段々と増えるお気に入り数にニヤニヤしてしまいますね。がんばります。
釣りを続ける天龍と別れた由良は堤防を後にして港から海岸線沿いに伸びる道路を歩いていた。ただその足取りは重く見え、天龍と話している時の元気な由良は面影を消していた。
「提督...かぁ」
無意識に下を向いていた顔を上げてぼぅっと空を見上げると、雲ひとつない綺麗な青空が広がっている。この青空を見ていると、初めてこの泊地にきた時の事を思い出す。
「これからどうなっちゃうのかな...」
由良がこの泊地に配属が決まったのは今から約3年前。
当時から提督なんて人はおらず、今と変わらず妖精が作った端末から不定期に出される情報を元に様々な艦娘がこの泊地からも出撃していた。更に言えば呉鎮守府からも近い為他の泊地よりも賑わっていたのは誰が見ても明らかなぐらいであったし、島に住む住民の人達も活気で溢れていた。
勿論由良自身も出撃していたし、自分の使命と誇りにかけて真面目に働いていたつもりだ。
けれども約2年前。突然妖精達が慌ただしく泊地の本庁舎内を走り回り始めたことがあった。理由を聞けばどうも端末に送られてきていた信号が完全に途絶えたとの事で、復旧をさせようと技術班の妖精達が考えられるあらゆる対処をしたが、結果は実らずに端末は沈黙。
外部の鎮守府の妖精や、初めてこの端末を作った古株の妖精にも頼んだが沈黙した理由は不明。機能的にはなんら異常ないと口を揃えるだけだった。
この症状は他の泊地や鎮守府でも度々起こっているらしく、ここだけではなかったのを知ってホッとしたのを今でも覚えている。
しかし艦娘は提督やそれと同等の権限を持つ相手からの命令がなければ出撃ができない。これは艦娘達が人間へ反逆するのを抑止する為でもあるが、艦娘達が動く為の燃料等の資材を政府が融通してくれているのが大きい。
一度でも離反すれば解体され、艦娘としての生を終わらせることになってしまうだけでなく、その鎮守府への資材の融通もしてもらえなくなる可能性がある。
なににしろ、その肝心な出撃の命令権限を持つ提督――又は例の端末がないこの泊地は完全に名前だけの港と化し、練度の高い艦娘や戦意の高い艦娘はしばらく様子を見たものの、異動届を提出して他の鎮守府や泊地へと移っていった。...仲の良かった子達がポツポツと見慣れた場所から姿を消していくのはとても辛かった。
「私も異動すればよかったのかなぁ」
親しかった子達の顔を思い浮かべながらふっと当時の事も思い出す。
由良も異動届を出そうと思った事があった。自分は艦娘であり、兵器であり、ただ深海棲艦を屠る為に力を使う。それが当たり前だと常日頃考えていた。
だからその活躍の場が機能しなくなったのならば、他へと移って仕切り直せばいい。そう思っていたのに――。
ある日気がついてしまった。この泊地に所属となり、日々出撃をする傍ら島民の人達と交流を重ねる内に人間として生きる喜びを感じていることに。
定期的に港へ停泊する補給船から荷降ろしをしている時に横目に見える島民達の営みが、当時の由良にはとても眩しく見えて憧れにも似た感情が芽生えていた。自分達は兵器であり、硝煙にまみれながら深海棲艦を屠り国を守る。そのはずなのに――いつの間にか守る側でありながら守られている側の生活を望んでしまった。
だから甘えた。
もうこの機能しない泊地にいる限り自分は艦娘として働く事は無くなるんだ。これからは島民の人達と同じ様に暮らしていきたい――と。
天龍達にはコンディションを保つためだ、とそれらしい事を言っている傍らで実は自分と同じ気持ちを抱いてこの島に残って欲しいという嫌らしい思惑が隠れているのだ。
由良自身卑怯だと自覚している。けれどもまだ深海棲艦は当たり前のように襲撃してくるし、艦娘の必要性が無くなった訳ではない。こうでもしないとこの生活は保てない。
だからできるだけ長く―――
「このままこの島にいたいなぁ...」
「そうだな」
「えっ...えぇっ!?」
「お、驚かせるつもりはなかったんだが...悪い」
「はっ初月さん...」
少し物思いに耽すぎたらしい。いつの間にか由良の目の前には初月――黒色の髮をしていてペンネントで前髪2箇所、そして後ろ髪を1箇所結いている女性が由良の顔を怪訝そうに覗き込んでいた。風のせいか、ペンネントで結いている前髪が犬耳の様にヒラヒラと揺れている。彼女も艦娘で、由良と同じ泊地に所属している。女性なのに一人称が"僕"だったり、声も低くてとても凛々しく感じる。
「どうした?悩み事なら僕が聞くぞ?」
「ち、違うから大丈夫っ」
「...そうか?ずっと目の前で手を振ってるのに全然気が付かないから心配したぞ?取り敢えず報告だ。倉庫の弾薬の点検は終わった。異常なしだ」
「あ...ありがとうございます初月さん」
この戦いから離れた生活を望んでいる自分は異端だ。それがバレてしまえばどんな扱いをされるかわからない。そんな焦りを悟られないように由良は誤魔化しながら初月から手渡された弾薬資材の報告書を流し見する。
「疲れているなら休息も大事だ」
「本当に大丈夫...ただいつまでこの生活が続くのかなって思って」
「ふむ、そうだな...命令がない以上、僕達にできることはない。ただいつでも出撃できる様に、万全の状態を維持しておくだけだ」
「そう...ね」
万全の状態とはいうが、そんなのも限度がある。なんせ出撃がないのだ。出撃がないということはその後の報酬もないことになる。つまり由良達に潤沢な資金など持ち合わせていない。
だから釣りをしたり補給物資で届く一部の資材を近隣の鎮守府や泊地に輸送して見返りとして食料を貰ったりしているのだが...それもあまり良い行為とは言えない。この生活もいつまで続けられるかは、由良だけでなく皆わからなかった。
「そ、そうだ!そういえば初月さんはどうしてこの泊地に残ってるんですか?」
このままでは雰囲気が重くなるし自分がボロをだしかねない。ならば、と由良は咄嗟に話題を変えたが、あまりいい話題ではないなと切り出してから後悔する。
「僕か?僕は特にこれといった理由はないよ。ただ由良程ではないけど僕もここに来て長いからね、たとえ出撃ができないとしても、最低限ここの島の人は守りたいと思っただけだよ。恩を貰ってばっかりだから...返さないと」
なんてことないよと笑いながら、たった今任務から帰ってきたのだろう――柱島のすぐ近くを呉に向かって航行している艦娘の艦隊に目を向ける。
「僕は防空駆逐艦、秋月型の4番艦だ。自惚れになるけれど、僕を欲しがる鎮守府は山程あるだろうね。でも僕はこの島がいいんだ...後ろ指を指されようと、僕は胸を張ってこの泊地に残って皆を守りたい」
艦娘としては失格だけどね、と自嘲気味に笑うが由良はその顔を直視できなかった。
防空駆逐艦は対航空機戦にとても重要な艦になる。敵の艦砲も十分脅威だが、それ以上に直上から艦載機により投下される爆弾や、至近距離からの雷撃に完璧に対処するのは厳しいものがある。どの艦にも対空機銃があるとはいえ命中率は高くない。数撃てば当たる精神でいかなければいけない代物だ。
そんな中、防空駆逐艦は少し変わってくる。駆逐艦でありながら長10cm砲を装備し、従来の駆逐艦の主砲よりも弾の初速と射程が向上している為従来より対空に特化しているといえる。
そんな高性能な初月だ。その気になれば引く手あまただろう...なにせ深海棲艦との航空戦が激化していく中、対空能力の高い艦は1艦でも多い方が艦隊の生存率も上がるからだ。
その初月がここまで自信を持って前を向いているのに自分は何をしているんだ――と由良は俯いてしまう。
「...羨ましいな。私にはそんな覚悟できそうにない...かな」
「する必要ないじゃないか。僕が硬く考えているだけなのは自分でも自覚している」
「でも私は...卑怯だから。皆にはソレらしい事言って...兵器だからと自分に言い聞かせて...なのに実は私自身が一番兵器らしくない事をしてる」
由良の一番の悩みであり弱み。でも初月はそれを何も気にしないかの様に話を続けた。
「由良がこの島が好きなのは皆が知っている。そしてソレを隠そうとしているのも」
「えぇ!?」
そんな馬鹿な。それが由良から真っ先にでた反応だった。
「わからない訳ないだろ?由良、お前は自分で思っているほど感情を隠すの上手じゃないぞ。港とかで漁師と話してる時とかすごく楽しそうじゃないか」
「それは...」
旬の魚を聞いたりしているから――と言おうとするも遮られる。
「それに、誰よりも食事や食料調達に厳しいのはお前じゃないか。あれだけ生き生きしながら作業してるの由良ぐらいだぞ?」
「そ、そんなぁ」
「兎に角だ。そんな人間の生活に近付こうと努力してるお前を見て気が付かない奴はいないし、それに誰も言わないんだから皆どこか似たような事を思っているんじゃないか?」
「それは――」
「夢の見すぎか?でもずっとこの島に残っているんだから何かしら思っていてもおかしくない」
たしかにもう2年だ。様子見で数週間留まる子もいたが、大抵は見切りをつけてすぐに発っていった。なのに今も由良含めて残っている子は同じ様な考えをしている可能性が高い。
「戦場を求めて死に急いでも仕方ない。優秀な提督の下に行けるとは限らないんだ。それこそ異動先もあの端末が指揮なんてしてるものならそれこそ死にたくなる」
「そうね...その可能性もあるものね」
「それに比べて僕はこの島と島の人達を守りたいっていう想いがある。大雑把にお国の為とか言うよりマシだと僕は思う」
そういえば元々この泊地にいた子の中にはそういう艦娘がいた。何の為に戦うのかという問いに対して堂々と大日本帝国の未来の為に、と答えた艦娘が。
当時の由良に同じ質問をしても、おそらく同じ様にお国の為と即答しただろう。
だが今の初月と話している内に、艦娘は何の為に産まれ、何の為に戦うのかがわからなくなってきてしまった。
深海棲艦がいるから今は戦う。でも深海棲艦がいなくなったら?その後は何と戦えばいいのだろうか。何の為に何を守ればいいのか。
「段々わからなくなってきちゃった...艦娘って何なのか」
「き、急に哲学かい?僕は哲学なんてサッパリなんだけど...」
「あっいや...何の為に戦えばいいのかなって」
「...それは自分で見つけるものさ。過去の自分じゃなく、今この時代を生きて守りたいと思うモノができたらいいんじゃないかな」
「この時代を生きて...守りたいモノ...」
「だってそうだろう?僕達が現役で鉄の塊だった頃とは全然違うんだ。過去に囚われるぐらいなら今を生きて前を向いたほうがいい」
「そういうものなのかな」
「...多分ね。少なくとも僕はそうしている」
「そっか...」
初月は強い。これと決めたらやり通す、という信念がある。おそらく彼女は最後まで提督がこの島に来ることがないとしても、その身が動かなくなるまで島の防衛に務めるだろう。それぐらい初月の目には力がある。普段はぼーっとしているような眠そうな目をしているが、今の初月にそんな面影は感じられなかった。
「私も...頑張らなきゃ」
「ふっ その調子だ。さぁ、長話しちゃったけれど...まだまだやることは沢山ある。早く庁舎の掃除をしなければ」
「あ、えぇ...そうね」
思わず漏れていた独り言に恥ずかしくなり赤面しながらも由良は先に行く初月の背中を追った。
そんな時、
Pipipipipi---
あまり聞き慣れない電子音が由良と初月の2人から発せられた。
「これは?!」
「何かあったのかしらっ」
これは柱島泊地に所属している艦娘1人1人が所持している緊急用の小型レシーバーで、泊地に緊急な要件ができた時に艦娘を召集する為のモノだ。
これが鳴るという事は...考えられる中で一番可能性が高いのは――
「深海棲艦かっ...!」
苦虫を噛んだかの様な顔をしながら初月が泊地の本庁舎へと全力で走っていく。
「あっ待って!初月さん!」
一足遅れながらも由良も大急ぎで背中を追った。
いつになったら主人公君来るんですかね?