アインツベルンのバーサーカー、真名を茶渡泰虎というらしい。 作:サンゴの友達
…チャドが活躍するところが見たかった、後悔はしていない。
ドイツのとある川の近く、吹雪吹き荒れる山岳地帯の中にその古城は存在した。決して開けることの無い降雪の結界はここを支配する一族の防御魔術である。何人たりとも許可無くば通ることは叶わず、白銀の世界を永遠と彷徨うこととなる。そんな閉ざされた異界において現在類を見ない物々しさが城内に充満していた。
冬木の地にて行われる聖杯戦争、万能の願望機を奪い合う殺し合いにおいて始まりの御三家とされ屈指の錬金技術を持つ魔術の大家アインツベルン。主人無き人形達の城、第三魔法の成就に妄執した魔術師達の影法師、目的に猛進するホムンクルス達は遂にその願いに最も近い場所に辿り着いていた。
彼等は確信していた。過去の聖杯戦争の敗北も今回の勝利の為の布石だったと言っても過言ではないと。何故なら彼らは高いマスター適性を持つ最高傑作のホムンクルスと、考えうる限り最強の英霊の聖遺物を手に入れたのだ。
最早勝利は揺るがない。されど僅かな失敗があってはならない。計画通り召喚する英霊を狙い通りのクラスで召喚しなくてはならないからだ。
こうしてアインツベルン、その中で魔術に特化したホムンクルスが集められ大講堂にて召喚の儀を執り行っていた。
これから行われるのはサーヴァントの事前召喚だ。この戦いにおいていかに優秀な英霊を手に入れるかはそのまま勝敗に直結する。過去4度において屈辱を味わったアインツベルンは他陣営に目的のサーヴァントを取られぬようにと先んじて召喚の儀を執り行うことを決めたのだ。
「…今宵の召喚により我等は宿願に大いに近づく。以後これ以上の好条件を揃える事は叶わないだろう。故に、我等は万全を持って事に当たらねばならぬ。…さて召喚を始めたまえ」
ホムンクルス達の統括たる白い長髪の老人、ユーブスタクハイト・フォン・アインツベルンの号令にならい皆一様に白いホムンクルス達は詠唱を始める。
聖堂を模した魔術工房、その中央に水銀により描かれた魔法陣にホムンクルス達の魔力が注がれる。飽和した神秘は魔法陣の先、祭壇に掲げられた斧剣に殺到する。
今回アインツベルンが用意した聖遺物はかのギリシャの大英雄に所縁あるものだ。
大英雄ヘラクレス、知らぬ者など探す方が難しいそんな英霊の中の英霊こそアインツベルンの用意した最大戦力だった。
英霊としての格は言わずもがな知名度による補正は開催地の極東においてもズバ抜けている。この英雄と渡り合える力を持つ者を用意する事は他陣営には難しいだろう。これは財力において力を持つアインツベルンがなせる技だ。
しかし力強さはそのままその英霊の我の強さに直結する。召喚は出来たとしても御せなければ意味が無い。そこでアインツベルンは二重に策を巡らした。
まず大英雄をクラス:バーサーカーで召喚すること。理性を抑えてしまえば反逆を起こされる事もない。更にサーヴァントのパラメーターに大幅な補正を受けられるこのクラスでの召喚が出来ればただでさえ強力な能力は隔絶したものになるだろう。
そしてマスターであるイリヤスフィール・フォン・アインツベルンには特製の令呪を付与した。肉体の大半を魔術回路で構成する彼女であればその強制力は言霊一つで令呪一画分に相当する。
物言わぬ究極の戦闘マシンがここに完成した。後は計画通り召喚するだけだ。
魔力は巡り、現実と神秘の境界を曖昧にする。密閉されて居るはずの工房に何処かから風が巻き起こった。その場の誰もが見つめる先に強大な力の権化が現れる事を確信した。
風が強くなる。魔力切れを起こし次々と倒れる者達がいた。しかし他の者が振り返る事は無い。彼らはこの為に鋳造され消費されるのが当初からの目的だったからだ。
魔法陣は眩く輝いた。魔法陣中央から放たれた極光は正しくアインツベルンを照らす希望の光であった。
…光のはずだった。
「むっ……、ここは何処だ…?」
…おかしい。そう直感したのは誰だっただろうか。
現れたのは褐色の偉丈夫。ギリシャ人というには南米の血が強い様に見えるが、引き締まった身体つきは服の上からでも歴然としている。
少し困ったように癖っ毛の多い黒髪の頭を掻いている大男。
「…お前達、ここが何処か教えてくれないか?」
…しかし、
「喋っている…?」
「ポロシャツに、パンツ……?」
明らかな異常、それも魔術に長けた彼らから見た現状況は余りにも残酷な一言で片付けられた。
…誤召喚、召喚の儀の失敗を意味していた。
明らかに当世風の衣装、伝承に無い右腕を覆う黒い鎧、そして狂戦士にあるまじき明確な理性…
本来【狂化】を施されるバーサーカーでの召喚はサーヴァントの理性を奪い、名の通りの狂戦士へと変質させる。会話が成り立つなど本来あり得ないのだ。
ならば目の前に立つこのサーヴァントは何だ。
…明らかに、アインツベルンがもとめた物ではない。
「アハト翁!召喚は成功したのでしょうか⁉︎…これは、バーサーカーと言うには…余りにも不可思議です‼︎」
一人のホムンクルスが声を上げる。日頃の殆ど表情を顔に見せない人造人間達が一様に冷や汗をかき口元を震わせていた。動揺は広がり工房に波紋の様に広がっていった。
○
「むぅ…、言葉が通じていないのか…」
慌てふためくホムンクルスの渦の中で、茶渡泰虎はあご髭をなぞりながら考えていた。
ボクシングのタイトル戦後、祝勝会として気心の知れた高校時代の知人達と会う約束をしていた矢先の出来事だった。
気がつけば城の中に立っていた。
見覚えのない場所、白を基調とした中で神秘を帯びた厳かな内装は彼の知識の中で合致するものが無かった。
(雰囲気はいつかの滅却師達の城に似ているな…)
脳の片隅でそんな事を考えながらも、辺りを見渡し少しでも情報を搔き集める。
一様に白い髪と赤い目を持つ集団。ある者は杖を、ある者は水晶の様なものを持っている。その奥には兵士だろうか、長い得物を持つ戦士が控えていた。
さらに己が立つのは不思議な魔法陣の上にいる事を認め、祭壇や篝火など魔術めいた儀式の中央に自身がいる事に気がついた。
(何かの儀式だろうか…、浦原さんなら何か気づいたりするんだろうが…)
胡散臭さに定評のある知人を思いながら、茶渡は一人の人物に目線を向ける。
長い白髪に白い法衣、護衛に両脇を固めさせ、明らかに目の前の集団の指揮として立つ老人と目があった。何故彼に目がいったのかと言えばただ一人動揺することも無くジッとこちらを向いていたからだ。
(無機質というかロボットを見ている気になってくるな)
「…問おう、偉丈夫。貴様の真名、ギリシャの英雄ヘラクレスで相違ないか」
唐突な問い、茶渡は一瞬固まる。そして少し黙った後口を開いた。
「……いや、違う。こんな風貌だが俺は日本人だ。名前は茶渡泰虎という」
何を聞いているのか理解できていない。突如としたトンチンカンな質問に思わずたじろぐ。
「…そうか」
少しだけ眉を落とすと静かに片手を上げる。
「…一先ず捕らえよ、再召喚を行うにしろ、計画を変更するにしろ、其奴は曲がりなりにもサーヴァント。利用法は幾らでもある」
「「…っは‼︎」」
ユーブスタクハイトの冷静な命令にホムンクルス達は元の平静を取り戻し、召喚されたサーヴァントを取り囲んだ。
「…‼︎、待て、俺は争いたい訳じゃない!急な事でこちらも困惑しているんだ‼︎」
偉丈夫は慌てた様に説得しようとするがホムンクルスは先程の喧騒は何処へやら、一切の感情を見せずこちらを見つめている。
「一体全体どうなっている…」
「捕らえろ‼︎」
「……クソッ!」
武装したホムンクルス達が四方から襲いかかる。皆身の丈より巨大な槍や、ハルバードを振り回し茶渡に肉薄する。
「くっ…!悪いが抵抗させてもらう‼︎」
茶渡はボクサースタイルに構えると、正面から迫る槍を最小限の動きで躱す。
放たれる一撃は常人では決して再現不可能な怪力の技。戦闘用ホムンクルスという身体能力に特化した者達が成せる神秘だ。
「…ッ⁉︎、人間ではないのか?」
その見かけによらぬ一撃を認めた茶渡は瞠目しながらも華麗に避けてゆく。
巨体を縮め、人垣の隙間を縫う様に突貫していく。襲いかかる得物を右手でいなしながら壁際へとたどり着いた。
「…悪いが逃げさせてもらう」
黒い鎧に覆われた右手の握り拳を壁に当てる。その肩口の出っ張りが開き爆発的な白いオーラが噴き出した。
これは茶渡泰虎の異能、仲間達とともに研鑽を重ね、鍛え上げた技だ。あの戦い以降も鍛錬は怠っていない。放つのは久方振りだが身体が、魂が戦い方を悟っていた。
「
噴き出すオーラが拳に集積する。白光を帯びた拳は破壊の一撃となる。
霊子と呼ばれる魂を形作る因子を纏った拳が、ボクサーとして磨き上げた揺るがない鋭い一撃となって壁に衝突する。
瞬間、茶渡の視界に映ったホムンクルス達が奇妙な動きをしていた。
立ち止まり、こちらをジッと見ているのだ。特に先程の老人、【アハト翁】と呼ばれていた男は誰よりも驚愕の表情を浮かべていた。
…
○
魔術で強化されている筈の壁は容易く崩壊し、土煙の中に茶渡泰虎は消えた。
既に追跡を放ったが彼らでは足止めが関の山だろう。サーヴァントとはそれ程までに常人から逸脱した存在であり、強化されたホムンクルスであってもそうは変わらない。
「…どうされましたアハト翁」
傍の護衛がユーブスタクハイトに問いかける。彼は現在召喚の間に置いて用意された椅子に腰掛け、ただでさえ皺だらけの顔にしかめ面を刻んでいた。
「…よもやあのようなサーヴァントが召喚されるとは、…しかしこれこそ我等の願いに…いや、あり得ん。我等が願いは
脱出の際、茶渡泰虎が放った一撃はユーブスタクハイト・フォン・アインツベルンの保有するライブラリに合致する物を浮き彫りにした。
それは彼の創造主が残した記憶。妄執の中に埋もれた第三魔法の輝きであった。
独り言を終えるとユーブスタクハイトは立ち上がり、場に残ったホムンクルスに告げる。
「かのサーヴァントはどうゆう訳か、ユスティーツァと同質の力を行使する様だ。……誠に遺憾だが我等の宿願の成就には奴の力が必要だ。よってこれより正体不明のサーヴァント真名 茶渡泰虎と我等が生み出した最高傑作イリヤスフィール・フォン・アインツベルンの適合実験を始める。茶渡泰虎の捕縛、更にイリヤスフィールの契約の準備を始めよ」
ホムンクルス達に動揺が走る。されど指揮官たるユーブスタクハイトの命に従い、すぐさま駆け足で場を離れていった。
「…先程のお話、誠ですか?」
護衛が問う。第三魔法と呼ばれる技術はアインツベルンの叡智の結晶であり、…既に失われたものだ。犯し難く、アインツベルンのプライドの塊と言える様なソレをどこぞの馬の骨の持つものと同列に扱って良いわけがない。
されど目の前の老人の瞳が揺るがない事を察すると、護衛は口を紡いだ。
「…我等は今度こそ掴まねばならぬ。この戦い、最も苛烈になるものと覚悟せよ」
ユーブスタクハイトは静かに目に決意を灯す。
この戦いの果てに願いは叶うと信じて。
一護「チャドの霊圧が…消えた⁉︎」