1940年4月15日午後7時
ロンドン、ウェストミンスター宮殿――
英国議会の所在地であるウェストミンスター宮殿には、多くの議員が集まっていた。
野党・労働党の議員、ニール・クロフォードもその一人であった。彼は五年前、1935年の総選挙で当選した若手議員であった。
『緊急の議会招集…例の地殻変動か!?』
彼はそう考えると、フランスで戦う兵士達の消息を憂いた。
「あと十分で開会か――」
彼は自身の腕時計に目を遣ると、足早に議場へと向かった。
議場へ入ると、既に多くの議員が着席していた。数分の後、
「議員の皆さん、本日の議題は未明に起きた大規模な地殻変動についてです。先ずこの件についての、チェンバレン首相からの報告です。」
古風なかつらを着け、法衣を纏った議長が声を張る。
議長の紹介を受け、ネヴィル・チェンバレン首相が討議テーブルの左側に立った。
「議員諸君、私が今から報告する事は、英国始まって以来の危機についてである。今朝の地殻変動についてだ。先ず結論から申し上げると、グレートンブリテン島とアイルランド島、フランス本土とその周辺の諸島は――」
チェンバレンは一呼吸置くと、一気に述べた。
「地球とは異なる惑星に転移した可能性が大きい。」
議員達の息を呑む声が聞こえ、表情が一気に驚きへと変わる。そして、沈黙が議場を支配した。
「根拠は、確信に足る根拠は有るのか?」
「転移したとはいえ、これで
「政府はどう対応するんだ⁉食料供給が途絶えるぞ!」
十数秒の静寂の後、議員達のやじが一斉に飛び始める。その光景は、混乱そのものだった。
「
議長が木槌で机を叩きながら、議場の隅まで響く大声で叫ぶ。
議長の指示を受け、立ち上がっていた議員達が座った。
議員達が座ったのを見ると、チェンバレンが話を続けた。
「先ず根拠についてだが、先程グリニッジ天文台から『普段と見える星が異なっている』との連絡が入った。例の地殻変動も絡めて考えると、地球と別の惑星に転移したとしか思えない。」
『これは…勘違いやデマなどでは無いな――』
チェンバレンの報告を近くで聞いていたクロフォードを始め、議場に居た誰もがそう考えた。
「それでは質疑に移ります、本日は
議長が議場を見回しながら言った。
『珍しいな…普段なら事前の申請が必要だが――』
クロフォードはそう考えると、食糧・資源問題についての質問をする為に挙手をした。
「
クロフォードは立ち上がると、討議テーブルの右側に立った。
「チェンバレン首相への質問です。今回の転移で植民地を失ったことで、食糧や資源の輸入は途絶えると思われます。当面の食糧や資源の供給はどうするのか、お答え下さい。」
クロフォードの質問を受け、チェンバレンが討議テーブルへ向かう。
「食糧・資源問題については、周辺の探査を行いたいと思っている。ここが別の惑星だとしたら、我々以外にも国家や文明が存在していると考えている。依って、私は海軍と空軍による周辺地域の探査を提言する。」
チェンバレンの提言を受け、議長が投票の準備へと移る。
「それでは投票を行います。周辺の探査に賛成か反対か、記入の上投票を――」
議長の指示で、投票が始まった。クロフォードも自席から立ち上がると、投票箱へ向かった。
十数分後――
最後の議員が票を投じ、席へと戻ると集計が始まった。
そしてその集計も、つい先程終わったようであった。
「議員の皆さん、結果が出ました。」
議長の発言で、議場が緊張感に包まれる。
「賛成642票、反対0票、棄権8票――依ってこの提案は賛成多数で可決されました!」
議長が木槌を叩き、抑揚を付けた大声で言った。
「議員諸君、先程の投票で周辺探査の許可が出た。賛成票を投じた議員に、謝意を表する。」
投票結果を受け、チェンバレンが討議テーブルの左側で演説を始める。
「周辺探査は空軍省に依頼しようと考えている。遅くとも明後日までには周辺探査を開始する様、申し送りをするつもりだ。」
「無事に国家が見つかれば良いのだがな――」
チェンバレンの演説を聞きながら、クロフォードは祈る気持ちで呟いた。
翌4月16日午前5時
デヴォン州、エクセター空軍基地――
イングランド南部のデヴォン州に位置するエクセターは、
この都市の郊外にあるイギリス空軍のエクセター空軍基地では、第85飛行隊が探査の為の準備をしていた。
「この飛行隊が重大な任務を請け負う事になるとは――」
第85飛行隊の隊長、フレデリック・ヒース少佐が引き締まった表情で言った。
「緊張しますね、少佐。初任務の時を思い出します。」
副隊長のヘクター・アーノルド大尉も緊張した面持ちで答える。
「しかし今回はボーファイターを操縦するのか――」
「この重戦闘機は航続距離が長いですからね――首脳部も探査に適していると考えたのでは?」
「うむ、何か見つかれば良いのだがな。」
二人はタバコを咥えながら会話を交わすと、それぞれの自機へと向かっていった。
ヒースを始め、飛行隊の隊員全員がボーファイター重戦闘機に乗り込む。
「こちら管制塔、第85飛行隊の離陸を許可する。繰り返す、離陸を許可する――」
管制塔からの連絡を受け、ボーファイターの二つのプロペラが回りだす。
発進した機体は徐々に加速していき、次々に機首を上げて離陸していく。
飛び立った12機は、デヴォンの朝の空を大西洋方面へと飛んでいった。
こうして、イギリスの命運を懸けた探査作戦「ダイナモ作戦」が幕を開けた――
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今回は旧第1話の前日譚を書いてみました。コメントやお気に入り登録など沢山頂いております、皆さんありがとうございます!