帝国暦1886年(西暦1941年)5月14日午前10時
イヴェール帝国 帝都ナ・ヴァサー、ペトーレ駅――
フィリッペ皇帝との会談の為、マウントバッテンを始めとするイギリス外交団はイヴェール帝国の首都であるナ・ヴァサーを訪れていた。
ペトーレへと向かう駅のプラットホームに降り立った外交団一行は、駅舎の説明を聞いていた。
「ここがナ・ヴァサーの南部の玄関口であるペトーレ駅です。この駅舎は国内でも数少ない全鉄骨製の駅舎でして――」
イギリス外交団に説明をしているのは、イヴェール帝国外務大臣のテオドーロ・レネ・ド・ベルデーア卿である。
「立派な駅舎ですな!」
説明を訊いたマウントバッテンが、半球型のプラットホームの天井を見上げながら言う。
「ここからは部下の者が案内致しますので――」
ベルデーアがそう言うと、若い職員が向こうから歩いて来た。
「イヴェール帝国外務省所属のニコラス・カサレスです。本日は宜しくお願い致します。」
カサレスが握手を求める。
「私はイギリス海軍所属、HMS「ロンドン」艦長のルイス・マウントバッテンです。こちらこそ宜しくお願いします。」
マウントバッテンが握手を返すと、一行は駅の外に止めてあった馬車に乗った。
一行を乗せた馬車は軽快な音を立てながら、広い石畳の通りを進む。通りの両脇には、一階がショーウィンドー付きの店になっているアパートメントが並んでいた。
「この通りは人も多く賑わっている様ですな。」
マウントバッテンがカサレスに話し掛ける。
「はい、ここアウルム通りは帝国一の賑わいで有名な通りでして――因みに庁舎などがある通りはもう一つ向こうの通りになります。」
「成る程...この通りは建物も新しく見受けられますが――」
二人のやり取りを聞いていたバトラーが訊ねた。
「十年程前に首都改造計画が始まりましてね、この通りもその際に作られたのです。今のイヴェール帝国は更なる発展を目指していますから、首都も立派な物をと――」
「首都はその国の象徴ですからな。」
カサレスの説明を訊いたバトラーが納得の表情を見せる。
イギリス外交団とカサレスが話している内に、馬車がホテルの前に着いた。
「皆様、今回ご宿泊頂く『ホテル・ルード』に到着致しました。」
カサレスが一行をホテルへと案内する。馬車を降りたマウントバッテンらの前には、五階建ての立派なホテルと庭園が広がっていた。
「立派なホテルですな!」
マウントバッテンが上機嫌でカサレスに言う。
「帝国一のホテルをご用意致しました。皆様に気に入って頂けて幸いです。」
カサレスが笑顔で言った。
「ではお荷物をこちらへ、お部屋までお運び致しますので――」
マウントバッテンとカサレスが談笑していると、ポーターがやって来た。
「有難う。それでは宜しく頼む。」
一行が荷物をポーターに預けると、各々自由時間となった。
「さて、会談の準備に取り掛かるとするか――」
部屋へ案内されたマウントバッテンはそう呟くと、会談の為の準備を始めた。
同日午後2時
帝都ナ・ヴァサー、グローリア・ラ・リクイエッザ宮殿――
この日の宮殿は、イギリスの特使を迎える準備で皆大忙しだった。そんな中、皇帝であるフィリッペは外務大臣のベルデーア卿の報告を聞いていた。
「ベルデーア。イギリスの特使が参るのはそろそろか?」
報告を一通り聞き終えたフィリッペがベルデーアに訊ねた。
「そうであります、陛下。そろそろ参りますかと――」
「成る程、如何様な人物が来るのか楽しみだな!」
フィリッペが期待感を込めた声で言う。
「失礼致します。陛下、イギリスの特使の方が参られました。」
二人が話していると、執事が来客を伝えに来た。
「参られたか!では応接の間に通してくれ。」
「承知致しました。」
執事は一礼すると、執務室から退出した。
「さて、応接間に移るとするか。」
フィリッペはそう言うと、会談の為応接間へと向かった。
応接間にて――
一方でイギリスの特使であるマウントバッテンら一行は、応接間の前に居た。
『さて、いよいよだな。上手いこと友好関係を築けると良いが――』
マウントバッテンはそう考えると、執事の案内で応接間の中へと進んだ。
応接間へ入った一行には、豪華な装飾が施された部屋とその奥に立っている若い皇帝の姿が見えた。
「こちらは我が国の皇帝、フィリッペ2世陛下です。」
執事がマウントバッテンらに皇帝を紹介する。
「イギリスの皆さん、ようこそ我がイヴェール帝国へ。」
フィリッペは前に進み出ると腕を広げ、歓迎の意を伝えた。
「この度は謁見と会談を快く承諾して下さり、誠に有難う御座います。私はイギリス海軍所属のルイス・マウントバッテンです。」
マウントバッテンが一歩進み、深々と礼をする。
「我が国としても貴国との国交締結は国益に繋がります。今回の会談が有意義な物になる事を願いましょう。」
フィリッペが笑みを浮かべ、マウントバッテンらに語りかけた。
「ではこちらにお掛け下さい。」
執事がマウントバッテンらを長テーブルの椅子へと案内する。長テーブルの中央には、イギリスの国旗とイヴェールの国旗が置かれていた。
マウントバッテンらが席に着くと、イヴェール側の代表が応接の間に入って来た。
「マウントバッテン殿。イヴェール帝国内務大臣のベルナルド・セベ・ド・カルリオンです。」
立派なカイゼル髭を蓄えた初老の紳士――イヴェール帝国の宰相であるカルリオンがマウントバッテンに握手を求める。
「宜しくお願い致します、カルリオン殿。」
マウントバッテンは立ち上がると、握手を返した。
「さて、我々イギリスは貴国との国交締結を考えております。」
皆が席に着き、初めに口を開いたのはマウントバッテンであった。
「我が国の親書をお送りしたのですが、お読みにはなりましたでしょうか?」
マウントバッテンがフィリッペやカルリオンの方を向いて訊ねる。
「ええ、拝見させて頂きました。貴国の技術力の高さには目を見張るものがありましたよ。」
イギリスを称賛するフィリッペの声は、皮肉では無く真に称賛しているものだった。
「やはり我が国は、貴国と国交を締結するのが最も良い選択肢だと考えております。」
カルリオンがフィリッペに続けて言った。
「では国交を――?」
マウントバッテンが食い入る様に訊く。
「はい。――――但し条件が有ります。」
フィリッペが真剣な眼差しで言った。
「――条件、とは?」
マウントバッテンがフィリッペに訊ねる。その場に居る誰もが、交渉の行方を案じる面持ちであった。
「貿易についてです。」
「成る程――貴国にとっても、我が国にとっても重要な事柄ですな。」
マウントバッテンが硬い表情で言う。
「条件の貿易ですが、要するに貿易赤字を回避したいのです。貴国は我が国よりも技術面で優っている。もし貴国の優秀な製品が一気に我が国に流入すれば、多くの工場が倒産しかねません。」
マウントバッテンに貿易の保護を訴えかけるフィリッペの表情は、真剣そのものだった。
「しかし我が国としても貿易赤字は避けたいのです。ただ――」
「ただ?」
「技術面での投資を受け入れると云うのならば認めましょう。」
このマウントバッテンの提案は、イヴェールにとっては一石二鳥の物であった。
「勿論受け入れましょう!我が国の発展にも良い効果が生まれますからな――」
フィリッペが笑みを浮かべて言った。
「では続いて近隣国との交渉ですが――」
十分程の休憩の後、議題はイギリスと近隣諸国との国交締結へと移った。
「我がイヴェール帝国外務省は、貴国と我が国の近隣諸国との国交締結を支援致します。」
ベルデーアがマウントバッテンの方を向いて言う。
「それは有り難い!情報なども頂けると幸いなのですが――」
マウントバッテンがここぞとばかりに情報を引き出そうとする。
「では担当の者から説明を。皆様、お手元の資料にご注目下さい。」
ベルデーアが部下の外務省職員を呼んだ。
「はい。説明を担当致します、イヴェール帝国外務省のサルバドール・バスコ・コンデです。本日は宜しくお願い致します。」
立派な紳士服に身を包んだ、如何にもエリートと見える担当官が礼をする。
「先ず我が国の周辺国から説明を致します。我がイヴェール帝国は四つの国と国境を接しております。」
「四つの国とは、レトリオ王国、サヴィア通商連盟、フリシア公国、そしてロレーゲル帝国という国々です。」
コンデはここで一息置くと、説明を続けた。
「先ずは一つ目のレトリオ王国。この国は我が国の東に位置し、ヴァルロー山脈で国境を接しております。近年エトルー半島の統一を目指し、周辺諸国を併合し拡大している新興国です。」
「続いては北部にあるサヴィア通商連盟。その名の通り通商が盛んな都市の連合体です。北方貿易で栄えているサヴィア自由市を中心に結成された為、この名となっています。」
「我が国の南部、カルメルス大陸で国境を接しているのがフリシア公国です。この国は古来から続く王朝が国を支配しており、中世封建制を維持している国家のひとつです。」
「最後は我が国の東に位置するロレーゲル帝国。この国は我が国のライバル国と云っても過言ではありません。数十年前までアルム川の左岸地域を巡って我が国と戦っていた国です。恐らくシルヴェリア大陸で第二の国力を誇っていると思われます。」
「ここまでで何か質問は御座いますでしょうか?」
説明が一通り終わると、コンデがイギリスの代表団に訊ねた。
「――では一つ質問を。カルメルス大陸には他にどの様な国家が在るので?」
マウントバッテンが手を挙げて訊ねる。
「北部には多くの国家が在りますが――中部より南は未だ判っていない事が多く――」
コンデが困ったという表情で言った。
「何せ未開の地ですからな――」
ベルデーアが助け舟を出す。
「成る程――」
マウントバッテンが納得の表情を見せた。
会議が進み、広間に掛けてある時計は何時しか5時を回っていた。
「さて、会議も纏まりましたし夕食に致しませんかな?」
カルリオンが自身の髭を撫でながら、上機嫌で提案した。
「良いですな!」
マウントバッテンがカルリオンの提案に賛意を示す。
「では皆さん、隣の大広間にご案内致します。」
執事が一同を晩餐会の会場である大広間に案内する。
大広間の重厚な扉が開けられると、一同の目には黄金と大理石で飾られた部屋が飛び込んで来た。
中央に置かれているテーブルには、種類も色どりも様々な料理が湯気を発して並んでいる。
「おお...!」
光景の豪華さに、思わずマウントバッテンらがため息を漏らす。
料理長や皇帝、そしてイギリス外交団のスピーチが済むといよいよ食事となった。
「如何です?どれも我が国で獲れた物ですよ。」
鴨肉のローストに舌鼓を打つマウントバッテンに、フィリッペが話し掛ける。
「どの料理も素晴らしいです。しかしこれ程の物を揃えられるとは――豊かな国だと分かりますよ。」
ワインを飲み、上機嫌になったマウントバッテンが言う。
「気に入って頂けて幸いです。」
フィリッペが笑顔で言った。
その後も宮殿での晩餐会は続き、宰相カルリオンの挨拶でお開きとなった。
翌5月15日午前9時
帝都ナ・ヴァサー、ルナック広場――
先帝である皇帝フェルナンド4世の時代、イヴェールに一人の軍人が居た。
彼の名はセシリオ・ド・ルナック。宿敵ロレーゲル帝国との『五年戦争』をイヴェール側の勝利で終結させた立役者であり、陸軍の改革を進めた人物である。
イヴェールの英雄であるルナックの名を冠したのが、帝都ナ・ヴァサーの中央にあるこの広場であった。
そのルナック広場では、イギリスとイヴェールの国交締結調印式が執り行われていた。
調印式は両国の国歌の演奏、そして調印式、最後にそれぞれの代表のスピーチと云う形で進んだ。
「――この二つの国の友好が、今ここに始まるのです。」
調印式の最後、マウントバッテンはこの様な言葉で自身のスピーチを締めた。
こうして、イギリスは新大陸における新たな一歩を踏み出したのであった――――
今回はイギリスとイヴェールの国交締結までの経緯を書いてみましたが、如何でしたか?
次回からはパーパルディア編がスタートします。原作とは違う展開も入れる予定ですので、ご期待下さい!
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