アインツベルンのバーサーカー、真名を茶渡泰虎というらしい。   作:サンゴの友達

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中々戦わないですね、この話


冬木

聖杯戦争決戦の地 冬木市

 

山と海に囲まれたこの地はその名前に反して極端な寒気が訪れる事は少なく快適な気候から地方都市として発展してきた。

 

古い家屋を多く残し大邸宅が数多く建ち並ぶ“深山町”、反対に成長発展著しく高層ビルが次々と建つ“新都”の2つから成るこの市を遠方の小高い丘から眺める2つの影があった。

 

一通りの訓練を終え、アインツベルン陣営は拠点を冬木の地に移した。共は最低限、遊びに来たわけでは無い。信頼の置けるセラ、リーゼリットの二人程度をメンバーにやって来たのだった。

 

 

「どう?ヤストラ、あなたの知る日本と差異はあるかしら?」

 

 

傍の小さな影が茶渡に問う。視線を落とせば防寒服をしっかり着込んだイリヤスフィールが目に入った。セラが気合を入れてコーディネートした為非常に愛らしい人形の様な佇まいがそこにはあった。

 

 

「無いな、冬木市自体は分からないが、建ち並ぶ建造物、文化、目に入る動植物に関しては何の違いも無かった。……ここまで来ると本当に俺は何処からやってきたのか更に謎が深まってくる」

 

 

溜息をつきながら茶渡は腕を組む。ゴツめの黒いレザージャケットがガサゴソと音を立てる。対する茶渡泰虎の様相ははっきりと言ってギャングに近い。褐色のゴツい男が分厚い皮のジャケットを羽織っただけで威圧感がとんでもない。此方はリズの強烈な推しに負けてしまった結果だ。終始真顔ではあったがどことなく満足そうな雰囲気に茶渡が折れてしまったのだった。…似合っているかどうかで言えばこの上なく似合っているのも原因ではある。

 

 

「私達の人類史に限りなく近い並行世界、でも“死神”や“虚”と言った独自の神秘を持つ以上“根本が異なる”。専門分野ではないけれど面白いわ」

 

 

薄く笑みをこぼし、白い吐息が漏れる。そしてその息が空に溶けるより先にイリヤスフィールはクルリと背を向ける。

 

 

「行きましょう、未だ全てのサーヴァントが揃わないと言っても戦いは待ってはくれないわ。こうして呑気に歩き回るのはこれが最後だと思いなさい」

 

冬木に赴く際、茶渡泰虎はイリヤスフィールに事前の冬木市の探索を申し出た。霊体化できないサーヴァントを連れて歩くのは目立つ事この上ないが茶渡の心境を汲んだイリヤスフィールはそれを承諾したのだった。

 

しかしそれでも往来の多い市街地ではなく人影少ない郊外を歩いているのは二人の外見のギャップが激しいのをセラに咎められた為だった。なんせ優れた容姿のイリヤスフィールと巨躯の茶渡の組み合わせでは嫌が応にも目立ってしまう。

 

「そうだな、これ以上探し回っても何かを得られる訳ではなさそうだ。……聖杯戦争、か。こんな平和な街で苛烈な殺し合いが行われているなど誰が信じるのか…」

 

「あら、今更ナーバスになってどうするのよ?…神秘は秘匿されるもの、“何が起ころうとも”無辜の民が真実を知る事は無いわ。全て教会によって隠蔽される……“真実は闇にいまし、全て世は事もなし”知らなくていい事なんて沢山あるのよ、この世界は」

 

残酷な世界だ、と茶渡泰虎は心の中で溜息をつく。しかしこれがこの世界の在り方であると言う以上、部外者である彼は口には出さない。無論彼の中の正義感が異議を唱えている。だがその闘争が無意味である事など火を見るより明らかだった。昔であれば容赦なく暴れたかもしれない、しかし今の彼はある種の妥協が心の中に芽生えていた。

 

大人になるというのはこういう事なのだと心の中で言い聞かせた。この世界に留まった理由はもっと目先の問題なのだから。

 

 

「そういうものなのか、この世界は…」

 

思わず口にしてしまった言葉に茶渡は慌ててイリヤスフィールを見る。彼女は少し恥ずかしそうな笑顔をこちらに向けていた。

 

 

 

 

「イリ……ヤ…⁉︎」

 

 

しかし声をかけることを中断し、茶渡泰虎は新都の方向に素早く睨みを利かせた。

 

 

(何か来る!気を付けろ‼︎)

 

「………‼︎」

 

 

念話により注意を促す。不可思議な霊圧…魔力の起こりを感じ取った茶渡はイリヤを背にして壁の様に立ち塞がった。

 

訓練においても感じたことのない重厚なプレッシャー。明らかに人ではない。…近いものでいえば死神…その中でも隊長格に位置する者に近いだろうと認識した。

 

 

(…私の魔力探索には引っかかってないわ、あなたの感知力は桁違いね!)

 

 

戦いに備え対魔術に関する訓練の際、茶渡泰虎は自身の特異な感知能力を発見していた。魔術の行使、即ち魔力が発生するあらゆる場面においてその察知能力がずば抜けて高い事を発見したのだっだ。

 

正確に言えば魔力を回す際に発生する霊圧は“茶渡泰虎の独自の知覚”であるという事だった。

 

 

『目に見えないものは、感じることのできないものは存在しないのと等しい』

 

 

霊能力という魔術世界において“超能力”に分類される様な力を持つ茶渡泰虎は独自の視点で世界を見つめ、それが他者から理解を得る事は無い。

 

霊長の長たる英霊が揃い踏みするこの戦場において唯一のアドバンテージといっても良い発見だった。

 

概念そのものが存在しない以上その分野においては必然疎かとなる。

彼のいた世界では強い霊力を持つ者はその力を隠す術を習得する。しかしこの世界においてそれは無い。ならばその者の気配、殺気は手に取るように理解出来た。

 

 

…そして今感じる霊圧は世界で感じた何者よりも強い。コレが、サーヴァント。茶渡泰虎と同等、いや、それ以上の実力者の気配だと認識した。

 

 

(直接姿が見えないという事は隠密の技や術に長けた者、…アサシンかキャスターかしら?)

 

(距離にして1kmもない…この速度ならばすぐにでもこの場にやってくる‼︎)

 

 

茶渡はジャケットの裏から素早く仮面を取り出し、被る。対魔力を持たない茶渡が敵に呪術的攻撃を受けない為に渡された一種の魔術礼装だ。仮面のデザインは茶渡の意向で骸を模した形をしている。白の地で左半分に赤い紋様が刻まれてた。

 

(淀みなく此方に向かってくる。…まだ此方側の動きには気づいていない様だ。なら……!)

 

茶渡は少し朽ちかけた木製の電柱に手を伸ばす。視線は決して晒さず、手の感覚のみで強く握り込む。

 

 

「おおおおおおっっ!!!」

 

 

雄叫びと共に電柱がミシミシと音を立ててへし折れる。まるで割り箸が曲がるかの如く、その腕力で支柱から切り離すと風を切る様に振り回し始めた。

 

(イリヤ!離れていろ‼︎まずはこれで牽制する‼︎)

 

 

敵の素性は未だ分からない。だが、わざわざ接近を許すつもりはない。辛うじて霊圧が居場所を教えてくれる。ならば今はがむしゃらに振り回して注意を晒すのも戦術だろう。

 

“バーサーカー”という非理性的な行動に対する“当たり前の理由”を隠れ蓑に敵を炙り出す事を目標に据えた。

 

 

 

突如、視線の先に居たはずの霊圧が背後から解き放たれた。

 

 

 

「へぇ…、狂戦士しちゃエラく察しがいいじゃねーか。まさか俺の“ルーン”がこんなにも容易く見破ら……おぶぅうううう!?!?!!?」

 

「……む、あたったか?」

 

 

反射的に振り抜いた電柱は確かな手応えを茶渡に与え、青いナニカがブロック塀に突っ込んで行くのを視線の先に認めた。

 

 

「…え、だれ⁉︎」

 

 

あまりにも突然の出来事にイリヤスフィールは素っ頓狂な声を上げる。

 

 

「「………」」

 

 

ガラガラと崩れるコンクリートの山を二人はただ呆然と見つめるしかなかった。

 

 

“オモシれぇ‼︎まさか俺が不意打ちを食らうとはねぇ!!!”

 

 

瓦礫の山が弾け飛び、中から音速の如く“青”が飛び出した。

 

 

「…チッ!」

 

瞬きの内に紅い刃が茶渡の眼前へと迫る。辛うじて反応した茶渡は電柱を手放し、その巨体に似つかわしくない柔軟な身のこなしで紙一重に避け切った。

 

交差する瞬間、獣の如く歯をむき出しにして笑う男の姿が瞳に焼き付いた。

 

反射的に体を捻りカウンターを打ち込むべく構えたが、敵は既にその全身を全て視界に収められる距離にまで離れ立っていた。

 

 

「反応は上々、スピードを補って余りある反射速度だ。見るからにパワー型だと見ていたんだが…これがなかなかぁ……“色々と”定型から外れてるじゃねーか、なあ?…お前、本当に狂戦士(バーサーカー)か?」

 

 

「………!」

 

 

洗練された青い戦闘服、携えるは怪しく輝く朱色の魔槍。獣性を醸すオーラを纏った偉丈夫が闇の中で立ちはだかった。

 

茶渡は青い男との射線を切る様にイリヤスフィールの前に立つ。

 

「……気を付けてバーサーカー。あの敏捷性、技量、何よりあの得物からして三騎士の一角、槍兵(ランサー)で確定ね。…まさか魔術まで使えるとは思わなかったけど…」

 

いつのまにか呼び方が変わっている、彼女もまたスイッチが入っていた。

 

キッとランサーを睨み付けるイリヤスフィールだったが当の本人はそれを無視する様に茶渡へと視線を向ける。

 

 

「ご名答様。俺こそが今宵の聖杯戦争にて召喚に応じたサーヴァント、クラスは槍兵(ランサー)。真名を知りたきゃ…分かるよな?」

 

 

槍先を茶渡の顔に向ける。距離が離れているというのに其の刃は今にも彼の心臓を穿つ様な迫力を纏っていた。

 

「…………」

 

「今更黙った処でバレバレだぜ?お前、バーサーカーにしてはえらく理性的じゃねーか。ホラ、得物を出せよ。話さねーってんなら後は武を競うだけだ。違うか?」

 

茶渡は少しだけ視線を外し、イリヤスフィールを伺う。アイコンタクトを受けた彼女は決意を固めた様に目を見開いた。

 

 

「…バーサーカー、安心しなさい。貴方は私のサーヴァント、それが負けるはず無いじゃない!私達の初戦、華々しく白星を挙げるわよ!……やっちゃえ!バーサーカー‼︎」

 

 

それを合図に茶渡泰虎は霊圧を解き放つ。サーヴァントとして強化された彼の霊力は大気を揺らし、風を巻き起こす。

 

 

無言で突き出した右腕が光を纏い、其の中から漆黒の鎧を纏った腕が解き放たれた。その肩からは白く眩い霊子が噴出し、その輝きは天を穿つ様に登り詰める。

 

「なんだ、こりゃ…魔力じゃねぇな。…だがとやかく考えるよりは一発当たりゃなんか分かんだろ!さっきは貰っちまったが次はこっちの番だ‼︎」

 

予備動作無しの瞬間的加速により先程以上スピードでランサーが突撃する。それはまるで青い流星。音を置き去りにするかの如く疾走が茶渡へと迫る。

 

 

「…悪いが負けてやるつもりは一切ない!」

 

 

膨大な霊子を纏った拳をその洗礼されたフォームで振り抜く。小規模の嵐と変わらない暴風を纏った閃光が打ち出された。

 

 

ランサーが突き出した紅い槍と霊子の大塊がぶつかり合う。常人ではあり得ない力の衝突が余波を生み、辺り一帯を光が包む。

 

 

茶渡泰虎が歴史に刻まれた英雄達と矛を交える戦いがここに切って落とされた。

 

 

 

 

 

 




プロットが変に消えてしまったので次回はチョットかかりそうです。御免なさい。

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