英仏召喚   作:Rommel

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Chapter Ⅳ : グレート・ゲーム
第20話 ―カイオスの憂鬱―


中央暦1640年5月10日午前9時

パーパルディア皇国、皇都エストシラント・第3外務局――

 

第三文明圏の列強、パーパルディア皇国。

イギリスをも上回る過酷な植民地運営を行い、領土を軍事力で拡張する。そんな帝国主義政策を代表する第3外務局では、局長のアレクサンドル・カイオスが局長室で険しい表情を浮かべていた。

 

「何とかならんのかね。君の課にはもう何ヶ月も前から()()()の原因を探るよう命じていた筈だぞ。」

 

「申し訳ありません、カイオス閣下。しかし、本当にあの様な蛮族国家の情報を?」

 

カイオスの司令に疑問を示すのは、ロデニウス戦略課のグリゴリー・ターロフだ。

 

「ターロフ君。その様な先入観が、国家戦略局の対ロウリア支援工作(例の件)の失敗に繋がったのではないかね?」

 

カイオスがターロフを皮肉った。

 

「しかし奴らは所詮文明圏外国。我らの敵では――」

 

「そうした考えが甘いのだ!君はロウリア兵の証言で何を聞いてきたのかね!?」

 

カイオスが声を荒立てて叱責する。彼は先入観で物事を見る人物――皇国の多くの官僚を嫌っていた。

 

「はっ。直ぐにでも調査致します!」

 

カイオスには珍しい大声に、ターロフの声が裏返る。局長室からそそくさと出ていくその姿は、普段文明圏外国の大使に高圧的な態度を取っているところからは想像出来ない物であった。

 

『全くどの連中も小物ばかりだ。奴らを取り除かん限り、皇国のこれ以上の発展は望めんだろう。』

 

カイオスは憂国の念を抱きながら、煙管に火をつける。

 

「しかし......イギリスの国力は我々に匹敵する。もし事を構える際は徹底的な準備をせねば!」

 

彼はそう呟くと、煙草の煙を吐いた。

 

 

同刻

エストシラント、国家戦略局――

 

「お呼びでしょうか、イノス課長。」

 

褐色の軍服を身に纏った青年が敬礼をする。

 

「うむ。パルソ君、例の件の証拠がどうも外3に勘付かれた。」

 

イノスがその鋭い目をより鋭くさせて言う。彼は国家戦略局のロデニウス方面課課長で、ロデニウス戦争における対ロウリア支援工作を主導した人物だった。

 

「まさか――――!」

 

伝えられた内容の重大さに、パルソが絶句する。

 

「そのまさかだ。何処からバレたかは知らんが、とにかく拙い事になったぞ。」

 

「い......如何致しましょう?」

 

「パルソ君。」

「イギリスへの潜入、やれるな?」

 

イノスがパルソに顔を近づけて言った。

 

「はいっ!全力を尽くして任に当たります。」

 

パルソがイノスの恐ろしい表情に動揺しながら返答する。

 

「宜しい。くれぐれも外3には気付かれないように進めてくれ。いいな?」

 

イノスは念を押すと、再び書類のチェックへと戻った。

 

 

中央暦1640年6月3日(西暦1941年8月12日)午前9時

皇都エストシラント、第3外務局――

 

「ですから、貴国との国交締結はこの条件では不可能です。お引き取りを。」

 

外務局の職員がイギリス外交団に冷たく言い放つ。

 

「しかし......この条件の何処が問題なのです?我々と貴国、双方に益のある条件かと存じますが――」

 

外交団の団長、ヒューゴ・リドゲート卿が訊ねる。駐レニングラード公使を務めた経験のある彼は、パーパルディアで話されている『パールネウス標準語』*1にも堪能だった。

 

「先ず治外法権を認めるなというのは無理がありますね。列強国でも無い貴国が臨む条件としては、些か不遜かと。」

 

職員が見下す様な口調で言った。

 

「成る程。つまり我々は貴国と対等な関係を結ぶに値しないと云う事でしょうか?」

 

リドゲート卿が落ち着き払った声で訊く。

 

「ええ、貴国は文明圏外国でしょう。失礼ですが、自国の立場を弁えた方が宜しいですよ。」

 

職員が呆れたと言わんばかりに外交団の方を見た。

 

「貴国のお考えはよく分かりました。それでは失礼致します。」

 

大英帝国のプライドを傷付けられようとも、リドゲート卿は終始冷静かつ丁寧な態度で通した。

 

イギリス外交団のパーパルディア訪問は、局長のカイオスに知らされる事は無かった。情報軽視を叱責されたにも拘らず、ターロフは()()()()()()()からイギリス軽視の姿勢を崩していなかったのである。

 

 

「リドゲート閣下、本当に引き下がってしまって宜しいのですか?」

 

パーパルディアからアルタラスへの船中、リドゲートの部下であるラルフ・タウンゼント一等書記官が訊ねた。

 

「タウンゼント君、あの国は昔の我が国よりもプライドが高い。アヘン戦争(極東での酷い戦争)の頃よりも、だ。」

「――――君も見ただろう、ロビーで怯えた顔をしていたパーパルディアの属国の大使を。あの国は我々よりも悪質な植民地運営を行っている、これは明白だ。」

 

タウンゼントがリドゲート卿の目を見ながら頷く。

 

「そうした国は我々の実力を知ってもらうしか無いだろう、()()()()退()と云う奴だよ。」

 

リドゲート卿が紙巻きタバコを取り出しながら答える。

 

「実力を知ってもらう――――まさか!」

 

何かを察したのか、タウンゼントが声を潜める。

 

「帝国主義国家には帝国主義外交で、荒療治にはなるが確実に交渉のテーブルへと着く筈だ。」

 

リドゲート卿がタバコを吹かす。口調は確かに穏やかであったが、彼の話す内容にはパーパルディアへの対抗心があった。

 

「帰ったら政府にこの案を提出する。タウンゼント君、書類作成を手伝ってくれるかね?」

 

「はい、私に出来る事でしたら何なりと。祖国を侮辱されて黙っているイギリス人など居ませんから!」

 

こうして、イギリス外交団のプライドを賭けた反撃戦が始まった。

 

 

1941年9月10日午後2時

イギリス、ロンドン・首相官邸(ナンバー10)――

 

この日、ダウニング街の首相官邸ではチャーチル首相とイーデン外相、そしてリドゲート卿と第一海軍卿のカニンガム元帥の四者とその部下が出席しての会議が開かれていた。

 

「――以上が本案件の報告です。」

 

リドゲート卿の部下で、共にパーパルディア皇国との交渉に当たったタウンゼントが報告を終える。

 

「うむ、二人ともご苦労だった。さて、パーパルディア皇国(あちらさん)は予想通りの反応だったな。」

 

チャーチルが葉巻に火を点ける。

 

「はい、我々を()()()()()()()()()()()()であると平気で見下していましたからね。そこで閣下、ある提案が有ります。」

 

リドゲート卿が十数ページ程の文書をチャーチルに手渡した。

 

「どれどれ......海軍艦船のパーパルディア沖派遣及びフェン王国での観艦式参加か。」

 

鼈甲色の丸眼鏡を掛けたチャーチルが書類を捲りながら言う。

 

「閣下、私は賛成です。イギリスの誇りをパーパルディアに見せ付けましょう。」

 

カニンガムが賛意を示す。彼はイギリス海軍に自信と誇りを抱いていた。

 

「どの道、パーパルディアとの対立は避けられんだろう。そうは思わないか、諸君。」

 

書類に一通り目を通したチャーチルが会議室の面々を見る。

 

「それに、最近国交を結んだアルタラス王国やフェン王国は、かの国の事を快く思っていない様だな。」

 

チャーチルがイーデンに訊ねる。

 

「その通りです、閣下。先日アルタラス王国の国王陛下と会食する機会があったのですが、やはりパーパルディア皇国の事を危険視していましたね。」

 

イーデンが険しい表情で言う。彼としても、アルタラスで聞いたパーパルディアの過酷な(ベルギー的)植民地政策には良い印象を抱いていなかった。

 

「まあパーパルディアとて、来年開かれるオリンピックの噂を他国から聞けば我々を無下には出来んだろう。」

 

チャーチルと一同が自信げに笑う。会議室の壁面には、来年開催される第13回夏季オリンピック(ロンドンオリンピック)のポスターが貼られていた。

 

「では......この計画はオリンピック後に?」

 

イーデンがチャーチルに訊ねる。

 

「うむ。オリンピック閉幕後直ぐに大西洋諸国を集めたサミット、そしてその後にフェン王国の観艦式参加の流れで頼む。」

 

チャーチルの計画を、直ぐ後ろに控える秘書が速記帳に書き込む。

 

「サミットの主題は周辺国との関係構築、そして()()()()()()()への対策だ。パーパルディアにこの地域の主導権(イニシアチブ)は我々の物だと認めさせねばならん。」

 

「我々外務省も忙しい日々が続きそうですね。」

 

イーデンが苦笑いする。イギリス外務省は大戦の勃発から今日まで、殆ど休み無しで活動していた。

 

「政府や官庁の諸君にはこの数年、通常よりも多くの業務を行って貰っているからな。給与手当の増額も考えておこう。」

 

チャーチルがティーカップを手に言う。

 

「――――さて諸君。来年のオリンピックとサミットは何としても成功させるぞ!」

 

チャーチルが力強く呼び掛けると、会議室の面々は歓声を上げたのだった。

*1
転移前の世界でのロシア語に近い




今回はオリンピックとサミットの前日譚を書いてみましたが、如何でしたか?
次回はいよいよアイルランドが舞台となります!動き始めたイギリスとパーパルディア、二つの大国の『グレート・ゲーム』にもご期待下さい!
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