航空機兵ボトムレス   作:伝説の超浪人

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実は今までの話は前振りで、劇場版の内容(AT)が書きたかっただけです。

BGMのイメージは装甲騎兵ボトムズのほうがおすすめです。


劇場版

扶桑皇国、横須賀の空き地。

 

甲高いローラーダッシュの音が響く。スコープドッグがターンピックを駆使しながら縦横無尽に空き地を駆け巡っていた。

 

長髪の少女……宮藤芳佳の親友である山川美千子ことみっちゃんは、その光景を楽しそうに見つめていた。

 

駆け巡っていたスコープドッグはみっちゃんのそばまで近づくと、足の側面から地に打ち込まれたターンピックで機体が回転、その場に急停止した。みっちゃんとの距離、わずかに数cm。

 

「ターンピックの調子はどう?」

 

『ターンピックは冴えてるし、機動も問題ないよ』

 

コクピットのバイザーが開くと、操縦していた人物が見える。宮藤芳佳が、ゴーグルを上げてみっちゃんのほうへ振り向いた。

 

「ノーマルタイプと比べてどんな感じ?」

 

芳佳が現在乗っている機体は父のキリコとともに調整したスコープドッグ・ターボカスタムである。そして現在最終調整のため、空き地で機動チェックをしていた。

 

「やっぱりカスタムした分、普通のより扱いずらいよ。武装も多いし、操縦も他の奴より敏感だし……」

 

「やっぱりターボカスタムは難しいんだねぇ。武装もヘビィマシンガン、ガトリングガン、ハンディ・ソリッドシューター、SMM2連装ミサイル、ショルダーロケッド弾ポッド、3連装スモークディスチャージャー……かなり多いしね。武装が多くて重量配分が難しいのかな」

 

「みっちゃん……武装の名前を見ただけで全部言えるの?」

 

「当然だよ!」

 

みっちゃんは軍艦も見ただけで詳細な情報を答えられるほど、軍関係の兵器などに精通している。その知識はATも網羅しており、AT以外ならば芳佳より知識量は上である。

 

「せっかくだし、操縦する?そこまで難しくないよ?基本動作はコンピューターが補助してくれるし」

 

「うーん、まずはノーマルタイプに慣れてからにしたいかな?」

 

「じゃあ今度一緒に操縦しようね」

 

「うん!」

 

みっちゃんは将来的に軍か、またはそれに関係する職業に就きたいと言っている。知識量があるから、記者もいいかもしれない。

 

一方の芳佳は将来的に軍関係につく気はなかった。

 

ATの操縦や身を守る術に関してはキリコに勧められやっているが、将来としては医者を目指すつもりである。

 

実際欧州から帰ってから医学校への入試に向け、毎日勉強に取り組んでいる。

 

しかし身を守る訓練なども欠かしてはいなかった。両親からあんな話を聞かされれば、やらないわけにはいかないからだ。

 

【異能生存体】

 

その話は誰にもしていない。親友のみっちゃんでさえだ。

 

自分の生まれを知れば、何故この前まで自分が魔法を使えることができたのか?そんな疑問もわいてくる。

 

両親も理由は分かっていないらしい。恐らく使えた理由も異能生存体が関わっているだろうという憶測でしかなく、はっきりと分からない。

 

正直、自分自身が分からなくなって足元から這いずってくる不気味な感覚が少なからずあった。

 

「芳佳ちゃん、どうしたの?ぼーっとして」

 

「な、何でもないよ!元気元気!」

 

「そう?ならいいんだけど……」

 

両親から聞いているとはいえ、人と違う可能性があるというのはどこか奇妙な感覚があった。

 

またグルグル頭の中で余計な考えが浮かびそうになる前に、遠くからエンジン音が聞こえてきた。

 

「……何かが近づいてくる」

 

芳佳は上を見上げる。この音はストライカーユニット特有のものであるとすぐに分かった。みっちゃんも感づいたらしい。

 

少しして、2人のそばまで近づいてきたのは、何も武装していない同い年くらいのウィッチであった。

 

長い黒髪をポニーテールにした、真面目そうな少女だ。紺色の軍服に、下は指定の水着。恰好からして海軍所属のようだ。

 

「そこのあなた、こんなところでATを乗り回すなんて何を考えているんですか!今すぐ降りなさい!」

 

芳佳と同じ目線で空中停止した彼女は、芳佳に叱りつけた。

 

実際、今の状況を第3者から見れば、完全武装したATが少女(みっちゃん)を脅しているようにしか見えない。

 

「お父さんに頼まれて性能のチェックをしているだけなんですけど……」

 

「いいから降りてください!」

 

芳佳はこの少女の融通の利かない感じは、どこかバルクホルンさんに似ているなと感じた。

 

逆らったところでエーリカ・ハルトマンのようになるだけだろう。

 

なので逆らわず素直にATの脚部を変形させて胴体が前方に沈み込む独特の「降着形態」を取り、ATから降りた。

 

「あなた、名前は?」

 

「あ、はい。私は宮藤芳佳です。」

 

名前を言った瞬間、目の前の少女は表情を青ざめた。

 

「宮藤って、もしかしてあの宮藤少尉ですか……!?」

 

「はい、私は宮藤ですけど……」

 

「も、申し訳ございません!英雄の宮藤芳佳少尉とは露知らず、偉そうな口を……!」

 

少女は勢いよく頭を下げた。そのせいでポニーテールにした髪が地面に着きそうになる位ほどである。

 

あまりにも変わった態度に、芳佳は「はぁ……」と返すしかできなかった。

 

それに対しみっちゃんは芳佳の脇をつつく。どうにかしろ、ということらしい。

 

「あ、私たちもう帰るつもりなんですけど……」

 

「ほ、本日は宮藤少尉に坂本少佐から辞令がありまして参りました!」

 

「坂本さんからの辞令ですか?」

 

「はい!ヘルウェティア医学校への留学の辞令です!」

 

 

 

 

 

 

詳しい話を聞くため、服部静夏と名乗る少女と3人で宮藤家へと帰宅した。

 

「は、初めまして!扶桑皇国海軍兵学校一号生、服部静夏と申します!宮藤博士に会えて光栄であります!」

 

「……宮藤キリコだ」

 

ガチガチに固まった少女の挨拶に、キリコはいつも通りの無表情であった。

 

服部以外の女性陣は苦笑いを浮かべ、服部自身は何か粗相をしてしまったのではないかと内心怯えていた。実際少し顔が青ざめている。

 

「キリコはいつも通りだから大丈夫よ。でもどうして急にヘルウェティア医学校への留学の辞令が軍から来たのですか?」

 

フィアナの言葉に静夏はほっと一息をつき、表情を引き締めた。

                                           

「あ、はい!来月ヘルウェティア医学校の入学があるのですが、宮藤少尉が医学部志望と聞き招聘(しょうへい)したいと連絡してきたのです」

 

「すごいよ芳佳ちゃん!ヘルウェティアって言えば欧州3大医学校の1つで、医学の最先端だよ!」

 

「そうなの?」

 

すごいんだよ、とみっちゃんが身振り手振りですごさを表現している中、キリコは腕を組み黙っていた。

 

「………」

 

欧州解放の英雄を入れれば、欧州・ヘルウェティア医学校としては大いな宣伝にもなる。

 

帰国しても欧州と扶桑皇国で大きなつながりを持つことは間違いない。

 

扶桑皇国海軍としては宮藤【少尉】として欧州留学させれば軍のパイプ強化にもつながり、これをきっかけに芳佳が軍に戻るのであればさらに良いという考えだろう。

 

欧州、扶桑それぞれにメリットがある上に、芳佳にとってもメリットがある。

 

悪質な手段ではない。

 

断ったところで問題はないが、医学の最先端を学べないというのと、現在芳佳の学力は来年の受験で帝都女子医学校に入学できるか微妙な位置であり、推薦で入学できる機会を逃がすのは惜しい。

 

どう判断してよいかキリコは少し迷った。

 

「……芳佳はどう考えているんだ」

 

故に判断を芳佳に任せた。フィアナも同じ考えに至ったのか、とくに口をはさむことはなかった。

 

「私、ヘルウェティア医学校に行く!」

 

ほぼ即答であった。

 

「芳佳、よく考えたの?」

 

さすがにそこまで早く決めるとは思ってなかったのか、フィアナは確認をとる。

 

「大丈夫!せっかく最先端の医学を学ぶチャンスだし、軍とは関係ないもん!」

 

全く同じ考えかどうかは不明だが、ある程度軍の思惑には気づいているようだった。しかしその返答で顔をわずかに顰めた静夏の様子には気づいてはいないようだ。

 

芳佳は静夏に向き直ると、にこやかに返事を返した。

 

「服部さん、私ヘルウェティアに行くよ!」

 

「……は、はい!わかりました!」

 

静夏は、嬉しいような納得していないような表情であった。

 

フィアナが静夏を夕飯に誘ったが、彼女は報告のため戻っていた。

 

静夏が基地に戻り、みっちゃんが夕飯を一緒に摂った後帰宅すると、キリコは芳佳を自身の仕事場へ連れて行った。

 

「お父さん、渡したいものって?」

 

「これだ」

 

そこで見せたのは整備したばかりのスコープドッグ・ターボカスタムの内の1機。そして予備の弾薬。

 

「一緒に整備してたATだよね。どうしてこれを?」

 

「……お前が異能生存体なら必要になるだろう。軍からは俺が話をつけておく」

 

異能生存体。芳佳は本当にキリコと同じなのか。はたまた近似値か。

 

芳佳は自身は近似値だと思っている。自分が特別な存在ではないと思っているから。

 

「……ありがとう、お父さん」

 

医学校に行くのに、ATは不必要だ。そんなことは誰にでもわかる。

 

しかし断る気にはなれなかった。それは異能生存体への恐怖だったのか、直感だったのかは、分からなかった。

 

 

 

 

 

 

芳佳は静夏とともに空母天城に乗り、マ・ド・カレー港へ向け出発した。しばらく扶桑の大地を踏むことはないだろう。

 

静夏は芳佳の随行員として、同部屋であった。軍属ではないと思っているので、必要最低限のものしか持ち込まず、軍服など持ってきていない芳佳を静夏は叱った。

 

そもそも自分は軍服を着たことがあっただろうか。芳佳は501にいた時の記憶を思い返すが、やはり記憶がなかった。

 

静夏に規律は絶対に守るべきだ、という言葉に501で過ごした光景を思い出す。

 

そういえば暑い日はルッキーニやハルトマンは肌着だけだったし、シャーリーは下着でユニットのエンジン回してるし、なんか他の皆も思い思いに過ごしてた気がする。

 

「(あれ?皆あんまり規律守ってない?」)

 

501だとあんまり規律はうるさくなかったよ、と言いそうになったが、しかしそれを言うとさらに怒られそうなので、芳佳は素直に謝った。

 

翌日から芳佳は炊事の手伝いをすると静夏に止められ、甲板清掃も止められた。何でも士官の示しが付かないからだそうだ。

 

なので天城に搭載されているATの整備を手伝った。

 

「これが宮藤博士の用意したターボカスタムですか」

 

持ってきたターボカスタムに、整備兵とAT乗りが芳佳とともに集まる。

 

「かなりの重武装ですね。宮藤さんは操縦はできるのですか?」

 

「できます。武装も問題ないですけど……」

 

「けど?」

 

「ノーマルタイプより接地面が狭い分、安定性に欠けますね。ターボのおかげで加速はかなりのものですけど」

 

芳佳が事前に配っておいた整備マニュアルを見つつ、整備兵はため息をついた。

 

ATの装甲の薄さを考えれば機動性の向上は必要なことであるが、転倒しただけでもPR液のせいで爆破する恐れがある。

 

よって安定性の低下は、パイロットにとって厳しいものだった。

 

「そうなると、コイツを扱いきれる操縦技術を持った奴が乗るのが前提の機体ですね」

 

「ですね」

 

「よーしお前ら、休憩は終わりだ。じゃあ整備に戻るぞ」

 

『了解!』

 

それぞれ担当の機体に戻る。芳佳はATを主に整備していた。

 

海上ではATの活躍の場は少ないが、天城は水中戦も可能なダイビングタートルを数機搭載していた。

 

「宮藤少尉、手慣れてますね」

 

「はい、お父さんの手伝いもしてましたから」

 

芳佳はそう言って、作業しながらペンチを探す。

 

「こちらです」

 

誰かが左手にペンチを渡してくれたのを感じ、芳佳はその人物に向き直る。

 

「あ、ありがとうございま……し、静夏ちゃん」

 

そこには眉間に青筋が立っている静夏の姿があった。整備兵は後ろで念仏を唱えている。

 

「……宮藤少尉?」

 

「し、静夏ちゃん……」

 

こめかみを引くつかせている静夏に、芳佳は顔を青ざめた。

 

「何で宮藤少尉がATの整備なんてしてるんですか!あなたは士官なんですよ!」

 

「だって、ターボカスタムは私も手伝ったからわかるし……」

 

「そういう問題じゃありません!帰りますよ!」

 

「ああ、待って静夏ちゃーん!」

 

静夏にとって宮藤芳佳は憧れのウィッチで、まぎれもない英雄である。

 

訓練なしで飛行に成功させ、そのままネウロイと交戦。501部隊という世界中のスーパーエースの中に入り込んでも、見劣りしない能力。

 

しかも2度のネウロイの巣の撃破と、ガリア・ヴェネツィア解放の立役者だ。

 

「あなたは士官なんです!扶桑の英雄なんです!あのような仕事は他の者に任せておけばいいんです!」

 

その彼女が炊事や清掃、はてはATの整備など、英雄たる彼女の仕事ではない。

 

それなのに当の本人は乗り気だ。

 

「でも、せっかく乗せてもらってるし……」

 

「今の宮藤少尉に必要なのは……勉強です!」

 

芳佳はいつも通り行動していると、静夏の機嫌が悪くなってくる。

 

静夏以外の者たちは、芳佳が手伝いに行くと喜ぶから、静夏にとっては悪循環だった。

 

この日は勉強するよう芳佳に聞かせ、お開きとなった。

 

しかし他の者が忙しそうにしていると、つい芳佳は手伝ってしまう。そして静夏に怒られる。

 

そんな生活が続いたせいか、いつしか芳佳と静夏の間の会話は少なくなっていった。

 

航行自体に特に問題はなかったが、少しずつ静夏はストレスを溜めていった。

 

周りの者たちは、年頃の少女であるしウィッチに関しては迂闊な対応ができないので、時間による解決を待つ方法で対処していた。

 

スエズ運河を渡るころには、ほとんど会話はなかった。というより、芳佳が話しかけても静夏が返事をしない形であった。

 

 

 

 

お互いの関係は改善しないまま、扶桑出発から数週間ほどで天城はマ・ド・カレー港に到着した。

 

「芳佳ちゃーん!」

 

「お久しぶりですわね」

 

「リーネちゃん、ペリーヌさん!」

 

芳佳を出迎えたのはペリーヌとリーネだ。2人の変わらない姿に、芳佳は抱き着いた。

 

「あなたが服部軍曹ですね?」

 

「初めまして」

 

「お、お目にかかれて光栄です!ペリーヌ・クロステルマン中尉、リネット・ビショップ軍曹!」

 

「長旅でお疲れでしょう。わが屋敷へご招待しますわ」

 

憧れのウィッチに緊張している静夏だが、2人はごく自然な対応だった。

 

とくにペリーヌの対応がひどく丁寧なもので、芳佳は目を丸くしていた。

 

「ペリーヌさん、初めて私に会った時よりずっと優しい……!?」

 

「あなたは何を言ってるんですの!」

 

全く、とため息をついているペリーヌの姿に

 

「あ、いつものペリーヌさんだぁ。よかったぁ」

 

にこやかに告げた芳佳の口を、ペリーヌは引っ張った。

 

「あ・な・た・も変わりませんわね!」

 

「いひゃいよ、ぺひーぬはん!」

 

いじりながらも笑いあう2人に、リーネもコロコロ笑っていた。

 

静夏にとってその光景は、思い描いていたエースたちの姿ではない。まるで年頃の少女のようにしか見えなかった。

 

ATを搭載したトラックで、ペリーヌの屋敷まで一行は移動することになった。

 

ペリーヌは何故ATがあるのだろうと疑問に思った。だが大抵おかしなことは芳佳絡みである。

 

「ところで宮藤さん?何故ATがありますの?」

 

「お父さんが私の身を守るために持ってけって」

 

「ATは護身用の武器ではありません!」

 

至極もっともな意見である。芳佳もこれに対しては何も答えられなかった。

 

「だよねぇ。でもなんかあったときに必要かなって」

 

「ネウロイの勢力圏はライン川を越えなければ大丈夫です。というより、AT1機ではネウロイに遭遇したらひとたまりもありませんわ」

 

ATは火力もあり機動力もある。しかし装甲と安全性が致命的に低い。そのため複数機で運用するのがセオリーであった。

 

ネウロイの攻撃力が、可燃性のPR液で満たされているATにかすりでもすればどうなるかは、よくわかる話だ。

 

「何でもなければ大丈夫ですよ」

 

「無茶しちゃだめだよ、芳佳ちゃん」

 

「大丈夫だって、リーネちゃん」

 

へらりと笑う芳佳。それからこの2か月間の近況報告をお互いすることとなった。

 

「……?」

 

だが何となく、ペリーヌは芳佳の雰囲気が違うように感じられた。

 

そのまま、その日はペリーヌ邸で過ごすこととなった。ネウロイとの戦いで孤児になった子供たちとともに食事をし、楽しく過ごす。

 

芳佳はリーネと同じベッドで眠ることとなった。

 

「……芳佳ちゃん、何かあった?」

 

「何もないよリーネちゃん」

 

芳佳は、上手く返したつもりであった。しかしその声は硬い。

 

「何か様子が変だよ?扶桑で何かあったの?」

 

のぞき込むリーネ。それに対して、芳佳は彼女の胸に顔をうずめることしかできなかった。

 

「ごめん、リーネちゃん……何でもないの」

 

「芳佳ちゃん……」

 

「何でもないんだよ……」

 

リーネは抱きしめた。お互い、その後は無言だった。

 

たとえ親友であっても信じてもらえるかどうか、分からなかった。伝える勇気が、芳佳にはなかった。

 

 

 

 

 

翌日、芳佳と静夏は出立の準備を終え、別れのあいさつを交わしていた。

 

「わー、白衣だぁ。リーネちゃん、ありがとう!」

 

「初めてだからうまくいかなくて……」

 

少し大きめの白衣。リーネの指には絆創膏があり、努力の証が見える。

 

「そんなことないよ!すっごく嬉しい!私、立派なお医者さんになれるように頑張るね!」

 

「私からはこちらです。これがセントジョーンズワート、傷薬です。それでこれは……」

 

ペリーヌは次々と芳佳に渡していく。どんどん増えていく。

 

「ペリーヌさん、ストップストップ!」

 

「あ、あら。私としたことが……」

 

芳佳は腕からこぼれそうなぐらい、二人からの贈り物をもらい、満面の笑みであった。

 

それを見て、リーネは少し安心することができた。

 

「(この笑顔は、いつもの芳佳ちゃんだなぁ)」

 

「2人ともありがとう!私頑張るから!」

 

「オホン、南東200㎞にラースの町、そのまま進めば夕方にはディジョンに着きます。けれど街道から逸れて国境を超えないように。ライン川を超えたらネウロイが容赦なく襲ってきます。特に宮藤さん!あなたはいつも考えなしに飛び込むんですから、気をつけなさい」

 

「大丈夫だよペリーヌさん。私そんな無茶しないよぉ」

 

そう言う芳佳の後ろには完全装備のATがトラックに積まれている。

 

ペリーヌはATを見た後、ため息をつきながら芳佳に向き直る。

 

「まぁ命令違反に独断専行はあなたの得意技ですものね」

 

「そんなぁ~」

 

笑い合う3人。その光景は、静夏が思っていた501の風景には見えなかった。

 

別れを済ませ、芳佳と静夏は目的地に向かった。

 

出発していくらか時間が経っても、お互い無言であった。

 

正確に言えば芳佳が話しかけるが、静夏が会話を続けようとせず、すぐに終わってしまうからだ。

 

静夏自身適切でない態度とは理解している。

 

しかし軍人として尊敬していた芳佳の姿の、理想と現実のギャップにどう対応していいか分からないのだ。

 

お昼過ぎたころか、一般市民の男性が急いでいる様子で道路に飛び出してきた。軍服を確認すると、無線を貸してほしいと頼んできた。

 

何でも崖崩れが起き、怪我人が多数出たため、救援が必要だという。

 

静夏が無線をつなごうとするが、一向につながらない。

 

「あれ、無線が通じない……!出発の時は大丈夫だったのに」

 

「ほ、本当かい?こうなれば町まで行くしかないか……」

 

「私、簡単な治療ならできます。村へ案内してください!」

 

「あんた、医者なのかい?」

 

村人は、年若く、医療従事者にはとても見えない芳佳の言葉を聞き返した。

 

「診療所で経験はあります!」

 

お願いします、と村人が頼み込む前に、静夏が待ったをかけた。

 

静夏の任務は護衛であり、ネウロイの出現の可能性がある国境近くの村に彼女を生かせるわけにはいかないのだ。

 

「少尉、ペリーヌ中尉が国境側に近づいてはならないと……」

 

「行こう!静夏ちゃん!」

 

「私は少尉の護衛が任務です!命令は絶対守らなければなりません!命令は絶対なんです!」

 

芳佳の迫力に押されそうになったが、静夏はなんとか言い返すことができた。

 

命令違反をしない。そんなことは軍隊では当たり前であった。

 

だがそんな理屈は通じない。芳佳の中に流れる血は、自身で決めたことを妨げる命令を素直に受け入れはしない。

 

「このままほっておくなんて、私はできない!案内してください!」

 

「わ、分かった」

 

「……分かりました」

 

結局、芳佳の勢いに折れる形で、村へ向かうこととなった。

 

怪我人は教会に集められており、様々な患者が治療を受けていた。

 

治療、とは言うが医者もいないこの村では素人の応急処置がせいぜいであり、重傷者はほぼ手付かずの状態に近かった。

 

「ひどい……」

 

静夏にとってこのような現場に遭遇するのは初めての経験であり、自身のできることと言えば多少の応急処置程度である。

 

そのため、この場は医療現場の経験がある芳佳に任せるしかなかった。

 

「薬と包帯は?」

 

「薬はこれで全部です。包帯は、シーツも含めて全部使い切ってしまって……」

 

薬といえど救急箱一つに収まっている程度の量。包帯は全くのゼロ。しかし重症患者などはまだ存在する。

 

清潔なシーツ、もしくは布は……今着ているリーネが作ってくれた白衣のみ。

 

「……ごめん、リーネちゃん」

 

真新しい白衣を破り、包帯代わりとした。それを使い、迅速に治療を進めていく。

 

治療が終わったのは、日が沈むころであった。

 

「ありがとうございます。あなたがいなければどうなっていたことか……」

 

「いえいえ、私なんかで力になれたのなら……」

 

「今日はもう遅いですし、村に泊って行かれてはいかがでしょうか?」

 

「ですが我々は目的地までいかなくては……」

 

大幅に予定が遅れてしまい、少しでも取り戻そうとした静夏の意見に、芳佳は待ったをかけた。

 

「今日はもう暗いし、お世話になろうよ静夏ちゃん」

 

「……分かりました」

 

災害もあり盛大とはならなかったが、芳佳たちは村の人々に感謝され歓迎された。

 

ひと段落し、ベッドに横たわった2人は急に大きな疲れを感じた。思った以上に体力を消耗していたようだ。

 

「……宮藤少尉はすごいです」

 

「静夏ちゃん?」

 

少し経った後、静夏がポツリと呟く。

 

「……私、あのような現場を見るのは初めてで、ほとんどできなくて……でも宮藤少尉は処置が迅速で、すごいです」

 

静夏は、ほとんど芳佳の指示通り動いただけだ。訓練はしたはずなのに、実際に体験するのとは全く違っていた。

 

「私は診療所でお手伝いしてたし、それに静夏ちゃんがいっぱい手伝ってくれなかったら私1人じゃ無理だったよ。ありがとう」

 

「……あ、ありがとうございます」

 

静夏は自分の中で、もやもやした感情を言い表すことができなかった。考えていると、ほどなく眠気が襲ってきた。

 

「お休みなさい、少尉」

 

「うん、お休み、静夏ちゃん」

 

芳佳も疲れがたまっていたのか、すぐ眠りにつくことができた。人を救えてよかったなと感じながら。

 

 

 

 

 

翌日の早朝。村の人たちに別れを告げ、2人は村を出て目的地へと向かっていた。

 

村を見通せる場所を走っていると、村から少し離れたところで土煙が舞い上がるのが見えた。

 

その中から出現するのは、まるで塔のようなネウロイだった。

 

それに付随するのは小型の航空型・地上型のネウロイだ。ネウロイの集団はまっすぐ村へと向かっている。

 

「あれは、ネウロイ!?」

 

「周辺基地に連絡をします!……繋がらない、何で!?」

 

「私が地上型の足止めをするから、静夏ちゃんは空の敵を!」

 

怪我人が多い村では、避難もままならないだろう。ネウロイを足止めして時間を稼がなければ、村は全滅する。

 

しかし芳佳はウィッチではない。このまま行けば自殺と変わらない。

 

「駄目です少尉!一刻も早く避難を」

 

「静夏ちゃん!!」

 

芳佳は引く気はなかった。このまま見捨てて自分たちだけ逃げることは、断じてできない。

 

「……分かりました」

 

平地まで車を移動させると、静夏はストライカーユニットを起動させる。芳佳は搭載されたATに乗り込み、起動させた。

 

「気を付けてね静夏ちゃん」

 

「宮藤少尉……ご武運を」

 

「うん、大丈夫だよ」

 

そのまま静夏は航空型のほうへ飛び立つ。芳佳はそれを見送り、唇をなめる。

 

芳佳はATでの実戦は初めてだった。シールドなしでのネウロイとの戦い。ネウロイの攻撃力を知っているからの恐怖。

 

「やらなくちゃ……!」

 

だがここで引けば村の人たちは死ぬ。村にはウィッチもいなければ、ATなどの戦力もない。自分たちしか戦えないのだ。

 

ATの足裏にあるグライディングホイールという走行用車輪を用いたローラダッシュで村に向かう。

 

村に到着すると、村人は既に避難を始めていた。

 

芳佳はハッチを開けて、声をかける。

 

「皆さん、避難場所はどこですか!?」

 

ATを見て驚いていた村人だが、芳佳の姿を見ると安心したのか、答える。

 

「ひ、東のほうに防空壕がある。皆そこに避難する予定だ」

 

「東ですね、わかりました。地上型は私がひきつけます。皆さんはその間に避難を!」

 

「あ、あんた!」

 

芳佳はハッチを閉じて、西に迂回しつつネウロイへ向かう。正面から突っ込めば、攻撃をかわしたとしても、村に攻撃が届いてしまう。

 

芳佳は東からネウロイを引き離す必要があった。

 

移動中ターレットレンズを広角に切り替え、地上型ネウロイの全体を確認する。

 

「確か、あれは多脚戦車と……あとクモみたいなやつ!」

 

それほど数はいないと判断し、ターレットレンズを標準ズームに切り替える。

 

GAT-22 ヘビィマシンガンの照準を多脚戦車に向ける。口径は30mm。いつも使っていた銃より口径は大きいが、魔力が付与されていない.

 

ネウロイには通常兵器は効きにくい。遠距離からの撃破は難しいだろう。

 

しかし実際にやってみなければ、どれくらい効くかはわからない。

 

「当たって!」

 

1体の多脚戦車に1発も外れることなく、マシンガンの弾が直撃する。しかしネウロイはその歩みを止めることはない。

 

お返しとばかりに、ネウロイたちはビームを返してくる。その攻撃は正確であった。

 

芳佳はスラロームでそれを避け、ネウロイへ肉薄する。

 

多脚戦車も戦車並みに移動するが、ATよりも機動は素直な分、読みやすい。

 

マシンガンでの攻撃を集中させると、コアが露出するのが確認できた。

 

「そこっ!」

 

マシンガンを集中させて、1体のネウロイを撃破する。だが一息つく暇などなく、ビームが嵐のように集中する。

 

脚部のジェットを起動させ、東に行かないよう迂回しつつ回避する。

 

ジェットの噴射による加速力は、通常のローラーダッシュを大きく上回る。だがそれ故に転倒のリスクも高く、諸刃の剣であった。

 

しかしその性能が発揮できれば、通常タイプを大きく上回る性能を発揮できる。それがターボカスタムである。

 

横滑りをターンピックで機体をその場で回転し止めて、多数の多脚戦車に向けショルダーロケッド弾ポッドを斉射する。

 

数が減ればよし、減らせずとも装甲を削ることはできる。

 

着弾。爆風とともに、3体のネウロイがチリへと消える。他は装甲を削られただけだ。

 

サーニャのフリーガーハマーより威力は上のはずだが、結果としてネウロイに対しての破壊力はサーニャのほうが完全に勝っているだろう。

 

「(魔力あるなしでこれほど差があるなんて……)」

 

しかしコアが露出している個体もある。それを左腕に搭載されているハンディ・ソリッドシューター、右手のマシンガンそれぞれで別個体を狙い撃ちし、撃破する。

 

喜ぶ暇もなく、後退する。数体倒したところでまだまだ数は減らない。静夏のことも気になるが、芳佳は自分のことで手一杯であった。

 

いつもなら周りを見渡し、フォローに入ることもできた。しかし、そんな余裕はどこにもない。

 

心が苦しくなる位緊張している。何とか被弾なく動けるのは、ネウロイとの戦闘経験のおかげだろう。

 

肉薄するネウロイ。多脚戦車がビームを放ちながら、突っ込んでくる。

 

「……!」

 

ターンピックでのスピンで避け、一瞬でネウロイの側面をとり、そのまま左腕のアームパンチ2発叩き込む。

 

その反動で距離が開いたネウロイに左腕のハンディ・ソリッドシューターを発射すると、ネウロイは消滅した。

 

 

 

『私も行くわ、キリコ』

 

『お前はここで待て』

 

『何故!?』

 

『ヂヂリウムと装置を乗せているこの大和を沈めるわけには行かない。お前にはこの船の防衛に当たってもらう』

 

『まさか1人で行く気?』

 

『ああ。それに戦闘をしてお前の戦闘能力が分かったら、どうなるかは分かるはずだ。……芳佳は必ず助ける』

 

『キリコ……』

 

『……フィアナ、行ってくる』

 

 

 

 

 

芳佳は緊張していた。これほどまで緊張しているのは、かつてないぐらいである。何故か。

 

「皆……!」

 

いつも戦うときは、頼れる仲間たちがいたからだ。自分より強く、ピンチになってもどうにかなってしまうほど強い仲間が、同じ戦場にいないからだ。

 

今いるのは自分と、静夏のみ。しかも静夏は空で、自分は地上。さらに静夏は初陣だ。本来ならば自分が助ける役割なのに、彼女を1人で飛ばさせている。

 

自分の命と、静夏の命。そして、自分が倒れれば、ネウロイを打ち漏らせば村の人間も死ぬ。

 

仲間がいない戦場で、複数の命の重圧が、芳佳の心を重くしていた。

 

しかし、今の芳佳に退却するという選択肢はなかった。

 

多脚戦車が散開して射線が開いた瞬間、クモが今日一番巨大なビームを放つ。

 

「うあぁ……!」

 

もしターボカスタムのジェットによる加速力がなければ、直撃を食らっていたであろうタイミングであった。

 

「性能に助けられた……!」

 

ここでクモを倒したかった。しかし多脚戦車のほうが足が速い。このまま村に入らせれば村は全滅だ。

 

数体に多脚戦車にマシンガンを斉射し足止めし、接近して腰のガトリングガンを叩き込み、撃破する。

 

撃破した瞬間、左肩と右足を少しビームがかする。

 

「機動は……!」

 

足が死んだら、命も尽きる。まだ足に異常はない。

 

次の攻撃も右に滑りつつターンピックで2回スピンして避けたはずが、頭部にビームがかする。

 

薄い装甲は剥がれ、破片は芳佳の右側の頭を掠める。

 

血の垂れている感覚が分かるが、こんな経験はある。気にするほどのこともない。

 

勢いを殺さず、ハンディ・ソリッドシューターを斉射しコアが露出するが、弾切れ。

 

そのまま、左のアームパンチをコアが壊れるまで叩き込んだ。

 

撃破するも、絶え間なくネウロイは攻撃を続ける。他のネウロイを近づけまいとする牽制射撃でマシンガンの弾も尽きた。

 

3連装スモークディスチャージャーで視界を煙幕で覆い、背中からチェーンで接続している予備の弾倉と交換する。

 

視界が晴れる前に、ネウロイへ肉薄する。そして後方から多脚戦車へマシンガンを叩き込んだ。

 

ビームがATの左肩をえぐる。3連装スモークディスチャージャーが爆炎とともに消えた。だが左腕は死んでいない。

 

接近する多脚戦車を避けつつ、腰部のSMM2連装ミサイルを放ち、その後ガトリングガンを叩き込むことで撃破した。

 

「残るのはクモと塔だけ……!」

 

悠然と立ちはだかるクモに向き直った瞬間、村のほうから爆音が振動とともに伝わった。一瞬だけ空を確認すると、人が空から落ちていくのが見える。

 

「静夏ちゃん!」

 

航空型ネウロイにやられたのだ。すぐに向かいたいが、クモはもうビームのチャージを始めている。

 

「このぉー!」

 

大きく旋回し、ビームの直撃を避け、ショルダーロケッド弾ポッドを発射しつつ、マシンガンを打つ。

 

多脚戦車とは違い、ショルダーロケッド弾ポッドでもびくともしない。ならば接近しかない。

 

迫りくるビームを、スラロームとターンピックを駆使し、ショルダーロケッド弾ポッドを打ち尽くし、SMM2連装ミサイルを放ちながら肉薄する。

 

ビームを発射する部位に、ガトリングガンとマシンガンを斉射する。回避しつつ数秒叩き込む。

 

ガトリングガンが弾切れを起こし、そのかいあってかようやくコアが露出する。そしてそのままマシンガンで撃破することができた。

 

そして最後に残っていた塔の様なネウロイのコアをマシンガンで打ち抜く。

 

ようやく、地上のネウロイは殲滅できた。先ほどの攻撃でアームパンチとマシンガン、SMM2連装ミサイル以外弾切れを起こすほど打ち切った。初めてのAT戦で必要以上に弾を消費してしまったようだ。

 

索敵して、周辺のネウロイの姿は見えない。急いで静夏のもとへ向かう。

 

「静夏ちゃんは……!」

 

落ちた場所へ向かうと、ストライカーユニットが転がっており、静夏が倒れていた。

 

ATを座らせると、静夏に駆け寄る。

 

「静夏ちゃん、大丈夫!?返事をして!」

 

「み、宮藤少尉……?」

 

「よかった、意識はある……待っててね、すぐに手当てを……!?」

 

その時、芳佳にあり得ない音が聞こえた。

 

行進の音である。それも人間ではなく、ATのものだ。

 

近くの基地の救援だろうか。しかし救援ならばローラーダッシュで来るだろう。いや、それより早くウィッチがくるはずだ。だからこんな大群の歩行音ではないはずだ。

 

そして芳佳は見た。黒いATの姿を。

 

「赤い肩……いや、あれは……!?」

 

いや、黒いATではない。ネウロイがATの形をとり、ゆっくりと行進しているのだ。右肩に、コアの赤色を光らせながら。

 

「さっきまでいなかったはずなのに……!」

 

すぐにATに乗り、状況を確認する。ATもどきの後ろに、原因があった。

 

「な、何あれ……戦艦?」

 

正確には、戦艦の様な巨大ネウロイが地中から顔を出していた。大半は地面の中にあるのだろう。

 

まさか地中の中にネウロイが隠れているとは、考えもしなかった。

 

そして悲鳴が聞こえた。幾人もの、悲鳴と怒号が響いた。

 

『助けてくれー!』

 

『お母さーん!!』

 

『熱いよぉー!』

 

東の方からだった。その方向の景色が、赤くなっている。炎だ。燃やされているのだ、生きたまま。

 

「あ、ああ……」

 

炎の匂いが染み付く。そして、徐々に村も赤く炎に染まり始めてきた。

 

無機質だった。ATによく似たネウロイは、ゆっくりと破壊しつつ村を蹂躙していく。その光景は、赤色に染まる。

 

芳佳はATに乗り込んだ。

 

多くの感情が自身の中で渦巻いて爆発しそうであった。感情で息が詰まる、というのは芳佳にとって初めての経験である。

 

ネウロイに対する怒り、守れなかった悲しみ・無力感、この光景に対する生理的な気持ち悪さ。

 

視野が狭くなっていた。まともであれば、ここは静夏を連れて撤退するべき場面であった。

 

それほどに、ATもどきは数がいた。先ほどの多脚戦車などとは10倍、いやもっといるだろう。

 

しかし芳佳は冷静ではない。SMM2連装ミサイルを打ちながら、コアの右肩を打ち抜いた。

 

そのままの勢いで、別のネウロイを傷ついている左肩でのショルダータックルで吹き飛ばし、転倒したところを打ち抜く。

 

そのATもどきは薄い装甲であった。他のネウロイからすれば、脆弱と言っていい。しかもコアも丸見えだ。耐久性で言えば、本物のATと遜色はない。

 

だがATもどきはATと同じぐらい機動性があり、攻撃力もあった。しかも先ほど芳佳が苦戦したネウロイよりも数は遥かに多い。

 

まるで実弾の様なネウロイの攻撃は、本物のAT部隊の弾幕となんら遜色ないものであった。

 

「うわぁ!」

 

ジェットを全開にして回避行動をとっても、全て避けきれなかった。

 

打ち抜かれる装甲、そして右足のふくらはぎをネウロイの攻撃が貫通する。

 

痛みが走る。しかし、止まれば死だ。

 

反撃し、2、3機撃破したところで数は減っているように見えない。

 

「ぐぅ……!」

 

また装甲が貫通し、右肩付近が打ち抜かれる。

 

操縦桿やペダルに血が垂れていく。

 

ATの左肩が吹き飛ばされた。誘爆しないことが幸運だったか。そのままスピンして体勢を立て直し、右手に持っているマシンガンで反撃する。

 

数体を塵に還すが、一向に状況は好転しない。

 

芳佳の弾幕を抜けたATもどきの1機は、右手を構えている。その右手に鋭く尖っているものが付いているが見えた。

 

あれは対ネウロイ戦ではあまり見られない珍しい武装の1つであった。

 

「パイルバンカー!?」

 

直撃を避けたATもどきは、パイルバンカーを突き出した。

 

そして、コックピットに直撃した。

 

「ふおぉ!」

 

パイルバンカーは芳佳の顔の数cm左に外れた。ギリギリで回避できたのだ。

 

シートまで貫通されたパイルバンカーは引き抜かれ、もう一度突こうと右腕を引いた。

 

その隙は見逃さない。ショルダータックルで吹き飛ばし、体勢が崩れた敵のコアを打ち抜く。

 

そしてそのATもどきは砕けた。しかし、ネウロイの白い影から攻撃が迫る。一瞬にも満たない時間であったが、反応が遅れた。

 

咄嗟に回転したものの、ターレットレンズを含めた頭部の大半が、ビームによって吹き飛ばされた。

 

幸いだったのは、回転中だったため横合いから前方半分が吹き飛ばされた形になり、芳佳自身はビームの直撃はしなかったことだ。

 

ターレットレンズが吹き飛ばされたということは視界が変わるのと同じことである。そのせいで芳佳は次の攻撃がよけれなかった。

 

「あ……」

 

打ち抜かれる感覚。その感覚と、衝撃により芳佳はATとともに後方へ吹き飛んだ。

 

コックピットが剥き出しだったため、コックピットから吹き飛んで数回頭から地面にバウンドし、ようやく止まった。少し離れたところで自身のATが爆発するのを感じた。

 

右のわき腹が熱い。いや、今芳佳の体で熱くない部分を探すのが困難なほどであった。

 

自身の中から流れ出ているのを感じる。

 

朦朧とする意識の中、赤い肩がゆらゆらとこちらに近づいてくるのが、何となく分かった。

 

悪魔がゆらゆらと近づいてきている。AT特有の歩行音とともに。

 

慣れ親しんだATの音が、ただただ怖かった。

 

やはり自分は特別な人間ではない。501の皆や両親、色んな人たちがいなければ、何もできないのだと、朦朧とした意識の中で感じる。

 

「ま、まだ……」

 

芳佳は懐のアーマーマグナムを取り出し、ぼんやりと見えるATもどきに向かって構える。立ち上がることすらできない。倒れたまま腕を伸ばして、右肩を狙う。

 

しかし狙いをつけるより早くATもどきの銃口が、ビームが発射される前の赤色に光る。

 

死の恐怖。間に合わないと、理解していた。

 

発砲音。

 

銃口を向けていたATもどきは白くはじけた。

 

芳佳は生きていた。先ほどの攻撃は芳佳ではない。別の誰か。しかし一撃でコアを打ち抜ける技量の持ち主だ。

 

段々と意識が遠くなっていく芳佳の耳に聞こえるのは、慣れ親しんだローラーダッシュ音。

 

芳佳の目の前に立ちはだかったのは、緑色のスコープドッグであった。

 

「―尉、宮――尉!目を覚ま――――、―尉!」

 

うっすらと誰かの声が聞こえていた。そして感じる浮遊感。

 

「芳佳、遅くなった」

 

そしてもう1人、ここにいるはずのない、頼りになる声が聞こえた。

 

 

 

 

静夏は焦っていた。

 

芳佳が思った以上に負傷している。むしろ全身が血で染まっているのだ。無事な個所を見つけるほうが至難であった。

 

そして自分ともう1人救援に駆け付けた人物の提案した作戦が問題であったからだ。

 

「手筈通りだ、行け」

 

「しかし博士!100体以上はいるんですよ、1機では無理です!あなたは必要な人なんです!」

 

ストライカーユニットで上空を飛んだ時、少し数えてみたが100体は超えていた。相手できるレベルではない。

 

「……2度言わせるな」

 

「……すぐ、戻ります!」

 

静夏は芳佳を横抱きにして飛び立った。ATもどきは飛び立った静夏に銃口を向けようとするが、ショートバレルを2丁装備したスコープドッグの正確無比な射撃が、それらのコアを打ち抜いた。

 

遠・中・近。様々な距離からスコープドッグに火力が集中していた。それを危なげなく回避し、逆にATもどきを消滅させていく。しかし初戦は多勢に無勢。結果は見るまでもない。

 

死ぬはずなのだ、ウィッチでもない人間ならば。

 

静夏は芳佳が負傷していることをオープン回線で何度も訴えかけていた。

 

スコープドッグのパイロットから、戦艦大和がライン川を遡上しているのは聞いていたので、それを目指していた。

 

ノイズがひどい。ここにきて、静夏はこの通信妨害がネウロイによるものであろうと気づく。しかしネウロイの勢力圏から出なければ、この問題は解決しなかった。

 

「誰か、宮藤少尉を助けて!」

 

声が枯れるくらい静夏は叫んだ。

 

インカムから、途切れ途切れに女の声が聞こえる。

 

それぞれが宮藤、と叫ぶ声が。

 

大和がいるであろう方向とは別のほうから、ウィッチたちが向かってくるのが見える。

 

静夏はそこへ飛んだ。ウィッチならば回復魔法の使い手もいるだろう。その望みをかけて。

 

「宮藤!……これは!」

 

「宮藤!」

 

「芳佳ちゃん!」

 

「み……みん……な……」

 

静夏が声をかける前に、ウィッチたちが宮藤の状態を見て青ざめる。芳佳は少しのうめき声しか上げることができなかった。

 

静夏はこのウィッチを知っている。いや、その場にいたウィッチを、静夏は全員知っていた。

 

501、そして名だたるエースたちだ。

 

だがその誰もが、芳佳の怪我を見て顔を青ざめている。

 

「ネウロイにやられたのか!」

 

鬼気迫る表情で、静夏に詰め寄ったのはバルクホルンだ。

 

「み、宮藤少尉は町の人たちを助けるためにATで戦いを挑んで……そして今は私たちを逃がすために宮藤博士が1人でネウロイを足止めしていて……」

 

「宮藤博士ですって!?まさかたった1人で!?」

 

「は、はい……」

 

静夏は語った。宮藤博士―キリコに言われたことを。

 

 

 

『……おい、無事か』

 

『あなたは、まさか宮藤博士!?何故ここに!』

 

『理由は後だ。芳佳は向こうだな』

 

『宮藤少尉は村の人たちを助けるために、ATで向かい……』

 

『まだストライカーで動けるな?』

 

『は、はい』

 

『俺がネウロイを引き付ける。お前たちは脱出しろ』

 

『無茶です!ウィッチでもない博士が1人でネウロイに挑むなど!どれだけいるかわからないんですよ!?』

 

『芳佳を死なせるわけにはいかない。行くぞ』

 

『博士!?』

 

 

 

「博士は静止も聞かず、ネウロイの群れに飛び込んでいきました。私が2人を抱えて脱出することを提案しましたが、狙い撃ちされるといって却下されました。戦艦大和が近くまで来ているので、急いで運ぶようにと……」

 

「ならなおのこと急いで運ばないと!」

 

「宮藤博士のことは私たちに任せて、あなたは……」

 

ミーナが言葉を続けていると、芳佳が腕を伸ばし始めた。

 

「お、お父さん……」

 

「宮藤!?大人しくしていろ!」

 

「駄目だよ芳佳ちゃん!」

 

芳佳は聞こえていないのか、拳を天に向け、握りしめた。

 

「行かなくちゃ!」

 

嵐のように吹き荒れる魔力の奔流。この場の誰よりも巨大な魔力の発現であった。

 

「ば、馬鹿な……」

 

「これは宮藤さんの……!」

 

失われた芳佳の魔力が、激しく吹き荒れる。

 

そしてあれだけの怪我が見る見るうちに治っていく。もはや治るというより、逆再生に近いレベルであった。

 

「あ、あり得ませんわ……」

 

『信じていたぞ、宮藤!』

 

響き渡る通信。この声は、この場にいる誰もがよく知っている。

 

こちらへ向かってくる航空機。その操縦者の名は。

 

「坂本少佐!」

 

「宮藤のストライカーだ、受け取れ!」

 

航空機から切り離された物体が、皆の中心に落ちてくる。それを、バルクホルンがキャッチした。

 

「ふん!」

 

「ナイスキャッチ、トゥルーデ!」

 

「く、空中で装着できるんでしょうか……?」

 

「ウィッチに不可能はありません!」

 

中から現れたのは震電改。芳佳は静夏に抱えられたまま、ユニットを装着する。巨大な魔法陣が、空間に展開される。

 

ウィッチとしての宮藤芳佳の復活である。復活を喜ぶ皆に、芳佳は抱き着かれる。

 

『芳佳、復活したようだな』

 

それと同時に、インカムにキリコからの通信が届く。

 

「お父さん、今助けに行くね!」

 

「総員、宮藤博士の救出に……」

 

『その必要はない。お前たちは空の敵を落とせ』

 

ミーナが指示を出そうとした瞬間、キリコは断った。その場にいた各員が、空を見上げる。

 

すると戦艦のようなネウロイが地中から浮上を始め、小型機を吐き出し始めた。その数は数えるのも億劫なほどだ。

 

『ATでは空の敵は相手にできない。地上はこちらで何とかする』

 

「何とかって……」

 

「確かに、あれを放置していたらATは狙い撃ちされるわ」

 

「なら、さっさと落とすだけだろ!」

 

その声は、少し離れたところから聞こえてくる。そう、合流し始めてきたのだ。

 

「シャーリー!ルッキーニも!」

 

「はぁーい!」

 

「私も賛成だナ」

 

「うん、私も……」

 

「エイラさん、サーニャちゃん!」

 

ここに501が全員そろったのだ。

 

そう宮藤芳佳が戦い始めて、危険な状況になったときから大して時が経っていないにも関わらず、である。

 

偶然戦艦大和がライン川近くを航海しており、その大和に以前果たされなかった技術交換とある人物に会うためにキリコが搭乗していたこと。

 

ライン川を越えたネウロイを追跡するためにカールスラント組が合流したこと。

 

芳佳が心配になり、すぐに合流できたリーネとペリーヌ。

 

新型ネウロイの情報交換のためカールスラント組に合流予定だったシャーリーとルッキーニ。

 

占いという運命に導かれたエイラとサーニャ。

 

そして失われた魔法力が土壇場で回復する芳佳。

 

全てが【偶然】なのだ。

 

この場にいる多くの者が奇跡というであろう。これはまさしく奇跡である。疑いようはない。

 

「目標、敵超大型ネウロイ。速やかに撃破し、宮藤博士を救出します!」

 

『了解!』

 

その奇跡の力は、超大型ネウロイをものともしなかった。ライン川を遡上してきた大和の砲撃も加わり、短い時間で超大型ネウロイを消滅させた。

 

芳佳たちはすぐにキリコの元へ向かった。普通に考えれば、生きている戦場ではない。

 

その想像通り、目の前に広がるのは凄まじい攻撃で無残になった土地であった。だがそこにはネウロイは一体も残ってはいない。

 

「お、おい……嘘だろ……」

 

シャーリーが呟いた理由。視線の先にいたのは、特に損傷もないATが1機。

 

開くハッチ。そこから軽やかに降りる1人の男。

 

「お父さん!」

 

芳佳がストライカーユニットを履いたままで、抱き着いた。

 

「あ、あれが……」

 

「宮藤博士か……!」

 

怪我もなく、ウィッチたちに視線を向ける男。

 

宮藤キリコ。否、正しくはない。

 

この男こそ、キリコ・キュービー。その男の力は今、家族を守るために振るわれている。

 

神を殺しうる力。その先にあるのは、誰にも分らない。

 

しかしその彼は今、腕の中にいる我が子の生存だけを喜んでいた。

 

我が命は【お前たち】のために。

 

 

 

 

 

 

一人の男と、一人の女が、銀河の闇を星となって流れた。明けた光が、全ての始まり。知らぬ者、違う物。それは偶然か、神の意志か。

次回、『地球』。そこに、安息の地はあるのか。

 




次回はキリコ視点。

本編・外伝含めて、地上戦(AT)が出来そうな戦場ってアウロラ姉ちゃん時代のスオムス、アフリカ以外に良いのはありますかね?

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