いっやー、あぶなかった!
あとちょっとで姉さん『絶唱』歌うところだったよね!? まじで間一髪、滑り込みセーフだった。
装甲の殆どが砕け、一目で満身創痍であるとわかる姉さんは、何が起こったか理解することができていないのか、呆然と私を見つめている。
まぁそりゃ、そういう反応になるよね。姉さんからしてみれば、私がシンフォギアを纏うだなんて思いもよらないだろうから。
「色々聞きたことがあると思うけど、今はちょっと待ってね。まずはこいつらを全部片づけるから!」
「唱花、待てっ!」
必死に止めようとする姉さんの声を華麗に無視し、私はノイズの群れへと向かって駆け出した。
この状況だと、どっちにしても話ができる空気じゃないからね。まずは邪魔者どもを片付けないと。
ん……? あの一人頑張ってノイズを斬りまくっているのは、もしかして翼!?
このくそ災害ども、誰の許可を得てマイプリティエンジェルに手ぇ出しとんじゃあ!
「そういうのは
翼を囲むノイズ目がけ、私は盾を思い切り投げつける。
ブーメランのように回転しながら、盾は翼の周囲のノイズを次々と粉砕し、最後には私の元へ帰ってくる。
今の一撃で抜け出す隙を見つけた翼は、一気に駆け出すと私の隣まで移動してきた。
「え、唱花? なんでここに、それにその姿……」
「へいベイビー、私に夢中なのはわかるけど、質問は目の前のあいつらをどうにかしてからで頼むぜ☆」
姉さん同様、困惑する翼のおでこに軽くデコピンをすると、盾を構えなおしノイズ共を睨みつける。
「私が翼を守るから。翼は遠慮なく奴らを駆逐しちゃって」
「え、あ……うん、わかった!」
うんうん、素直で大変よろしい。
初めての翼との共同作業。なんとも甘美な響きでしょうか!
私と翼は各々の得物を構え、未だうじゃうじゃと煩わしいノイズへと向かって駆け出した。
「ふっ、はぁっ、せいっ!」
流石は幼い頃から鍛えているだけあり、翼は無駄のない精錬された剣捌きで次々とノイズを切り捨てていく。
私も負けじと、時に薙ぎ払い、時に振り下ろしノイズを蹴散らしていくが、やはり圧倒的に倒すスピードが違う。
まぁ、別に競っているわけじゃないし、そもそも私の得意分野はそこじゃないからね!
ととっ、そんなことを考えてる間に、ノイズ共が四方八方から槍となって襲い掛かってきた。
360度囲まれ逃げ場はない。
けど、そんなもの私には関係ないもんね!
「翼! 私の近くに!」
「うん!」
翼が傍まで来たのを確認し、抱えた盾に力を籠める。
──
直後、私と翼を守るように防壁が螺旋状に天へと伸びていく。
その螺旋の塔は小型ノイズの攻撃を一切受け付けず、逆に奴らを煤へと還す。
ぶははははっ、口ほどにもないわぁ! ほらほら、もっともっとかかってきなさい!
……なんて、そんな時間をかけている暇もないんだよね実際。
さっき姉さんの後ろに見えたあの子。出血量からしてかなりヤバい状態だ。一刻も早く片づけたいけど、あのデカブツのせいで次から次に湧いて出てくる。
「翼、あのデカいの仕留められる?」
「……近くに行ければ何とか」
頼もしい返事をくれるが、翼も戦い続きで限界が近づいてきている。
言葉通り、仕留めきれるだろうけど、2体同時には厳しいかもしれない。というか、あそこに踏み込までにお邪魔虫が多すぎる。
それにあまり踏み込みすぎると──ちっ、やっぱり!
「奏! ノイズがそっちに!」
「アタシにかまうな! こっちは何とかする!」
私たちの横から通り抜けたノイズが数体、満身創痍の姉さんに向かって駆け出す。
「翼、一旦姉さんの方までさがるよ!」
「わかった!」
姉さんはああ言っているが、もう限界だ。槍も半分ほどが崩れ落ち、もはや武器としての役割を果たせなくなっている。
あのまま放っておいたら、ノイズに襲われたとき立花 響はおろか、自分の身すら守り切れない可能性が高い。
翼とともに姉さんの元まで戻ると、横から抜け出していたノイズをぶちのめす。
「唱花、なんで戻ってきた! 早くあいつらを片付けねぇと、後ろの子が!」
姉さんの怒声が背中越しに聞こえてくる。
わかっている、事は一刻を争う事態だと。
でも、それでも、姉さんを見捨てることはできない。
だから──
「……翼、お願いがあるの」
「……唱花?」
「姉さんとあの子を連れて、ここから逃げて」
これが、私が出した答え。
シンフォギアを纏っている翼なら、姉さんと立花 響を抱えてこの場から立ち去ることは難しくない。
外には警察や二課本部に残っている人たちも到着しているだろうし、急いで病院へ運べば助かる可能性は高い。
そんな私の提案に、翼は頭を振って否定してくる。
「ダメだよ、こんな数のノイズ一人で相手なんて。それなら私も一緒に戦って倒せば」
「……そんなことしてたら、あの子が死んじゃう。それに、翼ももうギリギリでしょ? だったらここは私に任せてよ」
「それは……」
自分の体のことだ、翼もわかっているから否定する言葉を見つけられない。
「バカヤロウ! そんなの、認められるわけねぇだろ! 死ぬ気か、唱花!?」
姉さんは最後まで否定してくるけれど、私は構わず前へ足を進める。
「ふんだ! さっき死のうとしてた姉さんの言うことなんか聞いてあげないもんね!」
私、こう見えてもすっごく怒ってるんだから!
私を置いていこうとした姉さんなんて、今日は口きいてあげないもん!
顔だけ後ろへ向けると、不安な、縋るような表情の姉さんがいた。
……もう、アーティストがなんて顔してるの。そんな顔見たらファンが悲しんじゃうよ?
「大丈夫、必ず帰ってくるから。だから姉さん──また明日!」
「待てっ、行くな! 行くなっ、唱花ぁああああ!」
私と姉さんたちを遮断するように、会場の横幅いっぱいの壁を出現させる。
これで姉さんたちにノイズが向かうことはない。
後は、こいつらを私がぶちのめせばいいだけ。
「さて、握手会はここまでだよ。ここからは私が相手してあげる!」
敵意を私に集中させるため、わざとノイズの中心地を目がけて駆け出す。
豪快に盾を振るい、数体のノイズをまとめて煤へと還す。
だがそれくらいでは焼け石に水程度。残ったノイズ達が束になって襲い掛かってくる。
「そうだよ、お前の敵は私だ! もっとかかってこい!」
──
球状の壁が私を包み、その上から圧し潰すようにノイズ達が重なる。
直後、壁の外側を埋め尽くすように針が伸び、群がっていたノイズ達をまとめて串刺しにする。
ノイズ共は為す術なく崩れ落ちていき、風に吹かれ宙へ舞い上がっていく。
これぞ対集団用のカウンター技! ちょっと危ないから、対人や周りに仲間がいるときには使えないけどね!
「ほらほら! まだまだこれからだよ!」
再び盾を構えなおし、ハンマー投げのようにぐるぐると回転する。
戦国無双よろしく、バッタバッタとノイズ達を撃破していく私の前に、2体のギガノイズが立ちふさがる。
よしよし、ようやくボスのお出ましってね。
ギガノイズは私に向けて口から嘔吐物の様なものを吐き出し攻撃してくる。
なまじデカい分、その攻撃事態も威力や範囲は小型ノイズとは比べ物にならない。
「けど、そんな攻撃、私の守りの前じゃ意味はないよ!」
私は取っ手を握る手に力を籠め、ふり上げた盾を地面に突き刺す。
──
現れるのは、西洋騎士を思わせる白亜の盾。
暴力的な質量を受け止めつつも、罅すらも入ることなくギガノイズの一撃を受け止める。
だが確かに、その衝撃は私の体を襲い続ける。
正直に言ってめちゃくちゃ痛い、痛いけども! こんなの、日頃の姉さんたちが受けてる痛みに比べれば、屁のカッパ!
「……ははっ!」
攻撃を受け止め続ける私の口から、不意に笑い声が漏れる。
ああ、嬉しいな。姉さんが死ぬ未来を、こうして変えることができたんだ。守ることができたんだ。
私がこの世界に生まれた意味はわからないけど、たぶん、今日この日のためにあったんじゃないかなと思う。
なんて、そんな死亡フラグみたいなことを考えるのはやめよう。
私はこれから先も、ずっとずっと、姉さんたちと一緒に生きていくんだ。私たちだけの未来を。
だから、こんなところで死ぬもんか、死んでやるもんか!
白亜の盾は最後までギガノイズの攻撃を受け止め、その役目を全うすると消滅する。
開けた視界の先には、いまだ健在のギガノイズが再び小型ノイズ達を生み出す。
生まれたそいつらは、ギガノイズを守るように周りを囲み形勢は序盤へと逆戻りする。
「……やっぱり、守るのが取り柄の私じゃ相性が悪いよね」
手数を増やすギガノイズに対して、守りが主体の私じゃ何時まで経っても平行線だ。
この均衡を破るためには、まずはギガノイズから始末する必要がある。
そして今の私が持つ、ギガノイズを倒せる技と言えばあれしかない。
「さてと、ちょっくら体を張りますか!」
痛む両手に力を籠め、未だ衰えぬ闘志を燃やす。
先ほど受け止めきった攻撃が、エネルギーへと変換されているのが分かる。あの時よりも、さらに大きなエネルギーが。
これほどのエネルギーなら、ギガノイズはおろか、この場のノイズ全てを一掃することができるはずだ。
両手に力を籠めると、蓄積したエネルギーが白い光となり盾を覆う。
この一撃を放った後、私自身はどうなるだろう。まぁ間違いなく、ショッピングモールの時よりも酷いことになるだろうなぁ。
でも、姉さんが生きててくれるんだし、それくらいで済むなら安いもんだよね!
「もってけ! お前たちの全部!」
──
解き放たれた光は天へと一直線に伸びていき、一等星が如き輝きを茜色のキャンパスに灯す。
星は胎動し、徐々に徐々にその体積を増していき──突如として爆ぜる。
星屑は流星が如く空を駆け抜けるとノイズ達へ降り注ぎ、その尽くを蹂躙しつくす。砕けた欠片の一つ一つが『
小型ノイズはおろか、ギガノイズすらも流星には抗うことができず、瞬きの間にその存在を煤へと還す。
流星が散り終えた後、この場には地面を穿つクレーターのみが残っており、この一撃がどれほどの物かを表していた。
先ほどまでとは打って変わり、静寂がこの場を支配する。戦いの終わりを告げるように。
……ああ、終わったんだ。これで、ずっとずっと、姉さんと一緒にいることができるんだ。
吹き抜ける風を感じながら、私はこれからの未来へ思いを馳せる。
姉さんや翼、弦十郎さんに了子さん──たくさんの仲間たちと過ごす、輝きに満ちた未来へ。
「ああ……よかっ、た……」
もはや立つだけの力も残されてはおらず。
体を駆け抜ける激痛を感じると同時に、私の意識は暗闇へ包まれた。
時は少しだけ遡り、ライブ会場を抜け出した翼たちへ。
唱花のおかげで無事、何事もなく会場の外へ出ることができた翼と奏の耳を、まるで近くで爆撃が起きたかのような衝撃音が震わせる。
「……っ! 今の音……」
鼓膜を揺らす激震に、翼は隣を歩く奏に視線を向ける。
奏もこの空震が何を意味しているのか理解しており、いつも以上に真剣な目で翼を見つめる。
「アタシはここまででいい。この子も連れていく……だから翼、唱花を頼めるか?」
そう頼む奏は、指が食い込むほどの力で拳を握る。
姉として、真っ先に駆け付けたいはずだ。だが今の彼女が唱花の元に行っても足手まといになってしまうだけ。
それを理解しているからこそやりきれない、悔しい思いが溢れ出す。
「……わかった」
そんな奏の思いを汲み、翼は一言そう返すと、腕の中で眠る少女を預け来た道を全力で駆け抜ける。
負傷した少女と奏がいない翼は、ものの数分とかからず会場へたどり着く。
そこで目にした光景は、姿を消した大量のノイズと
「──唱花!」
会場の中心で倒れ伏す親友の姿。
一心不乱に彼女の元へ駆ける翼だが、近づくにつれある違和感に気づく。
それは倒れる唱花を中心とした赤い池。会場にそんなものはなかったはずと思いながらも、翼は一秒でも早く駆け付けるために必死で足を動かす。
そしてようやく倒れる親友の元へ辿り着いたとき、翼は己の目を疑った。
「……そん、な」
うすうす気づいていた。彼女を中心に広がった赤い池。その正体が何なのか。
気づいていたが、そうであってほしくないと無理やり考えないようにしていた。
「……うそ、うそよね」
だが、そんな翼の思いを嘲笑うかのように、彼女の目に映る光景は非情な現実を突きつける。
「いや、唱花──いやぁああああ!」
慟哭。
涙を流し、悲痛の思いを叫ぶ。
天羽 唱花。
翼の親友で、マネージャーで、大切な人であるそんな少女は──血だまりの中、静かに眠っていた。