駒川の者として   作:マルチビタミン

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「駒川の者として」読んでくださりありがとうございます。

第九話になります。
それではどうぞ。




第九話「素直になりたい」

 

 

 彼を認めるわけにはいかなかった。

 

 お父さんが勝手に決めた婚約者。叢雨丸に選ばれた者。肩書きはどうあれ、初めて会った彼の印象は、どこにでもいる普通の男の子だった。

 そんな彼を血なまぐさい朝武の宿命に関わらせたくなかった。

 だから、冷たく接してきた。

 なるべく突き放すように。なるべく嫌われるように。

 それなのに彼は一歩踏み込んできた。

 

『わがままかもしれない。それでも手伝わせてほしいんだ』

 

 わからない。

 どうして彼は、こんな私のために頑張ってくれるのだろうか?

 どうして彼は、こんな私に笑顔で語りかけてくれるのだろうか?

 どうして彼は、こんな私と仲良くしようとするのだろうか?

 

 気がつけば私は、いつも彼のことを考えるようになっていた。

 彼の行動を目で追っていた。

 自分の心に芽生えつつある感情に、私はまだ気付かない。

 

 いつかこの感情が花開き、名前がつくことになるのだろうか。

 

 私にはまだ、わからない。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「レナ・リヒテナウアーと申します。気軽にレナとお呼びください!」

 

 休日明けの月曜日。私たちのクラスは留学生の挨拶から始まった。

 レナ・リヒテナウアーさん。この前の土曜日に有地さんと茉子が穂織を案内したのが彼女。玄十郎さんが経営する志那都荘に住み込みで働きながら留学をするのらしい。

 

 留学生が穂織に来ることなどなかったのでクラスの子達はリヒテナウアーさんに興味津々らしく、中条先生が止めるまで質問の波が止まることはなかった。

 

「彼女が、この前有地さんが言っていた新しい志那都荘の従業員?」

「はい、そうですよ。なんでも高祖父の影響で一族郎党日本が大好きなんだそうです」

「わざわざ穂織に留学してきたのもレナさんのお祖父さんの影響が強いみたいでしたね」

 

 リヒテナウアーさんと面識のある茉子と幸彦が答える。

 穂織を離れるわけにはいかない私にとって、外国から来たという彼女に興味があった。彼女と友達になれたら外国のいろんな話を聞けるのかな。

 あ、いま有地さんとリヒテナウアーさんの目があって、お互いに手を小さくふりあっていた。ああいう関係も憧れるなぁ……。

 

「芳乃様、そんなにレナさんと有地さんを交互に見つめてどうしたんですか〜?もしや嫉妬ですか?」

「そんなのじゃないから、茶化さないで」

「あは、心配しなくても、レナさんは明るくて親しみやすいお方です。きっといいお友達になりますよ」

 

 茉子が優しく笑いかけてくれる。

 

「お、どうやら質問攻めも終わったみたいですね」

 

 幸彦が言う通り、皆さんの質問がひと段落ついたのだろう。リヒテナウアーさんがこちらに駆け寄ってきた。

 

「マコ、ユキヒコ、同じクラスになれて嬉しいです!」

「ワタシもですよ。これからよろしくお願いします」

「といっても、一クラスしかないから、同じクラスになるのは当たり前なんだけどね」

 

 リヒテナウアーさんも、知っている人がいると落ち着くのだろう。真っ先に二人の元へ駆け寄り、話しかける姿は嬉しそうだった。

 楽しそうに話す二人とリヒテナウアーさん。これなら彼女も早く穂織に慣れてくれるだろう。喜ばしく思う一方、微妙にのけ者にされてるようにも感じてしまう。

 二人がそんな人ではないのは知っているし、リヒテナウアーさんも明るくて優しい人らしいので、この感情は私の単なる被害妄想。それでも、少しだけ寂しいと思ってしまうのは私のわがままだ。

 そんな私の目線に気がついたのか、リヒテナウアーさんが私の方を向き、手を差し出してくれた。

 

「レナ・リヒテナウアーと申します。よろしくお願いします!」

「初めまして、朝武芳乃です。こちらこそよろしくお願いします」

 

 握手をしようと手を近づけたその瞬間。

 

「ひゃっ!?」

「きゃぃっ!?」

 

 ビリっと静電気のような刺激を受け思わず手を引っ込めてしまう。

 

「芳乃様!?レナさんも、大丈夫ですか?」

「大丈夫。静電気で少し驚いちゃって」

「ビックリしました」

「静電気……ですか……」

 

 幸彦と茉子が顔を見合わせる。

 一瞬だけ仕事の時の顔になった気がしたけど気のせいだろうかだろうか。

 

「では改めて」

「………」

 

 痛かったわけではないが、かなり大きな刺激だったので、恐る恐る手を差し出す。しかし先ほどのようにビリっとはしなかった。

 ほっと息を吐くと、リヒテナウアーさんも同じように胸をなで下ろしていた。

 

「トモタケということは、あなたが穂織のお姫様ですね!どうぞこれからよろしくお願い申し上げちゅかまちゅりましゅ!」

「お姫様って、茉子が教えたの?」

「いいえ。ワタシもまだ芳乃様の話はしていません」

「右に同じ」

 

 幸彦も茉子の隣で首を振っている。

 

「わたしのお祖父ちゃんに聞いたのですよ。お祖父ちゃんはお祖父ちゃんのお祖父ちゃんに聞いたらしいです」

「そういえば、レナさんの高祖父は穂織を訪れたことがあるんですよね」

 

 なるほど。それなら知っていることにもうなずける。

 でも、私はお姫様なんて可愛いものではない。

 

「お姫様なんて言われていたのは昔の話です。同じ教室で勉強しますし、そんなに謙らないでください」

 

 いままでも街の人たちは私を大切にしてくれたが、学校では普通に友達と学生として勉学に励んでいきたいと考えていた。

 ここは少し勇気を出して、リヒテナウアーさんと友達になってもらえるよう頑張ってみよう。

 

「そうでありますか」

「そ、それでなんですが、私のことは芳乃と——」

 

 そこまで言った私の言葉は、始業のチャイムで遮られる。

 

「おお、申し訳ありませんヒメさま。授業なので席に戻りますね。ではまた!」

 

 そのまま席に戻っていくリヒテナウアーさん。

 茉子と幸彦がその様子を見て私の肩に手を置いた。

 

「惜しかったですね。あとちょっとだったのに」

「あは、また勇気を出してみましょう!諦めちゃダメですよ」

 

 うっ……ぅぅぅぅぅぅわああぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!!

 私は心の中で叫んだ。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 レナさんは真剣に、そして楽しそうに授業に取り組んでいた。

 日本史の授業の時なんて、目をキラキラさせながら、中条先生の説明ひとつひとつに頷いていた。大好きな日本の歴史を知ることができて嬉しいのだろう。

 それにひきかえ……。

 

「有地くん。……有地将臣くん!」

「は、はい!」

「体調でも悪いんですか?」

「あ、いえ。大丈夫です」

「なら、授業はちゃんと聞くように。わかりましたね?」

「はい。すいませんでした……」

 

 有地さんが授業中に居眠りをして、先生に怒られていた。

 

 最近、有地さんのだらしない行動が増えてきている。先ほどのように居眠りとまではいかないが、授業中に船を漕いでいることがほとんどだ。

 だらしない行動は授業だけではない。ここのところ毎日朝食に遅れてくる。今朝だってそうだった。

 一言で言えば、だらけすぎ。この調子で祟り神との戦いは危険だと思う。

 有地さんには怪我をして欲しくないのに。

 そんな私の気持ちを、有地さんが知るわけもなく、結局授業の最後まで有地さんは眠たそうにしていた。

 

 休み時間。このままではいけないと思い茉子たちに相談する。

 

「やっぱり、危険だと思うの」

「危険?なにかあったんですか?」

「今日のお弁当は傷みにくいものを使用しましたから、お腹を壊す危険はないかと」

「そうじゃなくて、有地さんの話」

 

 有地さんの名前を出した瞬間、二人は納得した顔になる。

 

「最近の有地さんはだらけすぎだと思うの。授業中に居眠り。放課後は遅くまで遊んできて、朝は寝坊。このままじゃ、祟り神と対峙した時に怪我をする。そう思わない?」

「そうですね……そのことに関しては、なんとも言い難いですね」

 

 幸彦が言い淀むとは思っていなかった。

 言い淀む根拠もわからなかったので思わず聞き返す。

 

「どういうこと?」

「目に見えているもの、聞いているものだけが全てじゃないってことですよ。さすがに、授業中の居眠りに関しては擁護できませんが」

「有地さんは芳乃様と同じぐらい頑固ですからね」

「……幸彦はなにか知ってるの?」

「知っていると言えば知っていますが……申し訳ありません。男同士の約束をしてしまったのでこれ以上は」

「……わかった。もういいです。有地さんが何かを隠していることはわかったから」

 

 本当に、いつの間に幸彦は有地さんと仲良くなったのだろうか。

 険悪な関係になる心配をしなくていいので嬉しいことではあるのだが。

 

 

 結局、有地さんの秘密についてはわからないまま帰りのホームルームを終える。

 何を隠しているのかわからないけど、ちゃんと有地さんと話しておくべきだろう。もし最近の有地さんの不調が穂織に来たことによるストレスにあるのなら、やはり無理をさせず、お祓いには来ないように伝えるしかない。

 そう思った私は、いつものようにチャイムと同時に帰路につこうとする有地さんを呼び止めた。

 

「有地さん。少しよろしいですか?」

「朝武さん。どうしたの、改まって」

「授業中、居眠りをしていましたよね」

 

 有地さんの笑顔が明らかにぎこちなくなる。

 そこまで露骨に嫌がられると、さすがに傷ついてしまう。私ってそんなに強いのかしら。

 

「最近、具合でも悪いんですか?朝も遅いですし、眠れない理由でもあるんですか?」

「それは……。いや、体は全然大丈夫、具合が悪いわけじゃないんだ。夜もぐっすり眠れてる」

 

 有地さんが嘘を言っているようには見えなかった。だからこそ心配になる。

 体は大丈夫なら、心は?精神的な疲労のせいだろうか?でも夜は眠れていると言っているし。穂織に来たこと自体が、有地さんの負担になっているのではないか。

 

「ごめん。これからは気をつける。言葉だけじゃなくて、ちゃんと態度で示すから」

 

 有地さんは真っ直ぐ私の目を見て、そう言った。

 まただ。また、この目。

 私のことを手伝いたいと言った時もこの目をしていた。

 

「……体調が悪い時は無理をしないほうがいいと思います。お祓いがどれだけ危険なのかは、有地さんも十分わかっていると思うので」

「うん……ほんとゴメン」

 

 有地さんが頭をさげて謝る。

 なんで私はこんなことしか言えないのだろう。謝って欲しいわけじゃないのに。私の言葉が、有地さんを追い込んでしまっているのかもしれない。

 

「……こちらこそすみません。少しきつく言いすぎたかもしれません」

 

 以前にも茉子に言われたこと。仲良くしたいなら仲良くすればいい。気に入らないなら気に入らないと言い、心配なら心配だと伝えればいい。

 当たり前のことなのに、茉子や幸彦にはできるのに、なんでこんなにも素直な言葉が有地さんの前では出てこないのだろう。

 そんな自分を恥じていた、その時——

 

「んんっ……んぁっ」

「と、朝武さん?」

 

 急に体がムズムズしてきて、筆でくすぐられているような、変な感覚が身体中に駆け巡る。

 

「ぃぃっ、んんっ……や、やだ。こんなところでぇ……」

 

 この感覚だけは慣れることはなく、声を我慢することができない。

 

「んぁっ!あっ、んんっ……んんん…………ッ!」

 

 一際強い感覚が襲いかかる。体がビクッっと震えると、私の頭に犬の耳がぴょこっと顔をだす。

 これが、祟り神が発生した証。

 有地さんが珍しいものを見たように、じっと私の頭の耳を見ている。

 有地さんに、耳が発生するところを見られるのは初めてなので恥ずかしい。

 

「そんなマジマジと見ないで下さい」

「あ、ご、ゴメン!」

 

 すぐさま顔をそらす有地さん。

 

「…大丈夫なの?」

「問題ありません。有地さんの体に触れて出てきたのがイレギュラーだっただけで、いつものことですから」

 

 穢れに反応して出て来るこの耳。この耳が出たということは、今日の夜にまたお祓いに行かなければならない。今の有地さんをつれていくのは気が引けるが、それでも有地さんは一緒に行くと言って聞かなかった。

 

「はぁ……わかりました」

「あ、でもその前に、ちょっと寄るところがあるんだ」

 

 言ったそばから……本当に大丈夫なのだろうか?

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「ムラサメちゃん、怖いなら叢雨丸に憑依しとく?」

「おお!その手があったな!」

 

 夜になり、山の中に入って祟り神を探す。

 適度な緊張も、有地さんとムラサメ様の会話のせいで少し緩んでしまっている。行動で示すと言っていたけど、大丈夫だろうか?

 私の心配をよそに、近くの茂みでガサガサと音がなる。この気配は間違いなく祟り神だ。

 

「お二人とも!気をつけてください!」

 

 茉子が声を上げると同時に、祟り神が私たちの目の前に現れる。

 こちらの出方を見るように低い姿勢でじりじりと迫ってくる祟り神。

 

「決して油断はしないように、お願いしますね」

「わかってる」

 

 私の声掛けに答えた有地さんは大きく深呼吸をするとそのまま叢雨丸を構え、祟り神を睨みつける。

 次の瞬間、祟り神が有地さんに飛びかかった。

 

「有地さん!!」

「——逃げて!」

 

 予想もしない祟り神の動きに私と茉子が叫ぶ。

 驚いた顔をしていた有地さんだが、何を思ったのか前へと踏み出している。

 危ない!

 そう声を出す余裕もないほどにあっという間の出来事だった。

 うまいこと祟り神の攻撃を避けながら、すれ違いざまに祟り神の胴体に叢雨丸の一太刀を浴びせる有地さん。それは、今までのドタバタした素人の動きではない、見事な体の運びだった。

 祟り神が消滅してからも構えを解かず、油断している様子もない。

 

「安心しろ。ちゃんと祓えているぞ」

 

 ムラサメ様の言葉で、有地さんはようやく肩の力を抜いた。

 と同時に地面に膝をついて何かを拾い上げ、ポケットにしまった。

 

「今の動きは抜き胴の動きのように見えましたが……」

「よく覚えてないんだけど、体が自然と動いてたよ」

「最初の頃に比べたらずいぶん動きが良くなっていたと思います。努力の成果ですかね♪」

「な、なんのことですかな?」

 

 茉子と有地さんが意味深な会話をしている。もしかしたら、茉子も幸彦と同じように何か知っているのかもしれない。

 それよりも今は……。

 

「有地さん!大丈夫ですか?どこか怪我したりはしていませんか?痛むところは?」

「大丈夫だよ、朝武さん。ほら、この通り」

 

 有地さんが手足を動かしてみせる。

 それを見てようやく胸をなでおろすことができた。

 

「どうしてあんな無茶な動きをしたんですか!飛びかかってくる相手に向かっていくなんて!」

「予想外の動きで俺もびっくりしたけど、さっきも言った通り気づいたら体が動いてて……。そんなに危なっかしかった?」

「そういうわけではありませんが……」

 

 むしろ、今までより格段にいい動きをしていて驚いてしまったほどだ。

 

「とにかく、あまり無茶はしないでください。有地さんが傷つくのは、いやなんです……」

「……わかった。今度はもっと気をつけるようにする。それから、ありがとう。心配してくれて」

「あは、いい雰囲気ですね〜。ワタシもしかしてお邪魔ですか?」

「茉子、からかわないで」

「申し訳ありません。芳乃様がようやく素直な気持ちを有地さんに伝えられたので、つい嬉しくなってしまいまして。その調子ですよ」

 

 微笑みながらそう言った茉子は、今度は有地さんに向き直る。

 

「これはますます頑張らないとですね」

「うん。そうだね」

「何を頑張るんですか?」

「……さぁ!そろそろ戻ろうよ!幸彦も待ってるだろうしさ!」

 

 露骨に話をそらされてしまった。茉子は有地さんの秘密を知っているのだろう。会話からそんな感じがした。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「先にお風呂いただくね。ふぁ〜ぁ」

「やれやれ、浴槽の中で眠らないよう、吾輩が監視しておこう」

「さすがに風呂の中じゃ寝ないって」

 

 大きなあくびと共に浴室へ向かう有地さん。

 その後をムラサメ様が追う。

 有地さんがいなくなるのを確認してから、私は話を切り出した。

 

「何を隠してるの?」

「何のことですか?」

「有地さんのこと」

 

 昼間同様、有地さんの名前を出すと二人揃って納得した顔をする。

 

「どうするの、幸彦」

「そうだな……さすがにこれ以上の隠し事は信頼関係にも影響しそうだ」

「それじゃあ」

「ああ。有地には悪いが、芳乃様にも教えよう」

 

 どうやら話がまとまったようだ。

 

「芳乃様、明日は少し早起きをしてみましょう」

「早起き?」

「ええ。言葉で説明するよりも実際に見た方がいいでしょうからね」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 早朝。茉子と幸彦に言われた通り早起きをした私は、息を潜めて玄関を見張っていた。

 

「こんな朝早く起きて、いったい何がわかるの?」

「お静かに。そろそろだと思いますから」

 

 隣にいる茉子が小声で答える。ちなみに今日は幸彦も朝から一緒だ。

 しばらくすると、日が昇ったばかりなのに有地さんが家を出て行く。

 いったいどこに向かうのか。こんなに早く起きているのに、なんで朝食には遅れてくるのだろうか。疑問は尽きない。

 

「追いかけましょう。俺についてきてください」

 

 幸彦を先頭に尾行を始める。

 途中いきなり有地さんが振り向いたりしたが、幸彦と茉子は諜報活動のプロである。バレることなく目的地にたどり着く。

 そこで私が目にした光景は目を見張るものだった。

 

「将臣!ペースが落ちているぞ!しっかりせんか!!」

「はい!」

 

「あと50回だ!休むんじゃない!」

「はい!」

 

「将臣!」

「はい!」

 

 走り込みやシャトルラン、筋トレに縄跳びなど、玄十郎さんにしごかれている有地さんの姿があったのだ。

 

「これは……」

「これが、有地が隠していた秘密ですよ。玄十郎さんに頼み込んで稽古をつけてもらっていたんです」

 

 これが秘密?

 

「どうして、いつからこんなことをしていたの?」

「おそらく、自分の力不足を感じた時からではないかと。あとは芳乃様の姿にも影響されたのではないですか」

「私に?」

「芳乃様の舞の奉納やその練習。たくさん努力している姿を見て、自分も頑張ろうと感化されたのではありませんか?」

「………」

「男っていうのはバカな生き物でして。大切な人の前では強がってしまう生き物なんですよ」

「あは、それは経験談?」

「ご名答、その通りさ」

 

 つまり有地さんのここ最近の不調に見えた行動は全部……。

 

「なによ、それ……そんなの……そんなのって……」

 

 

 

 

——————————————————————————————

 

 

 

 

「誠に申し訳ありませんでしたっ!」

 

 朝の稽古を終えて帰ってきた俺を出迎えたのは、朝武さんの土下座だった。

 ……これはいったいどういうことなのだろうか?

 てか、穂織に来てから何回目だ?人に土下座されるのって。

 

「あのー、状況がいまいちわからないんだけど……これはどういう状況?」

「すまん、有地。隠しきれなかった」

 

 幸彦が謝ってきた。それはつまり……。

 

「もしかして、全部ばれてる?」

「はい。全部ばれちゃいました」

 

 常陸さんが舌を出しながらコツンと頭に手をやる。所謂てへぺろってやつだ。

 そうかそうか。全部ばれてるのか。

 俺はゆっくり顔に手を当てる。

 

 ——恥ずかしい!!!!!

 隠れて努力していたことがバレるとここまで恥ずかしくなるのかよ。

 

「知らなかったとはいえ、有地さんが努力していたのに、勝手にだらけていると決めつけて、大変失礼なことを言いました。本当に申し訳ありませんっ」

「と、とりあえず頭を上げてくれないかな」

「………」

 

 俺の言葉でも朝武さんが頭を上げてくれることはなかった。

 女の子を土下座させるなんて、二股かけてた廉太郎より最低じゃないか。

 

「だらけていたのは本当なんだから。むしろ謝らなくちゃいけないのはこっちだと思うんだけど」

「本当に頭が硬いやつだな、芳乃は。もうちょっと融通をきかせてもよかろうに」

「それが芳乃様の長所でもあり、短所でもあるところでしょうか」

「こうなったらテコでも動かないぞ」

 

 真面目すぎるのも考えものだな……。

 

「この償いはなんでもしますので。目玉焼きに醤油をかけろといえば…醤油をかけます。涙を呑んで……ソースを……封印します!」

「芳乃様!そこまでの覚悟とは……」

 

 いや、そんなにすごい覚悟には聞こえないのだが……。

 

「償いって言われてもな……」

「こうなったら、ご主人が命令を出したほうが早いのではないか?」

 

 いっそエロい命令でも出しちゃおうか。

 

「あ、何かエロいことを考えている顔だ」

「ほう」「あは」

「考えてない!考えてないですからね!!」

 

 どうやったらあんなに怖い笑顔ができるのだろうか。

 一歩間違えれば本当に殺されかねない。

 

「じゃあ、気恥ずかしいんだけど、一つだけ……お願いがあります」

 

 一見危機的状況だが、こんな時こそ有利にことを進められることもある。

 ピンチはチャンス。これを機に、朝武さんとの関係をもっと近づけられるはずだ。

 

「その……俺を認めてくれないかな?」

「認める?それは……婚約者のことですか?」

「うん、それも含めてかな。前に言ったこと覚えてるかな?君のことを手伝わせて欲しいって。たしかに、最初は押し付けられただけの関係だったかもしれないけど、せめて普通の友達ぐらいにはなりたいんだ」

「今までひどく突き放しておったからな」

「あの態度はさすがにひどかったですね」

「ノーコメントで」

「仕方ないじゃない!有地さんを巻き込まないためにはそうするしか思いつかなかったんだから!」

 

 やっぱり、俺のことを気にかけてわざと冷たくしていたんだ。

 そのことを朝武さんの口から直接聞けただけで嬉しかった。

 

「これからはそんな気遣いはいらない。友達なら助けるのは当たり前だからね」

「今は……普通じゃないですか?」

「普通の友達は、この程度で土下座なんかしないよ。土下座を求めたりもしない。だからさ、これからは畏ることも、変な遠慮も必要もない。一緒に呪詛を解いていこう」

 

 俺は朝武さんに手を差し出す。

 朝武さんはその手を見ながら、まだ迷っているように見えた。

 踏み込み過ぎてしまったのかもしれないが、ここで手を引っ込めるわけにはいかない。ここを逃したら、このまま先に進むことができないと思ったから。

 そんな時、朝武さんとはちがうところから三人分の手が伸びてきて、俺の手を握ってくれた。

 

「そうゆうことなら、俺たちも協力しないわけにはいかないな」

「はい!私たちもお友達ですからね♪」

「吾輩も力になるぞ!任せておけ」

 

 幸彦が、常陸さんが、ムラサメちゃんが、俺の手を取ってくれる。

 こんなに嬉しいと思ったのは久しぶりだった。

 それをみた朝武さんが恐る恐るゆっくりではあるが手を差してくる。

 

「ほら!芳乃様も!」

 

 常陸さんがその手を掴み俺の手まで引っ張ってくる。

 そしてゆっくりと、しかし確実に俺の手を握ってくれた。

 

「こ、これでいいのでしょうか?」

「バッチリですよ、芳乃様」

「あは、なんだかちょっぴり照れますね」

「吾輩は嫌いではないぞ、こうゆうの」

 

 それぞれの顔を見ながら笑いあう。やっぱりいいな、こうゆうの。ムラサメちゃん同様、俺も嫌いではない。むしろ好きなぐらいだ。

 俺は最後に朝武さんと目を合わせる。

 

「これからよろしく!朝武さん」

「……はい。よろしくお願いします!」

 

 はにかんだ彼女の笑顔は、最高に可愛かった。

 

 

 





改めまして、「駒川の者として」第九話を読んでくださりありがとうございます。

今回は芳乃視点を中心に書いてみました。なかなか新鮮で楽しかったですが、彼女の魅力を損なわないように物語を進めていくのは難しかったです。自信はなですが、後悔もないです。
ただ一つ、恥ずべきことは、語彙力のなさ……。

次回はとうとう第十話。予定ではガッツリオリジナルの話を書きたいなと思っております。


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