「駒川の者として」読んでくださりありがとうございます。
前回、玄十郎さんのしごきと幸彦の修行を書きたいとあとがきで言っていたのですが、将臣の転校初日をすっかり忘れていました。申し訳ありませんが、しごきと修行は次回に持ち越しています。
そんなこんなで第六話になります。
それではどうぞ。
「ガハっ……た、助けてくれっ!頼む!俺が悪かった!」
耳障りな声で男が喚く。
その悲痛な叫びにも似た声を聞いても、俺の心がなびくことはなかった。
「助けて欲しいなら教えろ。何故芳乃様のことを嗅ぎ回っていたのか」
「……頼まれたんだ」
「頼まれた?」
「ああ。い、一ヶ月ぐらい前に突然メールが来たんだ……。穂織にいる巫女姫の情報を調べて欲しいって。報酬が高かったもんだから引き受けた、それだけなんだ!」
「依頼主はだれだ?だれがそのメールを送った?」
「知らねぇ!指示は全部メールで送られてきた。だから顔は知らねぇんだ!」
「それを俺が信じるとでも?」
男の髪を掴んで持ち上げ、目線の高さを合わせる。
男は苦痛にうめき声を出し、顔を歪めながらも俺と目を合わせる。
「本当だ!本当に依頼人についちゃ何も知らねぇんだ!」
「………」
俺が手を離すと、男は地面に叩きつけられるように伏せった。
「二度と穂織に……いや、芳乃様に近づくな。もしこれ以上嗅ぎ回るのなら……お前を殺す」
悲鳴をあげながら男は一目散に逃げていった。
「猫丸。念のため、あいつが穂織を出るまで追いかけてくれ」
ポケットから出てきた猫丸はにゃぁと鳴き声をあげると、男が走り去っていった方に消えていった。
誰かが芳乃様の情報を嗅ぎ回っている……。
「一体だれが、なんのために?」
湧いた不安は消えることなく、疑念の声は夜の暗闇に吸い込まれていった。
◆◆◆
有地がこの街を訪れ祟り神退治に参加したあの夜から、一週間以上が経過した。昨日も祟り神との戦いがあったが全員無事に帰ってきたらしい。というのも、俺は別の用事で昨日は顔を出せなかった。
そして今日から学校生活がまた始まる。
有地からしてみれば転校初日ということだ。小さな学園だからクラスが離れる心配はない。
心配事があるとするなら、昨日処理した男が言っていたこと。
押収したパソコンを調べてみたが、メールの差出人の情報は皆無。
念には念をいれて、始業式が始まる前に学校を調べようと思い、早めに出る準備に取り掛かる。
「おや、随分早いじゃないか。眠れなかったのかな?」
リビングには何かの書類を書いている姉さんがいた。
時刻は午前4時半。日はまだ出ていないため辺りは暗い。
「学校で調べ物があるんだ。姉さんも早いね。どうしたんだ?」
「いや、父さんから電話があってね。必要な薬の手配をお願いされたんだよ。まったく、時差を考えずに連絡してくるなんて、人使いが荒いにもほどがある」
「あはは、父さんらしいな」
もっとも、姉さんを信頼しての行動だろうと思うが。
一体、今はどこでなにをしているのやら。
「コーヒー入れるよ」
「ありがとう」
ついでに朝食の準備も済ませてしまおう。エプロンを掛けて台所へと向かう。
姉さんは書類がひと段落ついたのか大きく伸びをしてこちらを向く。
「あれから有地君の様子はどうだい?」
「見た感じ問題はなさそうかな。芳乃様についてもそれは同じ。念のため姉さんにも見てもらいたかったけど、この一週間は、二人とも今の生活に慣れるのに必死だったからな」
茉子から聞いた話では毎日のように食べ物の好みで喧嘩しているそうだ。
あの二人はいったいいくつなのだろうか……。
「そうか、なら今日直接話を聞いてみることにしよう」
「今日は学院に来るの?」
「ちょっと用事があってね」
姉さんは開業医として診療所を経営する傍ら、学院の嘱託医もしている。
「忙しいなら手伝うけど?」
「気にしなくていい。幸彦はやることがあるんだろ?なら、そちらに力を入れるべきだよ」
パチンとウインクしながら俺からコーヒーを受け取った姉さん。
少しわざとらしいその仕草が様になるのは姉さんぐらいじゃないかな。
朝のこの時間は、変に気を使うことがない。俺にとっても心休まる数少ない時間だ。
「わかった。ありがとう、姉さん」
姉さんは何も言わず、いつものように満足そうに頷いた。
◆◆◆
もともと剣術道場として使っていた武道館を改装してできた校舎は、暗い時間だと昼間とは違い少し不気味だ。
現在の時刻は午前5時。
部活動のないこの学院では、早く出勤してくる先生でも学院に来る時刻は午前6時半頃だ。
つまり今、学園には俺しかいない。誰もいないうちに学院に異常がないか確認しなければならない。
俺は例のごとく式神を呼び出す。
「手分けして怪しいものがないか調べるんだ。よろしく頼むよ。」
獣型の式神は人型と違って比較的精神の疲れがないので、諜報活動などに役立つ。加えて人が確認しづらい場所などの侵入が楽なのも利点の一つだ。
その代わり強度が低く戦闘には向いていない。一応戦闘に特化した獣型もあるが、扱いが難しいため現在改良中だ。
くまなく調べて回ったが怪しいものは見つからなかった。
とりあえずは一安心だな。念のため、今度玄十郎さんに頼んで学院の警備の強化を学長に打診してもらおう。
現在午前6時。意外に早く終わってしまった。
手持ち無沙汰になった俺は先生が来るまで掃除をすることにした。
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「なかなかに似合っておるぞ、ご主人」
今日から俺の新しい学園生活が幕を開ける。
いつも着ていた学ランとは違う制服に袖を通した俺を見て、ムラサメちゃんが言った。
「ありがとう、ムラサメちゃん」
褒められれば嬉しい。それが可愛らしい女の子であればなおさらだ。
「学校まではまだかかるのかな?」
「いえ、この坂道を登ればすぐですよ」
いま俺は朝武さんと常陸さんと登校している。
両手に花だ。しかも二人ともものすごく可愛いなんて。
勝ち組といっても過言ではないだろう!
……前の学校の奴らが知ったら血の涙を流しながら殴りに来るな。
教えるつもりはさらさらないが。
俺が今日から通うのは鵜茅学院という学校だ。穂織に住んでいる子はみんな通うことになるらしい。安春さんも今朝俺の制服姿を見て懐かしいと言っていた。
「そういえば、幸彦はどうしたんだ?昨日も来なかったけど」
「用事があると連絡がありました。今朝も早めに登校して調べたいものがあるとか」
「忙しくしてないと死んじゃう病ですからね、幸彦は」
二人の口調からしてよくあることなのだろう。
初めて祟り神退治に参加した日、あんなに苦しそうな顔して二人の帰りを待っていたから、いつも当然いるものだと思っていた。
まだ駒川幸彦という人物がどういう人間なのかわからない。
幸彦のことだけじゃない。朝武さんが隠している呪詛の詳しい内容も、今朝安春さんにはぐらかされてしまった。
いろんなことがありすぎて長いこと穂織にいるような気がするけど、まだ一週間ちょっとしか経ってないんだよな。
頑張って信頼を勝ち得なければ。
そのためにはやっぱり、じいちゃんに鍛え直してもらう必要がある。
祟り神と戦う上でも、もっと強くなって、朝武さんや常陸さんに守られない、いや、二人と肩を並べられるぐらいにならなくては。
「で、ぶっちゃけどこまでヤったんだ?」
——なんて俺にしては珍しく真面目に考えていたのに、学院の前で会った廉太郎によって下世話な話に差し替えられた。ちなみに朝武さんたちは小春と世間話をしている。
「お前が想像してるようなことは何もない。ただの同居人だよ」
だいたい、血縁者から下ネタ紛いのこと言われると対応に困る。
「勿体無い!婚約者になれたってことはあの幸彦からも公認ってことだろ?」
「まあ、そうなのかな?」
幸彦自身から婚約者についての話はされたことがないからな。
「いままで何人の男が幸彦によって屠られてきたか……。巫女姫様や常陸さんに告白するには幸彦を倒さなければならない。学校の共通認識だぜ?」
「は、はははは」
倒れ伏せる男たちの上で爽やかな笑顔を浮かべる幸彦の姿が想像出来た。
「いまのところは朝武さん達とも幸彦とも良好な関係が築けてると……思う」
「そうか。なんか悩み事があればいつでもウチに来いよ?とっておき貸してやるから」
だから、血縁者のとっておきなんて借りたくないっつうの。
「廉兄ー。お兄ちゃーん。早くしないと遅れるよー」
小春はしっかりしてるなー。すっかり大きくなっちゃって。
少し寂しいなんてお兄ちゃん思ってないからな。
いつものごとく馬鹿なことを考えていると、校舎の中から女性が出てきて声をかけてきた。
「あなたが有地将臣君ですね」
「あ、はいそうです」
「初めまして!あなたの担任になる
中条先生は穂織独自の服装ではなく、俺の見慣れた教師らしい服装だった。
まぁ教師だし、それが当たり前なのかな?
「よろしくお願いします」
「よかった。遅いから迷子にでもなってるのかと心配してたんだけど、朝武さん達と話してたのね」
中条先生はホッとした笑みを浮かべた。
「すいません、中条先生。いま有地さんを連れて行こうと思っていたんです」
「気にしないでいいのよ、朝武さん。転校初日ですもの。友達作りは大切なことだから。それじゃあ有地君、職員室まで一緒に行きましょう」
どうやら先生もいい人そうだ。朝武さんのことを巫女姫様と呼ばないことに驚いたが、先生だもんな。公私を分けてるんだろう。
◆◆◆
始業式も転校の挨拶も滞りなく終えた。席は廉太郎の後ろ。知っている人がいるとホッとするのは、俺がそこそこ緊張していた証拠かな。
「そうだ、有地。少しだけ時間をくれないか?合わせたい人がいるんだ」
帰る準備をしていたところで幸彦に呼び止められる。
幸彦はちょっとだけ待っててくれと言ってどこかへと消えていった。
「俺なんかしましたかね……」
「そんなに怯えなくても平気だと思いますよ?」
常陸さんはそういうが、俺にとって幸彦はちょっとしたトラウマがある。
べ、別に怖くなんかないんだけどね!
「何かやましいことをした覚えがあるんですか?」
「してないし、覚えもないからね!?」
ジト目で見てくる朝武さん。
危うく朝武さんに要らぬ誤解を与えてしまうところだった。
「情けないぞ、ご主人。幸彦も昔は可愛かったのだぞ。吾輩のことをお姉ちゃんと言って、それはそれは可愛らしい子どもだったのだ」
「え?なにそれ?もっと詳しく」
「ムラサメ様、それ以上は勘弁してください……」
気がつけば後ろに幸彦がいた。心臓が飛び出るかと思った。
「別に恥ずかしがることではなかろう?」
ムラサメちゃんが面白そうににやにや笑っている。
「俺の中では黒歴史なんです……」
幸彦は顔をおさえてうな垂れている。すごいレアな光景だ。
こんな顔もするんだな。意外な発見だ。
「なんだい幸彦。ムラサメ様もそこにいるのかな」
幸彦の隣には白衣を着た女性が立っていた。
黒髪で整っている顔立ちがどことなく幸彦に似ているような……。
「みづはさん、こんにちは!」
「紹介したかった人って、みづはさんだったんですか」
「常陸さん、芳乃様、こんにちは」
「あのー幸彦、この人は?」
「紹介するよ、駒川みづは。俺の姉さんだ」
幸彦のお姉さん!?そりゃ似てるわけだ。
「祟り神に襲われた有地さんを診てくださったのもみづはさんなんですよ」
朝武さんが耳打ちで教えてくれる。
まさか駒川家の二人に助けられてたのか俺は!?
「そうとは知らず、申し訳ありません!その節は有難うございました!」
俺は急いで頭をさげる。
「うん。元気そうでよかったよ」
「みづはさんは挨拶のためにわざわざこちらに?」
「幸彦に言われて芳乃様の確認のためにもね。叢雨丸が抜かれて一週間以上経ちましたが、体調に変化はありませんか?」
みづはさんが問診を始めた。朝武さんもそれに応えていく。
「なあ、みづはさんって」
「医者だよ。まえにも話したけど、駒川家は代々この街の開業医を営んでいるんだ。さらには芳乃様の主治医であり、この学校の嘱託医でもある」
「な、なんか大変そうだな」
「実際激務だよ。休めって口を酸っぱくして言わないと休まない仕事人間でもあるからね。世話が焼けるよ」
「どの口が言うんでしょうね」
「ハハハ、ナニヲイッテルンデスカネ」
常陸さんがジト目で幸彦を見る。幸彦は顔をそらしている。
「ムラサメちゃん。幸彦って常陸さんに弱いのか?」
「見ての通りだ。あの二人の関係は昔から変わっておらん」
いつも丁寧な口調で話す常陸さんも、幸彦のまえでは砕けた口調に変わるし、幸彦も常陸さんのまえでは微妙に表情が柔らかくなってる気がする。
「もしかして付き合っているとか?」
「残念だがそう言った事実はない。いつかそうなれれば良いのだがな……」
「?どういうこと?」
「ご主人にもそのうちわかる。今は微笑ましく見ておれば良い」
ムラサメちゃんが言っている意味はよくわからないが、幼馴染ともなると複雑な感情を抱くものなのかな?
「有地君」
「は、はい!」
いつの間にか朝武さんの問診を終えたみづはさんに呼ばれる。
「今度は君の怪我の状態を見せてもらうよ。一緒に保健室まで来てくれるかな」
「わかりました。朝武さんたちは先に帰ってて。少し寄るところがあるんだ」
じいちゃんに稽古をつけてくれるように頼みに行かなきゃなんだ。思い立ったが吉日って言うしな。
「わかっていると思いますが、暗くなったら山には近づかないよう気をつけてくださいね」
「うん。心配してくれてありがとう」
「べ、別に心配なんかしてません!」
朝武さんは顔を赤くして教室を出て行った。
朝武さん。世間一般ではそれをツンデレと言うんですよ。
「照れてる芳乃様も可愛いですよね」
「ああ、そうだな」
なんだか二人の目が完璧にお父さんとお母さんが娘を慈しむ目なんだが……。
「ご主人には吾輩がついている。二人は芳乃についてやってくれ」
「そうですね。それではムラサメ様、有地さんをお願いしますね。有地さん、お先失礼します」
「姉さんの言うことをちゃんと聞くんだぞ」
「わかってる。って子供じゃないんだから!」
二人は笑いながら朝武さんの後を追った。
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「はぁ」
有地と別れ外に出ると、芳乃様がため息をついていた。
「芳乃様。どうなされたんですか?」
茉子が優しく問いかける。
こういう時は茉子の方が俺よりも適役だ。
「なんでもないの。ただ自分が不甲斐なくって」
「素直じゃないですからねぇ、芳乃様は」
「わかってる。でもどうやって接していいかわからなくって……」
今まで穂織の人間としか接してきていなかった芳乃様。そんな芳乃様が初めて外から来た人と深く関わることになったのだ。戸惑うのも当然である。
穂織にいる人間は芳乃様を大切に思っている。だがその想いから、誰もが芳乃様を特別視してきた。一番親しい俺や茉子が、一番芳乃様を特別視しているのかもしれない。
しかし有地は違う。
有地は芳乃様と対等になろうとしている。
巫女姫ではなく芳乃様の隣に立とうとしている。
芳乃様自身、変わり始めていると俺は思う。さっきみたいな顔をする芳乃様は久しぶりにみた。芳乃様自身気づいていないのかもしれない。
秋穂様の体調が悪くなられた頃から、芳乃様はずっと気を張り続けていた。
朝武の家に生まれた者の宿命、数百年にわたり続く呪詛、周りの者からの期待、その全てを芳乃様は背負って生きてきたんだ。
「思い悩んでいる芳乃様も可愛いです」
「ちょっと茉子?ふざけないでください。私は真剣に悩んでるんです」
「そんなに難しく考えなくっていいんですよ。仲良くしたいなら仲良くすればいいんです。気に入らなければ気に入らないと言えばいいんです。心配なら心配だって言えばいいんです。ワタシたちがそうしてきたように」
茉子の言う通りだ。
誰だって最初は他人同士。そこから人間関係を構築していって、友達になったり恋人になったりしていく。俺たちだっていろんなことを経験して、同じ時間を過ごしてきたからこそ、今の関係があるんだ。
「いろいろ考えちゃうのは疲れてるからですよ!甘い物でも食べてリフレッシュしましょう。というわけで幸彦、帰りに約束のハーゲンビッツ買って帰えろ♪」
「あのな……」
「ハーゲンビッツ!!いいんですか!?」
「……喜んで」
そんなキラキラした目で見られたら断れない。約束は約束だしな。
茉子はいつも冗談や本音を混ぜて芳乃様の硬くなった意識を柔らかくしてくれる。俺よりもはるかに長い時間を芳乃様と共にしているからこそできることだ。
コンビニでどれを買うか迷っている芳乃様を見つめながら茉子が隣に寄ってくる。
「ありがとな」
「いえいえ、悩んでいる芳乃様も可愛らしいですが、笑っている芳乃様の方が数倍可愛いですから」
「その意見には同意するよ」
「それで、昨日はどうしたの?今朝も朝早くから学校に居たって聞いたけど」
俺たちは一瞬で仕事モードに切り替わる。
「そのことなんだが、誰かが芳乃様のことを嗅ぎ回ってる」
「そんな……主犯の検討はついてるの?」
「わからない。回収したパソコンに依頼主のアドレスらしき物はあったんだが、調べても尻尾は掴めなかった。情報戦では向こうが上手かな」
「そっか。絶対、危ないことだけはしないでね」
「わかってるよ。茉子も護衛はくれぐれも用心してくれ」
「決めた!これとこれにする!」
俺たちの会話は芳乃様の声で切り上げられる。
「その笑顔を有地に見せることができるようになれればいいですね」
「むぅ。有地さんにはこんなみっともない顔見せられません……」
「何度か見せていると思うのですが?」
「うそ!?間抜けヅラだなとか思われてないかしら」
まだまだ先は長いかもしれないが、結構有地と芳乃様はお似合いかもしれないな。
二人が明るい未来を歩けるようにしようと改めて決意を固めるのだった。
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「弟が迷惑かけてないかな?」
朝武さんたちと別れあと、保健室へ移動した俺とムラサメちゃんとみづはさん。傷の具合を確かめながら、みづはさんは問いかけてきた。
「まさか。むしろ、俺の方が迷惑かけてるんじゃないかと心配するぐらいです」
「あの時は流石の吾輩も肝が冷えたぞ」
ムラサメちゃんが震えている。確かに怖かったな……鬼彦は。
しかし、殺気をあてられたり、こっぴどく叱られたりしたが、あれは全部俺に原因があるわけで、迷惑なんかかけられていない。
「そうか。気難しい子だけど、仲良くしてね」
「はい」
みづはさんは満足そうに頷いた。
そこで会話が途切れ、沈黙が保健室を包む。
綺麗な女性と保健室の組み合わせはいろいろと心臓に悪い。
いい機会なので少しだけ踏み込んだ質問をしてみる。
「あの、朝武さんたちっていつから一緒なんですか?」
「親同士が近しい関係だったからね。物心つく前からいつも一緒だったよ」
「そんなに前からですか」
「昔はみんな無邪気に遊びまわっていたよ。幸彦だって今でこそあんな毅然な態度だけど、幼い頃は臆病で弱虫でね。芳乃様や常陸さんの後ろにくっついて歩いてたんだよ?」
「想像できませんね……」
そういえばムラサメちゃんもそんなこと言ってたっけ。あの幸彦が臆病で弱虫だったなんて、見てみたかったなぁ。
「そうだ。みづはさんにはムラサメちゃんは見えないんですか?幸彦は見えているっぽいですけど」
「残念ながらね。幸彦の場合、特別霊力が強いみたいなんだ」
「幸彦の場合は先祖返りだろうな」
「先祖返り?」
たしか先祖の力をもって生まれるとか、そんなことを漫画で読んだ気がする。
実際にあるんだな…って穂織にきてから何度となく思っている気がする。
「ムラサメ様がそう言っているのかな?」
「あ、はい。それで先祖返りって言うのは……」
「有地君は、駒川家が先祖代々医者を営んできたことは知っているかな?」
「はい、幸彦から聞きました」
今みづはさんが朝武さんの主治医であることも、学校の嘱託医であることもさっき聞いたばかりだ。
「駒川家は、医者になる前は陰陽師をやっていたんだよ」
「陰陽師って、あの陰陽師ですか!?」
まさか巫女、忍者に続いて陰陽師の知り合いができるとは。
ほんと、人生何があるかわからないな。
「駒川家は最初、呪詛や穢れの研究をおこなってきたんだよ。長い歴史の中で医者へと職を変えて、その力は弱まって行ったんだけどね」
「だから先祖返りですか」
「昔は吾輩の姿が見えている駒川家の者もおったのだ。しかし、長らく朝武と常陸だけしか見えていなかったからな。幸彦が吾輩に反応した時は驚いたぞ」
衝撃的すぎて頭が混乱してきた。
でも待てよ、霊力が高くて陰陽師ということは、祟り神とも戦えるんじゃないのか?
「幸彦は、どうして祟り神を祓わないんですか?」
みづはさんは少しだけ困った顔をしたが答えてくれた。
「祓わないんじゃない。祓いたくても力を使えないんだ」
「力が使えない?」
「祓う力はもしかしたら芳乃様より強いかもしれない。だがなぜか祟り神は幸彦の霊力に反応し、数を増やしながら強くなる。力の性質の問題なのか、はっきり分かってはいないのだけどね」
「それって……」
「うん。祟り神と直接戦ったことのある有地君なら、その危険性が理解できるよね」
1体だけでも大変なのに、それが複数、しかも強くなるって。
考えただけでもぞっとする。
「吾輩には、幸彦の気持ちが理解できる。力があって、守りたい者が近くにいるのに、何もできない。悔しくて悔しくて、自分が嫌になる」
ふと、あの日の幸彦の姿を思い出した。
苦しそうで、悲しそうで、悔しそうで、手のひらを強く握りしめているあの姿を。あの時も悔しさでいっぱいだったのだろうか。
「二人の近くで守りたいけど、それは二人を危険にさらすのと同じことになる。だから幸彦は、二人のサポートに力を入れることにしたんだ」
言葉も出ない。知らなかったとはいえ、一瞬でもなぜ戦わないのかと思ってしまった自分が恥ずかしい。
「なんで俺なんかが叢雨丸に選ばれたんだろうな。幸彦の方が全然……」
「ご主人、その言葉は幸彦への侮辱だ。二度と口にしてはならん。それに、幸彦自身が言っておったのだぞ。ご主人は幸彦にとっての希望になるかもしれないと。ここは男の意地の見せ所だと思わないか?」
ムラサメちゃんがニヤリと笑う。頼もしい笑みだ。
バカだな、俺。もっとちゃんとしないと。頑張って信頼を勝ち取る。そう決めたばっかりじゃないか。
正直希望なんて俺には荷が重いけど、男として負けるのは悔しい。
男の見栄。男の意地。上等じゃないか!
「有地君。私がこの話をしたのは、君の自身を挫く為でも弟自慢の為でもない。ただ知って欲しかったんだ。愚かな姉のお節介かもしれないが、これからも弟と仲良くしてやってくれ」
気合をいれる為頬っぺたを思い切り叩いてみる。
「……わかりました。俺頑張ります!」
幸彦に負けられない。燃えてきたぞ!
よし!今日から幸彦はライバルだ!
「うむ!その意気だ、ご主人!」
「はは、頼もしいね」
俺だって朝武さんを助けたい気持ちは負けない。
俺が叢雨丸に選ばれたことだって、きっと意味があるはずだ。
今はまだ、ダメダメな俺だけど、いつか、きっと。
新たな決意を抱いた俺は、稽古をつけてもらうべくじいちゃんの元に行くのだった。
改めまして、「駒川の者として」第六話を読んでくださりありがとうございます。
おかげさまで連載開始一ヶ月経ちました。
これからも細々と幸彦たちの物語を書いていきたいと思います。
前書きでも話しましたが、しごきと修行パートは次回ということで、今回はオリジナル展開を混ぜながら転校初日を書かせていただきました。
冒頭からオリジナル展開。いかがでしたか。黒幕は共通ルートの終わりぐらいから物語に絡んでくる予定です。
幸彦がいることによって、各キャラクターが原作と少しずつ変わっていると思います。
もっとうまくまとめたり、表現したいのですが。
作者の文才のなさが悔やまれます。日々精進する所存です。
次回こそはしごきと修行の話を織り交ぜて、できることならみんな大好きレナさんの登場までいきたいと思っています。