投稿が物凄く遅くなって大変申し訳ありませんでした!!
前羽で早くても投稿ペースは最速1か月に1羽が限界と書きましたが、実際には1羽投稿から2羽投稿までに4か月も要してしまいました。なのでこれからは3~4か月に1羽のペースになりそうです。下手すりゃ半年に1羽とかになるかもしれません。
勿論できる限り早期の投稿を目指しますが、如何せん仕事と他の趣味の合間に気が向いたら書いている状態でして、しかも1羽あたりの分量がめっちゃ多い(2羽目にしてとうとう1万文字超えた)ので、これ以上のスピードアップは絶望的かと思われます。じゃあ分割すればいいじゃんという話になりますが、そこは自分のポリシーに反するのでできません。まあゆっくりまったり更新していきますので、今後も何卒よろしくお願いします。
長くなりましたが本編をどうぞ!!
私は
「きれ~い、可愛い街♪ここなら楽しく暮らせそう♪」
童話の世界に来たみたいだ、迷ってしまいそう…おっといけない、迷ってしまうと香風さんの家に辿り着けない。私は地図を取り出し、現在地と目的地を確認する。
「ふーん…ここがこうで、あっちがこっちで、う~ん…まあいっか♪」
結局よく分かんなかったから、そのまま進もうと思うー…懐かしい人の気配がしたのは気のせいだろうか?
~~
どこまで歩けば香風さんの家に着くんだろう…そろそろ一旦休憩しようかと思っていた矢先に、興味深いものを見つけた。
「喫茶店…ラビットハウス…ラビット♪」
あの看板はうさぎとマグカップ…ということは『ウサギと触れ合いながらお茶できる喫茶店』だろうか?想像するだけで頭の中が幸せで満ちてゆく。こうなったらやる事はただ一つ、
「入ってみよ~っと♪」
====
「そう言えばお兄ちゃん」
「ん?どうしたのチノちゃん?」
心兎平さん―もといお兄ちゃんに聞いておきたい事が一つあるのを思い出す。
「お兄ちゃんはここで下宿するんですよね?」
「そうだよ」
「実はもう一人下宿する人がいるんですが…何か聞いていませんか?」
お兄ちゃんなら何か知っているかもしれない―そんな期待を込めて聞いてみる。でも現実はそう甘くはないようだ。
「…いや、何も聞いてないね」
「そうですか…」
何も聞いてないと知り、私はガッカリしてしまった。そもそも何でお兄ちゃんがそんな事を知っていると思っていたのか?普通に考えればお兄ちゃんともう一人に面識があるとは思えないし、寧ろ知っている方が不自然だ。
「お兄ちゃん、急に黙り込んでどうしたんです?」
お兄ちゃんが何やら考え事をしている。やはり何か心当たりがあるのだろうか?
「ごめん、何でもないよ」
どことなく誤魔化しているようにも見える。一体何を考えていたのか、気になって仕方がない。
―カランカラン―
しかし、お客さんが来たベル音の合図によって、この考えは中断せざるを得なかった。
「いらっしゃいませ」
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危うくチノちゃんに悟られる所だったが、いいタイミングでお客さんが来たお蔭で何とかはなった。チノちゃんは入口に向き直り、俺が来た時同様の言葉を発する。
ただ、そもそも俺以外で下宿する人と道中で見かけた迷子の女の子、これが同一人物である可能性をチノちゃんに秘密にする必要があっただろうか?答えは否だ。別に話した所で双方に不都合が出るとは思えないし、寧ろ重要な手掛かりになるかもしれないのだ。それを態々秘密にするという事は、まだサプライズを仕掛けたい衝動に無意識に駆られたのだろうか…いやそれはない。俺は彼女の正体を知らないので、サプライズを仕掛けようにも出来ない。では一体何だというのか…。
「うっさぎ~♪うっさぎ~♪」
声から察するに、今入ってきたお客さんは如何にも能天気そうだ。まるで今の俺と対極の…ん?
「うさぎがいない…」
気のせいだろうか?聞き覚えのある声だ。まさかと思い、恐る恐る声の発生源に顔を向ける。
「うさぎがいない!!」
姿を見て確信した。うん、さっきぶりだね、迷子の女の子。
~~
(…どうしてこうなった)
今の状況を簡潔に説明すると、例の女の子と『相席』。他に空いてる席があるのに―というかそもそも、今いるのは俺と彼女だけなのに、一体何故なのか?まさか、俺に一目惚れしたんじゃあるまいな?…いや、いくら何でもそれはないか。俺は色んな意味で平凡な顔つき身体つきだし、寧ろどうやって一目惚れされようか。
「この街って、すっごく可愛いよね♪」
「あ、あぁ…」
まぁこの様子だと話し相手が欲しかっただけだろう。それにしても、街を『可愛い』と表現するとは…どうやら彼女は、俺は愚か普通の人の感覚では到底理解できない、奇天烈な発想の持ち主のようだ。しかも初対面で赤の他人であるはずの俺に対してもフレンドリーに話しかけてくる。自然とこちらも溜口で会話してしまいそうなほどだ。
「…もじゃもじゃ?」
かと思えば急に話が逸れる。気が多いのかと呆れつつ彼女の目線を追ってみれば、そこにはお冷を用意したチノちゃんの姿があった。俺から見て不機嫌に見えたのは気のせいだろう。うん、そう思いたい。
「はぁ…これですか?これはティッピーです、一応ウサギです」
そう、チノちゃんの頭に鎮座しているこの白い毛むくじゃらの物体―もとい毛玉こそ、アンゴラウサギのティッピーである。だが俺は、未だこいつがウサギであるという確信が持てない。顔だけなら犬か猫、棒を突き刺してしまえばこれは綿飴だと言われてもしっくりきてしまう。と言うか、幼少期の俺は本気で綿飴の生き物だと信じて疑わなかった。当時のチノちゃんに強く否定されたけど。
「あぁうさぎ?」
チノちゃんの説明で女の子も理解したようだ。それもそうだ、こんななりで一目でウサギだと見抜けたなら、そいつはもうウサギ博士認定してもいいレベルだ。それくらい、ティッピーはウサギだと認識されにくい見た目をしている。
「ご注文は?」
「じゃぁそのうさぎさん♪」
そしてチノちゃんの言葉に対し、女の子はティッピーを指差し…いやいや、喫茶店でウサギを注文するのはやめようよ。せめて飲み物頼もうよ。見た目からして触りたいのは凄く分かるけどさ…まぁ俺は触った事あるけど。
「非売品です」
当然の如く、チノちゃんもキッパリ断った。ティッピーはチノちゃんの家族も同然なのだ。チノちゃんにとってその家族を売るなど言語道断の行為に値する。非売品にするのは妥当な判断であろう。
「うえぇぇぇん…せめて…せめてもふもふさせて!!」
女の子は『非売品』と聞き、泣き崩れて机に突っ伏した―かと思えば、今度は触らせろと言いつつ立ち上がる。表情豊かだが全くもって忙しない。
「コーヒー1杯で1回です」
対するチノちゃん、ここぞと言わんばかりに対価としてコーヒーの注文を提案する。こう見えてチノちゃんは案外商売逞しいようだ。だが女の子の返答は、俺やチノちゃんの予想の斜め上を行くものだった。
「じゃあ3杯!!」
チノちゃんは驚きのあまり目を見開いていた。それもそのはず、たとえティッピーをもふもふできる権利を得たとて、普通はコーヒー1杯分で満足するものだろう。だが彼女は違う。ティッピーを心ゆくまでもふもふ出来るのであれば、コーヒーなんぞ何杯でも飲んでやるという心意気が垣間見える。流石に喫茶店のコーヒーを大量に注文するには手持ちが厳しいのだろう、コーヒー3杯で手を打ったようだ。とは言っても、1度にコーヒー3杯は多いのではなかろうか?俺は彼女がカフェイン中毒になりはしないかと、他人事ながら心配した。
====
「ねぇ、君ってこの街の人?」
店員さんがコーヒーを淹れている間、時間があるから目の前の人とお喋りを楽しもうと思う。
「いや、今日この街に来たばかりだ、ここで下宿することになってる」
「そっかぁ~、私もこの街で下宿するんだけど、迷子になっちゃって…」
この街って結構複雑だから迷ってしまう。これは仕方のない事である。
「だろうな」
…あれ?この人とは今初めて会ったはずだけど…まさかストーカーされていた!?
「どうして迷子だったって分かるの?」
「そりゃあ、街中で絶賛迷子になってる所を目撃したからね」
「そうだったんだー」
驚いた、どうやら勘違いだったみたい…でもこの人ならストーカーされてもいいのかな…あれ、私は一体何を考えているんだろう?
「なんかこうやって話してると、私たち姉弟みたいだね♪」
「兄妹?」
「うん!昔君みたいな弟っぽい友達がいたんだよ♪また会いたいな~」
「俺は一人っ子だけどな…でも奇遇だな、俺にもお前みたいな妹っぽい友達がいたんだ」
「私はお姉ちゃんだよ!!」
この発言を聞いて、私は今日をもって妹から卒業すると決めた。だからこうする。
「じゃあもし私の下宿先がここだったら…」
「だったら…何だよ?」
「君を私の弟にしてあげる!!」
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「…え?」
3杯も頼んだお客さん用のコーヒーを淹れている最中、信じられない言葉が聞こえてきた。私は思わず会話している二人の方を見てしまう。
―君を私の弟にしてあげる―
もしこの発言が本気なら、心兎平さんがあの人の弟になり、私のお兄ちゃんではなくなってしまうかもしれない。それだけは絶対に嫌だ。折角、心兎平さんをお兄ちゃんにできたのに、また一人ぼっちにされるのは…。お母さんを亡くし、おじいちゃんもウサギの姿になってしまい、お父さんも仕事が忙しくて私に構う時間がなく、もう心兎平さんしか心の在りどころがないんだ。もしそうなってしまえば、私は一体どうすれば…。
「チノ、コーヒー1杯余分に作りすぎてはおらんか?」
「…は!」
二人の方を凝視しつつ考え事をしていた私は、おじいちゃんに指摘されてハッと我に返る。確かに何時の間にかコーヒーが4杯できていた。あのお客さんの注文は3杯…つまり、1杯分無駄になってしまう。どうやって処理しよう…そうだ、丁度いい処理方法があった。
「でっでは、この1杯は心兎平さんへのサービスということで…いいですか?」
「…まあ、いいじゃろう…」
私の提案におじいちゃんも渋々納得した。それもそうだ、コーヒー1杯だけでも経営に大きな影響を与える事になるかもしれないのだから。でもそれはそれ、これはこれだ。折角のチャンスを逃すわけにはいかない。早速ウインナーコーヒーを作ろう。そして心兎平さんが私のお兄ちゃんであることを証明してみせるとしよう。
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「…ごめん、もう一回言ってくれないか?」
「え?だから、君を私の弟にしてあげる!!」
女の子のあまりにも飛躍的すぎる発言に、俺は思わず己の耳を疑ってしまった。うん、聞き違いではなかったようだ。
「…よし、じゃあ今から言う事を落ち着いて聞いてくれ」
「うん」
「まず君と俺は赤の他人、それはいいな?」
「うん」
「次に、君と俺は話を聞く限り同い年だと仮定しよう」
「うっうん」
「仮に双子にしようとしても、弟にするのは無理があるんじゃないか?」
「…」
言っちゃ悪いが相手はあまり賢くなさそうなので、正論っぽいことを言って言い逃れした。案の定、女の子は押し黙る。
正直、こんないかにも妹っぽい奴の弟になんかなりたくない、というのは勿論ある。だが何よりも、容姿といい発想といい、そしてこの言動といい、昔友達だったアイツの姿と重なるのだ。彼女には悪いが、アイツにそっくりな奴に四六時中付き纏われるのはごめんだ。昔を思い出し、寂しさと虚しさで自分を保てなくなりそうだから。
「…そっか…そうだよね…」
女の子は理解したのか、見るからに落ちこんでしまったようだ。少し現実を突きつけ過ぎたか?
「お待たせしました」
丁度チノちゃんがコーヒーを淹れてやってきた。注文通り女の子の元にコーヒー3杯、そして何故か俺の元にもウインナーコーヒーが置かれる。
「あれ?俺はおかわり頼んでないけど?」
「作り過ぎてしまったのでサービスです」
「そっそうか…」
ここで理由を訊くのは野暮というものか。どうせ目の前の女の子の話し相手をしないといけないし、先に注文していたコーヒーも飲み干しており手持ち無沙汰気味だったのだ。作り過ぎたという理由だけで態々サービスしてくれたのだから、ここは深く考えず有難く頂くとしよう。
「じゃあ君の分も入れてコーヒー4杯頼んだから、4回触る権利を手に入れたよ♪」
ティッピーをもふもふできるからだろう、先程までの落ち込んでいた表情は何処へやら、コーヒーが置かれるなり笑顔を取り戻した女の子。ついでに勝手に俺へのサービス分まで女の子の注文扱いにされた。解せぬ。
「冷める前に飲んでください」
…やっぱりチノちゃん、機嫌が悪そうだ。だが俺に思い当たる節は…ない事はないが…まあそれを抜きにしても、ここは喫茶店だ。まず注文されたコーヒーを飲むのが筋だろうから、チノちゃんの催促は何もおかしくない。
「あうぅ!!…そっそうだね!!」
対してまるで重箱の隅をつつかれたかのような反応を見せる女の子。繰り返すが、チノちゃんの催促は何もおかしくない。
~~
「この上品な香り、これがブルーマウンテンかぁ」
何故か銘柄当てクイズが始まったが誰も気にしない。まずは1杯目、女の子はこれをブルーマウンテンと予想した。
「いいえ、コロンビアです」
ジト目で答えるチノちゃん…まあ実際、銘柄を香りで当てるのは難しいとは思うけれど…続けて2杯目。
「この酸味…キリマンジャロだね!!」
「それがブルーマウンテンです」
変わらずジト目で答えるチノちゃん。もしや女の子、当てずっぽうで言ってるんではなかろうな?そして3杯目。
「安心する味~、これインスタントの」
「うちのオリジナルブレンドです…」
女の子が回答し切る前に答えを言うチノちゃん。これは怒ってると見て間違いないだろう。無理もない、喫茶店のコーヒーをインスタントなどという方が失礼なのだから。仕方ないから助け船でも出してやろう。
「因みにこのコーヒーは何だ?銘柄じゃなくて」
「えぇっと…カフェラテ!!」
「…」
俺の元にあるウインナーコーヒーを指さし、それの名前を訊いた結果がこれである。とうとうチノちゃんは何も言わなくなったし、これ以上は救いようがない。
「…とりあえず、コーヒー飲もっか」
「うん♪全部美味しいしね!!」
この女の子はこういう事には鈍感なのかもしれないが、正直少しは察しろと言いたくなる。さっきから地雷を踏みにいっているし、これ以上は拙い。
「じゃあそのうさぎさんをもふもふさせてね~」
だから空気を読め…と思ったが、チノちゃんはすんなりティッピーを渡した。そういえば女の子はお客さんであり、コーヒー1杯でティッピーを1モフモフできる約束していたっけ。そして女の子は凄まじい勢いでティッピーをもふもふし始めた。
「はぁ~もふもふ気持ちいい…は!いけない涎が」
「のおぉぉぉぉぉぉぉ!!」
…ん?今何か爺さんのような雄叫びが聞こえたような…まさかティッピーが!?…いや待てあり得ない。確かにウサギは稀に鳴くと聞いた事があるが、人間のように叫ぶなんて事はできない。では今のは一体…。
「あれ?今このうさぎ叫ばなかった?」
どうやら女の子にも聞こえていたようだ。このことから俺の幻聴ではないのは確かだ。
「気のせいです」
チノちゃんは誤魔化すように受け流す。だが凄く怪しい。俺も女の子も雄叫びを聞いているのだから。それも明らかに爺さんのような声で、だ。それにしても…。
「それにしても、この感触癖になるなぁ…」
一方で女の子にとってはどうでもよかったのか、構わずティッピーをもふもふし続ける。ティッピーは明らかに嫌そうな顔をしている。
「…もういいですか?…あの…」
「そろそろ返してやったらどうだ?」
チノちゃんの催促も空しく、女の子はもふもふの手を止める気配がない。このままではティッピーが延々もふもふ地獄に陥りそうなので、見かねて俺からも返却を促す。だが女の子はもふもふに夢中で聞く耳を持たない。
「ええい早く離せこの小娘が!!」
とうとうティッピーは女の子の腕から逃げ出そうともがき喚いた。明らかに今、ティッピーから言葉が発せられたのを、今度こそこの耳でハッキリ聞いた。ここに来た時から感じていた違和感と今起こった出来事を踏まえると…今すぐ俺の中の好奇心が真相を暴けと疼く。だが次のチノちゃんの言葉で、それは断念せざるを得なくなった。
「今この子にダンディーな声で拒絶されたんだけど!?」
「私の腹話術です」
「ええ!?」
「…腹話術うまいじゃん」
俺は聞きたい気持ちを抑え、あたかも信じたフリをした。腹話術…か、ティッピーから発せられる声をそこまでして誤魔化すかチノちゃん…何か事情があるのかもしれない。これは今下手に口出ししないほうが良さそうだ。確かめるのなら俺とチノちゃん、或いはティッピーと二人きりの時がいいか…人とウサギの時は1人と1羽か。
「早くコーヒー全部飲んでください」
多分女の子に向けて言ったんだろうが、今思えば俺もお代わりのウインナーコーヒーに未だ手を付けていなかった。そろそろ頂くとしよう。
====
やっとのことでティッピーを返してもらえた。危うくティッピーの正体がばれる所だったが、お客さんの方は私の腹話術と誤魔化したらあっさり信じてしまったようだ。でもお兄ちゃんはどうだろうか?実は正体が分かってしまったけど、大事にしたくないから敢えて信じた振りをしただけかもしれない。
「私、春からこの街の高校に通う事になったの」
「はあ…」
でもそれを今確かめる訳にはいかない。確かめるのなら二人きりの時だ。それはさておき、お客さんは今年から高校生になるようだ。
「でも下宿先探してたら迷子になっちゃって…」
「下宿って…」
でも今年から高校生で、今日から下宿―偶然だろうか、お兄ちゃんと同じ―ここが下宿先でない事を祈るしかない。
「道を訊くついでに休憩しようと思ったけど、香風さんちってこの近くの筈なんだけど知ってる?『香る風』って書くんだけど…」
でもそんな期待も、この言葉で儚く散った。言うべきだろうか…でも言ってしまったら、お兄ちゃんは…。
「…香風はうちです」
結局、言ってしまった。どうも私は、お客さんに対して嘘は付けないようだ。今はそれが少し悔しい。
「えぇー!?凄ーい、これは偶然を通り越して運命だよー!!」
でもこの反応を見る限り、さっきの約束は忘れているのかもしれない。ここは思い出させないよう、慎重に対応しないといけないだろうか。
「私はチノです、ここのマスターの孫です」
ここは自己紹介をするのが自然だろう。その程度なら何も問題が起こるはずがない。
「私はココアだよ、よろしくねチノちゃん♪」
…と、そう思っていたのだが…。
「はい、ココアさん」
「!?」
私が『ココアさん』と言った辺りだったか、さっきまで無言を貫いてコーヒーを飲んでいたはずのお兄ちゃんが突然、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしながら立ち上がったのだ。まさか…いやいやまだ断定するには気が早い。とりあえず様子を…。
「お前、苗字が『保登』だったりしないか?」
「え…何で知ってるの?」
…え?お兄ちゃんがお客さんの苗字を言い当てた!?でも心を読まない限りそんなことは不可能なはず。という事は、まさか本当に…。
「兎猪菜 心兎平…って言ったら分かるか?」
これは間違いない。私がお兄ちゃんの妹になるずっと前から、この人と関係を持っていた、と。そんな…
もう一人にしないで…。
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時は遡ること3年前、心兎平の小学校卒業式の日―
「うぅ…行かないで…こーちゃん…」
「ごめんココア、僕は行かなきゃいけないんだ、もうここにはいられない」
心兎平は家の事情で中学校が女の子―ココア―と別になってしまった。本来ならば心兎平は卒業式が終わり次第新居に移動する事になっていたのだが、心残りがないようにしたい、という心兎平の要望でココアの家へ別れの挨拶をしに来た次第だ。
「嫌だー!!私も一緒に行くー!!」
「こら!そんなこと言ったらダメだよココア!!」
だがこれが裏目に出たようで、ココアは自分も連れていけと泣き喚きながら駄々を捏ねた。それをココアの姉が引き止めつつ宥めるが、彼女の目尻にもまた、大粒の涙が浮かんでいた。
「…そうだ、これ」
このままでは埒が明かないと考えた心兎平は、とあるカードケースを取り出し、その中の1枚をココアに渡す。
「…トランプのジョーカー?」
カード―トランプのジョーカー―を渡されたココアは泣き止み、不思議そうにそれを見つめている。
「それを僕だと思って、大切にしてほしい」
「…うん、分かった、これをこーちゃんだと思って大切にするね!」
そう、これはココアがこれ以上寂しい思いをしないように、という心兎平なりの気遣いだった。ココアもこれで納得したらしい。
「もしまた会えたら、僕とココアの持ってるトランプを合わせて、また一緒に遊ぼう」
「うん!!約束だよ!!」
寂しさは完全になくならないまでも、ココアはいつもの笑顔を取り戻した。そしてお互い別れの挨拶を済まし、心兎平は新居へ旅立っていくのだった。
(また会えるかな…いや、絶対に会える!!)
ジョーカーの抜けたトランプと、抜けたジョーカーが再び巡り合う時こそ、心兎平とココア、二人が運命―いや、宿命の再開を果たす時。
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「…もしかして、こーちゃん?」
私が恐る恐るそう聞いたら頷いてくれた。ということは本当に…。
「こーちゃん久し振りー!!」
思わずこーちゃんに抱き着いてしまった。あぁ、この感覚も久し振りだ。
「あぁ、久し振りだな、ココア」
…あれ?そう言えば何か昔のこーちゃんと違うような…。
「こーちゃん、変わった?」
「そうか?俺は今も昔もこんな感じだが?」
そうだった?…まあいいか。
「そういうお前はあまり変わってないな」
「勿論!!変わりゆく世の中でも変わらないモノだってあるんだからね!!」
「それってお前が変わってないっていう証明にはならないよな?」
中々的を得た指摘を貰ってしまった。流石こーちゃん鋭い…っと"アレ"を忘れていた。
「はいこーちゃん、再開の印だよ!!」
「お?ちゃんと大切に持ってくれてたんだな、トランプのジョーカー」
「当然!!これはこーちゃんの身代わりだもんね!!」
「いや身代わりじゃねーよ」
あれ?身代わりではなかった?じゃあ何だったのだろう…。
「まあいいか…じゃあ改めて、これから宜しくなココア」
「うん♪よろしくねこーちゃん!!」
こーちゃんと一緒なら、これから楽しくなりそうだな…なんて思ったり。
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どうやら本当にココア本人だったようだ。今まで俺の事を『こーちゃん』なんて呼んでいたのはココアただ一人。彼女からその呼び名を聞いた時、これが運命を通り越した宿命なのかと妙に納得してしまった。
そして抱き癖も健在だったようで、ココアは俺だと認識するや否や抱き着いてきた。まあ小学校時代によくココアに抱き着かれていたし、ついさっきチノちゃんにも抱き着かれたし…というか彼女がココアだと気づいた後であり、抱き着いてくるのはある程度予想できていたので別に慌てはしなかった。問題はココアの身体が成長していた事か。抱き着かれれば胸の膨らみを感じてしまい、男として理性を保つのに必死になるものだ。次からは安易に抱き着かれないように対策を練っておこう。
「まあそういう訳で、俺とココアは小学校時代の親友だった訳なんだけ…ど…チノちゃん?」
そういえば先程からチノちゃんから反応がない。もしや怒っているのか?いやまあ確かに、一見するとチノちゃんの目の前で俺とココアがイチャイチャしているようには見えただろう。だがこれはあくまで再開できた喜びを分かち合っていただけに過ぎない。だからこれは勘違いだと弁解しようとチノちゃんの方を見てみれば…。
「ワタシノ…オニイ…チャン…トラレル…ワタシ…イモウト…ジャ…ナクナル…」
そこには虚ろな眼差しで片言なうわ言を呟きながら立ち尽くしているチノちゃんの姿があった。これは拙い、チノちゃんの精神状態がおかしくなっている。恐らくココアが俺を弟にしてあげるとか言ったせいで、チノちゃんが『弟にする→お兄ちゃんをやめる』と思考を飛躍させてしまったのだろう。そしてそれを避けるべくさりげない行動で俺の気を引こうとするも、そもそもココアと俺が既に友人関係だったと知り、それ以前の問題だったと絶望してしまったのだろう。成り行きとは言え、チノちゃんには悪いことをしてしまった。お兄ちゃん失格である。この罪は責任をもってしっかり償うべきだろう。
即ち俺が取るべき行動、それが誤解だと伝える事である。だが今のチノちゃんには何を言っても通じないだろう。ともすれば、まずチノちゃんを正気に戻してあげるのが先決か。だが俺はその術を知らない。そもそもこのような状態に陥った人を目の当たりにするのは初めてだった。それもよりによってチノちゃんがなってしまったのである。普段は落ち着いている俺も、今回ばかりは焦燥が募って中々解決策が思い浮かばない。
「何だかチノちゃん、寂しそう…」
ふとココアがポツリと呟く。寂しそう…そうか!!チノちゃんは寂しかったんだ。思えばチノちゃんは一人っ子で兄弟姉妹がおらず、お母さんからの愛情も何らかの理由で足りていなかったに違いない。安心して心を預けられる人がいないから、数少ない身寄り―つまり俺に居場所を求めた、という訳だ。ではチノちゃんを安心させるにはどうすべきか?もう答えは分かり切っていた。俺は立ち上がりチノちゃんに近づく。そして…
「チノちゃん!!」
チノちゃんを優しく抱きしめた。
====
…あれ?私は一体、何をしていたのだろうか?さっきまで悲しみに苛まれていたような気が…何時の間にか安心できる温もりに包まれている気分だ。
「大丈夫…俺はチノちゃんのお兄ちゃんであり続けるから…やめるなんて事はないから…」
お兄ちゃんの声…それに、お兄ちゃんをやめない…え?という事は、私が勝手に勘違いしていただけ?私はお兄ちゃんに抱き着かれている事よりも、自分が勘違いしていた事の方が恥ずかしくて、急に体が熱を帯びてゆくのを感じた。
「あぁ!!こーちゃんだけずるーい!!私もー!!」
そう言えばココアさん、だったか?―もいたのを思い出す。というかココアさんまで抱き着くつもりじゃ!!待って今抱き着かれたら…。
「私を姉だと思って、何でも言って!!」
私の心の叫びが通じる筈もなく、ココアさんにも抱き着かれた。というか暑苦しい。
「…あの、もう大丈夫なので離れてくれませんか?苦しいです…」
「あぁごめん」
お兄ちゃんはすぐに離してくれた。でもココアさんはまだ離してくれない。
「あの、ココアさん?」
再度話し掛けると漸く離れてはくれた。代わりに今度は両手を塞がれたが。
「私の事はお姉ちゃんって呼んで♪」
…え?いきなり何を?いくら何でもそれはちょっと…。
「じゃあ、ココアさん?」
「お姉ちゃんって呼んで!」
あ、これは呼んでもらえるまで続くパターンだ…どうしよう…。
「…ココアさん?」
「お姉ちゃんって…あぅ!」
急にココアさんの催促が止まった。目線を右に移せば、お兄ちゃんがココアさんの頭をチョップしていた。
「その前に、チノちゃんに謝る事、あるんじゃないか?」
「あ…そうだね!」
ココアさんはこちらに向き直ると、申し訳なさそうにこう告げた。
「ごめんねチノちゃん、私があんなこと言ったせいで勘違いさせちゃって」
お兄ちゃんに促されたとは言え、ちゃんと謝ったのは反省している証拠、なのだろうか…。
「いえ、私の方こそお見苦しい所を見せてしまってすみません」
「じゃあ仲直りしたし、私の事お姉ちゃんって…あぅ!!」
本当に反省していたのだろうか?またお兄ちゃんにチョップされていた。
「初対面の人に無理矢理お姉ちゃんって呼ばすな」
「何でぇ!?こーちゃんはチノちゃんにお兄ちゃんって呼ばれてるのにずるい!!」
「チノちゃんとは初対面じゃないし、それに」
お兄ちゃんが私に目配せした。これは私が言わなきゃいけないのか…。
「私が…呼ばせてほしいって言いました」
今更だがちょっと恥ずかしい…。
「そっかぁ~…じゃあ私もお姉ちゃんって呼ばれるように頑張らないとね!!」
ココアさんは意気消失するどころか、逆にやる気を出してしまう。
「ではココアさん、早速働いて下さい」
「任せて♪」
そのやる気が仕事で空回りしないといいのだが…一握の不安が脳裏を過る。この先どうなってしまうのか…。
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心兎平がラビットハウスにやって来る約10分前の事―
―カランカラン―
何の躊躇いもなくドアを開ける一人の女の子。
「いらっしゃいま…あ、〇〇さんこんにちは」
チノは出迎えの挨拶をしかけ、その人物が分かるや否や挨拶を変える。
「あぁ、こんにちはチノ」
彼女と心兎平が後に事件を起こす事になるとは、この場にいる彼女達は思いもしなかった。
はい、いかがでしたでしょうか?心兎平君の次に来店したのはココアさんでした!!ていうかかわいい女の子を抱きつつ抱かれつつ…やっぱり心兎平君が羨ましいそこ代われ。
さて、また最後の方に次羽登場伏線ありの人物が出てきましたね。これは事件の予感!!はてさてこの先、どうなりますことやら。お楽しみに!
2羽投稿地点でお気に入り5件、UA196件ありがとうございます。
感想、お気に入り登録よろしくお願いします。
追記:方針や背景に大幅な変更があったため、一部内容を訂正しました。