ご注文はかけがえのない友情ですか?   作:竜田川 竜之介

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皆さん初めまして、この度「ご注文はうさぎですか?」の二次創作小説を執筆する事となりました、竜田川 竜之介(たつたがわ りゅうのすけ)と申します。投稿用小説は初めてなので、誤字・脱字・誤用等あるかもしれません。また仕事の前後や合間に執筆を行う都合上、投稿ペースは物凄く遅くなると思います。(早くても1か月に1羽が関の山)それでも構わないという方は、是非ともご覧になっていってください。

では本編をどうぞ!!


1羽「再会と約束」

ここは木組みの家と石畳の街…彼―兎猪菜 心兎平(ういな こうへい)―はこの春からこの街の高校に通いつつ、喫茶店を経営する香風家に下宿しつつバイトをするため、引っ越すこととなった。彼は高校を選ぶ際にこう考えた―将来の事を考えて高校はいいところを出た方がよいとか、高校生のうちからバイトをして社会経験を積むべきとか―。この選択が後の彼の人生を大きく左右することになるとは、今の当人には知る由もない。

 

 

 

はてさて、彼の家のある街から列車ではるばる2時間、とうとう彼はこの街までやってきた。駅を降り立つとそこには、まるで日本とは思えない―寧ろヨーロッパの、更に言えば童話の世界に迷い込んだと錯覚してしまう程の―美しくも活気溢れる街並みが彼を迎え入れた。彼はここから、目的の喫茶店『Rabbit House』を目指して歩み始める。

 

 

 

====

 

 

 

「木組みの街、8年振りだな…あの子は元気にしてるかな?」

 

 

 

駅を降り立った俺は歩きながら街の風景を眺めつつ、かつてこの街で刻んだ思い出に浸っていた。実は過去に一度、今は亡き祖父に連れられこの街に訪れたことがある。その時に出会ったのが、当時のラビットハウスのマスターの孫娘、チノちゃんだ。彼女とはあれ以来一度も会っていないが、当時の年齢からは考えられない、妙に真面目で大人しく礼儀正しい子だったと記憶している。そんな性格だったものだから、俺はついつい友達はできたのかとか、学校でいじめられてないかとか、まるで妹が心配な兄のように彼女の事を案じてしまう。まあ、俺も人の事は言えないのだが…。

 

 

 

おっといけない、考え事をしながら歩いていると道に迷ってしまう。この街は似たような建物が所狭しと並んでおり、初心者は地図を見ながら歩かないと迷ってしまうこと請け合いである。かく言う俺も、小さい頃にこの街で迷った事がある。この街に完全に慣れ切るまでは油断禁物だ。

 

 

 

「ラビットハウスはこの道を真っ直ぐ、か…ん?」

 

 

 

道順を確認するため、地図と実際の景色を交互に確かめる。すると目線の先に、俺と同じく地図を見ながら何かを探している女の子の姿があった。見た目は高校生くらいで、セミロングのピンクがかった茶髪に桜を半分にした髪飾り、白いフリルワンピースを身に纏い、ショルダーバッグを肩に、ピンク色のキャリーバッグを引いて歩いている。周りに家族や友達らしき人物が見当たらない事から、俺と同じく彼女もまた、この街に下宿しに来た一人だろう。

 

 

 

「ふーん…ここがこうで、あっちがこっちで、う~ん…まあいっか♪」

 

 

 

…いや待て、全然よくない。まず明らかに地図を読めていない感じだし、と言うかどう見ても迷ってる。なのに「まあいっか♪」って…良く言えばポジティブ、悪く言えばバカな女の子だ。これでは親切に教えてあげる気にもなれない。寧ろ一周回って案外大丈夫じゃないかとすら思ってしまう。何にせよ関わると面倒な事になりそうな上、時間がなくなり急ぐ必要が出来てしまうので、悪いが無視することにした。

 

 

 

それにしてもこの感じ、髪色も相まってアイツの姿を連想してしまう。だが、アイツがここにいるなんてあり得ない。俺が引っ越した関係で中学は別々となってしまい、ここ最近は連絡も取れていなかった。よってお互い、どこの高校に進学するかなど知りもしない。もしこの女の子がアイツだったら…これは偶然を通り越した運命、いや宿命だと言って差し支えないだろう。そんな奇跡は起こらない、起こる筈がない―この時の俺はそう考えていた。

 

 

 

~~

 

 

 

「とうとう、この時が来たな…」

 

 

 

駅から歩くこと15分、俺は目的地のラビットハウスに到着した。この街並みもそうだが、ラビットハウスもまた、以前となんら変わらない佇まいで居を構えている。周りの街並みに上手く溶け込んでおり、説明されなければここに喫茶店があるとは思えない。ただウサギとマグカップを模した吊るし看板と、表に出ている宣伝用のホワイトボードだけが、ここが喫茶店である事を主張しているかのようだ。さながら『隠れ家的な喫茶店』といったところか…マスターの拘りが滲み出ている。そう言えば、マスターは元気にしてるかな…マスターに会えたら挨拶は勿論、昔は飲めなかったあのコーヒーを飲んでみせるんだ―そう意気込んで、俺はラビットハウスのドアを開けた。

 

 

 

====

 

 

 

ここはラビットハウス、落ち着いた雰囲気でコーヒーを飲める、私―香風 智乃(かふう ちの)―の自慢で大好きな喫茶店だ。この店のマスターでもある私のおじいちゃんも、自分の淹れるコーヒーには相当自信があると言っていた。そんなおじいちゃんだが、去年亡くなってしまった。でも大丈夫、お父さんもいるし、新しくバイトの人が来てくれたので、店の方は何とかなった。そして何よりも、

 

 

 

「チノよ、ここ最近落ち着かんようじゃが、どうかしたのか?」

 

 

 

おじいちゃんの意識なら、私の頭に乗っているアンゴラウサギのティッピーに宿っているので、寂しさは感じない。

 

 

 

「え?私はいつも落ち着いてますが?」

 

 

 

「そうではなくての…何か不安な事でもあるんじゃろ?」

 

 

 

流石は私のおじいちゃん、孫である私の考えてる事なんてお見通しだ。

 

 

 

「…実は、今日から下宿する二人についてなのですが」

 

 

 

「ああ…どちらも偶然今日来る事になっておったのぉ…そやつらがどうかしたのか?」

 

 

 

「…どう接していけばいいのか、分からないんです」

 

 

 

お父さんが言うには、二人ともこの春から高校生だそうで、つまりは私より年上だ。しかし、これから私と年が近い人が二人も同じ屋根の下で暮らしていくのだから、不安というか戸惑いはなかなか消えない。

 

 

 

「そういう時は自然体でいるのが一番じゃ」

 

 

 

「自然体…ですか?」

 

 

 

「そうじゃ、ありのままの自分で接すればいい」

 

 

 

ありのままの自分…つまり、いつも通りでいいんだ。

 

 

 

「ありがとうございます、おじいちゃん」

 

 

 

「なあに、孫が困った時くらい力になるわい」

 

 

 

おじいちゃんのおかげで、今日は自信をもって接客出来そうだ。

 

 

 

「いらっしゃいませ」

 

 

 

====

 

 

 

店内に入ると、頭に白い毛むくじゃらの物体を乗せた、腰まで伸びた水色の髪をX状のピンで纏めている女の子が俺を迎えてくれた。その子はカッターシャツの上から青いベストを着用し、胸元には大きな青いリボンをあしらい、腰には黒いロングスカートを巻いている。さしめず、この喫茶店の女性バイト用の制服といった所か。

 

 

 

そう、今しがたお客として俺を出迎えてくれた彼女こそ、8年前に出会ったチノちゃん本人である。身長は頭3つ分高くなり、幼さを残しつつも以前より大人びた印象を受ける身体つきとなっている。しかし、それでも可愛らしい事に変わりはない。今や俺より頭2つ分も小さいのだから。

 

 

 

「あの…どうかされましたか?」

 

 

 

おっといけない、これ以上見つめていたら不審がられてしまう。今の俺はあくまで単なるお客、まだ知り合いとしての再開の場面ではない。

 

 

 

「あぁごめん、席はどこでもいいのかな?」

 

 

 

「はい、お好きな席へどうぞ」

 

 

 

誤魔化すようにチノちゃんに聞くが、案の定の答えが返ってくる。実を言うと、席はどこでもいい事は入店した地点で分かり切っていた。今ここにいるのは俺とチノちゃんだけ、他の客はおろか店員も見当たらない。よってチノちゃんさえよければ、俺がどの席に着こうが自由な訳だ。とは言え、このがらんどうとした状況は喫茶店としてどうなのかと思わなくもないが、今は正直どうでもいい。

 

 

 

俺は角にあった窓際の二人掛けのテーブル席に腰掛ける。カウンター席よりもこちらの方が落ち着くからだ。席に着くやいなや、早速チノちゃんがお冷を入れて持ってきた。まだ中学生だというのに随分と手際がいい。流石はマスターの孫娘といった所か…そう言えばマスターの姿がない。まさか…いや、今その考えはよそう。落ち着いた雰囲気が台無しになってしまう。

 

 

 

「ご注文は?」

 

 

 

そして飲食店での決まり文句がチノちゃんの口から発せられる。メニューを眺めていた俺だが、見る前からもう注文は決まっていた。

 

 

 

「じゃあ、ウインナーコーヒーを貰おうかな」

 

 

 

「畏まりました」

 

 

 

短い会話で注文が確定し、早速コーヒーを作るためそそくさとカウンターへ向かうチノちゃん…どうやらまだ俺の正体に気付いていないようだ。無理もない、俺は8年前と今とでは身長も体型も声色も、そして性格まで、まるで違うのだから。逆に8年間一度たりとも会ってないのに一目で気付けたら凄い。だが今は気付かなくていい…いや、これからサプライズまがいな事をするのだから、寧ろ気付かれては困る。俺はどのようにネタ晴らしするかを考えつつ、暫しコーヒーの出来上がりを待った。

 

 

 

====

 

 

 

「お待たせしました」

 

 

 

オーダーを受けて10分、漸く出来上がった。それにしても、この人は初めて見る顔だ…いや、正確にはどこかで見たような気もするが、思い出そうにも記憶がぼやけて思い出せない。でもどこか優しい雰囲気は、どこからともなく懐かしさを伴って感じてしまうほどだ。

 

 

 

「ありがとう」

 

 

 

「ではごゆっくり」

 

 

 

しかし、その正体ははっきりとしない。私は注文のコーヒーをテーブルに置くと、お礼を言われたので会釈しながら言葉を返す。そしてこの事は忘れてしまおう、そう思って回れ右してキッチンに戻ろうとした。

 

 

 

「このコーヒーを見てると、あの日を思い出すね…」

 

 

 

その人はふと、昔を懐かしむかのようにポツリと呟いた。気が付けば自然と足が止まり、私はその人の方を振り返っていた。

 

 

 

「…何があったんです?」

 

 

 

気が付けばその人に問いかけていた。普段は常連のお客さん相手ですら、いきなり世間話をするような私ではない。しかし、今ここにいるのは彼と私だけ…今の私には彼の何気ない一言ですら否が応でも耳に入り、気になって仕方がない。

 

 

 

「あぁごめん、ただの独り言だから気にしなくていいよ」

 

 

 

「いえ、今はあなたと私しかいませんし、良ければ聞かせてください」

 

 

 

今日の私はどうかしてる。相手はただのお客さんの筈なのに…ましてや相手の話を嫌々聞くのではなく、興味を持って自分から聞きにいくなんて…普段の私であれば、こんな大胆な事は絶対しない。

 

 

 

「分かった」

 

 

 

彼も了承したようで、話の続きを語り始めた。

 

 

 

「…あれは今から8年前―」

 

 

 

====

 

 

 

時は遡ること8年前、とある街、とある喫茶店にて。

 

 

 

「ごちゅーもんはなににちましゅ?」

 

 

 

それはそれは小さな女の子が注文を取っている。

 

 

 

「じゃあ、ウインナーコーヒーで」

 

 

 

対するは女の子ほどではないにせよ、小学校低学年くらいのこれまた小さな男の子。彼が幼い頃の心兎平である。

 

 

 

「わかりまちた」

 

 

 

注文を取り終えた女の子は、そのまま回れ右してトテトテとキッチンにいる一人の男性の元へ向かう。

 

 

 

「おじーちゃん、ういんなーこーひーおねがい」

 

 

 

「今の儂はおじいちゃんではない、マスターじゃ」

 

 

 

キッチンでカップの水拭きをしていた男性が、溜息混じりに女の子に注意する。彼の名は黒光(くろみつ)、この喫茶店のマスターであり、女の子の祖父である。

 

 

 

「あ…ごめんなしゃい」

 

 

 

女の子は黒光に怒られたと思ったのだろう。申し訳なさそうに謝った。

 

 

 

「マスターや、少しは自分の孫をいたわらんか」

 

 

 

このやりとりを男の子と共に眺めていたもう一人の男性が、苦笑しながらマスターに注意する。彼は兎猪菜 宗清(ういな そうせい)、今は亡き心兎平の祖父である。

 

 

 

「いたわれるのは儂らじゃろうて…ほれ出来たぞ」

 

 

 

「ありがとうますたー」

 

 

 

今度こそ女の子は黒光の言いつけを守った。

 

 

 

「うむ、よく出来たの、さあ持って行ってこい」

 

 

 

「うん」

 

 

 

女の子は笑顔を取り戻し、心兎平の元にコーヒーを持っていく。

 

 

 

「おまたせちまちた」

 

 

 

女の子が心兎平にコーヒーを差し出したが、当の心兎平はお礼の一言も言わず固まっている。そして紡ぎだした一言が、

 

 

 

「…違う」

 

 

 

否定だった。女の子はその一言に動揺し言葉が出てこなかった。

 

 

 

「ん?どうしたんじゃ?」

 

 

 

「ウインナーがない」

 

 

 

そう、心兎平はウインナーコーヒーを『ウインナーの入ったコーヒー』と勘違いしていた。だが実物は、コーヒーの上にホイップクリームを乗せただけの代物に過ぎなかった。

 

 

 

「こんなの飲めない、おじいちゃん飲んで?」

 

 

 

「なんじゃと!?儂のコーヒーが不味いとでも言うのか!!」

 

 

 

コーヒーが飲めないと聞いた黒光は激怒した。

 

 

 

「ハハハハ…落ち着きなマスター、何もお前さんのコーヒーが不味い訳じゃなかろうて、まだ子供じゃぞ?」

 

 

 

「そうか…怒ってすまなかったの小僧」

 

 

 

「別に…」

 

 

 

宗清は苦笑した後黒光に謝るよう促した。黒光が申し訳なさそうに謝るも、心兎平は怒鳴られた事に無関心だったようだ。

 

 

 

「そうじゃ、クリームはお前が食っていいから、残ったコーヒーだけくれんかの?」

 

 

 

「え…いいの?」

 

 

 

宗清の提案に心兎平は確認をとった。

 

 

 

「構わん、孫が困った時は力になるわい」

 

 

 

「お主、力をいれる所間違えてはおらんか?」

 

 

 

「そんな事気にしておったら命がいくらあっても足りんわい」

 

 

 

「そうか…」

 

 

 

黒光は宗清の言わんとする事を理解し黙る。代わりに女の子が口を開いた。

 

 

 

「おにーちゃん、こーひーだめ?」

 

 

 

「僕はお兄ちゃんじゃない」

 

 

 

心兎平は否定するが、女の子は気にせず続けた。

 

 

 

「…こーひーのめりゅようになりたい?」

 

 

 

「…別に」

 

 

 

「わたちものめない…だかりゃ、おおきくなったらのめりゅようになりゅ!!」

 

 

 

「ふーん…頑張って」

 

 

 

「おにーちゃんものめりゅようになりゅの!!」

 

 

 

いつの間にか、大きくなったら二人共コーヒーを飲めるようになる、という約束になっていた。

 

 

 

「僕はお兄ちゃんになる気はないし、コーヒーなんて飲めなくていい」

 

 

 

「むぅ~」

 

 

 

心兎平はなおも無関心を装いつつ否定を続ける。とうとう女の子は怒って頬を膨らませた。

 

 

 

「いいもん!!わたちがしゃきにのめりゅようになったりゃ、ちゃんとちたおにーちゃんになってもりゃうもん!!」

 

 

 

「…分かった」

 

 

 

女の子は心兎平に宣戦布告し、心兎平は半ば諦めたかのように返事した。

 

 

 

「…でも僕の方が先に飲めるようになるけどね」

 

 

 

だが心兎平は相変わらず冷淡に、それでいて余裕の面持ちで続けざまに言う。それもそのはず、当時心兎平は7才、対して女の子は5才…たった2才差とは言え、心兎平の方が先に飲めるようになる可能性は高かった。そして8年後、それは現実のものとなる。

 

 

 

====

 

 

 

「―とまぁ、こうしてコーヒーを飲めるようにお互い約束を交わした、という訳なんだ」

 

 

 

「そうだったんですか…何だか微笑ましいですね」

 

 

 

チノちゃんはそう言うが、そんな感情に浸るのもここまで。サプライズはここからだ。

 

 

 

「そうだね…そしてまさに今、約束を果たしにここに来たんだ」

 

 

 

「え?それってどういう…」

 

 

 

「久し振りだね―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―チノちゃん」

 

 

 

====

 

 

 

私は彼に名前を言い当てられ、少し困惑した。まだ出会ったばかりの彼が何故、私の名前を知っているんだろう?…でもその前に、彼が話した昔話と私の記憶が、所々一致しているのも気にかかる。もし、とある街がこの街で、とある喫茶店がこの店で、マスターが私のおじいちゃんで…そして、女の子が私の事だったら…

 

 

 

「…もしかして、心兎平さんですか?」

 

 

 

私は恐る恐る彼に確認をとる。すると彼は優しい笑みを浮かべ、静かに、無言で頷いた。

 

 

 

「…心兎平さん!!」

 

 

 

「おっと」

 

 

 

私は全ての記憶を思い出し、気が付けば座っている彼ー心兎平さんの胸元に飛び込んでいた。咄嗟の出来事に心兎平さんも吃驚していたけど、すぐに私の背中を優しくさすってくれた。それが嬉しくて、何時の間にか吃逆しながら大粒の涙を流していた。

 

 

 

「…どうして…何の音沙汰も…なかったん…ですか…」

 

 

 

「ごめんね、チノちゃん」

 

 

 

「…許しません…ですが…」

 

 

 

一呼吸置いて私は続ける。

 

 

 

「…私の…気が済むまで…このままで…いさせてくれたら…許してあげなくも…ないです…」

 

 

 

「ありがとう…思う存分、泣いていいよ」

 

 

 

その言葉を聞いた私は、安心して心兎平さんの胸の中で、静かに泣き続けた。

 

 

 

====

 

 

 

あれから10分、チノちゃんは落ち着きを取り戻したか、或いは次第に気恥ずかしさを感じたのか、俺の胸から顔をあげ立ち上がった。その顔からはもう寂しさは微塵も感じず、少しすっきりした表情に見える。

 

 

 

「ありがとうございます心兎平さん」

 

 

 

「どういたしまして」

 

 

 

「あと、それから…」

 

 

 

チノちゃんはお盆を口元に当て、もじもじしながら頬を赤らめている…あぁ、何が言いたいのか何となく察しがついた。

 

 

 

「その…お恥ずかしい所をお見せしてしまって、申し訳ないです…服も汚れてしまいましたし…」

 

 

 

チノちゃんは俺の服が涙で汚れてしまった事も気にしていた。別に気にするほどの事ではないのだが。

 

 

 

「いいよ別に…8年間も待たせちゃった俺が悪いんだし、何よりチノちゃん寂しそうだったし」

 

 

 

「べ、別に寂しいと思ってた訳じゃないです!!ただ…」

 

 

 

照れ隠しなのか、強めに否定するチノちゃん。だが直後、再び口籠ってしまう。

 

 

 

「ん?どうかしたの?」

 

 

 

「いえその…つまり、昔交わした約束、まだ覚えているんですよね?」

 

 

 

約束、か…勿論言うまでもなく覚えている。昔話に態々織り込んで話したのだから。

 

 

 

「まぁ、そうだね」

 

 

 

「…心兎平さんはもう、コーヒーをブラックで飲めるんですか?」

 

 

 

答えを言うと、ブラックは中学生のうちに飲めるようになっていた。受験勉強で徹夜する時、いつも"育ての親"がブラックコーヒーを淹れて俺に差し入れてくれたものだ。最初こそ、幼い頃の"コーヒーは苦い飲み物"という固定概念の所為で中々飲み出せずにいたが、ある日余りにも眠気が酷く集中できなかったので、意を決して飲んでみた。すると思っていたより苦みは感じず、寧ろ眠気が吹き飛んで頭がスッキリし、勉強に集中する事ができた。それ以来、俺はコーヒーを飲めるようになった。今回はチノちゃんにサプライズを仕掛けるために敢えてウインナーコーヒーを注文したが、何なら上のクリームだけ除けてコーヒーだけ飲む事も出来る。多分しなくてもいいとは思うけど。

 

 

 

「飲めるけど…あ、もしかして…」

 

 

 

もう言われずとも分かる。俺はもう飲めて、チノちゃんはまだ飲めない…つまりはそういう事だ。

 

 

 

「はい…もう、心兎平さんを"お兄ちゃん"とは呼べないんですね…」

 

 

 

チノちゃんは残念そうに言う。そう、チノちゃんは昔の約束を守れなかったから、俺を兄呼ばわりできないでいるのだ。俺自身は"お兄ちゃん"と呼ばれようが呼ばれまいがどちらでもいい。だがしかし、俺はチノちゃんのこの問いに頷けない。それはチノちゃんの気持ちを蔑ろにする事となる。かと言って呼んでもいいと言った所で、チノちゃんは俺をも超えるくらい真面目な性格なものだから、約束を守ろうとして遠慮してしまうだろう。一見すると成す術もなく詰んでいるが、俺はまだ諦めてはいない。

 

 

 

「そう言えば、俺が先に飲めるようになった場合の約束、してなかったな」

 

 

 

そう、肯定でも否定でもない、もう一つの手段があるからだ。

 

 

 

「え?お兄ちゃんって呼ばないっていう約束では?」

 

 

 

確かに普通に考えればそういう事になるだろう。だが必ずしも約束の逆が約束になるとは限らない。

 

 

 

「違うよ…俺が先に飲めるようになったら―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―チノちゃんに"お兄ちゃん"って呼んでもらう」

 

 

 

====

 

 

 

心兎平さんの発した一言は、私の想像を絶するものだった。私は約束を守り、心兎平さんの事を"お兄ちゃん"とは呼ばない事にした…筈だった。ところが心兎平さんは逆に、私に"お兄ちゃん"と呼ばせる約束を焚きつけたのだ。

 

 

 

「え…いいんですか?」

 

 

 

私は恐る恐る心兎平さんに確認をとる。どう考えても私と心兎平さんの約束が同じ結果に行き着くのだから、まるで心兎平さんが妥協したかのように思えてならない。

 

 

 

「大丈夫、俺も望んで言ったんだから」

 

 

 

心兎平さんは優しくそう言う。今思えば、8年前と今とでは、本当に同じ心兎平さんなのかと疑ってしまうほど変わったような気がする。8年前の心兎平さんは、言ってしまえば『冷たい人』だった。それが今では『温かい人』になっている。一体、心兎平さんの身に何があったんだろう?

 

 

 

「…じゃあ!!」

 

 

 

「あぁ、これから俺の事を兄として、宜しくねチノちゃん」

 

 

 

「はい、お兄ちゃん!!」

 

 

 

今はそのような過去を知る時期ではないのかもしれない。

 

 

 

====

 

 

 

一方その頃、心兎平が街中で見かけた女の子は、あれから30分以上街を彷徨っていた。終には歩き疲れ、休憩ついでに目的地までの道を聞くための喫茶店を探して辺りを見回した。すると彼女の目に、ウサギとマグカップを模した吊るし看板が映った。

 

 

 

「喫茶店…ラビットハウス…ラビット♪」

 

 

 

どうやら彼女は『ウサギと触れ合いながらお茶できる喫茶店』とみたらしい。扉を開けば、そこには夢のような空間が広がっている―と、扉の向こうの景色に期待を膨らませつつ、

 

 

 

「入ってみよ~っと♪」

 

 

 

元気よく店の扉を開けるのであった。




はい、如何でしたでしょうか?自分は書いてる内に「心兎平そこ代われ」って言いそうになった(笑)心兎平君は一応、今の自分自身をモチーフにごちうさの世界の高校生として生活させたら、という設定があります。だから何を言おうと代われんのだよ俺!!

さて次回、いよいよあの人が本格的に登場です。原作・アニメ見ている人なら誰か分かるよね?お楽しみに!

感想、お気に入り登録よろしくお願いします。

追記:一部訂正しました。

追記2:方針や背景に大幅な変更があったため、一部内容を訂正しました。
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