突然だが、ニューロリンカーってのはカスタマイズ性がひじょーに高い。
俺が生まれたころに発売が始まったらしいこいつは、今では公私混合関係なくほとんどすべての人に利用されているといっても過言じゃないだろう。そんなわけでカバーやらステッカーやらがそれこそ星の数、どんな店でも見つけることができるだろう。
俺が使用しているこいつもやや黒がかかった赤色に、昔のゲームとコラボしたらしい銃のステッカーでデコられている。
それで、俺が公園で見つけたのは、「最新式」(疲れた顔をした母談)だった。値段もそれなり、対応するソフトも幅広く、ゲームとのコラボ品とかでこれまたひじょーに人気がある代物である。
そんな人気がある希少品を持ち主に帰してやろうと意気込み、落ちていたニューロリンカーを拾ってケーブルの接続口を探した。
ニューロリンカーの識別番号を勝手に解析し、買った本人の連絡先にどこへ落ちていたか知らせる便利なアプリを起動し、備え付けのケーブルを接続する。
後から考えると、まあ、それがいけなかったんだが。
アプリを起動していた俺の目の前に異常が現れる。ニューロリンカーの識別番号が現れるのではなく、アプリのインストール画面が現れ、こちらの認証もなくインストールが実行されてしまった。
そして焦る。 セキュリティソフトが正常に起動しているのが目の端で確認できるのにもかかわらず、名も知れないよくわからないアプリがインストールされ続けている。
優先近距離でインストールしているのにまだ終わらないから、俺のおんぼろニューロリンカーでは収まりきらない容量がありそうだ。 早めに止めなければと思いケーブルを抜こうとした。
「この盗人がっ」
ケーブルを抜こうとしたその瞬間、腹を勢いよく衝撃がわーいと駆け抜ける。漫画と思うような光景(腹をけられて吹っ飛ぶ)がつい目に浮かぶ。
痛む腹や背中を抑えながら体を起こし下手人を一目見ようとしたら、残念インストールが終わってしまう。あっという間もなくケーブルが引き抜かれ、手で持っていたニューロリンカーが奪われる。
俺を蹴り(暫定)飛ばした下手人は何やら「こんな盗人が子供かよ…」とか「僕の初めてがっ」とかうめいている。しつれいな、俺はまだ清い身であるというのに。
痛みをこらえながら立ち上がり、 《インストールが終わりました》などの表示を見なかったことにして相手を見やる。謝罪をしてもらいたい。
「せめていきなり蹴られた俺に謝罪をくれないか」
「やるかよクソ野郎。なに勝手に僕のニューロリンカーの中見てやがる」
「こっちからすると、落し物を落とした人に届けるために見ようとしていただけだ。そこをけられて暴言を吐かれる身にもなれ」
「それこそこっちから見りゃいつの間にか消えてたニューロリンカーを探してたら、お前が線挿して険しい目をしているところだぞ?疑う側の身にもなってみろ」
「それは俺が悪かった」
相手から見れば俺は、「人のニューロリンカーを険しい目で覗き込む見知らぬ人」である。疑うのも無理がない。 それはそれとして
「それと、このアプリは何だ?俺のセキュリティソフトを超えて勝手にインストールされたぞ?しかも消せないし、名前もわからんし」
「なわけないだろ。あれは僕とお前の承認がなければインストール画面さえ出ないはずだ」
「じゃあ確認してみろ」
鞄から長めのケーブルを取り出し下手人につなげと片方の端を渡し、こっちもつなぐ。納得がいかなそうな顔をしていたが、 なかなか素直な奴だったようだ。首に着けなおしていたニューロリンカーにつなぐのを確認し、セキュリティソフトのポップアップに同意して接続する。
「ほらつないだぞ。早く見ろよ」
「わーかってるよ。お前変な本ばっか買ってるな、『ここに盾を建てよう』に『虫はこの世界で囁いている…』とか」
「安かったからな!お前自分が言ってたことしてるんだから早く終わらせろよ。こっちからは名前読めないからな」
「うるさいなこの野郎。年上なんだから僕のやることくらい少しは大目に見ろよ」
「同年代だ。お前6-4の板頭だろ。こっちは6-2だ」
「そうだよ、僕の事までよく知ってるな……。整理下手だな、端っこにあった」
「確かに名前見れないなこいつ。おかしい、もいちどインストールしてみるか」
「やめろ。そもそもこいつは何だよ」
「高次元VRハイスピード対戦ゲームだよ。名前は、『アクセル・ワールド』」
どこかで聞いたような名前が飛び出した。殆ど思い出せないが、母がどこかで口に出していた気がする。 そう考えているうちに、板頭は勝手にインストールの承認ボタンを押してしまっていた。
思わず俺と下手人をつなぐケーブルに手を伸ばし抜こうとするが、異常な速さで止められてしまう。そいつの目が青く爛々と輝く様に怖気づいてしまった。インストールが、終わる。
「まー見てろって。こいつはお前の世界を変えてくれる面白いゲームでな、文字通り世界を超えて『はやく』なれる」
「いらんわ!どこのかもわからないゲームを入れてなんかあったらどうするんだ」
「それは僕も知らない。このゲームは他の人にコピーさせる奴で、そのコピーも一回きりという出回らないやつだから」
ネット薬物みたいなやつだな。言い方も含めて。
そうこうしているうちに再インストールが終わる。もともとあった名前が読めないものが消え、再度《インストールが終わりました》という表示が浮かび上がる。 直結しているのにえらく遅い。
少しの時間息抜きで散歩に来ただけなのに偶然見つけた落とし物からこんなことにまで発展するとは思わなかった。
いつの間にか太陽が西に沈み始めていた。まだ季節的に明るい時間帯だが、今日は母が死んだ目で「帰宅時間がわからない」とぼやいていたから、早めに帰らなくてはならない。そして早く逃げたい。
周りを見渡し、まるで今気づいたかのようにして「時間だから帰る」とだけ告げた。
「別にいいが、アプリ起動してるだろ?感想とかないのか、熱いとか」
「なんで熱いが出てくる。まだインストール完了のポップだけだ」
「おかしいな。普通だったら目の前が燃え盛る炎に包まれる演出が出てくるはずなんだが」
板頭の表現に半ば不安を覚えながら、小学生が持つものにそんな危険な奴はないはずだと自分で弁明しつつ、自転車を止めていた場所に向かった。
背後から聞こえた「後でお前宛てにメールしとくよ」という言葉に突っ込みを入れなくて正解だった。すでに太陽は地平線に沈んでいた。
――――――
帰宅したころにはすでに太陽が半分ほど沈んでいた。どこかおかしいと思いつつ家の鍵を開けると、既に母のくたびれた靴があった。
すでに帰宅していた母は疲れた顔でソファーにもたれ、沈んでいた。「ただいまー」という俺の声にも反応がないほど疲れていたのだろう。
鞄やらなにやら後片付けして、とりあえず母に今日公園で起きたことを話した。父と母が分かれ、家庭が分裂したころからの決めつけであった。曰く、「家庭の体裁を保つための時間」。
いつもは疲れから反応が乏しい母が、今日に限ってはめっぽう違った。茶色がかかった目がどこか白く爛々と輝きこちらの一挙一動全てを見逃してはならないというかのようだった。こわい。
ともかくいつものように、天気が良かったから自転車で散歩に行き、公園で落し物のニューロリンカーを拾って識別番号を確認しようとした。そして同級生の板頭に蹴られて変なゲームを入れられ、てんやわんやして帰ってきた、ということを話す。
俺が話し終わると同時に母の目から光が消え始め、そのまま寝息をたてて眠ってしまった。母にあの変なゲームについて聞こうと思ったのだが、ここまで疲れているようではしょうがなかった。そのまま部屋の端に積みあがっている毛布を掛ける。明日には仕事に行っているだろう。
そのまま俺も冷蔵庫の中に大量に収められている保存食品を食べてから、狭い自室で寝た。全く持って何もしなくていいとは機械様様だと思う。
明日がまた晴れることを祈ろう。洗濯物が乾かない。