一人の男が奇妙な夢を体験するより少し前、とある港の先にある堤防に2人の女性が座り込んでいた。
「なぁ、由良」
"由良"、おそらく女性の名前なのだろう。そう呼んだ女性は気だるそうに片手に持った釣り竿をプラプラと揺らしながら退屈そうに呟く。どうやらここの堤防で釣りをしているようだ。
「なーんか面白い事でも起きないかねぇ...ずーっとこのつまんねぇ生活してるけどそろそろ限界だわ」
「そんな事言われても私じゃどうにも...ね?」
由良と呼ばれた女性は綺麗な薄い桃色の髮を長く伸ばし、ポニーテールの様に後ろで結いている。そのためか、潮風になびくその後ろ髪はキラキラと太陽の光に反射し、幻想的にさえ見えた。
由良は返答に困りながら苦笑気味に今日の釣果を確認する。頬が緩んでいるあたり上々のようだ。
「そうだけどよ~ずっと釣りしてるのはこの天龍様には合わねぇよ。オレはジッとしてるより動きまくりてぇよ~」
天龍と自称した女性は足をバタつかせながら、子供の様に駄々をこねる。彼女はパープル色の髮をセミショートぐらいまで伸ばしており、言動も相まってとても活発な印象を覚える。しかし左目に眼帯をしているせいか、キツイ目つきと合わさり威圧感を感じてしまう。
...今回に限ればそんなことを感じないぐらい幼く見えるが。
「ダメよ。今日釣ったのが私達のご飯になるんだから」
「おぅ...それはわかってるんだけどな。わりぃ」
由良にピシャリとキツく言われると天龍はすぐに駄々をこねるのをやめ、ポリポリと気まずそうに頬をかいた。
ただ天龍も悪気があって駄々をこねていたわけではない。確かに体を動かしたいのは事実だが、天龍――いや、天龍達はとある大きな問題を抱えていた。
それは彼女達の出自が関係してくる。
彼女達は人間ではない。
外見は人間そのものだが、人間の何十倍も体が頑丈であり、人間では到底自力では持てない何tもの重さの物を軽々と持ち上げる力を持ち、そしてなにより――水の上に立ち、まるでスケートをしているかのように水上移動ができる。
なぜその様な事ができるのか?それは繰り返しになるが人間ではないから。
では何なのか?それは――
「いいのよ。私だって本当は好きなことしたいけど...でも私達は"兵器"だから。いつでも万全の状態にしておかないと、でしょ?」
「まぁ...そうだな」
兵器と言われても何も知らない人が彼女達を見れば笑いながら嘘だ、と言うだろう。しかし彼女達は嘘などついていないし、人間とはかけ離れた力を持っている事実がある。これを嘘で終わらせるには中々骨が折れるだろう。
彼女達のような兵器と位置づけられる女性達は巷では"艦娘"と呼ばれている。これは彼女達が過去に奮戦力闘した艦艇を元につくられているからだ。
"艦"艇を模した力を持つ"娘"。そう誰かが言い始めたのだろう。彼女達が現れてからすぐさまその呼び名は日本中に広まった。
しかし、兵器があるということは、それを使用する敵もまたいるということになる。抑止力でもない限り、それ相応のチカラをもつ外敵がいる。
その問題の外敵の名は"深海棲艦"。突如として海から現れ、またたくまに航行する船団、艦艇を沈め、飲み込み、各国のシーレーンをズタズタにしていった。勿論、人間も馬鹿ではない為すぐに軍の最新鋭艦を作戦に投入し、迎撃を試みたがあっという間に全滅。
海がダメなら空で、と輸送機を飛ばすも深海棲艦の繰り出した艦載機が撃墜し、制海権と制空権を奪われてしまった。
現行のあらゆる武器を使っても歯が立たない敵。そして各国との貿易も絶望的になり、鎖国同然になった世界各国は辛うじて生き残っている海底ケーブルを頼りに各国と状況を報告しあい世界の情勢をなんとか把握するのが精一杯であった。
そんな混乱の中、救世主の様に現れたのが自身を過去に実在した艦艇と同じ名前で呼び、同じ特徴の装飾を身に着けた摩訶不思議な6人の女性達。それが後に艦娘と呼ばれるようになるが、彼女達は船のように海を蹴り、各々が持つ小さな...それこそ今までの戦闘機や艦艇が馬鹿らしく思えるほどの、人が持って遊ぶ玩具のような大きさの砲や艦載機を操りながら深海棲艦を次々と沈めていった。
それを目の当たりにした人々の中には艦娘達を神の様に崇める者、その人間と変わりない外見を快く思わずに煙たがる者が出るなど様々な問題も新たに生まれもしたが、自分達を救ってくれるかもしれない艦娘に対し、露骨に邪険に扱うような者は出なかった。
それを好機と見たのだろう。当時の総理大臣が突如現れた艦娘と対談を行う事が急遽決定し、これからの日本をどうするかが話し合われることとなる。
相手は得体の知れないナニカ。いつその小さな砲で自身の身がはじけ飛ぶか気が気でない中慎重に行われた。
結果としては艦娘の出自の理由やこれから深海棲艦へどう立ち向かっていくか、更に艦娘は人間の敵なのかどうか等が艦娘側から話され、いくつかの謎が解明された。
一つ。艦娘は"妖精"と呼ばれるモノに魂が導かれ、現界すること。
二つ。艦娘は人間と違い食事を必要とせず、油や弾薬などの武装や船の運航に関わる資材が主食となること。
三つ。戦闘をすれば摂取した分の資材が消費され、空になれば機能しなくなること。
四つ。艦娘は人間の味方であり、敵対する意思はないということ。
等の運用面に関する説明がされた。
これに対し妖精とは何か?という疑問も生まれたが、艦娘自身把握できていないとのことなのでその場はお開きとなる。
しかしここで問題になるのが彼女達の所在だ。
先もいったが、神のように崇める人間もいるが、快く思っていない人間もいる。
そんな艦娘達に無闇に街中を歩かれては何が起こるか予測がつけられない事に加え、深海棲艦が攻めてきた時に所在が掴めないのでは迎撃も要請できない。
そこで当時の防衛省が発案したのが、過去に使われていた鎮守府を再建し、そこに艦娘を所属させ運営する事。
鎮守府は元々海軍が艦艇を管理、出動準備をしていた施設だ。ベクトルは変われど、艦娘を運用するのであればあながち悪い案ではなかった。
それからは国が主導となり迅速な対応で鎮守府を整備し、艦娘らと連携をとりながら調整が行われていった。そうしてできあがったのが横須賀、呉、舞鶴、佐世保の新鎮守府だ――表向きは。
実際は艦娘達が使役する妖精と呼ばれるモノがありとあらゆる建物や施設を神速のごとく建築していき、人間は資材の融通をしたぐらいしかしていない。しかし実は妖精は人間には"見えない"。艦娘には普通に見えているようだが、あらゆるセンサーを駆使しても人間が妖精を感知することは叶わなかった。
その為表向きは尽力した様にみせかけ、余計な混乱を招かぬよう配慮した形になってしまった。
しかし当時の職人達は艦娘の事を知らない人間が出しゃばっても何もできない事がよくわかっていたのだろう。特に騒ぎもせずに餅は餅屋、艦娘を熟知しているであろうその妖精とやらに全てを任せることにしたのだ。
結果として鎮守府は完成。
妖精が働いた為艦娘達も施設の出来には満足していた様で、すぐにでも出撃できる体制になった―――が、ここで次の課題が出てくる。
それは誰が指揮を執るのか、という問題だ。
いつ深海棲艦が攻めてくるかもわからない世の中で他の業務に追われている人間が指揮を執れる訳がない。かといってタダの公務員を配属させる訳にもいかない。
そこで艦娘と話し合った結果、妖精が作成したモノが"提督業-X"という据え置き型端末であった。
これは端末に電源を入れるとどこからともなく信号を受信し、指令書が印刷されてくるという摩訶不思議なんてモノではないデタラメな代物で、当然だが誰もそれを使って艦娘を運用しようとは思わなかった。
それも当然。なんせ人間でもない機械に指揮をさせるという非現実的な方法であり、唯でさえ素性も姿もわからない妖精が作ったモノに快くGOサインを出せる人間はいなかった。
しかし新たに人材を育成するにも予算と時間が掛かる。やはり海なら海上自衛隊に任せるのがいいのでは、と話が流れそうになった時、ソレは突然に現れた。
そう、深海棲艦だ。奴らは突如鎮守府の近海に出現し、新造されたばかりの鎮守府施設へと直行している模様と見張りから報告が届く。
それと同時に端末が作動し、一枚の紙が排出された。それには鎮守府へと所属となった艦娘の出撃命令と鎮守府近海の海図が載っており、進路指示等も載っていた。
これに息を呑んだ鎮守府仮責任者はその紙に載っている艦娘に出撃要請をし、その海図通りの航路で出撃させた。
その後艦娘は帰投し、敵艦隊を撃沈又は撤退させたと報告し、鎮守府関係者を震撼させた。
見張りが報告をしてから間髪を入れずに端末より排出された指令書。そしてその場の誰もが把握できていなかった現状を誰よりも把握し、命令を出す迅速さ。完璧に指示してみせたその端末に――いや、それを作った妖精に関係者達は畏怖した。
それからの鎮守府に近しい人達の対応は早かった。
今は人間側に味方をしてくれているが、いつあの未知のチカラを持つ艦娘が敵対するかわからない恐怖に駆られ、どんな理由を付けてでも内地へと逃げる者。その未知なるチカラに惹かれて更に艦娘達と一緒にいようとする者。様々だった。
国もその報告を受け取りあれやこれやと議論を交わしたが、コレと言って有効な手段は出ず、一応艦娘側に友好的な人も多いことから箝口令を敷き、保留とした。
本当であればすぐにでもデタラメな機械を破棄して優秀な人材に指揮をしてもらいたい所だが、度重なる深海棲艦の襲撃や国交の事実上の断絶により資源も人材も枯渇して疲弊してしまっていた。機械だろうが幽霊だろうが、はたまた深海棲艦の仕業だろうと、今の国にはそこまで手を回せるほどの余力は既に残っていなかった―――。
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それから何日、いや何年の時が経っただろうか。国が秘密裏に進めていた提督育成計画によって段々と指揮官になれるであろう人材は排出し始めていて、各鎮守府にも点々と配属されてきている。
そのため例のデタラメ端末に頼る割合は年々減り続け、更には完全に人力での指揮運用を確立している鎮守府も誕生した。
しかしそれも先に出た横須賀、呉等の大きな鎮守府のみ。それ以外の小さな泊地や基地には変わらず端末が現役で稼働を続けている。
そして由良や天龍は――その泊地の一つに所属していた。
「ウチにも提督が居ればな...こんな事しなくていいってのに」
「人手が足りないんだもの。こんな小さな所に配属されるなんてまだまだだと思う...」
由良達が所属しているのは柱島泊地――広島県呉港の近く、つまり呉鎮守府の目と鼻の先にある小さな島にある泊地になる。
諸島に囲まれている為、この柱島自体に泊地があるのではなく、この柱島周辺が一つの大きな泊地になっている様なものだ。更に航路も近いのかよく呉から出港した船が近くを通っている。
脱線をしたが、そんなただの島に所属している彼女らに提督が優先的に配属されることはなく、近くの呉鎮守府に抜擢されていくのであった。
ただ彼女達の抱える不安はそれだけではなかった。
「...にしても、もうあの端末が動かなくなって何ヶ月だ?」
「もう1年...は過ぎてるよね」
問題は彼女達が所属する泊地の端末が稼働していない事。妖精に修理を頼んだり、呉や他の鎮守府から修理の派遣をお願いしたが、結果は空振り。皆口を揃えて壊れていないと言う。
「故障でもないならなんなんだよ...ったく、オレ達はいつになったら本分を全うできんだ」
悪たれをつきながらやり場のない怒りにも似た感情を己の竿に込めながら思いっきり竿を投げる。
「いいじゃない。今の天龍の本分はご飯を釣る事よ?ちゃんと全うして?ね?」
「わぁったよ...ちぇっ」
艦娘は人間の食事を必要としない。だがそれは兵器としての最低限の事実を言っているだけに過ぎなかった。
彼女達も人間と同じように思考し、会話し、コミュニケーションをする。その過程で食事は大事なファクターだ。食事をして美味しいものを食べればそれで喜びが生まれ、笑顔が生まれる。そしてその笑顔を見て、他のものは釣られて笑顔になる。そんな感情の些細な変化で彼女達の戦闘能力は目に見えて上下するのだ。
だからこそ彼女達は食事をする。自分達のコンディションを維持する為、そして―――自分達の存在意義を見失わない様、自らに言い聞かせる為に。
なんか話が重くなる気がしますね。おかしいな...