アインツベルンのバーサーカー、真名を茶渡泰虎というらしい。 作:サンゴの友達
次回からは多分他のサーヴァント達も出せると思います。
戦いは激戦に次ぐ激戦であった。
しかしいくら強力な個の力を有する茶渡たちであっても統率の取れた軍隊の様に展開するホムンクルス達には後手に回らざるを得なかった。
対魔術師といえるような完成されたスタイルを持った精鋭達には急造のチームでは力で優っていても搦め手に非常に弱かった。それでも持ち堪えるに留まれたのはサーヴァントという規格外の存在がいたからだろう。
戦いは均衡、されど決め手には欠ける相手は堅牢な守りを崩す事は叶わなかった。
それでも終着は必ずやってくる。長かった様な短かった様な、そんな時間感覚の薄れる張り詰めた戦いに最初に根を上げたのは意外にも茶渡泰虎であった。
「ぐっ………!!」
「ヤストラ!?」
歯を食いしばりながらも最早力の入らない脚は膝から砕ける様に倒れ込む。本来の彼ならば有り得ない余りにも早いダウン。その要因は絶対のルールが彼を縛っていたからだった。
「……そうか、これが……サーヴァントの…感覚……か」
そんな言葉を後に茶渡泰虎はうつ伏せで倒れ伏した。
イレギュラーとして召喚された茶渡泰虎。しかしその身体はサーヴァントの枠組みに捕らえられている。
マスターという依り代無き現界は彼が本日三発目の【
「ヤストラ!後もう少しだって言うのに…」
イリヤスフィールは顔を歪ませる。ここまで泰虎はイリヤの盾となってくれていた。そのお陰でイリヤは存分に実力を発揮できたのだ。彼女の魔術の才はこの上ない程高い。現状、アインツベルンにおいて彼女を超える才覚を生み出すことは不可能な程だ。しかし彼女の力はこの10年の大半を“マスター”としての成長に割かれ、“魔術師”としての力はまだまだ発展途上と言えた。
要するに彼女はまだ実戦経験が乏しかった。戦いの中での攻守のバランスを、自らに届きうる刃の捌き方を、生き残る渇望が足りてはいなかったのだった。
「お嬢さま!私達の後ろに!!」
「……守る」
従者の二人がイリヤと敵を遮る様に立つ。すでにその純白な従者服は真っ赤な血が滲み額から流れては片目の視界を奪っていた。満身創痍、この二人もただ主人に対する忠義でのみ意識を保っている様なものだった。
眼前には未だ7名程の兵士が立ち塞がる。見れば一度泰虎が吹き飛ばしたはずの者たちが復活している。
(…手加減したのかしら、そう言えばあった時も逃げている最中だったわね。……戦いたくないなんてサーヴァントとして失格だわ)
この戦いを煽ったのは自分だ。
しかしこの目の前の大男に、自分のわがままを受け入れ逃げればいいものを律儀に守ろうとした者に対して、複雑な感情を向かずにはいられなかった。
独善だと吐き捨てる自分がいた。
優しすぎると憐れむ自分がいた。
そしてその姿に、守り抜こうという底抜けを善人としての在り方に当てられた自分がいた。
「………イリヤ!!!!!」
聞いたことの無いリーゼリットの叫び声がイリヤの意識を呼び覚ます。
「……えっ」
鮮血が視界を埋め尽くした。ドサリという音と共に目の前に倒れ込む者がいた。
「セラ!!!」
見れば彼女の下腹部を槍が貫いている。血は止まることなく白い大理石の敷石を紅く染め上げていく。
「……よかった、お嬢さままでは…届かなかった……様ですね……グッ!?」
「…バカ!!私のミスよ!そんな大怪我、…私まだセラから回復魔術習ってないんだから!!」
セラに駆け寄るがイリヤスフィールに出来ることは殆ど無い。
視界が歪む。頬に流れる暖かい感触にようやく自分が涙を流しているのだと認識した。
「…だめ!イリヤ逃げて!!」
いつのまにか後方に潜んでいた者がイリヤへと殺到する。得物は長い直剣。ブレることのないその切っ先は真っ直ぐにイリヤの胸に迫る。彼女の薄い胸では何の抵抗もなく貫かれてしまうだろう。
もはやその距離は瞬きのうちに埋められるだろう。突発的な出来事にイリヤは固まってしまう。…ただ己の従者を強く抱き寄せる事しか出来なかった。
「…たすけて、ヤストラ!!」
心の底から助けを求めたのはいつぶりだっただろうか。少なくともこの10年はあり得ないだろう。喉が裂けるほど叫んだところで、血が滲むほど暴れたとてこの白磁の城から連れ出してくれる者は居なかったのだ。
あらゆる痛みがイリヤを変えた。誰の助けも借りない強き者であろうとした。事実、彼女は強くなった。魔術師としての非道さを、アインツベルンの寵児としての責任感を、イリヤスフィールとしての憎悪を手に入れた彼女は正しく聖杯を求める者となった。
それでもこの瞬間に彼女は確信する。
(……全然成長なんて出来てないじゃない。私は…ただ立ち止まっていただけなんだ…)
過去に囚われた復讐者、己が力で運命に抗わなかった臆病者、井の中の蛙、歩みを止めた事実を他の言葉で誤魔化してきただけだったのだとイリヤスフィールは走馬灯の様に感じていた。
(これは適応できなかった私への罰なのかもね…)
そんな諦めがイリヤの中に充満していた。
「……まだ終わっちゃいない」
いつのまにか少女の前には大きな壁がそびえ立っていた。
「ヤス…トラ……?」
「……まだ立つのか」
これまで無表情だった敵のホムンクルス達がその姿に驚愕を染まっていた。
「……【
鎧を纏った右腕には凶相の模様が描かれたカイトシールド。泰虎の体の大半を覆い尽くす頑強な盾は直剣を突き立てたにも関わらず欠片も刺さる様子は無い。
「…守るという約束だった。ならば立ち上がるのに理由は十分だろう」
マスターなきその身は既に現界を保つ魔力すら残っていない筈だ。だが目の前の男はそれでもイリヤの盾とならんと淀みなく立ち塞がっている。
泰虎の鎧の右手に光が宿る。一度見た彼の宝具解放だ。
「下がっていろ、今度は威力が違うからな」
「ヤストラ……!」
深く腰を落とし、右腕を引き絞る。まるで大砲の弾を装填するかのような鈍重で迫力なモーションに誰もが体を動かすことができなかった。
「…いくぞ、コレが正真正銘最後の一撃だ」
「まって!それ以上は……っ!!」
音が割れた。突風と呼ぶには余りにも巨大な風の壁が全身を強く打つ。
イリヤの声はかき消された。だが彼女はそれ以上足掻こうとはしなかった。
彼女の前にあるものがこれ以上は無粋だと伝えてくる。
大きく、強い背中だった。覚悟を決めた者の背中だった。
(…お願い!勝ってヤストラ!!)
せめてものエールを心で叫ぶ。逆転の一手はこれをもって他に無いだろう。
「……任せておけ」
(…っ!こんな事で安心してしまうなんて……魔術師として失格ね…)
だが心地良い暖かみが胸の中に芽生えたのは錯覚では無いだろう。忘れたはずの心、捨てたはずの感情をイリヤは確かに感じていた。
(…ああ、私はヤストラを信じているんだ)
誰もが声を出す事の叶わない中で確かに泰虎の叫びが城内に響き渡ったのだった。
「……
収束した極光が辺り一面を揺るがし、あらゆるものを捲り上げる。大地は揺らぎ爆音と共に光の中へと溶けていった。
ただその中で少女だけがその行く先をまぶたを閉じる事なく見届けていた。
「………結果は以下の通りでございます。茶渡泰虎は霊基が不安定な為必要な施術の後、封印拘束を行いました。こちらからの一方的な従属契約も問題なく行えるものと確信しております」
抑揚もなくつらつらと報告事項を読み上げたホムンクルスはユーブスタクハイトに礼をすると退出する。今回の実験結果を聞いたユーブスタクハイトはその皺だらけの顔の溝をより深いものにしていた。
「…魔力供給がなくとも宝具三回に三時間以上の現界時間、バーサーカーにあるまじき明確な自我、そしてその能力は我らが大望する第三魔法に類する奇跡……で、あるか。望まずの偶然とは言え天命と言っても過言では無いな。……マスターとの仲も良好……か。」
現在イリヤスフィールは施術後の茶渡泰虎の側を離れないという。まだ目を覚まさない彼に時折語りかけている様子も報告されているという。
「規格外ではある。…だが我らの定めた計画は大きく修正せねばなるまい。バーサーカーとしての運用は…難しいであろうな」
当初の計画は強大な戦力に凶化によるブーストで規格外の暴力の化身を生み出すものだった。それを御する為に特製の魔術回路と令呪を用意したのだ。
だが今回召喚されたサーヴァントは規格外とはいえ、客観的な評価は平均的なサーヴァント程度でしか無い。
凶化ランク 【−】
ある意味規格外と言える程の最低ランクでの凶化スキルはパラメーターに対して殆ど影響を与えていない。…知名度による補正など言わずもがなである。
殆どがDランク程度、魔力に関しては数値が無く、耐久性だけは【EX】を保有している。
特質する点で言えばコスト安の対軍宝具であるが、それも全容を把握は仕切れていない為計画に組み込まない。
他の宝具を所有しているかは不明だが、仮にもバーサーカークラスでの召喚である為複数の所持は期待出来ない。
「盤石を取るならば再度儀式を行うが……不幸にも初遭遇時に壊れてしまったか…」
特定のサーヴァントの召喚にはその英霊のゆかりの品が必要になる。茶渡泰虎との戦いに置いてそれらは粉々に砕けてしまった。もはや再召喚は不可能、現状保有する戦力で聖杯戦争を勝ち抜かねばならない。
「後戻りは許されん…か。我らアインツベルンの命運をあの小娘一人に任せる事になるとはな…」
長きに渡る宿願がこんな形で頓挫すると誰が予想した。
四度にわたる屈辱は何のためだったのか。
上辺だけの感情しか持たないユーブスタクハイトの中で激しい憎悪が紅蓮となって内側から吹き上がる。
「我らは…私は……一体何のために聖杯を求めたのだ…。私には聖杯の成就は不可能なのか?……ならば…私は……」
この日、アインツベルンのホムンクルスの父にして聖杯の再現に妄執した人工知能はその機能を停止させた。