Blazing Soul短編集   作:ライアン

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サクヤちゃんがマジ告白されてドギマギするところが見たいという思いを込めて書いた短編になります。オリキャラが登場します。
これは白閃の悲劇を覆す物語ではありません。


謳われる事なき恋物語

「……すまん、もう一度言ってくれるか?」

 

 帝国軍特別編成部隊「妣國」に所属する若き士官、カミナギ・ヤマト少尉は忘我の境地から再起動を果たして、そう目前の男へと問いかける。

 余りにも……そう、余りにも信じ難い言葉を目前の同期は何か言っていた気がする。

 しかし、それはまさしく「有り得ぬ」事だ。ある日海水に含まれるのが塩から砂糖へと変わると言った、そんな凡そ信じられぬ内容。それを目前の男は告げた気がするが、おそらくそれは自分の空耳だろう。何故ならば、そんな事は文字通り「有り得ぬ」事なのだから。

 こんな有り得ぬ幻聴が聞こえるなど、どうにも自分は疲れているのだろうかと、カミナギ・ヤマトが真剣に考えていると……

 

「……ヤマト、君がクナカミさんに好意を抱いているのではないかとそう聞いたんだ。戦友や同僚としてではない、男としてだ」

 

 士官学校の同期にして、現在強化指定兵士として「妣國」に所属する若き士官サトウ・タツヤ少尉はそんな今すぐ医者にかかる事を勧めたくなるような、驚天動地の言葉を至極真剣な様子で告げていた。

 

 カミナギ・ヤマトは無愛想という言葉を体現するかのような男である。

 その作り物めいた端正な容姿と言葉少ない寡黙な性格もあって、友人と呼べるだけの交流がある者はイトウ・ハヤテとクナカミ・サクヤの2人位である。

 しかし、そんな男でも寝食を何年も共にした同期である上に、現在同じ部隊の仲間となったような人物ともなれば流石にその大まかな為人というものは把握している。

 サトウ・タツヤーーー五行機構の能力値は特別劣等というわけではないが、特別優等というわけでもない。剣術にしても座学にしても平凡な生徒であった。入学時は(・・・・)

 しかし、凄まじいまでの向上心と克己心で努力を重ね、卒業時には席次五位にまで上り詰めた、まさに秀才の見本とでも言うべき男である。

 聞いた話によれば、何故そこまで「努力が出来るのか」という問いに対して、彼は朗らかに笑いながら「身の丈に合わぬものを手に入れたくなってしまったからだ」と答えたという話から、出世欲の強い野心家だと思われている。しかし、実際に接してみると温厚で協調性に富み、無愛想で人を寄せ付けなかったーーー本人としては別段特別人を遠ざけているつもりなど無いのだが、ヤマトにも気さくに接してきた人物であり、ヤマトとは異なり社交的であるハヤテとサクヤとは“友人”と称して差し支えのない交流がある人物だと記憶している。

 

 そんな帝国男児の模範とも言える男が意を決した様子で、「話したい事がある」と真剣そのものな様子を見せたので、一体何事かと思って聞いてみれば、紡がれる言葉は凡そ正気とは思えぬ発言。

 一体この男はどうしてしまったのだろうか、このような世迷い言を言い出すなど。

 何をどう考えれば、自分がアレ(・・)に男として好意を抱いているなどという考えが浮かぶのか。

 友人である事は認めよう、百歩譲って周囲から見て不本意ながらも仲が良く見える事も何とか許容しよう、しかし恋?自分がアレに?

 そんな事は譲り続けて地球を一周したとしても、到底許容できるような内容ではない。というか何をどうしたら、そんな憶測を抱くのだろうか。

 士官学校を席次第五位で卒業し、こうして強化指定兵士として妣國へも配属された、将来を嘱望されている俊英がよもや、麻薬にでも手を出したとでも言うのだろうか。

 

(……わからん、判断材料が少なすぎる。此処は一先ず会話を続けて情報を探る他ないな)

 

 カミナギ・ヤマトは情に篤いと称する事は出来ないが、それでも他者から思われているほどに冷淡な男でもない。

 理由は不明だが、このような到底正気とは思えぬ発言をした以上、目前の同僚が精神か脳に重篤な損傷を受けている可能性は極めて高い。そんな状態の戦友を知らぬ振りをして、放置するなど流石に気が引ける。故に、此処は状態を探り、然るべき対処をすべきだろうーーー等と大真面目に、真実大真面目にカミナギ・ヤマトは思考を巡らせる。

 

「……何故そんな事を聞く?」

 

 ヤマトとしてはそれは何がどうしたらそんな正気とは思えない、世迷い言を吐くほどにお前の精神は追い詰められた?といった内容を意図しての言葉であった。しかし、短い言葉の仲にある意図というものが正確に伝わるには

それ相応の付き合いというものが必要となってくる。

 案の定、同僚ではあれど、友人ではないという程度の付き合いである男には伝わらずに……

 

「……そうだな。君にだけ一方的に喋らせるというのは公平ではない。わかった、僕の想いを先に伝えよう。

 僕はクナカミ・サクヤさんに好意を抱いている。同僚としてではない、一人の男として士官学校時代よりずっとだ。そして、君もそうなんだろうヤマト?」

 

 サトウ・タツヤはそう目前の恋敵へと宣戦布告する。

 それは帝国男児の鑑と称すべき、堂々たる態度であったが……

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」

 

 一体何を言っているんだろうコイツは、それがサトウ・タツヤが恋仇と勝手に思い込んでいた男の素直な感想であった。

 好意を抱くアレに?男として?本当に大丈夫だろうか、コイツ。何らかの精神に干渉する唯奏を受けているんではなかろうかと。

 そんなヤマトの想いとは裏腹に、恋によってその眼を曇らせている男はヤマトにとっては信じ難い世迷い言を吐き続ける。

 

「……君はずいぶんと感情が豊かになったよな、ヤマト。

 士官学校時代の君は本当に感情らしい感情を持っているように見えなかった。

 失礼だけど、無愛想だとかそういう次元じゃない。真実この男は自我というものがほとんど無いんじゃないか?

 そんなふうに思う位に、その容姿も相まって作り物のようにさえ見えたよ」

 

 それは根も葉もない誹謗中傷ではなく、純然たる事実であった。

 昔のカミナギ・ヤマトは今にもまして鉄面皮な男であったのだ。

 

「だけど、そんな君がクナカミさんやハヤテと接するようになって、ずいぶんと表情が豊かになったーーーまあ、それでも大分無愛想だけど、それでも今の君は昔に比べれば大分楽しそうに過ごすようになった。

 そして君がそんな風にしているのは決まってハヤテとクナカミさんと一緒のときだ。そんな光景を何度も見せられれば、鈍い僕だって気づくさ。君も、僕と同じくあのクナカミさんの太陽な笑顔に心を奪われたんだろう?」

 

 自信満々に自身の推理を披露するその姿にヤマトは既視感を覚えた。そう確か、これはこの間見たミステリー映画に出てきた登場人物にそっくりなのだ。ーーー見当違いの推理を自信満々に披露して主人公の引き立て役となる迷刑事に。

 

「……とりあえず、一言だけ言わせてもらおう」

 

「ああ、聞かせてくれ」

 

「早急に医者にかかれ、お前は病気だ」

 

 きっと疲れているのだろうと目前の戦友へとヤマトは心の底よりの憐憫を込めて告げた。

 

・・・

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 あの後、どうにか戦友を正気に戻すべく、言葉を重ねたヤマトだったがその効果はほとんどなかった。

 むしろ逆に、サクヤが一体どれほど素晴らしい女性かを語られるという、対尋問の訓練よりも余程精神をすり減らされる内容であった。

 早急に医者にかかる事を勧めたいが、かかったとしても望みは薄いかもしれない、何せ古来より“恋”は不治の病というのだから。

 

「あ、ヤマトじゃん。どしたのさ、珍しくえらい疲れた顔をしているけど」

 

「・・・・・・・・・・・・・サクヤか」

 

 噂をすればなんとやらというやつだろうか。

 耳にタコが出来てしまうほどに賛辞を受けていた人物が姿を現す。

 

「ちょ、ちょっと何だよそんなにジロジロと見て」

 

 知らず、ヤマトはついマジマジとその顔を凝視してしまう。

 

(わからん……やつには一体コレがどう見えているんだ)

 

 整っている方ではあるだろう……しかし、恋によって盲目となった男が先ほど口にしていたのは絶世の美女やかくもというレベルである。とてもではないが、目の前の小動物に当てはまるとはヤマトには思えなかった。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ」

 

「っておい!人の顔を散々眺めておいて、おもむろにため息つくってどういう事だ!

 僕の顔はそんなに見ていてガッカリするような代物って事かくぉら!!!」

 

 わからない。全くもってカミナギ・ヤマトには心底理解できないものであった……

 

・・・

 

 サトウ・タツヤという男は所謂神童と謳われた少年であった。

 頭は教えられたことをすぐ覚えた。体は教えられた動きを完璧にこなした。地元では何をやっても一番だった。競争で負けたことは一度もなかった。村の人間は誰もが少年は将来は凄い人物となる事を疑わなかった。

 彼は優秀であった。そして同時にある種達観していた、あるいは冷めていたと言っても良い。優秀であるが故に、浮かれる大人とは違い現実というものを正しく認識していた。

 神童と持て囃されているのも、自分が狭い世界に生きているからであって、より広い世界に出てしまえば当然のように自分以上の存在は居るだろうとそう正しく自分の分を弁えていたのだ。

 そうして、入学した士官学校の席次は案の定というべきか、彼のその予想を違わぬものであった。

 座学も実技も平凡な、特筆する事はない士官候補生。地元で神童と謳われた男に待っていたのは、そんなありふれた現実であった。

 

 だが、それで良いとタツヤは思っていた。

 基より人間には分相応というものがある。小さな故郷の村では神童、全土から人材を集めている帝国軍士官学校では平凡な候補生、要はそれが自分の分というものだったのだろう。

 ならば、分を弁え、でしゃばりすぎずに他人との協調に務めて、平凡な士官として任をまっとうする。そうすれば、およそ幸福と呼べる人生を送れるだろうと。

 幸いにも、拡大期であったかつてならいざ知らず、今の帝国は至って平和と言っていい。大過なく、退役を目指すというのはそう分不相応な望みでもないはずであった。

 

 そう、思っていた。

 だが、そんな冷めていた男にある転機が訪れる。

 それは“恋”と呼ばれる、古来より多くの人間を狂わせた不治の病であった。

 彼はそれを患ったのだ。クナカミ・サクヤという太陽な少女を相手に。

 それが何時からだったかは彼自身にとっても定かではない、ただわかっているのは気がつけば、どうしようもなく彼女に夢中となってしまっていたという事実だ。

 

 想いを自覚した彼は直ぐにでも告白する事を考えた。

 だが、踏み切ることが出来なかった。彼女に対して、今の平凡な士官候補生に過ぎない自分が余りに分不相応だったからだ。

 クナカミの家は帝国でも有数の武門の名家であり、サクヤはそこの娘だ。

 当然、婿となれるような人物にはそれ相応の家格が求められる。

 ありふれた平凡な農家の次男坊が婿になろうと思えば、それこそこの国を将来背負って立つと納得できるような才幹と実績を示す必要があるのだ。

 「彼女に相応しい男になろう」その想いを支えに、サトウは必死で研鑽を重ねた。

 それは、神童と呼ばれた才能溢れる少年が、分相応などという自分で勝手につくっていた壁を打ち破り、唯一欠けていた意志という翼が生えた事を意味していた。

 

 そうしてそろそろ良いだろう、いやまだまだだ。と肝心の告白を引き伸ばしていたわけだが、そんな男の背中をある種押す事となる出来事が発生する。

 土の第陸等級へと認定された大災害級の魂喰鬼。それの討伐を自分達妣國が命じられたのだ。

 死ぬつもりはない、死ぬつもりなど断じて無い。ーーーされど、それでも万が一というのは有り得る。

 故にこそ、心の中の勇気をフル動員してサトウ・タツヤは待ち人を呼び出したのだ。

 

「それで、改まって話って何さ。もしかしてアレ?生きて帰れるかどうかわからないから、そうなる前にって告白とか?いや~僕ってば罪な女だなぁ」

 

 カラカラと笑いながら告げた言葉は、本人としては冗談のつもりなのだろうが、タツヤにとっては図星も良いところであった。

 実を言えばタツヤが告白をしようとしたのは、これが最初ではない。

 士官学校の卒業式の日、離れ離れになる前に、想いを告げようと今のように呼び出したのだ。

 そして、その時も同じような事を言われ、結局ヘタレた自分は惚れた男としてではなく、同期の友人として軽口を叩いて誤魔化したのだ。

 だが、そうして居る内にも同じ部隊に配属となった恋仇、結局ヤマトの常に無く言葉を尽くした弁解も徒労に終わったようだ、着実に目前の少女との距離を詰めていた。

 故にこそ、さあ勇気を出そう。「魂散ル想イ解キ放チ、死ヌル覚悟デ告ゲルベシ」と。

 

「ああ、その通りだよ」

 

「へ?」

 

 予想だにしていなかった回答を受けて、サクヤはポカンとしたヤマトとハヤテが評するならばマヌケヅラ、タツヤが評するならば愛らしい表情を浮かべる。

 

「クナカミ・サクヤさん、イトウ・タツヤは貴方の事が好きです。同僚や戦友としてではなく、一人の男として貴方の事が」

 

「え、えっと……わかった!さてはアレだろ、ハヤテ辺りと共謀して僕をからかおうとしているんだろ!

 おいこらハヤテ!そこに隠れているのはわかっているんだぞー!早く出てこいよ。

 真面目なタツヤまで巻き込んで、こんな悪戯をするのは流石にちょっと悪趣味だぞ」

 

 どこか誤魔化すように告げたその言葉に応えるものはなく。静寂がその場を包み混む。

 

「悪戯なんかじゃありませんよ。僕は本当に貴方に夢中なんです。愛しています」

 

「あ、愛!?」

 

 本や芝居の中でしか聞かないようなおよそ自分に関わり合いのない、と本人は思い込んでいた、言葉を告げられてサクヤは硬直する。そして誤魔化すように困った笑みを浮かべて

 

「ひょ、ひょっとしてアレかな。タツヤってば出世のためにウチの実家とのコネが欲しいのかな?だったら僕なんかよりもお姉ちゃんを攻めたほうが……」

 

 サクヤの実家であるクナカミの家は帝国有数の名家。

 そこの入婿となることが出世にどれほど有利に働くか、などというのは推してしるべしであろう。

 そして目の前の友人はかなり出世欲が強い方だったと記憶している。

 故にこそ、そういった事があるいは目的なのかと、心の片隅にある疑念が動揺のあまり、つい口から出るが

 

「違います!」

 

 怒りさえ、込めてタツヤはそんなサクヤの疑念を否定する。

 

「クナカミの家なんてどうだって良い、僕が欲しいのは貴方なんだ。

 クナカミである貴方に釣り合うためにこそ、僕は強くなったんだ。

 ありふれた村の凡百の百姓の息子が、クナカミの令嬢と付き合うなら、それ相応の才と実績を示さなければならなかったから」

 

 そこでタツヤは心を鎮めるように深く深呼吸をして

 

「改めて、言います。クナカミ・サクヤさん。貴方の事が好きです。僕と付きあって下さい」

 

「え、ええっと……その、あの………」

 

 告げられたどこまでも本気の思いにサクヤは頬を染めながら、しどろもどろになる。

 中性的な外見で、その言動や行動から勘違いされがちだが、それでもクナカミ・サクヤとて歴とした女である。

 当然、そういった恋だの愛だのといったものに興味を持った時期がなかった言えば、それは嘘になる。

 だが、直ぐにその辺の思いには蓋をした。何故ならば、自分はクナカミの娘だから。

 結婚などというのは家の用意した見合い相手とその時期が来たら、するものであって自分の意志で選ぶものではないからだ。

 不満がないと言う事もなかったが、だが実家のおかげで今の自分がある事も事実であり、特に実家の意向を無視してでもと思うような物語のような“恋”なんてものはしたことがなかったので、それでまあ良いと思っていたのだ。

 だが、今まさしくされたのは「物語」の中でしか聞かないような情熱溢れる告白。

 

 家のことも何も関係ない、貴方に釣り合える存在に成れるように自分は此処まで来たと。そんな本気の思いだ。

 嬉しくないと言えばおそらく嘘になる、だがそれ以上に困惑の方が大きく故にサクヤはどう答えたら良いのかわからず、頬を染めて俯くばかりである。

 

「返事は今すぐで無くても構いません。この任務から帰ってきたら聞かせてもらえれば」

 

 そうしてサトウ・タツヤはその場を離れる。

 確かな手応えを感じて。なんとしても生きて帰って、返事を聞くのだと決意を固めて。

 

・・・

 

 これがカミナギ・ヤマトが全く以て似合わぬ事に嗜んだ流行りの恋愛映画の世界であれば、彼の思いは叶えられたかもしれない。紆余曲折の果てに、家柄の差という壁を乗り越えて。

 だが、彼らの生きるのは現実であって物語の世界ではない。故に祈り、願い、愛。そんな細やかな凡人の思いを飲み込むかのように“悲劇”は訪れる。

 

 広がるのは阿鼻叫喚の地獄絵図。

 護国の志を共に抱き、夢を語り合い、同じ釜の飯を食べた戦友達。

 それらが憎悪を顕に殺し合う掛け値なしの地獄だ。

 

 そんな中ついに覚醒を果たした「えいゆう」カミナギ・ヤマトは殺し続ける。

 これこそが自分に出来る唯一のことなのだと言わんばかりに。

 その手で殺す戦友たちを決して忘れぬように胸に刻みつけながら。

 

「ーーーーーーーーーーーーー」

 

 そうしてヤマトは最近記憶に強く刻みつけられ事になった一人の戦友の変わり果てた姿を眼にする。

 サトウ・タツヤ。奇特にもクナカミ・サクヤにべた惚れして、こともあろうに自分もサクヤに惚れているのなどという、天地がひっくり返ろうと有り得ぬ戯けた誇大妄想に取り憑かれていた男。

 

 覚えているーーー彼の浮かべていた見るものにやすらぎを与える質朴な笑みを。

 覚えているーーー「君には、いや誰が相手だろうと彼女は譲らない」等と最期まで誤解を続けたままに告げられた言葉を。

 覚えている。覚えている。ーーー彼の語った思いを。夢を。

 

 だが、目前の悪鬼が浮かべるのは、かつての面影などどこにもない憎悪に塗れた凶相。

 それは一目でもはや手遅れだと理解させるに十分だった。

 愛の奇跡などというものは訪れず、「えいゆう」になれなかった男はひねり無く順当に“悲劇”にその思いを呑み込まれたのだと悟ったが故にーーー

 

「介錯、仕る」

 

 かくして、サトウ・タツヤという男は呆気なくその生を終える。

 歴史にその名を刻む事もなく、思いを遂げる事もなく。

 これはありふれたとある男の果たせなかった恋の物語。

 謳われる事なき、ありふれた悲恋の物語である。




タツヤ君は最初は別の隊にいる人間にして、帰ってきたヤマトさんを罵倒する感じにしようかと思ったんですが、そういうその場にいなかった人間が、その場で最善を尽くした人間を罵倒する行為はエリュシオンの教えに反するためにこうなりました。

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