1942年7月29日から二週間に亘って行われた
イギリスやフランス、アイルランドといった旧世界の国々は勿論、クワ・トイネ公国やムー連邦などの異世界の国家など計13ヵ国、1925人が参加したこのオリンピックでは様々な物語が生まれた。
特に七日目に行われた4×100mリレー競技では、大方の予想を覆してクワ・トイネ公国の代表チームが金メダルを獲得。ロデニウス戦争から復興途中のクワ・トイネ国民に勇気と感動を届けることとなった。
勿論、開催国イギリスを始めとする旧世界の選手団も多くのメダルを獲得した。イギリスはほぼ全ての競技でベスト3に入り、最多となる109個のメダルを獲得。毎晩ロンドンのパブがオリンピックの話題で沸いたのは言うまでもない。
十日目にはマラソンが行われ、開催国イギリスのトーマス・リチャーズ選手が優勝。ウェンブリー・スタジアムにリチャーズ選手が戻って来たのが見えるや否や、観客だけでなく首相のチャーチルや国王ジョージ6世までもがスタンディングオベーションで迎えた。この様子はBBCのテレビ中継で放送され、イギリス全土が歓喜に沸いた。*1
熱戦が繰り広げられたのは、陸上競技だけでは無い。
二日目からエンパイア・プールで行われた競泳競技も、各国の選手達の熱戦で賑わった。
100m自由形では、フランスのヴァレリー・ジラルデ選手が55秒8という世界新記録で金メダルを獲得。フランス国民はそのニュースを聞くと、口々に「次のオリンピックをフランスへ!」と言うほど熱狂したという。
1942年8月7日午後3時
ロンドン、ウェンブリー・スタジアム――
BBCでも中継されたマラソン競技。リチャーズ選手の勇姿に会場が沸く中、ロイヤルボックスではイギリス国王ジョージ6世とアルタラス国王ターラ14世が競技を見物していた。
海軍服に身を包んだ英国王と、アルタラスの伝統的衣装に身を包んだアルタラス王が会話を交わす。
「しかしあの選手は凄いですな!それに会場が皆一体となって声援を送っている、正に平和だからこそ為せる光景ですな――」
ターラ14世が感嘆しながら、選手へ拍手を送った。
「ええ、以前の世界ではこの様な平和は考えられませんでした――何しろ戦時下でしたからな。」
ジョージ6世が昔を思い出すかの様に言う。
「しかし貴国は素晴らしい国です。先進技術に軍事力、全てに於いて我が国の上を行ってますよ。」
ターラ14世はイギリスの素晴らしさを実感すると共に、この国が
「我が国への高い評価、有難う御座います。今夜の晩餐会にも是非おいで下さい、我が国の文化を堪能出来ると思いますから。」
ジョージ6世が笑顔で語りかけた。
同日午後5時
ロンドン、バッキンガム宮殿――
金色に彩られた壁に深紅のカーペット、光り輝く銀食器と金色の燭台。大英帝国の栄華を示すバッキンガム宮殿の大広間では、アルタラス国王一家を招いての晩餐会が行われていた。
大広間奥の中央には、英国王ジョージ6世とエリザベス王妃、長女のアレクサンドラ王女、そしてアルタラス国王ターラ14世とルミエス王女が座っていた。
「イギリスとアルタラスの両国の友好を願って――
英国王ジョージ6世の乾杯の挨拶と共に、会場の面々がグラスを掲げる。
グラスに注がれているシャンパン――モエ・エ・シャンドン製のドン・ペリニヨンは、シャンデリアの明かりを受けて黄金に輝いていた。
「この様なワインは初めてですね。しかし口当たりがとても良い――」
ターラ14世がシャンパンを一口飲み、顎髭を撫でながら呟く。
「シャンパンは初めてですか?このシャンパンは隣国のフランス産で、中々の上物ですぞ。」
ジョージ6世がグラスを持って訊ねる。
「ほう、
ターラ14世はそう言うと、満足そうにシャンパンを飲んだ。
英国王とアルタラス国王が談笑していると、前菜のヒラメのムニエルとホタテのムースが運ばれてきた。
「しかし貴国の技術力には驚きました。特にあの橋は凄かったですよ、橋が開くなど――」
「タワーブリッジですな。我が国に来られた方々が先ず驚かれる場所ですからね。」
ジョージ6世が笑顔で言う。その声には、どこか誇らしさが感じられた。
「ええ、我が国にも貴国の進んだ技術を取り入れたいものです。」
ターラ14世がグラスに注がれた白ワイン――シャサーニュ・モンラッシェ産のシャルドネを眺めながら言った。
一同の食事が進むと、メインディッシュが運ばれてきた。メインディッシュには子羊のローストにジャガイモのガレット、付け合わせにカリフラワーやそら豆が出された。
ワインはシャトー・オ・ブリオンの赤ワインが出され、出席者達は芳醇な香りを愉しんでいた。
「このラム肉のローストは絶品ですな!ワインも素晴らしいですよ。」
ターラ14世が頷きながら言う。
「愉しんで頂けて何よりです。因みに大英博物館はもうご覧になりましたか?」
ジョージ6世が訊ねた。
「勿論!私も興味をそそられたのですが――娘のルミエスの方が関心を示していましてね。」
その言葉を聞いたジョージ6世がルミエスの方を見る。
「ええ、とても珍しい物ばかりで驚きました。特にあの碑文!――確かロゼッタ・ストーンという名でしたかしら?学術的な貴重さだけでなく、美しさも感じられましたわ。」
ルミエスが目を輝かせながら言った。
「ご覧になられましたか。古代文明の遺物はどこか人々を惹き付ける力がありますからな。」
ジョージ6世が古代エジプトに思いを馳せる。
「ルミエス殿下、この世界にも古代文明はあるのですか?」
三人のやり取りを傍で聞いていたアレクサンドラが訊ねる。ルミエスと年が近い王女は、ルミエスと同様に若く聡明であった。*2
「古の魔法帝国と呼ばれる国家の遺構ならあります。ただ解明されていない事が多いので、詳細は良く判っていないのです。」
アレクサンドラの質問を受け、ルミエスが答える。
「古の魔法帝国?」
ジョージ6世が興味深そうに訊ねる。英国王はローマ帝国――
「はい。その昔、強大な魔導技術を以て世界を統べていた大帝国です。
「ほう、とても優れた国家だったのですな。」
「技術力は優れていたのですが――光翼人達は選民思想を国是とする種族でしたので、人類やエルフ、竜人族と云った他種族を奴隷として扱っていたのです。」
ルミエスが古の魔法帝国について語る姿は、宛ら叙事詩を語る古代アテナイの神官の様であった。
「他種族を奴隷にするなど......酷い話です。」
ジョージ6世はそう言いつつ、イギリスも過去に同様の行いをしていた事を皮肉に感じていたのだった。
「その帝国は如何にして滅んだのですか?前世界での古代帝国は内乱や外敵などで滅びたのですが、その帝国も同様の運命を?」
アレクサンドラが興味津々に訊ねる。彼女は異世界の古代帝国に、強い関心を抱いた様だ。
「これは飽くまで伝説上の話に過ぎないのですが――彼らは傲慢が故に、
「何と......!」
恐るべき内容に、アレクサンドラら英国王室の一同が絶句する。
「勿論、帝国のその所業に神々は怒りました。そして神々は帝国の地に隕石を振らせようとしたのです。」
「では隕石によって滅んだ――という訳ですな?」
ジョージ6世が確認程度に訊ねる。
「いえ、彼らは国土そのものを未来へと転移させたのです。勿論、伝承上ではありますが。」
「彼らは将来的に出現する......という事ですか?」
アレクサンドラが恐る恐る訊ねた。
「ほぼ確実と見られますわ。」
ルミエスが断言する。その頃には、アレクサンドラらが抱いていた大帝国への興味は恐怖へと変わっていた。
その後はオリンピックの話題になり、会場は再び談笑する声に包まれた。
「さて、そろそろお開きとしましょうか。」
全員がディナーを食べ終わったのを見た英国王が呼び掛ける。
「ええ、しかしとても良い晩餐会でしたよ。」
ターラ14世が満足そうな声で言った。
8月14日午前10時
ロンドン、ケンジントン宮殿――
煉瓦造りの外観に、ヴィクトリア女王の彫像が鎮座する庭園。歴代イギリス王室メンバーが愛用してきた事でも知られる、由緒あるこのケンジントン宮殿では、イギリス主催の「大西洋諸国サミット」が開かれていた。
議場の大広間には、議長国イギリスを筆頭にクワ・トイネ公国やクイラ王国、ムー連邦など多くの国の代表団が集まっていた。*3
「さて、お集まりの皆さん。」
チャーチル首相の呼び掛けで、一同がイギリス代表団の方を向く。
「本日のサミットへのご参加、イギリスを代表して謝意を表します。我々イギリスは、今後も皆さんの様な友好国との関係を重視していく考えです。共に平和で安定した大西洋地域を創って参りましょう。」
チャーチルのスピーチが終わると、会場の一同からは拍手が起こった。
「さて、では早速議題の方へ――」
一同が手元の資料へ目をやる。大陸共通語で書かれたその資料は、紙の質の高さと写真の鮮明さとで各国代表団を驚かせた。
サミットでは主に三つの議題が扱われた。
Ⅰ. 大西洋協定の更新
Ⅱ. 各国貿易の調整
Ⅲ. 安全保障
Ⅳ. 各国情報交換
大西洋協定については、新たにムー連邦など数か国が加盟。今回は検討に留めるとした国家も、イギリスとの相互協力には賛意を示した。
途中休憩では、イギリス名物の紅茶が出された。
「チャーチル殿。我々の知る茶とは色が異なるようだが、これは何の銘柄ですかな?」
紅茶に興味を示したのは、フェン王国のシハン国王だ。
「これはお茶の一種で、紅茶という物です。銘柄は王室から市民まで広く愛されているダージリンですよ。」
「ほう......では早速頂くとしますかな。」
シハンが物珍しそうに紅茶の香りを嗅ぎ、そして一口飲んだ。裃姿で陶磁器のティーカップを持つその様子は、まるで開国当時の日本の武士を思わせる。
「――旨い。」
紅茶を飲んだシハンが感嘆の声を上げた。
「気に入って頂けたようで何よりです。さ、皆さんも是非どうぞ!」
イギリスの伝統文化で他国の興味を勝ち取るというチャーチルの目論見は、見事成功を収めたのだった。
途中休憩の後、議題は安全保障へと移った。この議題は各国が強い関心を示しており、サミットの最も重要な部分を占めた。
中でもフェン王国やアルタラス王国、シオス王国は対パーパルディア皇国、トーパ王国は対魔物での懸念を示しており、この四ヵ国とイギリスを中心に話が進んだ。
「フェン王国外務奉行のランガクです。我がフェン王国は年々帝国主義の隣国、パーパルディア皇国からの圧力が増しており、国王陛下を始め国家全体として危機意識を持っています。かの国は極めて強く、安全保障上の脅威足りうる国家です。対パーパルディアの点でも、貴国との協力は不可欠だと考えております。」
続いて、同じくパーパルディアへの懸念を示すアルタラス王国が話す。
「アルタラス王国と致しましては、フェン王国と同じく貴国との強固な連携を築いていきたいと考えております。幸いにして我が国は未だパーパルディアからの直接的な圧力を受けていませんが、我が国にある世界有数の魔石鉱山――シルウトラス鉱山はかの国が侵略を仕掛けてくる理由になり得ります。つきましては、我が国の軍隊の近代化を支援して頂きたいと考えております。」
「――成る程。軍事面での支援ですか......」
イギリスのイーデン外相が手を組み、考え込むように言う。
「はい。何卒ご検討を宜しくお願いします。」
難しい表情のイーデンに、ルミエス王女が頼み込む。
「イーデン君。先ずは議会に諮らねばならんな。」
答えを渋るイーデンに、すかさずチャーチルが助け舟を出す。
「はい、返答には時間が掛かるかと――」
「分かりました。前向きなお返事をお待ちしております。」
事情を察したルミエスが言った。
「あの国の植民地運営は酷い状態ですからな。我々としても看過出来ませんよ。」
チャーチルが断言する。
勿論、彼は友好国・同盟国へ侵略する国家とは徹底的に戦うつもりであった。しかし一方で、解放を理由にパーパルディア皇国の植民地利権を狙っていたのもまた事実であった。
『何、我々の植民地運営はかの国のそれに比べれば雲泥の差だ。それに他国が広大な植民地を持っているのは、やはり大英帝国のプライドに関わる――』
彼の脳裏には、栄光ある大英帝国を異世界で復活させるという野望が浮かんでいた。
そして彼はトーパ王国の発言で出た「グラメウス大陸」なる土地にも興味を抱いた。
『トーパ王国や他の国家はグラメウス大陸の植民に関心すら抱いていない様だ。ひょっとするとこれは好機なのではないか?』
彼は近い内にトーパ王国へ探査隊を送り込み、未知の大陸についての調査を行おうと考えたのだった。
サミットは夕方まで続き、各国は活発な議論を行った。
最後には八ヵ国の共同声明が出され、引き続き平和で安定した大西洋地域を目指していく事が強調された。更には数年おきにサミットを各国の持ち回りで定期開催することが決定され、次回はクワ・トイネ公国で行われる事で各国が合意した。
「オリンピック外交」と各新聞社が呼んだ一連の外交交渉は、イギリスと他国の関係を良好なものにするという成果を収めたのだった――――
いよいよ英国流外交スタートです(笑)
さて、今回は外交戦メインでしたが、次回からは何やら戦乱の予感が......
お気付きの方も多いと思いますが、アレクサンドラ王女のモデルは勿論「偉大なる女王陛下」です。今後はそうした「~っぽい」人物が大勢出て来ますので、そちらもお楽しみに!
次回、第20話は8月までの更新を目指して頑張りますので、今後とも宜しくお願いします!