1940年の冬から1942年の春にかけて、イギリスとフランスではとある計画が急ピッチで進行していた。
その計画には各界から名立たる人物が参加し、国を挙げての一大事業となっていた。
両国の国民達の中には支持する者もいれば、反対する者もいた。
しかしいざ「それ」が始まると、決まって人々は短期間ではあるが熱狂するのであった――
1941年7月1日午前9時
パリ、ポルト・ドレ宮殿――
この日、ヴァンセンヌの森にあるポルト・ドレ宮殿には各国から名立たる顔ぶれが集まっていた。
――というのも、この日ここではIOC総会が開かれていたのである。
総会にはイギリスのイーデン外相やフランスのダラディエ首相は勿論、クワ・トイネ公国のカナタ首相や駐英ムー連邦大使のマイラス氏など、他の地域の代表とオリンピック委員達も出席していた。
「――オリンピックの再開は急務なのであります!」
真剣な眼差しで力説しているのは、
「私は先の欧州大戦や、東方戦争*1、そしてロデニウス戦争での惨禍を見て来ました。今我々に求められているのは、オリンピックと平和の精神を広めることなのです!オリンピックを通して様々な種族や民族が交流し、相互理解を深める。これこそオリンピックの父、故クーベルタン男爵の理想としたオリンピックなのでは無いのでしょうか?」
頷きながらスピーチを聴く代表達を見ながら、ラトゥールが熱弁を振るう。演台の後ろの壁には、初代IOC会長であるクーベルタン男爵の肖像画が掲げられていた。
「――今こそ、異世界の地にオリンピックの精神を根付かせるべきです!」
ラトゥールはそうスピーチを締めると、拍手喝采の中を会長席へと戻った。
スピーチが終わると、続いてオリンピック開催地の紹介が始まった。
今回開催地となったのは、イギリスの首都ロンドンである。
紹介は
「お集りの皆さん、BOA会長のレジナルド・ワトソン=ジョーンズです。今イギリスでは、スポーツを通じての国際交流が盛んです。こちらの写真をご覧下さい。」
ジョーンズ卿が取り出した写真には、クリケットを共に楽しむ人間とエルフの子どもたちが写っている。写真に写っている子どもたちは、皆笑顔を見せていた。
「これは先日行われた、イギリスとクワ・トイネの子どもたちに依る相互交流キャンプでの一幕です。国籍も種族も違う同年代の子どもたちが、同じスポーツをして楽しむ。これこそ平和の象徴の様な光景ではありませんか!」
ジョーンズ卿はここで一区切りつけると、スピーチを続けた。
「この様に、スポーツには世界を平和にする力があります。そしてイギリスでは、それを支える十分な環境があります。既に政府は、クワ・トイネ公国やムー連邦へ講師を派遣し、オリンピックの宣伝と各競技の紹介を開始しています。」
ジェスチャーと抑揚を付けつつ、ジョーンズ卿がイギリスの強みを力説する。
「そして、メインスタジアムとなるウェンブリー・スタジアムも、着々と改修が進んでいます。各国のオリンピック委員の皆さん、イギリスはオリンピックを開く準備が整っています。来年の夏、ロンドンでお会いできるのを楽しみにしております。ご清聴有難うございました。」
ジョーンズ卿は一礼すると、しっかりとした足どりで席へと戻った。
その後は会場や競技の選定、参加国の確認などが続いた。
そして会議の最後には、各国のオリンピック委員に1942年ロンドンオリンピックの招待状が渡された。
中央暦1640年5月1日(西暦1941年7月10日)午前10時
アルタラス王国、首都ル・ブリアス――
ロデニウス大陸の北方、ボルーファン海峡*2の入り口に位置するアルタラス王国。世界有数の魔石鉱山が在ることで有名なこの国は、数ヶ月前にイギリスとフランス、アイルランドの三ヵ国と国交を締結していた。
「――やはり栄えているな。流石は貿易国家だ。」
フランス海軍の駆逐艦「ラドロア」の甲板からル・ブリアスの町並みを眺めているのは、フランス外務省ロデニウス局のジェローム=ド・アルマン局長だ。
「アルマン局長。後五分程で下船出来るとの事です。」
アルマンの部下であるジャン=ポール・ゲラン一等書記官が小走りにやってくる。
「そうか、報告有難う。――ゲラン君、君はアルタラスは初めてだったと記憶しているが?」
アルマンが葉巻を燻らせながら訊ねた。
「はい、以前はアイルランドに勤務しておりましたので――」
ゲランが緊張した面持ちで答える。
「緊張のし過ぎは体に毒だぞ、別に国交締結に行く訳でも無いのだからね。」
ゲランの心情を察したのか、アルマンが穏やかに言った。
そうこうしていると、下船の準備が整ったと若い海軍士官が伝えに来た。
「ジェローム!久しぶりだな!」
ル・ブリアスの港に降り立ったアルマンらを出迎えたのは、ロラン・ドロルム駐アルタラス王国フランス大使だった。
「ロラン、公務中にその名前で呼ぶのは止めてくれ。」
アルマンが苦笑いしながら言う。
「まあそれもそうだな。何せ君の部下が困惑している様なのでね。」
ドロルムが明朗な声で言った。
「局長殿と大使殿はお知り合いなのですか?」
話題を振られたゲランが訊ねる。
「ああ、私と局長殿は
ドロルムが昔を懐かしむかのように答えた。
「成る程、通りで仲が宜しいのですね。」
ゲランが納得の表情を見せた。
「さ、立ち話ばかりしてる訳にもいかんな。荷物は大使館に運ばせてあるから、そちらに向かうとしよう。」
アルマンとドロルムの会話が一段落すると、ドロルムが二人を車に案内した。
皆が車に乗り込むと、ドロルムの部下の運転で三人は大使館へと向かった。
翌日午前10時
ル・ブリアス、アテノール城――
アルタラス王国の首都、ル・ブリアス郊外の山に建っているアテノール城。国王ターラ14世を初めとする国王一家の住まいでもあるこの城を、アルマンとゲランの二人は訪れていた。
「――オリンピック、ですか。」
アルマンからロンドンオリンピックの招待状を受け取ると、ターラ14世が興味深そうに言った。
「はい。各国から若者達が集まり、競技を行う
ゲランが簡単な説明をする。
「平和は我々としても望むものです。何せ国家の繁栄は平和あってのものですからな。」
ターラ14世がオリンピックの招待状を見ながら話す。
「我々としては陛下を始めとする王族の皆様、そして選手団の方々を開催地のイギリスに招きたく――これは開催国イギリスも同様の考えです。」
アルマンが穏やかな笑みを浮かべて言った。
「私としても一度はかの地を訪れたいと考えていました。折角の機会と云う物です、有り難く招待をお受け致しましょう。」
ターラ14世が目を細めて言う。
こうして、アルタラス王国のIOC加盟とロンドンオリンピックへの出場が決定した――――
1942年7月29日午後2時
イギリス 首都ロンドン、ウェンブリー・スタジアム――
ロンドンでのオリンピック開催が決定してからというもの、イギリス全土ではオリンピックの準備が急ピッチで進行していた。
競技場からインフラに至るまで、建設ラッシュにイギリス国内が沸いたのは言うまでもない。
そしてこの日、メインスタジアムであるウェンブリー・スタジアムは人々の熱狂で包まれていた。
「さあ、右手から入場して参りましたのはクワ・トイネ公国の選手団であります。同国からは四番目に多い165人が参加しております。先頭に立ちクワ・トイネ公国の国旗を持っておりますのは、アーチェリーのエース、シーグヴァルト・ノルシュテット選手であります。」
「霧の都」の異名を持つロンドンにしては珍しい青空の下、各国の選手たちは進んで行く。会場にはイギリス軍の軍楽隊が奏でるマーチと観客の歓声が響き渡り、賑やかな雰囲気を醸し出していた。
「そして最後に入場して参りましたのは、我らがイギリス選手団であります!」
BBCのアナウンサーに依る実況がスタジアム内に響き渡ると、観客は
歓声に包まれた入場行進の次は、大英帝国国王・ジョージ6世に依る開会宣言である。
国王が中央の演台に登壇すると、観客達から拍手と歓声が上がった。
「――第13回近代オリンピアードを祝し、此処に1942年ロンドンオリンピックの開催を宣言します。」
国王の宣言が終わると共に、会場にファンファーレが鳴り響き、平和の象徴たる白いハトが飛んで行った。
そしていよいよ、聖火*3の点火が始まった。
観客の拍手と歓声の中を駆け抜けて行くのは、自転車競技で出場しているレジナルド・ハリス選手である。
元々イギリス陸軍に所属していたハリス選手は、転移による終戦に伴い退役。前年の英国選手権に自転車競技で出場し、優勝を果たした期待の若手選手だった。
ハリス選手はしっかりとした足取りで聖火台への階段を駆け上がって行くと、聖火台に火を移した。
火は聖火台に移されると、煌々と赤い炎を上げる。
炎が上がると、ファンファーレが鳴り響き、人々は歓声を挙げた。
そして上空にはイギリス空軍のスピットファイア戦闘機が大空に五輪のマークを描き、会場の熱狂は最高潮に達した。
こうして、
読者の皆様、お久し振りです。
作者がリアルの方で色々と忙しくしておりまして、前回の投稿からひと月程開いての投稿となってしまいました...楽しみにしていた方々、大変お待たせ致しました!
さて、世間ではコロナやらオリンピック延期やらと災難が続いておりますが、今回の第18話ではオリンピックについて書いてみました。
構想は某大河ドラマを見ていた頃に思い付いたのですが、やっと書く事が出来ました(笑)
次回は今月以内の投稿を目指しております。次回もオリンピックネタがメインとなりそうです。
お気に入り登録や高評価も増えていて、嬉しい限りです。読者の皆様、ありがとうございます!