アインツベルンのバーサーカー、真名を茶渡泰虎というらしい。 作:サンゴの友達
「早く呼び出さないと死んじゃうよ、おにーちゃん」
「……えっ」
少年はその言葉に思わず振り返る。鈴のような幼い声、しかしそこには尋常ならざる殺意が込められていた。
しかし振り返れどその少女の姿は見当たらない。夜の闇と住宅地を照らす街灯の灯りが遠くまで続くだけであった。
「……疲れてるのかな、俺」
“衛宮士郎”は、そう自分に言い聞かせると今の出来事を記憶の端に追いやり、再び日常へと歩みを進めるのだった。
この時の彼はまだ、聖杯戦争という言葉すら知りはしないのである。
○
「あれが件の少年か?」
「そうよ、そしてあの子が最後のマスターになるでしょうね」
寒空の下、仮面の下から衛宮士郎を目で追う。特別何か力を感じるわけではない。魔術師と同様の奇妙な霊圧を僅かに感じるが、ホムンクルスの様な既に完成した魔術師と比べるとまだまだ稚拙である様に思えた。
「それはマスターのカンか?俺にはあの少年に特別何かがある様には思えないのだが…」
「あるわ、あれは曲がりなりにもキリツグの子。それだけであの子は私の前に立ちはだかる事は必至よ。……その時は容赦なく蹴散らしなさい」
プレッシャーを感じる程の張り付いた笑顔。日頃の無邪気な様子は一切ない。これが自らの父、衛宮切嗣とその家族に対する感情の具現であることを理解した。
「…そうか、マスターの意向には従おう。あの少年がこの戦争を自らの足で進むと言うならば全霊で迎え撃つさ。……ところで今日はどうするんだ?挨拶のためだけにわざわざ出向いた訳か?」
「今日は新都の辺りを回りましょう。廃工場とか多いし、戦うのに適した場所は幾らでもあるわ」
特に計画性はないらしい。襲われたなら迎え撃つだけという強者の風格はやはり自己に対する絶対の自信からであろう。茶渡泰虎を信じているというならば光栄この上ないのだが…。
「まいったな…」
絶大の信頼を寄せられているならば、この大柄の躯体が見せかけでは無い事を証明しなければならない。前回の戦いはほとんど勝ち星を挙げられなかった。天上に浮かぶ満月を捉えながら軽い自戒に浸っていた。
霊長の臨界に立つ者達、英霊と呼ばれた一騎当千の強者との戦いに際して己は何処まで食らいつく事が出来るのか。…ランサーは明らかに手を抜いていた。手の内もバレている以上次は無いかもしれない。
「…何か武器がいる。張り合う為のなにかが…」
武具でも戦術でも何でも良い、幸いこの拳はサーヴァントに効く。ならば答えまでの道程を支える屋台骨があればいい。ただこの拳を届かせる手段を…
「なに……あれ…」
自分の世界から呼び戻したのは他ならぬイリヤスフィールの声であった。見れば珍しく少女は固まり唖然としている。
「……む、どうした」
ゆっくりと彼女が指差す先を見る。街灯があるとはいえ暗い道の先に嫌に
「子供?なんでこんな真夜中に?……でもあれって…」
「………なるほど、こちらに来て初めて見るな」
暗闇ではしゃぐ子供たち、数にして20人弱。皆小学生と思われる程に幼い。しかし、問題はこの夜中に子供が集団で遊んでいる事でも、騒いでいるというのに誰も大人が駆けつけないことでも無い。
「イリヤ、あの子達は霊だ。死して現世を彷徨う成仏出来ない死者達だ」
「私の知ってる霊とは違う…。低級霊はもっと曖昧ではっきりとした姿なんて持たないわ…。しかもあの姿って……ウッ⁉︎」
吐き気を覚えたイリヤは思わず口を押さえる。残虐な場面を多く見たであろう彼女でさえ震える惨状がそこにはあった。
元気よくはしゃぐ子供たち。しかし彼らの全てが
死者は時折、その死の原因となった傷を抱えたまま霊になるという。車に跳ねられた子供が血を流したまま事故現場に立ってたという話を親友の黒崎一護が話していた。
しかしあれらは決して事故とは思えない悍ましいものであった。
ある者は人為的に腹部を切り裂かれ内蔵を肌に縫い付けられている。ある者は全身に釘でも刺されたのだろうか血だるまとしか形容できない。ある者は頭部を斜めに切断され、自身の背中に貼り付けられたりしている。
もはや人と形容する事も憚れるような邪悪で異形な子供達がそこに居た。
悪趣味な絵画が動き出したと言われた方がどれほど納得がいっただろうか。
「…道楽として殺されたのだろうか。死後の魂魄に刻みつけられる程の陰惨な悪事を平然と行う者がいるということか…」
怒りよりも先にそんな事を平然と行える人間がいる事に絶望した。人の悪意という物には一通り触れてきたつもりだった。しかしそれはほんの上澄みであった。
(…嫌な奴を思い出す。だが奴よりもさらに悍ましい)
初めて戦った悪霊のことを思い出す。母を殺し、その息子を誑かし小鳥に魂を封じ込めて弄んだあの強盗よりも今の惨状を生み出した者を恐ろしいと感じてしまった。
「…あり得ないわ、なり得ない。こんなの殺すどころか死の間際まで弄ぶことに快楽を覚えた変態の所業よ!…ねぇ、ヤストラ?貴方にはこんなものがいつも見えていたの?」
サーヴァントとの契約は時折変わった形でマスターとの繋がりを発揮する。ポピュラーなものではそのサーヴァントの在り方を夢で見るのだとか。
…イリヤの場合は茶渡泰虎の持つ霊視の力を共有してしまったらしい。
「こんな事は殆ど無い。俺だってこんなものを見るのは初めてだ。……ああ、初めてだとも。人はここまで残酷になれるものなのか」
「…貴方なら、あの子達に、何かあげられないのかしら?」
気高い少女は吐き気を抑えながら問う。積極的に人助けをする様な彼女では無い。冷酷な魔術師として自覚ある彼女でさえ戸惑う程の邪悪がそこにあるというだけの話だ。
「………済まない」
死神の力があればもしかしたら救えたのかもしれない。イリヤ曰く凡百な魂は時間と共に崩壊し思念体が残ると言うが、それはイリヤの知る霊の話。
あのクッキリと映る、茶渡泰虎の知る霊に近いあの子供達が同じ過程を進むのかどうかは分からない。最悪の場合【虚】という悪霊を生み出してしまうかもしれない。
「この拳ならば、…終わらせる事は出来る。だが、その前に知らねばならないだろう。何故あの子達だけが見えるのか。小さな異常だが、俺たちに関わる事かも知れない」
現に今の今まで浮遊霊の一体も見る事はなかった。空座町は霊の集まりやすい土地であった。だが他の土地で霊を見なかったわけでは無い。しかし召喚されたこの世界では全く見えなかった事、彼の知る霊力の概念自体が無いと聞いた時点で、世界の在り方が違うのだと理解したつもりであった。
「…ふふ、貴方は優しいね。本当は見放さないんでしょ?」
プッと破顔した彼女はやれやれと流し目でこちらを見つめる。
「……すまない」
「いいわよ、別に。今日は特に予定なんてなかったし。…それにあんな物見た後じゃセラの食事が不味くなるわ」
「十分マスターもお人好しだ。本来なら戦争に関係のない出来事に首を突っ込むなんて暇は無いというのに」
「ならさっさと終わらせましょう?これで他の陣営の情報でも手に入れば御の字よ」
「そうだな」
決意を固めた二人は子供達に近づく。子供達が襲ってくるとも限らない。茶渡泰虎は無言で巨人の右腕を発動させるとイリヤスフィールの前を歩いた。
子供達は無邪気に何をして遊ぼうかなど朗らかな声を出している。それだけを聞けばただ微笑ましい。こちらが見えていると思ってもいないのだろう。
もはや声をかけるには十分な距離。少しだけ息を飲むと茶渡泰虎は口を開く。
「その子供達に手を出すな‼︎」
「……!?」
突然の咆哮に茶渡泰虎は翻りイリヤスフィールを抱え離脱する。瞬間、彼の立っていた場所が衝撃に震えた。
「魔術⁉︎嘘でしょ、まさかあの子達は罠だったっていうの!?」
十分な距離を置いてイリヤを解放する。彼女も瞬時に魔術による使い魔を作り出し迎撃の態勢を取った。
「どうしたの先生!!あの人たちはボクたちがみえるの!?」
「彼奴らは敵だ!皆出来るだけ離れていなさい!!」
子供達が騒ぎながら蜘蛛の子を散らすように距離を取って様子を伺っている。
土煙が晴れ、敵の全容が露わとなる。其の者は子供達と違い高い背丈であり特にこれといった容姿に欠損は見られなかった。
「サーヴァント?いや、この霊圧は……!」
「……ついに私たちの姿を捉える者が現れたか。更には神秘を知る者ときた。…不愉快極まりない!私の死後の安息を奪わせはせぬぞ!!」
ジャラジャラと鎖の音が響く。それは男に巻きついた無数の鎖の音。左腕以外の全身に巻きついたそれはだらしなく地面を擦り音を立てる。隙間から見えるのは血管の浮き上がった頬と睨みつける青い瞳。唯一動く左腕をこちらに向けて指を立てている。脚は大地に付いておらず半透明に宙に浮いていた。
乱れた金髪と食いしばる歯から凄まじい敵意を向けられている事は明白だった。
「…貴方がこの霊達のリーダーかしら。他の個体と違って戦う力があるようだけど。……貴方達何者?」
「黙れ!問答の余地など無い!!即刻立ち去らねば貴様らの躯体に風穴をくれてやる!!──
男の周りに凄まじい速度で風が回転する
「へぇ…魔術回路も無しにそこまでやってのけるなんで正直驚きだわ。でもね、魔術師としてその術じゃあ良いとこ二流よ。……超一流の私には傷一つだって付けられやしないんだから」
イリヤスフィールの周りを飛ぶのは4体の針金で編まれたツバメの形をしたゴーレム。個々が魔力を自動生成し攻撃を行う。自動制御されたこのゴーレムは
「……その傲慢さ、死後の貴様らを呪うがいい!………待て、…その髪、…その瞳、………まさか、…ア、アインツベルン!?ならばそこの男は……サーヴァント!?」
男は狼狽し、自身の心臓を強く握った。小刻みに震える様はまるでトラウマを思い出しているかのようだ。
「…ん?聖杯戦争も私達も知っているのかしら?……外界と関わりのない私達にとって知己と呼べる人間なんて殆ど居ないハズだわ」
アインツベルンは閉ざされた魔導。積極的に外と関わりを持つことなどあり得ない。だが目の前の男はアインツベルンのホムンクルスの特徴を知っていた。ならばアインツベルンが外に出る理由など聖杯戦争以外に限られることも知っているようだ。茶渡泰虎をサーヴァントと見抜いたのはこの辺りであった。
「………私のプライドを砕き、……私の魔術師の道を断ち、……私の愛する者を殺し、…我が魂を縛り上げてなお!まだ飽き足らぬと!……死後に得たささやかな安息さえも、奪うのか!アインツベルンンンンン!!!」
男の絶叫と共に突風が吹き荒れる。スフィアが巨大化し、砂を巻き上げ辺りを薙ぎ払う。
「な、なに⁉︎どうしたのよコイツ!ヤストラ!何か分からないの!?」
「…………まさか」
イリヤスフィールが困惑の目を向けたが茶渡泰虎も呆然と立ち尽くしていた。
「惨たらしく死ぬがいい!!我が痛み、我が慟哭、この
四つの小さな嵐がイリヤスフィールに殺到する。イリヤスフィールは少し手前に魔術で障壁を張りそれらを受け止めようとする。
「…駄目だイリヤ!それは
「…えっ?」
強固に張られた筈の魔力の壁から音も無く風球が突き抜ける。それは陽炎のように干渉する事なくイリヤの障壁を破り眼前へと迫り来る。
「危ない!!」
着弾と共に風の刃が吹き荒れる。地面を切り裂き、コンクリートを剥き出しにする。
「チョット、もう少し早く動きなさいよ。本気で危なかったじゃないの!」
「……すまん。驚きのあまり固まってしまっていた」
しかしそれは中心地以外の話。大きなカイトシールドに阻まれ茶渡泰虎とイリヤスフィールはほとんど無傷のままであった。
「……バカ…な。バカなバカなバカなバカな!!何故それを防ぎ切れる⁉︎何故それが魔術でないと知っている⁉︎
絶叫と共に男は頭を掻き毟る。慟哭とも言うべき叫び声と共に錯乱する。
「……それは魔術じゃない。魔力ではなく
「キドウ?…なんだ、それは」
「この世界には本来存在しない技術の筈だ。それを生み出し、操るお前は余程優れた才能を持った人間だった…いや、魔術師だったのか?」
「忌々しいサーヴァント風情が!……だが確証は得た。
男の詠唱の後、先程の倍以上の風球が現れる。それはイリヤスフィール達を隙間無く取り囲む。
「風刃の全方位弾幕だ!貴様の盾であってもコレは防ぎきれまい!!さあ、お前は主人を守れるのかなぁ?」
「…貴様」
男は高らかに笑う。勝利を確信した嘲笑であった。
「ヤストラ…」
背中に触れた彼女の手の感覚は僅かに震えていた。
「折角だ、殺す者の名を知らぬのも可哀想だ。お前達を殺す悪霊の名を刻んで逝け!ケイネス・エルメロイ・アーチボルト、…第四次聖杯戦争にてアインツベルンに恥辱の限りを尽くされ死んだ復讐者の名だ!」
多分この人設定的にはドラえもん並みに便利ですよね