幸せにしたい人達のはなし。
ちょっとしたホラーかも知れません。閲覧時にはご注意をば。
人形+ヤンデレ?=この小説
ヤンデレは監禁まで。病み対象を殺すのはメンヘラ。
ガチャリ、と何かをはめ込むような音がした。
差し出した自分の手。そこに刑事ドラマで見るような手錠がかかっていた。
間抜けな面をさらす俺に、彼女は微笑んで、
「恒一様。私の人形になっていただけますでしょうか?」
そうにこやかに、告げてきた。
ガラス玉のように透明な美しい茜色の、光の灯すはずのない瞳が、今はとても煌めいて見えた。
次の日起きたら手錠は外されていた。だからいつもの通り、彼女に挨拶をして、いつもの無表情に戻った彼女の前で朝食を食べ、休日の過ごし方である読書をして時間を潰し、思い出したかのように大学の宿題をやり、夕食を食べ、寝る。
そんな日々を送っていた。
一つ違うことは、生活用品を買いに外に出ようとしたら、彼女に止められたことである。曰く、俺には外に出てほしくないとのことだ。
彼女がお願いをするのは珍しいことだ。身だしなみ、マナーなど、常識に関して彼女はアドバイスを言うことはあるが、彼女自身の考えから物を言うのは滅多にない。なので、彼女の言う通りにすることにした。自分としても、彼女の喜ぶ姿を見ると嬉しいのである。
幸い彼女は社会に出ても瞳以外は人と遜色ないし、髪も黒に染めている。長袖長ズボンを着れば最も致命的な部分も見えない。誰にでも馬鹿丁寧な言葉遣いが違和感を誘うことがあるかも知れないが、逆を言えばそれだけである。買い物を心配なく任せられる人であった。
そんな日常を過ごして、三日目の朝。
今日は話をしなければならないことがあった。
「おはようございます。恒一様」
いつものように挨拶する彼女に、今日は話があると伝える。改まった態度に、彼女は少し困惑しているようだった。彼女は感情を伝えぬ瞳をしているが、十数年過ごしていれば些細な変化にも気づけるようになる。
取りあえず朝食の後でということになり、その朝食が済んだところで。
湯気が立つティーカップを俺の前に置き、彼女は自分の椅子を引いた。
「それで、話とは何のことでございますか?」
俺は相談事をしたりとか、相手に対して思うところを言う、というのに全く経験がない。だから直球で、という勇気もない。よって、遠回しに伝えることにした。
明日の昼食と夕食は要らないと言うと、彼女は分かりやすく眉を下げた。
「それは、明日は大学に行くということでよろしいでしょうか?」
今までこの話題を出さなかった理由は、連休だったからである。平日になると学生の身に漏れなく授業がある。学業をおろそかにするのは良くないことだ。彼女の不満を買うことは分かっていたが、それでも話を続けるべきであった。
「恒一様。私の考えは既に伝えたはずですが」
何処から取り出したか、手錠をちらつかせながら彼女は目を細めた。滅多にないことだ、彼女の思いを叶えたい気持ちはある。だが、彼女の言う通りにして人形になる、というのは人として間違っている。そして俺は人である。ならば、彼女の思いに応えられないというのは自明の理であった。
俺の考えは変わらないと悟ったのか、彼女は元の無表情に戻った。納得していないのは見ただけで分かる。だが、彼女は俺を組み伏せ命令できるほどの力はない。そして俺も彼女に無理やり言うことを聞かせたくない。両方とも、言葉を尽くすことでしか相手を納得させるしか方法はないのである。
俺は彼女を納得させるため、説得を開始した。
紅茶がなくなっていることに気がついたのは、口をつけてからであった。
ティーカップを置く。カチャ、と大きな音が響く。彼女はあれから目を伏せ黙ったままだ。
納得してくれた、と思いたい。これ以上自分から納得させる言葉が出てくるとは思えなかった。どうしても彼女に納得してもらわなければならない。人として間違っていることを、俺はやりたくはなかった。
彼女は目線を上げた。その顔はいつもと変わらぬ無表情だった。
「恒一様……もう苦しむのはお辞めください」
彼女はとんちんかんなことを言い出した。苦しむ? それが今の話に関係あるのだろうか?
「恒一様、失礼します」
そう言って彼女は俺の手を握ってきた。慣れ親しんだ、固く冷たい感触がする。
彼女に手を握ってもらうと、いつも思い出すことがある。小学生のころ、将来の夢、という題名で作文を書いたときのことだ。
クラスメイトが書き進めるなか、俺の手は止まっていた。自分の将来の夢が分からなかったからである。先生に何かないかと聞かれても、何もないとしか答えられなかった。
結局宿題となり、両親にそのことを話すとやはり何かないかと聞かれた。何もないと答えると、普通なら何かあるはずだと言われた。それでも何もないと答えると、両親は黙った。その時の顔を、よく覚えている。
不満と、失望が色濃く現れた顔を。
結局、作文は人を助ける仕事をしたい、という内容で書いた。
先生は喜んでいた。立派な子だと。普段から授業で言っていることを書いただけなのに。
両親は喜んでいた。いい子に育ったと。人に優しくしなさいと言われていたからそうしているだけなのに。
彼女は無表情だった。ただ、手を握ってくれていた。
人が嬉しいと感じるのは、人がやってほしいことをやることだ。それが一番手っ取り早く、人を助ける方法だ。だから俺はそうした。それだけの話だ。
「恒一様、あなたはもう苦しまなくていいんです。私の言う通りにしてください」
「夕、それはできないよ。人として間違っているからね」
あなたはそう言って微笑んだ。
その顔を見る度、私の胸に痛みが走る。作り物の体が、確かに痛みを訴えている。
涙を流せないのがとても悲しい。この悲しみが彼に伝わらないのが辛い。あなたは間違っている。そう何度言葉を尽くしただろう。いや、数なんてどうでもいい。あなたが頑固だからというわけでもない。問題は私にあった。
私は人形だ。声が平坦で、感情なんて乗せられない。
私はトワイライト。黄昏に佇む少女を模して造られた人形。私にとっての無表情は日が沈む悲しみを表現したもの。
故に私には悲哀の表情がない。無表情こそ私の悲しみ。けれど、あなたはそれを理解していない。でも、私にはわかる。あなたは理解したくないだけ。自分が間違っているのを。今までやってきたことがただ人に言われたからやっているだけと、認めるのがつらいんだ。だから私に納得してもらいたいのでしょう。
「夕、聞いてくれ。俺は人を助けるために今まで頑張ってきたんだ。人を助けることはいいことだから」
それであなたが苦しんでいるなら意味がない。私は知っているよ。あなたは真面目な人だって。本当に人を助けたいと思っていることも。そのせいで人から疎まれていることだって知っているの。
「夕。君が心配してくれているのは分かる。だけど、やっぱり俺、人を助けたいんだ。だってその方が喜ぶ人が増えるだろう?」
その中にあなたはいるの? 心から笑っているの? 私ね、あなたには幸せになってほしいの。 だってあなたは、私に本当の悲しみを教えてくれた。作り物では表現できない、本物を。手を握ったあの時、私には到底表現できないものが体を駆け巡ったの。その瞬間から、あなたが好きになったの。あなたがとても大切になったの。あなたがとても愛おしく思えたの。だからね、私の人形になって。人だと幸せになれないのなら、私と同じ人形になりましょう。大丈夫。怖くなんてないわ。何も痛いことなんてしない。ただ、いつまでも外にださないだけ。だってあなた、人がいるからそういう考えになってしまうのだから。私は人形だから、大丈夫。どんなにあなたが酷いことをしても、全部受け入れるから。愛してるから。人形になりましょう?
大丈夫。
「恒一様、私、とても幸せですから。それを今度は恒一様に伝えたいのです」
「夕、君も人間だ。君だって喜んでくれると思うから。それが俺の幸せなんだ」
トワイライト=夕暮れ、黄昏
夕暮れ=夕
本文に入れられなかったのでここに書きます。