過負荷探偵・球磨川禊 作:香椎
未来を明るくして、現実から切り離して見てね。
都内にあるとあるBARで、殺人事件が起こった。
その場にいたのは五人。
殺された二十代の女性に、その彼氏。隅の席に座っていた男。BARのマスター。
そしてもう一人…ーー球磨川禊。
球磨川は自らを探偵と名乗り、現場をひっちゃかめっちゃかに掻き回した。
以前からもこのような事をしてたのか、現場に入ってきた警察はただただ呆れていた。
「はぁ…君は何度言ったらわかるのかね?」
「こうも殺人事件が起きるなんて…あなたは死神なのでは?」
一人の刑事が皮肉気味に言う。
『やだなぁ刑事さん。僕が入ったお店でたまたま殺人事件が起こっただけだよ』『だから』
ーー僕は悪くない。
球磨川はそう言って、
「目暮警部、どうしますか?この事件」
死因は睡眠薬の大量摂取によるもので、死亡推定時刻は午後10時半から11時の間。
被害者は午後10時頃から彼氏と来ており、途中で眠っていた。
おそらくその時に亡くなったのだろう。
「うーむ…」
警部は考える。
現場にいた人…球磨川も含めて、誰からも不審な物は見つかっていない。
勿論現場の中やその付近も調べたが、何一つ手がかりはない。
「やはり自殺か…いや、それとも…」
「警部、ただ今戻りました!」
その時、部下の一人が聞き込みから戻ってきた。
「おお、高木君。それで何か情報は得られたかね?」
「はい。被害者の母親に聞いたところ、どうやら彼女はストーカーの被害を受けていたようです」
「何!?」
「そういえば美香はストーカーされて夜も眠れないと言っていました!」
高木と呼ばれた刑事の報告に同調するように、被害者の恋人は告げる。
「…被害者はストーカーで精神的に追い詰めらて、自殺したとみて良さそうですね」
「そのようだな…」
その場の意見は自殺と満場一致した。
『まだ決めつけるのは早いんじゃない?』
『刑事さん、もしかしてこれが自殺だと思ってる?』
球磨川は近くにいた高木刑事に尋ねる。
「え?あ、はい」
高木刑事は質問の意図がわからなく、間の抜けた返事をした。
『これは自殺なんかじゃない、他殺さ』『それを僕が今から証明してあげるよ』
球磨川はニヤリと…否、へらへらと笑ってそう宣言した。
「警部。大丈夫なんですか?彼」
そんな球磨川を指差しながら、高木刑事は警部に耳打ちをする。
「うーむ…高木君は知らんと思うが、ワシと白鳥君は何度か現場で彼と会っとるんだ」
「そ、そうなんですか!?」
「まあ…行く先々に彼がいてね。高木君も一度会ったんだ。これからも現場で会うようになるかもね」
白鳥刑事の言葉に「へぇ」と言う高木刑事。
…この時白鳥刑事は、自分が球磨川と接する機会が少なくなると、内心ガッツポーズをとっていた。
「っていうか彼、何者なんです?」
高木刑事が思い出したように警部に尋ねる。
警部は深い溜め息を吐いた。
「彼は探偵でな…といっても自分で名乗っとるだけだが。それでも彼の推理は素晴らしいと思えるほど、穴がないのだよ」
「ええ、彼の推理力は侮れません。警察も彼を自由に動かすほど、彼は事件を解決してます」
そもそも球磨川が大人しくしているわけがないのだが…。
それを知るのは球磨川と出会った人だけ。
「へぇー、凄いですね!」
『ちょっと刑事さん達、ちゃんと僕の推理を聞いてくれよ?』
区切りのいいところで球磨川が言う。
話し終えるのを待っていたのだろう。
『さて、と』
そう言って球磨川は店内を見回す。
『まず被害者のストーカーについてだけど、刑事さん。それは間違いないんだよね?』
「ええ、被害者の母親は相談を受けていたと言ってました」
「球磨川君、君は母親が嘘をついていると思ってるのかね?」
怪訝そうに訊いてくる警部に、球磨川は『ははは、違うよ』と笑って続ける。
『僕が言いたいのは、そのストーカーがそこにいる“彼”だってことだよ』
球磨川がある方向を指差す。
その先には…
「へ、はあ!?ぼ、僕!?」
警察が来てからも、ずっと隅の席に座っていた男だった。
「な!?どういうことだね、球磨川君!」
警部の問いに球磨川は『はぁ…』と面倒くさそうな顔をする。
『だーかーらー、彼がストーカーなんだって』
球磨川はそう言いながら男のもとに近づき…
「え?…あ、ああ!!僕のカメラ!!」
いつのまにかカメラを取っていた。
「か、返せ!僕のカメラだぞ!!」
そう叫ぶ男を無視して、球磨川は鼻歌交じりにカメラを弄る。
『お、あったあった』『ほら、見てみなよ』
そう言って球磨川は警部達に、ある一枚の写真を見せた。
「こ、これは…!」
「被害者の写真!」
そこに写っていたのは、お酒を飲んでいる被害者の写真だった。
「あ、ああ…」
男は膝から崩れ落ちる。
その顔は絶望を露わにしていた。
「…なぜストーカーを?」
高木刑事がストーカーの男に訊く。
男は観念したかのように口を開いた。
「……彼女とは大学のキャンパスで同じだったんだ…と言っても接点はなかったけどね」
「それじゃあどうして…」
「ある日頼まれたんだ…彼女の友達から」
「頼まれた?」
「そうさ…彼女をストーカーして精神的に病ませてくれってね…」
その言葉に球磨川以外、驚きを隠せないでいる。
「でも、どうしてそんな頼みを聞き入れたんだい?」
白鳥刑事が訊く。
それはその場にいるみんなの疑問を代弁していた。
「もちろん最初は断ったさ…でもそいつが僕の家に送りつけてきたんだ!『言う通りにしないと妹もろともその家を燃やす』って脅迫状をね!!」
「脅迫状…」
「それなら警察に頼めば…」
「ああ、頼んださ!でも真面目に取り合ってくれなかった!だから…だから!こうするしかなかったんだ…」
男は悔しさを滲ませながら、力なく言った。
その瞳には、涙が浮かんでいた。
「…それでは署までご同行願う」
「ま、待ってくれ!俺は殺してなんかいない!!」
警部の言葉ではっとした男は、必死に弁解する。
「ごちゃごちゃ言ってないでさっさと認めやがれ!テメーが美香を殺したんだろ!?」
男が認めないからか、被害者の彼氏は男の胸ぐらを掴んで言う。
高木刑事が慌てて止めるも、制止を聞かない。
『いい加減にしろ』
一言。
その一言で場の雰囲気が変わった。
『こんなくだらない茶番劇を見るために、僕はここにいるんじゃない』
「………」
まるで空間を捻じ曲げるような言葉の威圧に、誰も喋れないでいた。
『ふぅ…まったく、きみ達は馬鹿にもほどがあるぜ』
そう言うと球磨川は、ある物を取り出した。
「それは…」
『携帯電話だよ』
球磨川が取り出したそれを見て、一人が焦った表情をするが、それに気づいたのは球磨川だけ。
「…それがどうかしたのかね?」
『まあ見ててよ』
そう言って球磨川は携帯電話の電源ボタンを押す。
そのまましばらく弄り…
『……ふ』
にやりと笑った。
「…何かわかったのかね?球磨川君」
『これだよ』
そう言って球磨川が見せた画面にはあるメールが表示されていた。
「こ、これは!?」
書かれていたのはある頼み事。
内容は『あの子をストーカーして精神を病ませて欲しい』ということ。
「そ、それは僕に送られてきたメール!」
そう、それは男が言っていたものだった。
「球磨川君!これはどういう…」
『…そうだね。今から僕の推理を披露しよう』
そう言って球磨川はにこりと笑い…
『よく聞いてね』『ちょっと複雑で、馬鹿にはわかんねーと思うから!』
…何故か煽った。
いや、おそらく意味のない煽りだ。
それでも警部達の眉はピクつく。
『とにかく、真相はこうだ』
この携帯の持ち主…つまりこの事件の犯人は、何らかの理由で被害者を自殺に追い込みたかった。
しかし特に問題を抱えていない被害者を、自殺に追い込むには無理がある。
そこでたまたま被害者と同じ大学に通う彼を見つけたんだ。
そして被害者の友達と名乗り、彼にストーカーをさせようとした。
もちろん断られる。
犯人はそれをわかった上で彼に頼んだ。
それは何故か。
答えは至って単純だ。
犯人は彼の家族構成を知っていたんだよ。
彼は現在妹と二人暮らし中で両親はいない。
そんな彼の家に脅迫状を送ったんだ。
警察が真面目に対応しないとなると、指示に従うしかなくなる。
それで見事、被害者の精神を弱らせたんだ。
ストーカーに悩まされるようになった被害者は、眠れない夜が続き母親に相談した。
話の内容はわからないけど、おそらく彼氏にも相談しろと言った。
そこで彼氏に相談した被害者は、眠れないのなら睡眠薬を飲めばいいと言われ睡眠薬を服用するようになった。
そして今日、犯行は行われた。
被害者がトイレに離れた隙に、睡眠薬を被害者のお酒の中に入れた。
そして被害者が戻ってくる頃には、お酒に溶けてバレない。
あとは被害者が飲んでくれれば、まさに眠ったように死ぬという訳だ。
『ーーっていうのが僕の推理だよ』
球磨川の推理は、ちゃんと筋が通ったものだった。
「なるほど…犯人はこのBARにいた人物ということか」
「あれ?待ってください…それって…」
警部達の頭には、ある一人の人物が浮かんだ。
『そう。人の心理を利用し、全てを仕組んだ犯人は……』
ゴク…
『……えーと』『名前なんだっけ?』
…肝心なところで台無しである。
「球磨川さん、洋平さんです!田中洋平さん!」
高木刑事が球磨川に耳打ちする。
この空気の中、そんなことをできた高木刑事を褒めるべきだろう。
『…犯人はあなたです!!』
しかし高木刑事の優しさも虚しく、球磨川は犯人を指差す。
もはや聞いちゃいない。
「…ちょっと待てよ!さっきから何をふざけているか知らないが、俺が犯人だっていう証拠はあんのか!?」
たしかに、球磨川の推理はあくまで状況証拠でしかない。
『…犯人ちゃん』『僕から言わせてもらえばその台詞こそが証拠だよ』
球磨川は、冷静に返す。
返事は相変わらずふざけているが…。
『でもまあ、ここはミステリー小説の世界なんかじゃない』『ちゃんと証拠はあるぜ』
そう言って球磨川は先程の携帯を見せる。
『これにバッチリ残っているはずさ、きみが犯人である証拠が』
そう。犯人が使ったのなら指紋が残っているはずだ。
…拭い切れなかった、罪の証拠が。
「…俺の負けだ」
犯人はもう逃げられないと悟ったのか、膝をついた。
「…こんなはずじゃ…こんなはずじゃなかったんだ!殺すつもりなんてなかった!!あいつが…!あいつが俺と別れたいって言うから!!」
「馬鹿者!!」
言い訳をする犯人を、警部が怒鳴る。
「そんな理由で貴様は人の命を奪ったのだぞ!!一生拭えることのない罪を被って!!」
警部はそれだけ言うと、犯人をパトカーへと乗せた。
その犯人の顔は、どこか後悔しているようだった…。
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後日。
事情聴取ということで、球磨川は警視庁を訪れていた。
「なるほど…BARを選んだのは保険というわけですか。睡眠薬とアルコールの併用は薬理効果を倍増させますから」
『そ。まああんな単純なトリック、トリックとも呼べやしないよ』
球磨川は少年誌を読みながら答える。
…ジャンプなんてどこで仕入れたのだろうか。
いや、そもそも事情聴取中である。
高木刑事はそこに触れないあたり、無駄だとわかっているのだろう。
「しかし凄いですね、球磨川さん。聞いたところによると百戦錬磨の迷宮なしらしいじゃないですか!それじゃあの名推理も頷けますね!」
高木刑事は尊敬の念を込めて球磨川を見る。
そんな視線に球磨川は、『ふっ…』と笑った。
『…あんなの、僕じゃなくても解けるさ。それに犯人が警察を甘く見ていただけだよ』
…たしかに、携帯の指紋を拭き取っていればまだ逃げ切れたはずだ。
もし警察が先に携帯を見つけていれば、球磨川が出る幕はなかった。
「それはそうですが…」
『…ただの将棋と一緒さ』『もっとも、今回は最初から相手が詰んでいたけどね』
「えっと…どういう…?」
球磨川の台詞の意図がわからない高木刑事は、首を傾げる。
そんな高木刑事に球磨川は少し微笑んで…
『また勝てなかった』
書き直しです。
え?終わったんじゃないのかって?
言っただろう『また明日』って。