の子みたいなその呼び名は、自分の弱さに気づいていなかったあの頃に二人から呼ばれていた名前。

 

「やめない。どんなに大きくなってもユキはユキなんだよ?」

 

 茉子は微笑んだ。その微笑みはとても綺麗だった。

 

「ユキは恥知らずなんかじゃない。だってユキはいつもワタシたちを支えてくれてる、助けてくれてる」

「だけど俺は、祟り神から二人を守ることができない。呪詛の研究だって、なんの進歩もしていない」

「それでもいつも努力してる。立ち止まらずに、踠いて踠いて、前に進んでる。ユキが自分を否定しても、ワタシがユキを肯定する」

 

 相も変わらず彼女の目はまっすぐだ。

 

「あの時ユキは、ワタシを助けてくれた。いつだってユキがいるから、ワタシも頑張れるの」

 

 そんなの、俺も同じだ。

 

「そんな大したやつじゃないよ、俺は」

「ユキ……」

「でも……ありがとう。うじうじ悩んでたってしょうがないよな」

 

 励ましてくれる同僚に対し、笑顔を向ける。

 

「茉子に愛想つかれないようにまだまだ頑張らないと」

 

 茉子は満足そうに頷き後ろを向いた。気のせいだろうか。耳が赤くなってないか?

 

「あは、なんだか柄でもないこと言っちゃったな〜。ねぇ幸彦!帰りにアイス奢ってよ!」

「ハーゲンビッツ今度奢るんだから我慢しろって」

「いいじゃん!アイスはいくらあったって困らないんだから♪」

「俺の財布が困るんだが?」

「ワタシの財布は困らないもん」

「その理屈はおかしいぞ?」

「慰めてあげたでしょ?ユ・キ!」

「あ!その呼び方はやめろって!」

 

 夜。暗闇の中で、俺たちは仲良くじゃれ合う。

 こんな素敵な同僚は俺には勿体ない。俺だって、茉子が隣にいるだけで頑張れる。

 さっきまでの暗い気持ちは、いつの間にか小さくなってた。

 

 

 





改めまして、「駒川の者として」第五話を読んでくださりありがとうございます。

今回は将臣と幸彦の対比を意識して書いてみました。
作者としては将臣は陽、幸彦は陰のイメージがあります。

所々描写を省いていますが、そこは原作とほぼ変わらない展開だと思ってください。
次回は玄十郎さんのしごきと幸彦の修行の様子を交えながら話を進めていけたらと思います。


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