この時代は平和だな、と不意に思ってしまった。
「僕」が生きていたころよりだいぶ下っているこの時代は戦争もなく、今や人々は
以前の「僕」はアメリカで生まれたらしい孤児の一人でしかなかった。
ある大企業が募集していたゲームのモニターになってからいつの間にか死んでいた身であることも加わって、平和と充実というものが身近に感じられたのだ。
本当の家族というものがなかった以前の「僕」から、仕事三昧で家庭にいる時間が少ないものの、両親というものが備わっている今の俺。比べるべくもないだろう。
なぜいきなりこんなことを言い始めたのかというと、ずばり今の俺が「僕」から生まれ変わった存在だと認識しているからだ。いまさら個人の魂とか遺伝子に宿る
「自分が死んだ」という
一応、以前の世界にもそういった生まれ変わりを主題にした小説や映画は数えるほどにあった。自分がなるとは思わなかったからあまり興味も示さなかったが。
ともかく、恵まれた環境で生まれ変わることができたから、俺は最大限にそれを生かすべく行動した。生まれた国・言語こそ違えど30年程度違うだけだ、技術体系や風土もそう変わってないだろうと考えた俺は悪くない。
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さて、ここで冒頭に述べさせてもらった俺の言葉を思い出してほしい。
『「僕」が生きていたころよりだいぶ下っているこの時代は戦争もなく、今や人々は
そう、技術の進歩がまるっきり違うのだ。軍隊など最先端技術を扱う場なら技術の発展が著しいのはわかる。戦争や娯楽などの人の欲が技術の発展を促すとは以前の世界でもしきりに述べられていた。
それらの技術は一部が一般に流れ出て、社会に役立つものとして用いられていた。最も以前の世界では戦争技術の発展及び経済の循環のために役立てられるのみで、大衆に流れ出ていくことはなかったように思う。それだけ先鋭化していたともいう。
なんか道を走る自動車の音は静かで、決して上流階級ではないわが家でも電気のスイッチは自動でついて、家の家電やネットワークはAIによって管理されている…らしい。電気が自動でつくのはわかったけど他は会話内容で判断してます。
そんな技術の発展がすごい中でもあれはさらに驚いた。それに付随して起きた事件もあっての事だけど。
無機質な黒で包まれた「首輪」を父が俺にはめたときは驚きすぎて呼吸が止まった。そんな先鋭的なものを我が子に着ける倒錯的な趣味をお持ちでありますこの父!?というものと、それだけその「首輪」で自分が見ている世界ががらりと変わった事に対する驚愕で止まっちゃったのだ。
それで両親も結構慌てたのか、しきりに二人で「まさか拒否反応が」とか「アレルギーとか?やっぱり赤子からはだめだったの」とか言いあっていて、彼らが落ち着くのに一時間くらいかかりました。校長先生は静かになるまで一時間も待ちましたよ。
話がそれた。まだ赤子だった俺はそれをじっと見つめて意思表示を図った。ほとんどぼやけて見えないし体もどっと疲れたが、俺の疲労と引き換えに彼らが落ち着いて、はめられることとなった。で、ここから記憶が当分なかった。
後から考えるに、もともとモニター機能しかついていなかった「首輪」が俺の既に発達した魂に反応して正常に動いちゃったのだろう。そうして働いてしまって、負荷がかかって、赤子だった俺は寝込むと。オヤスミー
それから意識と呼べるものが戻ったのが実に二年後くらい。後から考えたら、普通なら親はげっそりした感じで迎えるんだろうけどうちの親は違った。何か父と母は何やら肌がツヤツヤしていた。だけど、俺の意識が戻ったことにすごく喜んでくれた。
ともかく俺は「首輪」を正式につけられるようになった。あんな事故が起きといてなんだけど、両親が務める会社からの指示があったからつけさせられたの間違いだと思う。
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以前の世界――と言っては長いから生前と呼称することにするが、生前は先述したように孤児で、ゲームのモニターになっていたら死んでしまった人生だった。短い28年間だったが、余り悔いは残ってない。それよりもむしろ
あのゲームは『Gun&Knife』と仮称されていた。大企業であろうものがモニターに仮称を教えることも疑問ではあるけど、
ちなみにそのゲームでの死因は変なおっさんをみんなで包囲していたら頭がいっぱいになって死にました。何が何やら…。
ゲームで死んだ「僕」ではあるけど、俺自身もゲームは好きだ。何より生前心待ちにしていたゲームが遊べなかったのが死因がわからないことよりも重大な問題であった。
こんな発展した技術、特にこの「首輪」――正式名称は「ニューロリンカー」というのだけど、これでできるゲームは素晴らしいものがある。年齢制限はあるが、生前は父がひそかにバグらせて遊ばせてくれた。正直言って父はアホだと思います。
父が少し仕様を変えさせて遊べたのはいいけれど、教育に悪いものを遊ばせるなんておかしいと思うよ。
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ところでこの「ニューロリンカー」という単語で思い出してほしいんだけど、俺はどうも、ベストセラーの『アクセル・ワールド』の世界に生まれ変わっているらしい。ゲームで死んだ「僕」がゲームを主軸に展開していく物語の世界に生まれ変わったのなんてどんな皮肉かと思ったけど、単に遊ぶ分には問題ないし、
あのゲームでは一人一人のポテンシャルによってアバターが異なることもあって、下手すれば産業廃棄物まっしぐらになりそうな能力を持って生まれてくることもあるのだ。作中の《クリムゾン・キングボルト》などボッチ気質であればなかなかの外れ能力のように思える。その能力の決定には自身のトラウマが関連しているともあり、こればっかしはどうしようもないところである――――。
いろいろあったが、今の俺は生まれ変わって創作の世界で物語の流れに沿ってあの自由度が異常に高いゲームを楽しむことができるとわくわくしていたのだ。
要約:前世ゲームで死んだ中二病かかった人間がまたゲームできると聞いてワクワクしてる
短編で投稿しちゃったけどホントは連載に続きます。本当です