プロローグ ―異変―
1940年4月15日早朝
ドイツ=フランス国境、マジノ線――
鉄条網の前で、ある一人のフランス軍兵士が歩哨に立っている。
彼が配属されているマジノ線は、現在戦争状態にあるドイツとの「最前線」であった。
『昨晩もドイツ軍の攻撃は無し、本当に前線なのかと思ってしまうな。』
彼がそう考えるのも無理は無い。現在の西部戦線は、フォニー・ウォー「まやかしの戦争」と呼ばれる程、軍事衝突が起きていなかった。
「しかし本当に静かな朝だな。」
彼はそう呟くと、タバコに火を点けた。
MAS36小銃を構え、タバコを燻らしていると、突如として霧が濃くなってきた。
「ん?霧が出て来たな、昨日の情報では朝は快晴だと聞いていたのだがな――」
彼は銃を構えて、霧が晴れるのを待った。待っている間にも霧は濃くなり、一時は数メートル先の様子すら見えなくなった。
暫くすると、あれほど濃かった霧が突如として止んだ。彼は再びドイツ側へと視線を戻すと、思わず咥えていたタバコを落とした。
「陸地が…無くなっている…だと!?」
彼の視線の先には、先程まで見えていた丘陵地帯では無く、大海原が広がっていたのである。
同日午前10時
フランス、パリ・連合軍最高司令部――
連合国最高司令部のあるヴァンセンヌ城には、各地の前線から来たオートバイ兵が集まっていた。
これらの兵士達の任務は全て「フランスと陸を接している全ての国家が突如として消えた」という事態を伝えに行くと云うものだった。
このことは直ぐに、フランス軍のモーリス・ガムラン大将ら連合軍首脳部に伝えられた。
この事態を受け、連合軍首脳部の会議が行われることとなった。
参加した将校は、
フランス軍大将・連合軍最高司令官 モーリス・ガムラン
フランス軍大将・南部戦線総司令官 マキシム・ウェイガン
フランス軍中将・北部戦線総司令官 アルフォンス・ジョルジュ
イギリス軍大将・
とその副官であった。
「さて、先ずはこの写真を見て頂きたい。」
ウェイガンが各員に配られた、前線の様子を示す写真を示した。
「やはり他の場所も――」
「ベルギー軍の消息は――」
写真が配られるや否や、それぞれが驚きの声を上げる。
「ではそろそろ説明を――」
ウェイガンが咳払いをし、説明を始めた。
「先ず、現在分かっている事は
1.フランスと国境を接している全ての国が突如として消滅した。
2.通信もフランス国内、イギリス本土とその周辺諸島、アイルランドとのみ通じる。
3.消滅した国家はドイツやイタリアのみだけで無く、アメリカや日本、ソ連も含まれるものと思われる。
この三項目です。」
「流石にドイツによる工作だとは考えられませんな、何せ規模が大きすぎる――」
ウェイガンの説明を聞き、ヴェレカーが感想を述べた。
「さて、今後の方針についてだが――」
ガムランが意見を求める。
こうして、連合軍首脳部の会議は一日中続いた――
同刻
イギリス、ロンドン・海軍省――
パリで連合国陸軍の会議が行われている中、ロンドンでは英国海軍が混乱に陥っていた。
「ノルウェーやスエズ、アジア方面の艦隊と連絡が取れないだと!?」
通信部長のレナルド・オーウェン中佐からの報告を受け、海軍大臣であるウィンストン・チャーチル卿が驚く。
「左様です閣下、本日の明け方に突如として通信が途絶えまして――」
中佐は落ち着いた声で報告していたが、その表情には焦りと驚きが有った。
「早速上級将校達を集めてくれ、十時半に緊急会議を行いたい。」
十数秒の沈黙の後、チャーチルがオーウェンに緊迫した声で指示を出した。
「承知しました。直ぐに召集の連絡を出します。」
執務室を急いで出ていくオーウェンを、チャーチルは気を揉みながら見送った。
三十分後――
チャーチルの出した招集により、海軍省の戦略会議室にはアンドルー・カニンガム元帥や、第一海軍卿であるダドリー・パウンド元帥ら海軍の首脳陣が集まっていた。
全員が集まったのが確認されると、現状についての説明が始まった。
――説明が終わると、会議室は沈黙に包まれた。
最初に沈黙を破ったのはカニンガムであった。
「――とするとグレートブリテン島とアイルランド島、そしてフランス本土以外が消えた…という事なのか?」
「恐らくそうでしょうな…外務省からも他国と通信が途絶えたとの報告が出ていますし――」
チャーチルも同感だと言わんばかりに口を開いた。
「この件が事実ならば、海軍の損失は莫大だな。」
パウンドが暗い声で呟く。
「皆さん、嘆くだけでは何も始まりませんぞ。先ずは情報収集に努めるべきでは?」
海軍将校達の様子を見かねたチャーチルが提案した。
「そうですな、チャーチル殿。しかし、どのように収集すれば良いのか――」
カニンガムが腕を組み、難題だと言わんばかりに言う。
ご覧頂きありがとうございます。このプロローグは以前の物を加筆、修正した物になります!