横須賀に来てから1年ほどが過ぎた。俺とフィアナは争いもなく、平和な時を過ごしていた。
これほど同じところに長く住んだのは、記憶があるうちでは覚えがない。
俺は記憶をなくしてから、軍に入った後は戦いしかなかった。
フィアナは、秘密結社を抜けてからは移動の連続であったし、こうして普通にで暮らすこと自体が初めてだった。
こうして2人で静かな時を過ごす。あの宇宙船のころから想像していたことが、今現実としてあった。
早朝。昇り始めた太陽の光を受けながら、新聞受けから新聞を取る。
俺はフィアナが食事の支度をしている間新聞を読むのがいつもの流れだった。この1年でこの星の文字はある程度問題なく読めるようになったので、こうして毎日何かしらに目を通すようにしている。
読んでいると、気になる一文があった。
『南極に巨大戦艦!?宇宙からの侵略か』
南極に巨大な戦艦らしき物体が氷山に突き刺さっていたらしい。位置からして、空から落ちてきたとしか考えられないもので、しかも明らかに既存の技術を超えた技術で作られたものであるらしく、現在多くの国が調査に繰り出しているらしい。
戦艦の写真は遠目で撮影されており、全体しかわからず細部はぼやけて、本当に戦艦かどうかさえ怪しいものだ。戦艦の中には生存者はおらず、異星人ではないかという意見も専門家から出ているそうだ。
もっとも所詮民間で報じられるレベルだ、真偽など分かったものではない。生存者は『いなかった』ことにされても何ら不思議はないのだ。
「キリコ、朝食ができたわよ」
「……ああ」
新聞を置いて、2人で食事をとる。少しすると、フィアナは新聞の記事が目についたのか、眉を落とす。
「これって……宮藤さんが言っていたものよね?」
「……恐らくな」
あれは俺たちがここにきて間もない頃だった。一郎は俺たち2人を呼び出し、3人だけで話したいことがあると伝えてきた。
『君たちが求めているヂヂリウムかどうかは知れないが、関係あるかもしれないから伝えておくよ。これだ』
一郎が見せてきたのは1枚の写真だった。氷山に突き刺さって半ば埋まっている巨大な戦艦であった。
しかも、その戦艦には見覚えがあった。旧式ではあるものの、バララント軍の戦艦であった。
『どこで撮られたものだ?』
『南極。君たちがくる半年前に発見されたものだ』
『いつからあった?』
『完全な特定は難しいが、ここ数年……もっと短い期間の可能性もあるらしい』
その情報だけでは俺たちを追ってきたかどうかは分からない。どこの勢力が追ってきても、何ら不思議ではない。バララントかもしれないし、ただのカモフラージュの可能性もある。
『しかし、どうやってこの情報を手に入れたのです?機密ではないのですか?』
『単なる伝手さ。それに君たちには早めに知ってほしいわけがある』
『……俺たちがこれで来たかもしれないという、疑いか』
一郎は静かに頷いた。
『もちろん、仮死状態だった君たちの状態と、君たちが現れた時期を考えれば無関係であることはわかるさ。だが軍でも単純な人間はいるからね』
つまりこの情報だけで俺たちが動けば、時期的に合わなくとも関係者ということになる。そうすれば、軍に連行されて強制的に協力者にさせられるだろう。
『これはいつ頃出回るんだ?』
『長くて数年後、早ければ来年かな。どうにも技術が違いすぎてお手上げらしい』
戦艦に使われている技術と、現在の技術との格差があり解析が難航しているようだ。しかも南極という極寒の地だ。環境も難航の原因の1つとなっている。
『……ご忠告、感謝します』
俺はフィアナとともに頭を下げた。同じように頭を下げた一郎は、そのまま帰宅した。
あの時のことを思い出せばフィアナの心配する気持ちもわかる。もしアストラギウス銀河のもので、俺たちを追ってきたとしたら……。
「けれどこちらから行動は起こせないわね……」
「……」
敵がこの写真につられ、こちらから動くのを待っている可能性もある。しかもこのサイズならATは最低2桁は搭載できる。今の俺たちにATもなければ、まともな攻撃手段もないのだ。動きたくとも動けないのが現状だった。
結局のところ、いつも通りの生活を続けるしかなかった。
「っ……」
「どうした、フィアナ」
食事を終えたフィアナが、口元を押さえ吐き気をこらえていた。俺はフィアナの背中をこする。少しの間続けるが、返事がないので体を支えトイレまで連れて行こうとすると、フィアナに止められた。
「だ、大丈夫……ちょっと調子が悪いだけかもしれないし……」
「無理はするな」
「大丈夫。これくらいなら仕事に問題はないから……」
「……後で宮藤たちに見てもらえ」
しばらくすると状態は落ち着いたようで、いつも通り俺は工場へ出勤し、フィアナは宮藤診療所へ出勤した。
工場は日用品が主であるが、たまに大口の仕事も入っているので仕事には困ってなかった。門座工場長は最近体にガタが来ているらしく、男手が増えて助かると工場長の妻が語った。本人はそれを認めようとしないが。
フィアナは週2回ほど回復魔法を受ける必要性があり、その治療費分を診療所で働いて返している。診療所は一郎以外の2人で回しているらしいが、人手不足だったためちょうどいいタイミングだったらしい。
何もし何かあれば宮藤たちが対処してくれるだろうと考えるくらいには、俺は宮藤たちを信用していた。
今日も持ち込まれる日用品の修理だったり、工業用の機械の修理のために車で出張したりなどするとあっという間に1日が終わっていた。
工場長たちに別れを告げ、帰宅するとフィアナは帰っていた。
「……今帰った」
「お、おかえりなさいキリコ」
玄関に出てきた彼女の様子が少しおかしいように思えた。落ち着きがないように見え、しきりにソワソワしていた。
「……何があった?」
「ここだとあれだから、その、居間で話すわ」
そうして彼女に居間に連れられ、向かい合って座る。それでも彼女は落ち着きがない状態のままだった。
「……その、ね……」
そう言って、彼女は黙ってしまった。彼女が話すまで俺は待った。時計は見ていないが、5分は経っただろうか。
「で、できたかもって……」
フィアナは左手で自身の下腹部をさすった。ここまで言われれば、俺にも分かる。
「そうか……!」
俺はフィアナを抱きしめた。きつく抱きしめなかった。フィアナと自分の子を包むように、俺は抱いたつもりだった。それに対して、フィアナは強く抱き着いてきた。
「わ、私、PSなのに、子供ができたって……!普通の女性のように……!」
その言葉を聞いて、彼女の震えの理由が分かった。困惑と歓喜、それと将来への不安だということも。
PSとして、完璧な兵士として調整された彼女は普通ではなかった。彼女の周りには、以前ではココナくらいしかいなかっただろう。
彼女がPSである限りは、彼女は女性ではなく文字通り「PS」としてしか扱われないのだ。
ニュートラルシティのア・コバでバニラに言われた言葉を、フィアナは気にしていた。
人は他の人間と違う、ということに対してコンプレックスを抱くことがある。それはおかしなことではない。例えPSであろうと、異能生存体であろうと、精神は普通の人間なのだ。
他の人間のような生活を望みながら、俺たちはそれを手に入れることができなかった。
だが今こうして普通の女性のように手に入れることができた彼女の気持ちは、計り知れないだろう。
俺にできることは、いつまでも彼女を抱きしめることぐらいだった。
俺は親の記憶もなく、フィアナも親の記憶がないことから、子供の育て方など全く分からない状態だった。それを助けてくれたのが宮藤たちや、工場長とその妻、近所の方たちだった。
皆懐妊に喜んでくれ、色々アドバイスをくれた。それを聞くたびにフィアナは嬉しそうに笑っていた。俺もつられて笑うと、その場にいた者たちは穴が開くほど俺の顔を見てきた。これでも昔より笑うようにはなったが、まだ人より少ないようだ。
それから、母子ともに健康に育ち、間違いなく幸せな日々を送っていた。
そして無事、俺たちの子供が生まれた。元気な女の子だ。
名前は2人で決めていた。俺たちの今の名字をくれた秋元芳子、宮藤清佳の一字ずつ取って「芳佳」とすることを。
それを宮藤たちに話すと、快く了承をくれた。清佳のほうは少し恥ずかしいと言っていたが、文字通り宮藤たちは命の恩人なのだ。俺たちが無理を言ったようなものだ。
それを聞いていた一郎は「僕の名前は?」と手を挙げながら聞いてきた。少し男の子だったら一郎の名前を使う予定だった、と話すと一郎は少し機嫌を直した。意外と気にしていたようだ。
お互い、子育ては未知の領域だった。芳佳が泣く度、俺もフィアナも慌てて、芳佳が大人しくなるとほっと一息つき、芳佳が楽しそうにすると幸せな気分になった。
芳佳が眠ると、俺たちは疲れて座った。だが、嫌な疲れではなかった。ずっと戦い続けた、あのときの疲労とは違うのだ。
「キリコ」
「……どうした?」
「私、幸せよ」
「……俺もだ」
「ずっと、続けばいいわね……」
「……ああ、そうだな」
全て問題なかった。順調だった。
そんなある日、新しい仕事が入ってきた。
「ストライカーユニットの改良……?」
軍でしかお目にかかれない、この星独自の、兵器が舞い込んだ。それが俺の運命を変えるとも知らずに。
変わる、変わる、変わる。
この星の舞台をまわす巨獣が、奈落の底でまた動きはじめた。
天地が蠢き、人々は叫ぶ。
科学の発展は、巨獣を呼び覚ますのか。
昨日も、今日も、明日も、硝煙に閉ざされて見えない。
だからこそ、未来を求めて、さらなる力を信じて求めて。
次回「ネウロイ」。
何故人を戦いに駆り立てるのか。