アインツベルンのバーサーカー、真名を茶渡泰虎というらしい。   作:サンゴの友達

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申し訳ない…本当に申し訳ない。


契約

「……ここは」

 

覚醒した茶渡泰虎は周囲の状況に驚きのあまり声をこぼす。

 

 

一面見渡す限りの闇がそこには広がっていた。

 

 

「どこだ、ここは…」

 

 

死後の世界ではないだろう。茶渡の知る“あの世”は青空の下にあった、…“断界”という線もあったがやはり茶渡の知るものとは違っていた。

 

前後左右、上下すら不明瞭で地面に立っているかすら分からない空間、視界を埋め尽くす斑らな黒は不規則な対流を繰り返しながらその紋様は張り裂けんばかり悲鳴を上がる人の顔の様だった。

 

そして全体に伝わる不気味な霊圧。死神でも滅却師でも虚でもない。感じたことの無い生温く、どこか冷え切ったそのプレッシャーに茶渡の身体は強張った。

 

 

「……そんなに緊張しなくてもいいのよ?私は貴方を歓迎します」

 

「…!?」

 

 

一瞬だった。茶渡は全力でその場を走り身体をひねり切り返す。理解が脳に及ぶより先に本能的な恐怖が身体を支配していた。

 

 

「………お前は、なんだ!」

 

うわずった声が喉にかかり、調子の狂った声が出てしまう。嫌な汗が頬を伝う。今まで感じた中で最も異質なプレッシャー、先程までの不気味な霊圧は目の前の人型が発しているのは確定的だ。明らかにその濃度が違う、強烈な霊圧は既に形を持ちはじめ周囲は蜃気楼のように空間が歪んでいる。

 

しかし相手は明らかに茶渡泰虎の霊圧知覚範囲にいた。ここまで凶悪な気配であればどうやっても気付くものだ。死神や破面では無いとはいえ茶渡の感知力はそう低いわけでは無い。……だがそれをすり抜けられた。

 

目の前の存在が埒外である事だけは理解できた。

 

既に巨人の右腕(ブラソ・デレチャ・デ・ヒガンテ)は発動させている。霊圧が右腕に収束し白いオーラを纏ったその鎧の手は既に臨戦態勢であった。

 

「…クスッ、はじめまして茶渡泰虎、理の外から招かれた異端の英雄さん?……私は…そうね、未だ生まれ落ちてはいないので名を持つというのもおかしいけれど“常世全ての悪(アンリマユ)”と名乗っておきましょう」

 

微笑むのは銀髪の女性、その整った顔立ちがはにかむ様は一枚の絵として芸術品と言えるだろう。緋色の目と白い肌、不気味な黒の衣装、容姿はアインツベルンで見たホムンクルスに似ている。……正確にいえばイリヤスフィールに似ているといった方がいい。

 

茶渡は警戒を緩めない、目の前の女性が放つ霊圧が不気味そのものであったからだ。明らかに人では無いだろう。だが茶渡には目の前の人型が何であるか皆目見当がつかなかった。

 

「こうして出会うのは初めてね。いいえ、サーヴァントでありながらこんな所にやって来るのは、やはり貴方が例外だからなのでしょうね」

 

 

「……アンリマユ、と言ったか。お前は一体何者なんだ!…いや、言葉を足そう、お前は一体何のために俺を呼んだ‼︎」

 

茶渡の霊能力は不可思議な繋がり(パス)がアンリマユとある事を知覚していた。ならば茶渡泰虎を呼び出したのは十中八九この化け物であろうと結論付けた。

 

「……!成る程、貴方にはわかるのですね。しかし残念ながら貴方を呼んだのは私ではありません。邪魔こそ入りましたがどうやら今回の戦争は私に運が回ってきたようですし、良しとしましょう」

 

 

「一体何の話しだ!質問に答えろ‼︎」

 

出来るならばこの場から一目散に逃げ出したい。しかしそれは不可能だろうと悟った茶渡は怯えを抑えアンリマユを睨みつける。少しでも情報を、突破口を見出すことしか手はなかった。

 

 

「聖杯戦争、万能の願望機を奪い合う争い。貴方は戦いに招待されたの、殺し合い最後の一人となりなさい。さすれば聖杯は貴方に福音をもたらすでしょう」

 

「願いを叶える、だと⁉︎…そんな馬鹿げた話があるか!そんな奇跡があるならば、世界は既に平和になっている筈だ‼︎」

 

アンリマユは何か思い出したようにクスクスと笑う。

 

「…ごめんなさいね、少し下らない事を思い出してしまったわ。貴方自身その奇跡の片鱗を味わっているのでしょう?知ったようで知らない世界への転移、サーヴァントという肉体、自身に満ちた魔力という力。これを奇跡と呼ばずして何というのかしら?」

 

「…ぐっ、それは!」

 

言い返す理屈は無い。だが不可思議な部分がいくつかある。…何か重大な隠し事があるような気がしてならなかった。

 

「……それならば、何故俺なんだ。悪いが俺は焦がれるような妄執に覚えはない。戦いに参加する理由は無い!」

 

「それは分からないわ。貴方が選ばれた理由も、誰が望んだのかもね。ただ貴方が戦いに臨む理由は存在するでしょう?」

 

「……なに?」

 

茶渡は眉をひそめる。この化け物が何を知っているというのか。

 

「貴方が守ると誓ったイリヤスフィール・フォン・アインツベルンは聖杯戦争に参加し……死亡するわ」

 

その時、アンリマユの口元が裂けるように釣り上がる。その急変した顔は悪魔と形容するに正しいものであった。

 

 

 

 

「……お嬢さま、こんな所に居られては風邪をひいてしまいますよ」

 

「イリヤ、最近ずっと、こんな感じ」

 

 

従者二人が心配する中、イリヤスフィールはジッととある培養器を見つめていた。緑色の溶液に浮かぶのは褐色の大男、彼女を救った英雄、茶渡泰虎であった。本来エーテルの体を持つサーヴァントはこの様な治癒装置に収納する必要はないのだが、彼の場合例外的に“肉体”を所持していた。ならば物理的な治癒も可能だろうと治癒の薬液で満たした培養槽に運び込まれたのだ。

 

 

「心配ないわ。でも私はこうしていたいの。彼には御礼を言わないといけないしね。……このまま放って置いたら彼、たちまち消えてしまいそうで不安なのよね」

 

 

まるで独り言の様に従者に顔を向けずイリヤスフィールは呟く。

 

 

「……………恋?」

 

「……お嬢さま、魔術師として…使い魔に…恋慕を抱くのは如何なもの…かと」

 

「ち、ちがうわよ‼︎そんなんじゃないってば‼︎リズも変な事言わないでよ!……セラ真に受けないで、そんな青い顔で見つめないでよ」

 

 

コチラを見つめる…ブレまくっている従者の瞳を無視しつつイリヤスフィールは溜息をつく。

 

 

「…これはイリヤスフィール・フォン・アインツベルンとしてのプライドの問題、恩義を返す位には器は大きいつもりよ?」

 

 

イリヤスフィールのプライドは高い。個人としての資質もそうだが、アインツベルンという大家に生まれた責任感、魔術師としての自負も重なり合いかなり頑固に凝り固まっている。

 

 

「それだけ?イリヤ、それだけにしては、健気、世話焼き」

 

「…うっ⁈……別にいいじゃない!ただの気位よ」

 

 

目に見えて狼狽するイリヤスフィールはそっぽを向いて顔を隠す。よく見れば耳の辺りが紅くなっている。…気温のせいではないだろう。

 

 

「……まさかお嬢さま、茶渡泰虎を使って聖杯戦争に参加なされるおつもりですか」

 

 

いつのまにか復活したセラが問う。その言葉にイリヤスフィールは動かなくなった。

 

 

「…どうして?」

 

 

先程までの少女さは消え失せ、淡々とした魔術師然とするイリヤスフィールの姿がそこにはあった。

 

「それはこちらのセリフです!もはやアハトはその機能を停止しました。…アインツベルンの聖杯戦争への参加理由はほぼありません!……それなのに何故、自ら命を投げ出す様な真似を…」

 

アインツベルンの宿願“第三魔法(ヘブンズフィール)の成就”その急先鋒であるアハトは活動を停止した。よほどのことがない限り“再起動”は有り得ないだろう。この家にいるのは殆どがアハトによって生み出されたホムンクルスである為、主人を失った彼等は“現状維持”に目的をシフトし始めていた。

 

 

「…違うわ。アインツベルンに無くても、個人の、イリヤスフィールとしての参加理由があるわ。…十二分にね」

 

 

冷たい眼差しがセラを見据える。セラは思わず息を飲むがイリヤスフィールはすぐにその瞳を引っ込める。

 

 

「私はこの聖杯戦争に勝ち抜くために生み出された。その為だけに調整されたこの身体ではそう長く生きられるものではないでしょう?なら、この命を本来の目的通りに使って何がいけないというの?」

 

 

垣間見える闇、幼子の姿からは到底有り得ない圧力が部屋全体へと伝わる。

 

 

「それは…ヘブンズフィールの完成は最早目的ではないと……?」

 

「ええ…セラ、リズ、私はね、ワガママなの。私がこの戦いを続ける理由は魔術師としての矜持とかアインツベルンのプライドとかもあるけど……一番は負けず嫌いなの」

 

 

悪戯っぽく笑ってみせた主人にセラは諦め気味の溜息をつく。長年支えてきた主人はこんな性格だったと思い返す。

 

何であろうと決めた事は曲げない、いや曲がらない。それこそがイリヤスフィールの真骨頂であると再認識した。

 

 

「イリヤ、いきいきしてる。楽しそう」

 

「はぁ…承知いたしました。我らはもとよりお嬢さまの従者、……最後までお供いたしますとも」

 

「ありがとう、セラ、リズ。……それじゃ、憚られたけど“契約”しちゃいましょうか!」

 

 

培養器に向けて手をかざすとイリヤスフィールの身体中に赤い紋様が浮かび上がる。特別に調整された彼女専用の令呪であり、参加者としての資格だ。

 

 

「本当は貴方が起きるまで待つつもりだったんだけど、気が変わったわ。……ヤストラ、貴方の力が必要よ!」

 

 

“ー告げる”

 

 

励起した魔力が風を起こす。

 

“汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に”

 

 

光を浴びた令呪、バチバチと雷光が所々で鳴り始める。培養器の中が泡立ち始め、茶渡泰虎の肉体が僅かに震え始める。

 

 

“聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ”

 

 

ガラスが砕け、溶液が流れ出る。ただ倒れ出た巨体は地面に伏す事なくギリギリの所で脚を出し耐える。

 

 

「………俺は…また戻ってきたのか……?」

 

 

自らの手を眺め、感覚を確かめるように動かす。朧げに辺りを見渡しイリヤスフィール達を認める。

 

 

「「………」」

 

 

互いに言葉はない。ただ見つめ合う。そこにあるのは信頼と希望のこもった眼差し。何も言わずに理解する。

 

 

「………」

 

 

茶渡は何も言わずイリヤスフィールに近寄る。彼女は目を背ける事なく彼を見続ける。

 

 

「…イリヤ、俺はどうしても叶えたい願いがある。…その為に俺と共に戦ってはくれないか」

 

 

まっすぐに見つめ返す瞳は茶渡の言葉が嘘偽りではない事を示している。大きな手を差し出す。分厚く、硬い屈強な手だ。その上に白く儚げな少女の手が触れる。

 

 

「当然よ、元より貴方以外と組むつもりは無いわ。そして貴方とでなければ意味がないの。…だからヤストラ、私に、私達で勝利を掴みましょう!」

 

「……ああ!」

 

 

こうして魔導の大家にして聖杯戦争始まりの御三家、アインツベルンは規格外のバーサーカー“茶渡泰虎”を召喚し、第五次聖杯戦争に挑むこととなる。

 

 

 

 




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