「...あれっ!?ここどこ!?」
氏守蒔那は困惑した。
地獄のような暑さに汗の滴る...ナイアガラの滝のように溢れ出る夏の一日。
高校一年生の多忙にも程がある一学期を、それも優秀とは言えない脳を回転させ、どうにか夏休みという一大イベントに辿り着く。
校長の一秒を一時間に思わせるほど長いお言葉に耳を傾ける事なく眠り、果てしなく続く宿題の束を嫌々受け取っての、ようやくの放課後。
一目見たその日から心ときめいた二年上の嘉月 早緑先輩に、どう言葉をかけるか、どう夏祭りに誘うか、どうアタックしてネチョネチョしようかと悩みながら歩いていた、そんな日の帰り道に。
こんな、子供のおもちゃ箱のような、終わり側の祭りのような...片付けのされていない、混沌とした世界に迷い込むなどと、思いもしなかったのだから。
「うぇえ...?建物曲がってるし、浮いてるし、何より空が明るいというか...蛍光イエローというか...」
冷や汗を垂らしながらまた一歩。
風邪をひいた時の夢のような理不尽極まりない風景に、多少の事では笑ってスルーする彼女も、この悪夢のような光景にすっかり弱気になる。
「はっ!もしかして...コーラの飲み過ぎで、酔っちゃったかな〜...ってそんなわけないでしょ!」
どうにか恐怖に怯える心を、セルフツッコミで無理やり奮い立たせ、それから歯車の形の髪飾りを指で回しながら必死に考える。
入口があるのならば出口があるのが道理だ。
そう信じて脚を動かし続けるが...現実は非情である。
「出口...見当たんない!!!」
外に通づる穴すら、一向に見つかりそうもない。
それどころか、同じところを延々と彷徨い続けている感覚すら覚える。
「はぁ〜、もうなんなのー...折角の夏休みだというのに!我が青春の一ページなのに!海を堪能しようとおもったのにぃ〜!!!...もうやだぁー...」
まるで昔のゲームを思わせる、縦と横の繋がったループ構造から出る事ができない。
疲弊した身体を休めるために壁に手を当てるも、力なくうなだれ崩れていく蒔那。
そう、壁である。
「...壁?さっきは無かった覚えがあるし...もしかして出口!?」
円環から抜け出せるのではと、壁に対して行動を起こす。力一杯つまんだり、引っ張ってみる...意外と柔らかい。
しかし悲しいかな、彼女が存外非力だと言うのもあるが押しても引いてもビクともしないのであった。
「出口じゃないの〜...もうわけわかんない...」
希望を打ち砕かれ、がっくりと項垂れる蒔那。
疲れ過ぎて、壁が生き物のように動いて見えるくらいだ
「...え?」
いや、「ように」ではない。現にソレはこちらを見ているからだ。
「あ...」
あるはずのない目としばらく見つめ合い続け...壁だったはずのソレはニタリと笑い、変形していく。
『Arrrrrrrrrrrrr!!!』
丸みを帯びた身体が角ばり、全身に棘が生える。蒔那の何倍もあろうその巨体。それは明らかにそれはこの世のものでは無い「怪物」だった。
「ひぇえええええっ!?!?」
とっさに怪物から距離を置くために、回れ右をして猛然と走り出す。
怪物は動きこそ遅いが、その一歩はとてつもなく大きい。
少しでも速度を落とした瞬間、踏み潰されてしまうかもしれない。
「どうして私がこんな目にぃ〜!!!」
地面の揺れが強くなる。蒔那の必死の逃走を知ってか知らずか怪物も走り出したのだ。
『Moんsたaaaaaaaaaa!!!!』
「うわあああああ!!!もうダメっぽい!!まだ先輩に告白すらしてないのにぃいいいい!!!!」
大黒柱を彷彿とさせる巨大な足はすぐ後ろにまできている。
私の人生もここまでか。諦めかけたその時だった。
「伏せろっ!!」
「ひゃいっ!?」
転ぶように...いや、転びながら地面に身を伏せる。
風切り音が頭上を掠め、直後に背後で何かが炸裂した音と熱が感じ取れる。
顔を上げると目元をバイザーのような物で隠し三角帽子を被った人物が、腕に取り付けられた機械から歯車状のナニカを打ち出していて。
振り返れば、巨大怪物が体勢を崩し倒れていく光景が見えた。
「大丈夫かい?」
「えっと...大丈夫ではあるんですけど...」
手を差し出してきた人物に、お礼を言うべきなのだろうが...状況の整理が追いつかない彼女に、その選択肢が浮かぶ事はなかった。
わかっているのは、死の危険は避けられたという事だけ。
「ほっ...無事で何よりだ。でも、まだアレは倒せていない...隠れるとしようか。」
「あ、はいっ!」
緊張の糸がほどけ、どっと押し寄せた疲れに蝕まれた身体に鞭を打ち、蒔那は置いてかれまいと男の背中を追いかける。
二人は赤色光を放つ怪物から離れ、崩れたビルの影に身を隠すのだった。
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「ふぅ...ここなら少しは時間を稼げるだろう。」「ゼェ...ゼェ...良かったぁ...」
小刻みに酸素を取り入れつつ、蒔那は目の前に座る命の恩人をもう一度見る。
世間一般的な魔法使いを思わせる三角帽子。
腕には、歯車のような物が二つ取り付けられた謎の機械。
半開きのコートに、薄く黒いベール。
極め付けに目元をバイザーで隠したその姿は...
明らかに変人のそれであった。
「(ひょっとして、もしかして...変態さん....?」
「声に出ているぞ...」
助けてもらったにもかかわらず、そんなことを思うのはまことに失礼であると言えるだろう。
口に出してしまうのは言わずもがなである。
だがしかし彼は変態的な姿をしていたのだから仕方ない。
「あと、えーっと...助けてくれて、ありがとうございます....?」
「(疑問形...)どういたしまして。」
ようやくのひと段落である。だが、疑問は尽きることは無い。
「あの化け物はなんなんですか?それに、貴方は...?」
蒔那のその言葉に、彼はニコリと(口元だけではあるが)笑う。
「アレは<マジン>だ。突如現れては空間を歪めて人々を襲っている。」
「じゃあ、この場所も...」
「そう、あのマジンによって歪められてる...私は、人々を襲うマジンを倒すために作られた組織の研究員なのさ。」
腕の機械を調整しながら男が言う。
少し低めのその声は、何処と無く憧れの人を思わせるものだった。
「...勝てるんですか。一人で、あんな化け物に...」
「勝たなきゃ、いけないんだ。私が負けたら、無辜の人々が犠牲になる。」
無謀だと、彼女は叫びそうになった。
この人は強いのだろう。もしかしたら、ずっと前から死地をくぐり抜けていたのかもしれない。
だけど、一人で戦わせたくないと思った。
一人で背負わせたく無いと、蒔那は思った。
「私にも戦わせてください!私...あまり頭よくないけど...貴方のお荷物にはなりたくないんです!」
少し驚いたように、口元が歪む。そして、また笑う。
「一緒に戦ってくれるなんて言われたのは初めてだな。...君は...実に勇気ある子なのだろう。心配しないでくれ、君はお荷物ではない。この国を担う、未来ある若者なのだから。」
それでも!そう叫んだのに、声がかき消された。
「Uu....Arrrrrrrrrrrrr!!』
「お目覚めのようだ!君はここに隠れていたまえ!」
言うや否や、彼は走り出していた。
物陰から彼の戦いを見る。
射出された歯車状の弾丸が、マジンの身体を貫いていく。
だが、直ぐに肉体が元に戻る。どうやらあまり効いていないようだ。
『grrrrrrr....』
「身体の高速修復か...はやく核を見つけなくては!」
飛び出た棘が千切れ、弾幕を形成する。
彼も負けじと回避しながら弾で撃ち落としていくが、いくつかは相殺できずに身体に突き刺さる。
「ぐっ!!まだだ...まだ!」
「...っ」
頑丈な服なのだろう、致命傷には至っていないようだ。
でも、痛々しいその姿を直視することはできなかった
私を守るために、あの人は傷ついている。私を助けようと、必死に戦ってくれている。
それが、彼女には悲しかった。
何故かは、わからなかった。
『Mooooooonnn!!!!』
「ぐあぁっ!」
「あっ...!」
マジンから伸びた触手が、彼を弾き飛ばす。
腕の機械が外れ、歯車が一つ砕ける。
巨大な怪物が、無防備な獲物にトドメを刺そうと無数の棘を向ける。蒔那は思わず走って落ちた機械を取り、彼を守るかのように立ちはだかる。
「何を...するつもりだ...!」
「...私は...私は戦う!貴方のために!私のために!私の...私の大事な夏休みの為にっ!!!!」
邪魔だと言わんばかりに、棘が二人をめがけて発射される。
絶叫が歪んだ世界に響く。
だが、それは二人には届かない。彼女の想いに答えるように、魔法陣が展開され。
<マギアコネクター!>
機械が自らの名前を詠唱し、蒔那の腰に巻きついた。
「マギアコネクターが反応した...!?」
驚きを隠せない研究員。あの機械は、適合率が無ければ使うことすら出来ない。彼自身、自らの適合率を無理やり引き上げて使用していたのだ。
「...へ?何?なんでくっついて...熱っ!頭熱っ!」
髪飾りが突如発光し、彼女の髪から外れていく。
壊れて無くなっていた歯車の場所に、自動的に装填された。
<マジックギア!マシンギア...ギアコネクト!!>
歯車同士が結合し、光り輝く。
警戒し、後ずさるマジン。
彼女を助けるため、立ち上がろうとする研究員。
顔を上げた蒔那が、口を開く。
「...えと、ここからどうすればいいの?」
その言葉に、研究員とマジンがほぼ同時にずっこける。
当たり前だ、彼女は一般人なのだから。
変身の仕方とかわかるわけがないし。
『Aaaaaaaa!!!』
「ぎゃあああああああ!!!」
先ほどの威勢は何処へやら。
怒るマジンから逃げ惑う蒔那に、研究員が叫ぶ。
「レバーを押せ!そうすれば変身できる!」
「変身!?レバーって...これかなっ!」
右側についていたレンチのようなレバーを...間違えて押し上げる蒔那。
「ふえっ!壊れちゃったぁ!?」
「あー!そっちじゃない!落ち着くんだ!」
極限状態で混乱した蒔那が、どうにか押し倒そうとレバーをグリグリと動かす。
どうあがいても下に倒れない。マジンが近づいてくる。急がなくてはならない。
「あーもー!こっちはどうなの!!」
時計回りに、レバーを回す。どうにか元の位置に戻ったようだ。
<マックス!ギア!モードッ!>
その音声を聞いて、研究員が青ざめる。
「な...っ!マズい!もう一度最初からやり直すんだ!」
だが、彼女には届くことなく。
「戻った!おりゃああああ!!!」
「あ」
レバーが、倒された。
歯車が噛み合い、勢いよく回転する。
溢れ出る力に、押し返されるマジン。
人の姿と、機械の絵柄が表示された半透明の魔法陣が、彼女を前後から変化させていく。
<Ready to roll?マギアライズ!機械仕掛けの魔法少女!マジックマシン!パーフェクトコントロール!>
魔動少女。
魔法と機械の力を併せ持つ、戦士が誕生した。
「...お?へ?えええええっ!!!何これっ!これが、変身!?」
「変身した...マックスギアで、意識を失わずに...!」
まるで別人のように姿が変わった事に驚愕と興奮が隠せない蒔那。
そして、目の前で起きたことが信じられない研究員。
「これなら...いけるっ!行っくぞおおおおおおおお!!!!!」
右手を握りしめ、力を...魔力を凝縮させる。
余剰なエネルギーは全て背中の翼と一体化した推進装置に回し、一気にマジンの懐に飛び込んでいく。
「おりゃああああああっ!!!」
『G...AaaaあああAAAAAア!!!』
速度と魔力を乗せた一撃が腹にめり込み、一呼吸置いてからカッ飛んでいく。ビル群にぶち当たり続け、崩れていく身体からギア状の核が見えてくる。
「うわあああ...被害大丈夫かなこれ...」
「アイツを倒せば被害は出なかった事になる!速く、トドメを!」
滝汗を流す蒔那を現実に引き戻すために大声を出す研究員。
叫びすぎで既に喉がガタガタになっていたその声に、どうにか反応する。
「トドメって...どうすればいいの?」
「レバーを...もう一度倒すんだ!」
「おっけ!よーーーーーし....せいっ!」
吹き飛んだマジンが、自己修復を行おうと立ち上がろうとする。
だが、それよりも速く、蒔那がレバーを押し倒す。
<ギアコネクション...オールクリア!>
四枚の巨大な歯車魔法陣が噛み合い、マジンの動きを束縛する。
推進装置から高熱による光が溢れ出し、蒔那の身体を押し出す。
マジンの身体にまでガイドレールが敷かれ、そこを勢いよく突き抜けていく。
「いっけぇえええええええ!!!」
<ギアリングフィニッシュ!!!!>
『Gyoaaaaaaaaaaaaaaa!!!』
魔法陣で体を抉られ跳び蹴りを核に叩き込まれたマジンは、その衝撃とエネルギーで大爆発を起こしたのであった。
「やったー!って、わあああああ止まらないぃいいいいいい!!!」
速度を落とさぬまま、地面にぶつかりクレーターを穿つ。
「あいたたた...たははー、まあいいか!」
ズタボロになりながら這い上がる蒔那の顔は、もう怯える少女の顔では無くなっていた。
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気づけば、青い空が暗くなっていた。
どうやら元の世界に戻って来れたらしい。
研究員も、もう既に見えなくなっていた。
「もういなくなってる...ん?何だろうこの紙?」
【蒔那君と話がしたいと、上から連絡があった。
時間に余裕がある時で構わないから、是非来て欲しい。待っている。
M&GW.Co 研究員K】
「ふーむ....明後日にでも言ってみよっかな〜...って、いっけなーい!門限に遅刻しちゃうじゃん!!!!急げーーー!!!!」
名乗ってもいないのに、何故彼が名前を知っているのか。
そんな疑問すら抱く事なく、蒔那は自宅への帰路をひた走ることとなった。
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薄暗い部屋に、男女が二人。
別にいやらしい事しようってわけではない。部下と上司、それだけだ。
「ただ今戻りました、ミザリー主任。」
「おや、ガラガラ蛇より掠れた声になって...いやはやご苦労だったねぇ、K...いや、嘉月早緑クン♩」
蒔那への指示で喉が掠れた早緑にのど飴を投げながら、上機嫌な彼女...ミザリー・オルークトはケラケラと笑う。
「久しぶりに喉を酷使しましたので...その、あの子ですが...」
「そうそう、氏守蒔那チャン...あれは実にいい子だねぇ。マギアコネクターとマグナムギアを失った以上の成果だ。」
対照的に、彼...嘉月早緑の顔は暗い。
守るべき市民を...少女を戦いに巻き込み、在ろう事か助けられるなど...あってはならないと思っていたからだ。
「...ですが、彼女は一般人です。我々の戦いに巻き込むのは...」
「んー、いいじゃないか。君だけじゃ負担も大きかったし、彼女自身、戦うという意思があるならさ。」
「...」
「もー、君は心配性にも程がある。既に社長にもお話しが通っているし?何よりこの大天才、ミザリー・オルークトさんが完全にして究極のバックアップをするのだから、万が一なんてことはあり得ないと思ってくれたまえよ!コーッコッコッコ!!コーココ、コホッゲホッ」
マッドサイエンティストの血筋が色濃く出た笑いを高らかに上げ、ついでに咳き込む彼女と、疲れによる思考停止に身を任せる早緑。
この世界の運命は、彼らと、一人の少女に託されていた。
とぅーびーこんてぃにゅー