「ゔぁーー...あつーい..」
氏守蒔那が徒歩で行く。
マジック&ギアワークス社。手紙に挟まっていたチラシによると「貴方の生活を強力サポート!機械と魔法の旋律が奏でる美しい調べを是非貴方のお手元に!」と書いてあった。
蒔那自身にはそれがどう言う意味かあまり理解できなかったが、兎に角呼ばれてしまったのだから行くべきだと思ったのである。
彼女はなんだかんだで義理堅くお人好しなのであった。
「はー、よーやくついた...あっついなぁ」
茶髪の短い髪から汗を滴らせながら、目的地に辿り着く。目の前には縦に馬鹿でかく横にも馬鹿でかいビル。
そして馬鹿でかい看板には馬鹿でかい文字で「M&GW Co.」と書かれている。どことなく、会社ビルというよりは研究所といった趣の建物だと蒔那は思う。
「ってあれ...ドアどこ...?」
早速お邪魔しようとするも、扉がない。隙間風すら吹かないレベルの閉ざされっぷりである。
壁に沿って一周し、唯一見つけられたのは小ぢんまりとした窓だけだった。
「あら、お客様ですか?どういったご用件で...」
「えっと、ここの研究員さんとお話がしたいんですけど...」
窓奥の黒髪ロングの、いかにも頭の良さそうな女性に話しかける茶髪ショートのちんちくりん。
「面会ですね?何か証明できるような物は御座いますか...?」
「...手紙で大丈夫ですかね?」
バッグの中身をかき回し、手紙を差し出す蒔那。
それを見た窓口の女性は楕円の眼鏡をキラリと光らせて。
「まぁ、Kさんから...これは失礼しました。扉をお出ししますので少々お待ちくださいね、蒔那さん。」
ガシャコン!と音が響く勢いのまま地下から扉が飛び出し、自動で開く。そりゃ外から探しても見つからないわけだと思うのであった。
「ありがとうございます...というかなんで私の名前、知ってるんですか?」
「うふふ、企業秘密です♪さぁ、どうぞお入りください。」
「あ、はい!お邪魔しま〜す...」
この人食えない性格してるなぁと思ったかどうかはさておき、この暑さに耐えきれなくなった蒔那はそそくさと社屋に入って行くのであった。
「さて...Dr.ミザリー。蒔那さんがそちらに向かわれました。」
【了解したよーMs.ハルジ。あとは任せてくれたまえ。もう客人も来ないだろうし、自由にしてくれて構わないよ?】
「心遣い、感謝します。それでは。」
内戦連絡の後、扉を収納し休息する女性。
涼宮寺 春奈...ハルジが蒔那と共に並び立つのは、もう少し先になりそうだ。
開発主任ミザリーの技術と、蒔那が齎らしたデータによってそれが完成するまでは、人の通らない窓口を担当し続けることになるのだった。
長い長い、すごく長い廊下を渡った先の研究室の扉を叩き、中に入る。
「遠路はるばるよく来たねぇ!待ってたよ!」
眼鏡のかけた博士の如き女性が微笑み、抱きしめてくる。
少しハリは失われているようであったが、柔らかな身体とほのかな甘い香りは実際心地いいものであった。
「(私より歳上だと思うけど、その割には髪の毛白いなぁ...ストレスかな?)」
「ふふん、これは地毛さ。」
「ふえっ!?あ、あー...顔に出てました?」
「目は口ほどに物を言うとは言うが、あそこまでダイレクトに伝わる顔はそう無いよ?」
出会って早々、失礼な事を考えてしまったな、と頭を掻きながら思う蒔那。
自覚がなかった訳ではない。彼女は無意識的に、思ったことがすぐ顔に出るタイプなのである。
「なーに、いいってことさ!若く見てくれてるってことだろう?嬉しいねぇ、サービスしてあげよう!何か飲むかい?」
「冷たいジュースください!!!!!!!パインで!!!!!!」
背を伸ばし、気をつけの体制でジュースを切望する蒔那。正直、最初は少し面倒だなーとも思ってはいた。しかし到着した際、ここまで大きい建物ならば飲み物とお茶菓子くらいは出してくれるだろうと思っていたのである。
むしろそれが目当てである。わりかし彼女は現金な性格であった。
「さてと...申し遅れたねぇ。私はミザリー・オルークト。このM&GW社で魔動装置開発主任として働いている天ッ才さ。」
「天ッ才...!?」
そう、天ッ才である。天才に更に輪をかけて天才なのだろう。
自信満々にそう言われてしまうと、根拠がなくとも信じそうになるのである。とにかくすごいという、幼さすら感じる感想を蒔那は抱いた。
「フフン、何を隠そう!蒔那クンが使ったマギアコネクターは!私が作ったんだからね!」
「ふぇっ!?」
ドヤ顔状態でさらに口角を引き上げ、かつサムズアップとウィンクを繰り出す目の前のてぇんさい。
普通の女子高生、氏守蒔那に怪物と戦う力を齎した機械<マギアコネクター>の開発者を前に、蒔那は目を輝かせながら思わず口に出した。
...すごい人だ。と。
「そうだろうそうだろう!もっとその目をプリーズ!んんぅ快感...///」
ミザリーは食い入るが如く見つめられた___尊敬の念やら何やらが入り混じった目線を向けられた事による興奮を隠すことなく蒔那のコップにパインジュースをドボドボつぎ込む。
表面張力によって限界まで注ぎ込まれた黄金水をバキュームの如き速度で飲み干す蒔那だったが、その吸引が突如止まる。
「貴女が天ッ才って事はわかりましたが...どうして私を呼んだんですか?」
「おおっと失敬!余りにも尊敬の眼差しを向けられすぎて、危うく本来の目的を見失う所だったよ!」
その言葉に頬を紅潮させ口元をニヤけさせいやらしく内股になりながら腰をくねらせていた変態は。
「じゃあ、話す____前に、マギアコネクター持ってきてるかい?」
「あの機械ですか?バッグに入れっぱなしにしてたので...入ってます!」
「おぉ、それなら話が早い!少し預からせて貰うよ...さて、これは君にとっても私にとっても。これは大事な話なのだからね。」
一瞬にして背筋を伸ばしたカリスマ研究員へと変身する。手元の機械を手渡しながら、一人の人間がここまで違う表情が出来るものなのかと。
一つの態度しかできない真っ直ぐな人間は感嘆と、少しの恐怖を覚える。
「実を言うとね、謝罪しておきたかったんだ。」
「謝罪...?」
蒔那には、それがわからなかった。
何故初対面で謝られるのか。
本来なら勝手に変身し、戦闘に介入した私の方が謝るべきではないのか。
そんな予想外の言葉を投げられ、困惑していた彼女の手を、悪戯が露見した子供のような___バツの悪そうな顔をして、ミザリーが手を取って。
「もしかしたら、取り返しのつかない事になってしまったかもしれないからさ。」
その言葉と裏腹に、ミザリーの握る手は穏やかであった。
投げられた言葉の訳を理解できない蒔那は、言葉を投げた女性に連れられて、地下研究室の奥...更に地下に通ずる扉へと向かうのだった
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「もう既にKクンから軽く聞いたと思うけどネ?蒔那クンが戦った相手...マジンというのは、何処からともなく現れて人を襲うんだ。」
「...そういえば唐突に出てきた覚えが...」
客人___氏守蒔那を連れて、ミザリーは更に地下へと進む。
思考停止の末、彼女が辿り着いた結論は「とりあえず今は考えないでおこう」という後回し。
自分がいくら考えても分からない事なのだから仕方ないのであるが。
「どのように生まれるか、どうして人を襲うのか。それは一切不明でねぇ...被害は増える一方だったのさ。」
「天才でも、分からないことがあるんですか?」
「残念だが、私は万能の人ではないのさ。次元湾曲空間の発生は特定できるようになったが、ソレも少しズレる可能性があるからね。」
「じげんわんきょく...?」
長い階段を降りる。コツコツと、靴と地面が接触し、また離れる音が反芻される。
蒔那としては珍しく、今日は考える事が多い。いつもは後先考えず直感に頼る事が多いのだが、きっと目の前の人の影響を少しだが受けたのだろう。
「有り体に言えばテリトリー、部屋みたいなものかな?...とかく、私達はこれ以上犠牲を出さない為に組織された。お陰で被害は一時期よりは抑えられた。けれど...」
「けれど...?」
「まだ、完全に抑制できたわけじゃない。行方不明者は増えているのさ。蒔那クンもそうなったかもしれないんだぜ?」
「でも、私は」
「__戦える、ってかい?」
なんとなく、言いたい事がわかってきたような、分からないような気がする。
彼女の声から、心配の感情が窺い知れた。
蒔那特有の直感というものである。
巻き込まれる前から、戦いをしていた者の背中。
それでも生き残った。戦えた。
巻き込まれたのは偶然だけど、戦おうとする気持ちは自分から生まれたものだ。
守りたい人と、守りたい夏休みがあるから。
そんな蒔那の言葉が終わる前に。ミザリー答え、が振り返る。初めて会った時と変わらない笑顔。でも、その底にあるのは...?
「そう、君はマギアコネクターに適合した。あまつさえ変身し...マジンをほぼ無傷で倒したそうじゃないか。だからこそ____」
それはきっと、優しさ、慈しみ。そして___高揚感だ。
この世界に現れた歯車型記録媒体<マギア>、そして<マジン>。
その二つを長年研究し、ようやく会えた最高の適合者。
目の前にいる少女があの時、それを。
現時点での最大出力での戦闘を行い、生き延びた事を知った時。
「もう君は無関係な人間じゃあいられない。先にキミがやられてしまわないよう、戦い方を知っておいてもらわなきゃね。」
ミザリーは、反対する者の全てを黙らせ、彼女を呼び寄せる事を決意したのだった。
彼女が、この世界で起こっている事件解決の最後の希望であると、この手で確認したかったのである。
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マジック&ギアワークスカンパニー。
そこは魔法と機械を組み合わせたシステムを作る会社であり、突如現れた怪人と戦う為にマギアを解析する研究所であり。
そして、前線に立つ戦士を生きて返す為の鍛錬を積ませる訓練場だった。
「さぁ、着いた。っとその前にだ。最後の確認をさせてもらうよ。」
地下に広がるその巨大なフィールドを前に、ミザリー・オルークトは蒔那に目線を合わせる。
「マジンとの戦いは、過酷なモノだ。君の身体にも、精神にも...負担をかけるモノになる。最悪、本当に死んでしまうかもしれない。」
最初にあった頃とは違い、鋭い目線を投げてくるミザリー。優しさや慈しみを隠しきれないまま、若き戦士を送ってきたであろう目を、戸惑いながらもしっかりと見つめ返す。
「氏守蒔那。貴女はその力を正しい事の為に...使ってくれるかい?」
そんなの、今更だ。
既に決めていた事だ。
「...少なくとも、私にできることなら!」
だからこそ、自信を持って返答する。
頑張れるだけ、頑張る。
今は、それだけの気持ちでも。
「...そっか!いやぁこれでダメです!なんて言われたら流石のミザリーさんもズッコケてたよ!」
先ほどとの180度違う態度に、蒔那は思わずズッコケた。
彼女からは見えなかったが、ミザリーは嬉しそうな表情で見ていたのであった。
「さぁ始めよう!!丁度君が使ったマギアコネクターとの通信が終わったのだよ?ほら、受け取りたまえ!」
「うわわ!?っと...」
投げ渡されたソレは、あの時使った変身装置...とは少し違う。
黒一色ではなく、金色に縁取られた装置。
輝くレバーに重厚な本体。
情報を読み込む為の機構が、電灯の光に反射する。
「いやー、まさかプロトタイプで変身するとは思わなかったよ!お陰でいいデータが取れたっ!コカーッカカカ!」
「ぇ...つまりどういう事なんです?」
「あれねー、まだまだ調整不足でウチの人員じゃ変身出来るほどのDEM値が無くてねぇ。ぶっつけ本番で、しかもイッチバンパワーが出る変身をしたって言うんだから驚いたよ。最悪気を失うかもしれないと言うのに、君は涼しい顔で戦った...なればこそもっと出力を低減して安定させた方が疲れないと思うんだよネ!そら、これも受け取りたまえ!」
「うわわ!?っと...」
ケラケラと笑いながらポケットから二枚のマギアを蒔那に投げ渡すミザリー。
最初に使った二枚とは違う色と刻印。
赤色の<Monster>、黒鉄の<Motocross>と書かれてある。
「...えと、もん、すたー?と、もとくろす?」
「正解!流石に読めるよね...モンスターギアは蒔那クンが倒したマジンから採取されたものだ。キミが持っていて構わないよ?」
「本当ですか!?ありがとうございます!」
「いいってことサ。さぁ、変身をしてみよう!蒔那クン用に調整してあるから馴染むと思うよ?」
「やってみます!」
<マギアコネクター!>
腰の位置にコネクターを当てると、自動的にベルトが伸び、彼女のウェストを締め付ける。
互いの手を交差させるように、マギアを装填する。
<モンスター...!モトクロス!ギアコネクト!>
「いいねぇ、装着速度も申し分ない!ではそこからレバーを倒してくれたまえ!」
「逆に回さなくていいんですか?」
「あれは負担が大きい、つまり疲れやすくなるんだ。とりあえず最小出力にしてあるからそのまま倒しておくれ?」
「いぇっさ!」
レバーを勢いよく倒すと、かつてのように人の姿と機械の絵柄が描かれた魔法陣がコネクターから投影されていく。
<Ready to roll?>
準備はいいかと、問われる蒔那。その意味を理解したかは不明だが____
「...それではいきます!変!身っ!!!」
その言葉に応じて、魔法陣が彼女に被さり、交差する。
服装と髪色が変わっていく。マジックマシンとは違う、新たな形態。正常作動したことに満足そうに首を縦に振るミザリー。
彼女の成果が、今一度進展した瞬間であった。
<舗装を食らう怪力二輪...!モンスターモトクロス!パーフェクトコントロールッ!>
「よしっ!」
「さぁ、実験の始まりだ。」
とぅーびーこんてにゅー