「駒川の者として」読んでくださりありがとうございます。
第七話になります。どうぞ。
「ごめんください」
夜。俺の日課になっていることがある。
それは、俺の幼馴染みである常陸茉子を家まで送ること。
「はーい。あ、幸彦。ちょっと待ってて。もう帰るから」
「あー悪い、少し早かったな。なにか手伝うことあるかい?」
「ううん。大丈夫だよ」
茉子が座敷に向かうと、芳乃様と安春様が顔を出す。
「幸彦君。家のなかで待っていてもいいんだよ?」
「いえ、そこまでしてもらうわけにはいきません。長居するわけでもないので」
「そんなこと気にしなくてもいいのに」
「そうですよ。遠慮しなくてもいいんです」
安春様も芳乃様もそう言ってくれる。
二人ともお優しいからな。いろいろ気を使ってしまうのだろう。
「本当に平気ですから。そういえば、有地の姿が見えませんが」
「有地君ならもう寝ているよ。疲れているみたいだったからね」
「最近の有地さんは気が緩みすぎです」
芳乃様が不満そうにしている。有地……少し教育が必要かもな。
なんてことを考えていると、茉子が帰り支度を終えてやってくる。
「お待たせしました〜……って幸彦?なんで笑ってるの?」
「いや、なんでもないよ。それよりもういいのか」
「うん。それでは芳乃様、安春様、今日はこれで失礼します」
「うん。気をつけて帰るんだよ」
「いつもありがと、茉子。また明日」
芳乃様たちに見送られ朝武家を去る。
茉子の家はこの街の西側の端。朝武家からは結構な距離がある。
午後十時を過ぎたこの街は人通りなんてほとんどない。
まぁ、娯楽のない田舎なんてどこもこんな感じだろう。
街灯の少ない道を二人で並んで歩く。
雨の日も雪の日も、ケンカしてお互い口をきかなかったときも。
茉子が朝武家から帰るときは必ず迎えに行った。
いつからだったかな。もう覚えてもいない。
たわいのない会話も、たまに訪れる沈黙も、どこか心地いい。
「——そしたら芳乃様嬉しそうに笑ってくれてね」
「はは、有地の赤くなった顔が想像できるよ」
「そうなんです!芳乃様の笑顔は可愛らしいから」
今日あったことを楽しそうに話す茉子。俺まで楽しい気持ちになるんだから不思議だ。
どうやら有地も少しずつ今の生活に慣れてきたようだな。
「そうだ、有地さんといえば、最近様子が変なんですよね」
「変?どういうことだ?」
「なんか、朝早く起きてるはずなのに朝食の時間にはギリギリに来るし、放課後も用事があるって言って先に帰っちゃうの。帰りも遅いし、疲れた顔してるし、なにかあったのかな?」
そういえば、さっきも疲れてるから先に寝たと安春様が言っていた。慣れない生活や新しい学校で疲れが溜まっているのだと思っていたが、それでは説明できない不可解な行動もある。
「確かに少し気になるね。わかった。明日の放課後調べてみるよ」
「ありがと。何かあったら連絡して」
例の犯人が絡んでいるとも限らない。何もなければいいが。
「ここまでで大丈夫。送ってくれてありがと」
あっという間に時間が過ぎ、気づけばいつも別れるポイントまでやってきていた。
ここまでくれば茉子の家も近い。普段なら俺も帰路につくのだが……。
「いや、家の前まで送るよ」
「え?でも家まで来たら幸彦の帰りがもっと遅くなっちゃうよ?」
「そのぐらい平気だって。芳乃様を嗅ぎ回っている犯人がわかってないんだ。女の子をひとりで歩かせるのは愚行だよ。念には念を入れなきゃね」
茉子の強さはわかっているが、相手の力がわからない以上気をつけるにこしたことはない。それに、ここでひとりにして茉子の身に何かあったら死んでも死にきれない。
「ワタシなんかを襲う人なんていないよ」
「君ってやつは……本気で言ってるのか?あのな、もう少し自覚しなきゃダメだぞ?茉子は可愛いんだから」
「ふぇっ!?」
茉子が変な声を上げる。
「あ、あは。からかわないでよ。ワタシなんかより芳乃様の方が全然可愛いんだから」
「ん?なんで芳乃様と比べるんだ?まぁ、芳乃様が可愛らしいのは同意するが」
「そうだよね!」
「だけど、茉子だって芳乃様に負けないぐらい可愛いぞ?」
「はぅぁっ!?」
茉子の顔が茹でダコのように赤くなっている。
「お、おいどうした?具合でも悪いのか?」
「違う!幸彦がワタシのこと可愛いなんて言うから……」
「………」
そういえば、茉子に面と向かって可愛いなんて言ったことなかったな……。いかん!変に意識したら俺まで恥ずかしくなる!
「い、言っとくけど、可愛いっていうのは、その……世間一般的な……そう!日本の可愛い顔の平均から計算した結果であって俺が茉子を可愛いと思っているかどうかは別問題として考えられるわけでだからその」
「あ、あは、そうだよね!幸彦がワタシのこと可愛いなんて思うわけないよね!」
「そんなこと!……ない……こともない……」
「………」
「………」
気まずい沈黙が流れる。お、おかしい。いつもなら沈黙も心地いいはずなのに。
「と、とにかく!そんな女の子を危険にさらすようなことはできない。茉子も知ってるだろ?俺は心配性なんだ」
「うぅぅ。わかった。お願いする」
「うむ。よろしい」
なかば強引に許可を得た俺は、茉子の護衛として家まで付いて行く。
さっきの会話のせいでなんだかぎこちない空気である。
先ほどまで黙っていた茉子は、家の前に着くとうつむきがちにこちらを向いた。
「その、ありがとね。心配してくれて。嬉しかった」
「あ、いや、当然のことをしたまでだよ。じゃあ、また明日」
「うん、また明日」
お互い手を振って別れる。
茉子の顔は最後まで赤いままだった。
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「卑怯だよ、幸彦……」
男の人に真っ直ぐな目で可愛いと言われるなんて。
ちょっと少女漫画みたいだったな…
そのあとの幸彦の慌てた姿を思い出すと顔が緩んでしまう。
「ニヤニヤしちゃって、可愛いんだから」
「父さんは許しません」
「もう!そんなんじゃないから!」
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「それでは今日はここまでになります。皆さん、気をつけて帰ってくださいね」
チャイムの音を聞き中条先生が終わりの挨拶を言うと、生徒はそれぞれ帰る準備を始める。そんな中……
「朝武さん、常陸さん。俺今日も用事があるんで先に失礼します!」
誰よりも早く、一目散に帰路につく有地。
「……あやしい……」
芳乃様が険しい顔で囁く。
「ね?」
「言われてみれば確かにあやしいな」
昨日の帰りに茉子に教えてもらってはいたが、なにかを隠していることは間違いなさそうだ。
「早速調べてみるよ。茉子は芳乃様と先に帰っててくれ」
「了解。芳乃様、ワタシたちも帰りましょう」
もう有地の姿は見えなくなっていたが、あらかじめ式神を有地のカバンに忍ばせてある。その気配をたどりながら、俺は尾行を開始する。
10分ほど歩くとだんだんと気配が強くなってくる。
目の前にあったのは——
「武道館?なんでこんなところに有地が?」
疑問に思いながらも中へ侵入する。
目視できる範囲に見張りはいない。罠もなさそうだ。
警戒しながら先に進んでいくと、なにかを打ち合う音とともに有地の声が聞こえてきた。
「いやぁぁっ!!」
この音は…戦闘音?まさか、誰かと戦ってるのか!?
まずいと思った俺は急いで有地の元へ向かう。
ドアを開けた先には有地と男が一人。
「有地!!大丈夫か!?」
「へ!?幸彦!?なんでここに……」
「隙あり!きいいいあああああっ!!!!」
パシン!と大きな音が武道館に響き渡る。
俺の目の前で、そのまま有地は床に倒れてしまった。
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「いったた。……あれ?ここは……」
目の前には武道館の天井があった。
頭には濡れタオルがのっている。こころなしか頭がズキズキするような。
たしか、じいちゃんとの稽古中にドアが開いて……それで、
「おっ。目がさめたか」
幸彦が顔を覗き込んでくる。
「幸彦?」
「うん。ほら、スポーツドリンク。飲めるかい?」
「あ、ありがと」
幸彦からスポーツドリンクを受け取る。
……そうだ!幸彦がドアを開けてそれでじいちゃんに一本打たれたんだ!
まてよ。幸彦がここにいるということは…
「あの……もしかしてバレちゃった?」
「なんか、悪かったな。稽古の邪魔をしたみたいで」
「やっぱりバレちゃったかぁ」
俺は顔に手を当てる。
別に隠したかったわけではないけど、少し恥ずかしい。
スポーツドリンクを渡し終え、幸彦は俺の隣に腰掛けた。
「じいちゃんは?」
「玄十郎さんなら、救急箱借りに行ってるよ。念のためって」
医者の息子を残したのは俺の状態を観察するためだろうか。
できれば幸彦と二人にしないでもらいたかった。
なんか、こう……気まずい!
「幸彦は、どうしてここに?」
「茉子に言われたんだよ。最近有地の様子がおかしいって」
「そっか、常陸さんが……」
あやしまれている気はしていたが、いらぬ気遣いをさせてしまった。
「まさか隠れて稽古してるなんてな」
「その、お恥ずかしい限りです」
「別に恥ずかしくないだろ。やましいことをしてるわけじゃないんだからさ」
「それはそうなんだけど、ひけらかすのもかっこ悪いじゃん。朝武さんだって努力してるんだから」
「ま、その気持ちは分からなくもないけどな……」
幸彦はそう言うと目を細めながら天井に顔を向ける。
なんだか昔を懐かしんでるように見えた。
「要するに、男の意地ってやつだろ?」
「それもあるけど、稽古自体は俺のため。祟り神と対峙して改めて、今のままじゃいつか大きな怪我をすると思ったから」
「そうか」
「それに」
「それに?」
「その……なんというか……。負けたくないから」
「負けたくないって、誰に」
「……お前に……幸彦に、負けたくなかったから」
幸彦は面喰らってしまったのか目を丸くして固まってしまった。
「……っぷ、あはははははは!」
だがそれも一瞬で、堪え兼ねたかのように笑い出す。
「わ、笑うなよ!俺は本気なんだからな!」
「違うよ、バカにしてるんじゃない。少し予想外だっただけで、ふふ、あはは」
なおも笑い続ける幸彦。
「だーもう!だから幸彦にはバレたくなかったんだよ!」
「ごめんって。しかしそうか。君がそこまで俺を評価してくれてたなんてね。でも、俺は君が思っているほど大したやつじゃないよ」
「そんなことない!」
うつむく幸彦を見て、俺は思わず立ち上がっていた。
こいつはどうしてこんなに悲観的なんだと、苛立っていたのかもしれない。
「お前はずっと努力してきたんだろ!力が使えなくても、ずっと朝武さんたちを支えてきたんだろ!それってすごいことじゃないか!そんな幸彦だから、俺はお前をライバルだと思って……っ!」
しまった!熱くなりすぎて余計なことまで口走ってしまった。
恐る恐る幸彦へ目を向けると、さっきと同じように目を丸くしていた。
「……ライバルだと、思ってくれるのかい?」
「へ?」
俺はてっきり、幸彦の力のことについて何か言われると思っていたが、幸彦が反応したのは『ライバル』という単語だった。
「あ、ああ。ライバルだ!」
「そうか、ライバルか……」
まるでライバルという言葉をかみしめるように言うと、幸彦も立ち上がる。
「君が俺をライバルだと思ってくれるなら、俺も有地に負けないように頑張るよ。今まで以上にね」
「上等。いつか必ず追いついてみせるから!」
拳を前に突き出すと、幸彦も拳を前に出し、互いに付き合わせる。
なんだか俄然やる気が出てきたような気がする。
「なるほどな。これがご主人の言っていた、
ムラサメちゃんがとんでもないことを言いだした。
その沼は、入ったら抜け出すのは困難だから気をつけような?
ていうかいつからそこにいたの!?
「安心してください、ムラサメ様。俺はいたってノーマルです。有地がどうかは知りませんが」
「いや、俺もノーマルだから!ていうかこのくだりは一度じいちゃんとやってるから!」
「わしがどうかしたか?」
気がつけばじいちゃんが救急箱を片手に持ち、武道館の入り口に立っていた。
「なんでもない!気にしないで」
「ふむ、そうか?しかし、その様子ならもう大丈夫そうだな」
「あ、はい。もう平気です。心配かけてごめん。」
そういえば頭の痛みは消えている。コブは……まだあるけど。
「玄十郎さん、申し訳ありませんでした。稽古を中断させてしまって」
「なに、駒川君が気にすることはない。元はと言えば将臣が稽古を内緒にしていたことが原因だからな」
「うう、申し訳ない」
じいちゃんの言うことは正しいので、俺としては頭をさげるしかない。
「一応茉子には報告させてもらうよ。依頼だからね」
「う、うん。わかった」
「大丈夫、芳乃様には言わないよ。俺と茉子もできるだけ協力する」
「本当か!?」
「ああ。その代わり、稽古を頑張るんだぞ?早く芳乃様の隣に立てるぐらいに」
「っ!ああ!」
持つべきものはライバルか。
ここまで後押しされたら、頑張るしかない。
「じいちゃん、もう一本お願いします!」
「うむ、よろしい」
竹刀を持ち直し、俺はじいちゃんとの稽古を再開するのだった。
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「いやぁぁぁ!」
「きいいああああ!!!」
有地が稽古を再開させたのを見届けてから、俺は武道館を離れる。
「ライバルか……」
正直、俺にはもったいないぐらいの称号だ。
俺みたいなやつが叢雨丸に選ばれた人間のライバルだなんて。
だけども同時に、心から負けてられないとも思った。
俺は携帯を取り出し、魚海のおやじさんへ電話をかける。
おやじさんはすぐに電話に出てくれた。
『おう、どうした?幸彦から連絡してくるなんて珍しいじゃねぇか』
「……師匠。久しぶりに手合わせお願いできませんか?」
『……なにがあったか知らねぇが、わかった。いつものところで待っててやるよ』
「ありがとうございます」
短い会話を終えて電話を切る。師匠との手合わせは二年ぶりだ。
気合を入れて俺は約束の場所へと足を運ぶのだった。
◆◆◆
街の東側。その奥の森の中に広く開けた場所がある。
ここで俺は子供の頃から、魚海のおやじさんと榎本さんと修行を行ってきた。
「なんだか久しぶりだな。で、どうしたんだよ一体」
「いえ、少し負けられない相手ができまして」
「ほう。そうか。それでか」
向かい合う俺とおやじさん。会話はしているが、お互い気を抜いたりはしない。常に相手の一挙手一投足の動きを観察し続ける。
これがこの人の手合わせのルール。開始の合図などない。
顔を合わせた時点で戦いは始まっているのだ。
「さすがに隙は作らねぇか。そんじゃ、俺からいくぜ」
おやじさんの姿がぶれたと思うと、次の瞬間には目の前に拳が迫って来ていた。
さすがに早い。目で追おうとすると反応なんかできないだろう。
俺はすかさずその拳をいなし、背負い投げの要領で思い切り後ろへ放り投げる。榎本流合気道の一つである。
『力は確かに必要ですが、それが全てではない。いいですか。今教えているのは型にすぎない。実戦で型にこだわっていては命を落とします。幸彦はまず、力の向きや視点などを把握できるような冷静さを身につけなさい。目を逸らさず、力の流れを読み取るんです。あとは基本を体に叩き込んでいれば、自ずと体が動きます』
——榎本師匠は体を動かすだけでなく冷静な思考力が大切だと教えてくれた。何事も経験あるのみだと。そう言って何度師匠に投げられたことだろう。
おやじさんが空中にいる間に、こちらも攻撃を仕掛ける。
蹴りの場合、威力は高いが防がれると態勢を崩されてしまう。おやじさん相手にそれは致命的な隙になる。
俺は迷いなく拳をおやじさんに向けた。狙うのは鳩尾。
『常に相手を行動不能にするように意識しろ。甘い考えは捨てろ。お前は巫女姫様を付け狙うような悪党と戦うことになるかもしれない。だとしても正義のためなんてくだらない思いで拳はふるうんじゃねぇぞ。その拳が、たとえ誰かを守るために鍛えたものだとしても、結局は相手を傷つける暴力でしかねぇ。相手が悪なら、お前はその上をいく悪になれ。でないとすぐヘたっちまう』
——魚海師匠は手加減をしない人だ。一撃一撃が必殺。幼い頃は寸止めをしてくれたが、中学生になった頃からは毎日の訓練が命がけだった。
俺が放った拳は案の定おやじさんにやすやすと止められた。
「いい狙いだが、まだ甘い」
おやじさんは俺の拳を支点に体を回転させ素早く着地する。
いい歳して怪物じみた運動能力だ。
——魚海のおやじさんも榎本さんも、もともとは穂織を離れて東京のとある秘密組織で働いていたらしい。怪物的な運動能力と実戦経験はその時得たもの。
しかし、魚海家の当時のご主人が病床に倒れ、その後を継ぐために仕事を部下に任せて穂織へ戻ってきた。
榎本さんにいたっては、魚海がいないとつまらないという理由で魚海のおやじさんを追って穂織で古本屋を経営することにしたという。
互いに打ち合うこと数十分、おやじさんの息が上がってきた。
決めるなら今だ。
おやじさんがふらついたのを見計らって顔面に左足で蹴りを放つ。
当然のように両手でふさがれる。が、そこに隙は生まれた。
左足を掴まれたまま体を翻し右足でこめかみを狙う。
(よし、入った)
確かな手応え。これで少しの間平衡感覚が失われるはず……っ!
「詰めが甘いって言ってるだろ?相手がわざと疲れを演出してる可能性だってあるんだ。心配性を名乗るなら、最後の最後まで気をぬくんじゃねーぞ」
目の前には左腕で俺の蹴りを受け止めているおやじさんの姿が。
そのまま右足もつかまれる。
(しまっ!)
両足を掴まれた俺に、反撃することは不可能だった。
そのまま一気に地面に叩きつけられる。
「少しは成長してるって認めてやるよ。でもまだまだ伸びるはずだ。手合わせならいつでも歓迎するからよ。また挑戦してこい」
おやじさんの言葉を聞いた俺の意識は、そのまま暗闇へと落ちていった。
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「常陸さんが付いてきてくれて助かったよ。本当は朝武さんにも来てもらいたかったんだけどね」
「神社のお手伝いでは仕方がありませんよ」
今日は土曜日。俺はじいちゃんに、新しく志那都荘で働く従業員を案内するように頼まれていた。
なんでもその人は外国から来た女の子で俺たちと同い年の高校生。
働きながら留学生として学校にも通う予定らしい。
穂織の観光も兼ねていろいろ見せてやってほしいと言われたのだが、俺がこの街に来てからまだ一ヶ月ぐらいしか経っていない。案内しろと言われてもどこに何があるか把握している自信がない。
相手が女の子ということもあり、俺は朝武さんと常陸さんに一緒に案内できないか尋ねてみたのだが、朝武さんは神社のお手伝いを任されていたため来れなかった。
『お役に立てず、申し訳ありません』
本当に申し訳なさそうに謝る朝武さんを見て、俺の方が申し訳なく思ってしまった。
「どこを案内するかは決めているんですか?」
「実はまだなんだ。そういうことを含めて、常陸さんに意見をもらいたくって」
「そうですね……あ、そうだ。まだ少し時間もありますし、実際に行ってみませんか?」
常陸さんに案内されたところは、俺にとっても忘れることのできない場所だった。
「あいよ!魚政特製!鮎の塩焼きだ!」
「あは、ありがとうございます!」
「おお!本当に美味しそうだ……」
幸彦の師匠こと、魚海さんが経営する魚政。
その店の裏にこんな飲食スペースがあるなんて。
「本当ならもっと美味い鮎をご馳走したかったんだがな……あいにく今は禁漁の時期でな。養殖の魚で我慢してくれや」
「穂織では鮎が有名なの?」
「いえ、そういうわけではありません。観光地ですので、こういったものの方が人気を得やすいんですよ」
常陸さんはそう言うと鮎を一口。
俺も背中の方からかぶりつく。
パリパリに香ばしく焼けた皮はほろ苦く、身はホロホロと崩れながら旨味を口いっぱいに広げてくれる。塩加減もちょうどよく、身と皮の美味しさを結びつけてくれる。
「どうよ?美味いだろう」
「……美味い!」
「へへ!ありがとよ!そんじゃ俺は店番に戻るからよ。ゆっくりしてけや」
店に戻っていく魚海さん。初めて会った頃の印象が強いので苦手意識があったが、今はなんだか気のいい近所のおじさんって感じがした。
「実はここ、ワタシの行き付けのお店なんですよ。あ、指に塩が付いちゃった」
白い指を舐める常陸さん。なんか……妙にエ『茉子を変な目で見るんじゃない。無事に子孫を残したいんならね……』アロビクスが踊りたい気分だなー!
……幻聴とともに寒気を感じた気がした。
「有地さん?どうされたんですか?顔が真っ青ですが」
「いや、なんでもないんです」
気を取り直してもう一口かぶりつく。
「本当に美味しいね。行き付けって言ってたけど、いつから来てるの?」
「中学生に上がった頃でしょうか。幸彦に連れてきてもらったんです。それからも芳乃様を連れてきたり、二人で鮎を食べたり、気づいたら常連さんになってました」
えへへ、とはにかむ常陸さん。
「ほんと、幸彦と常陸さんは仲良しだね」
「幼い頃からずっと一緒でしたから。それに、忍者としての訓練ばかりで他の方と関わることもありませんでしたし」
普段、飄々としているから忘れがちになるが、常陸さんも相当大変な苦労を経験している。
祟り神との戦いでみせる彼女の動きは、まさに忍者そのもので、どれだけきつい訓練を受けてきたのかがわかる。
「厳しい訓練で泣きそうな時も、幸彦が隣にいて、励ましてくれました。厳しいことも言いますが、芳乃様とは違った優しさを幸彦は持ってるんですよ?」
「それはなんとなく、わかるようになってきたかな」
「芳乃様と同じぐらい不器用ですから、幸彦は」
常陸さんは笑う。
その慈しむような笑みを、俺は前にも見たことがあった。
「もしかして、常陸さんに怖くないのか訊ねた男の子って……」
「はい。幸彦です。あの頃はまだワタシの方が大きかったな〜。小学校の高学年ぐらいでした」
「みんなから聞く幸彦の幼少期って、今と全然違うよなぁ」
「小学校に入る頃にはもうあんな感じでしたけどね。身長は中学で一気に伸びました。あは、抜かされた時はショックでしたよ」
幸彦の話をする常陸さんは本当に優しい笑顔をする。
「常陸さんは幸彦のことが好きなんだね」
「ええ、大好きですよ」
当たり前のように言う常陸さん。だけどすぐにさっきとは違う、少しだけ寂しそうな笑顔を浮かべる。
「ですが、幸彦は芳乃様に仕える仕事仲間ですから。それ以上でもそれ以下でもありません」
その言葉には有無を言わせない何かを感じた。
「有地さんは、芳乃様の呪いが解けたらどうするんですか?」
自然と話題が変わる。これ以上話すつもりはないのだろう。
「呪いが解けたらか……まだ考えられないかな。当面の目標は朝武さんに認めてもらうことだから」
正直な話、先のことを考えている余裕がないぐらい、やることがたくさんある。祟り神や稽古もそうだが、まだ知らないことも山積みだ。
「そういう常陸さんはどうなの?」
「ワタシですか?ワタシは……乙女の秘密です♪」
鮎を食べ終わった常陸さんは俺の前に立つ。
「さぁ、そろそろ約束の時間ですよ。早く行きましょう」
乙女の秘密……。なんか、秘密って言われると気になるよなぁ。
踏み込むつもりはないけど。なんてったって乙女の秘密だからな。
男の俺が聞いていいことじゃないだろうし。
「そうだね。行こうか」
客人を待たせるわけにはいかない。
俺たちは、魚海さんに挨拶をして集合場所に向かった。
その道中のことだった。
「はわわわーーーーーー!ど、どいてくださーーーーーーい!!」
俺が振り返った直後、坂道からものすごい勢いで突っ込んできたものが目の前にあって…
「きゃああああああ!!!」
「うわああああああ!!!」
暗転。
なんだか、穂織に来てから気絶ばっかしてるよな……俺………。
改めまして、「駒川の者として」第七話を読んでくださりありがとうございます。
今回は予告通り、将臣の稽古と幸彦の修行を書くことができました。
戦闘の描写を書ける人、素直に尊敬します。今に自分にはこれが精一杯です。
茉子と幸彦の関係も少し掘り下げましたし、みんな大好きレナさんもようやく登場です。
重要人物がほぼ出揃いましたので、呪詛関係の話も進めていこうと思います。
ムラサメちゃんの頭なでなでがありませんでしたが、ちゃんとこの後の物語で出していくつもりですのでもう少しだけお待ち下さい。