───砂漠はいい思い出がない。
俺の目の前に広がる砂漠。生物が何もいない砂の大地は、記憶の片隅にあった惑星サンサの光景を思い出させるのに十分であった。
思い出すのも嫌な戦場だった。カースン、ゾフィー。多くの人たちの運命を変えてしまった星の成れの果て。俺にとって砂漠というのはそういうものだった。
赤い耐圧服を身に纏った俺は一人カイロへ足を進めていた。
南アフリカ。今俺がいるのは、誰もいない土地であった。
何故こうなってしまったのか。やはり俺は死なないのか。
少し記憶を思い出していた──
☆☆☆
繋がり、というものは今までごく狭い範囲であったと俺は感じていた。
記憶を求めて戦い続け、出会った人々の多くは炎に消えた。
ようやく神を倒した後も、俺とフィアナを巡る戦いは続いた。
俺たちは疲れたのだ。だから2人で誰も俺たちを知らない新天地へ逃げることにした。
地球。そこで得た安息の地と思われた。しかしそうではなかった、南極に突き刺さったギルガメスの戦艦が俺たちの心をかき乱した。
──また逃げるのか。否、あり得ない
芳佳という子供ができた今、昔の様に戦闘しながらの逃避行はできやしないだろう。だからといって芳佳を捨てるなどと言う選択肢はありはしない。
俺とフィアナは途方に暮れた。行き詰まりだった。まるで水中で溺れているにも関わらず、空気を吸い込む方法が分からないような状況だった。
「なら、他の国にもパイプを作る必要があるね」
宮藤一郎は俺たちの様子をみて、そう呟いた。
『山』と呼ばれるネウロイが扶桑を襲撃し、見事に撃退してからいくらか時間が経過していた。
扶桑にとって大陸の向こう側であり対岸の火事であったネウロイの脅威はもはや身近なものとなった。
世論は軍備増強を進め、年端もいかない素質のある少女──ウィッチを欧州に派遣していた。
俺は異能生存体。フィアナはPS。戦時中であれば欲しいという人間は必ず出る代物……それが俺たちだった。
だから今まで戦士としてではなく、科学者として俺はストライカーユニットの開発などに手を貸していた。
しかし欧州の戦況が厳しくなるにつれ、より協力を強要に近い形で軍の方から迫られているのも事実だった。
しかしフィアナはヂヂリウムがない以上、宮藤家の治療魔法から離れるわけにはいかない。この地で暮らし続けなければ、フィアナに未来はないのだ。
途方に暮れる俺たちに一郎は「前提として」、と呟く。その瞳は真っ直ぐ、汚れが感じられなかった。カン・ユーやなどと言った自身の保身しか考えてない者たちの眼とは全く違う綺麗な眼だった。
「南極の船と君たちが現れた経緯を考えれば、君たちとあの船の出身が扶桑どころか別の国の技術でないことぐらいは想像つく。普通の人に言ったら絵空事だと馬鹿にされそうな想像だけどね」
空を指さした後、一郎は肩を竦めた。その想像はおおよそ俺たちの出自に当たりをつけている。だが俺はあえて肯定も否定もしなかった。重要なのはそこではない。
「キリコは既に博士として地位を確立している。しかし扶桑から出たことのない君の存在は扶桑の中では強力なカードであるが、他の国にとってみれば奪い取りたいカードでもあるのさ」
俺は既に宮藤理論を用いてストライカーユニットを改良し、先日入手できたアーマード・トルーパー……通称ATを解析(ということにしている)して、図面を書き起こしている。
入手できたATは偶然にもスコープドッグだったため、必要な資材や何やらはほぼ全て教えることが出来ている。
しかしそれは全て扶桑の軍に伝えているのみであり、海外に伝わるのは扶桑の外交次第なのだ。そこを一郎は言っている。
「………敢えて姿を出すことで牽制にする、と?」
「その通り。もし別の国内で君の身に何かあれば扶桑からはもちろん、他の国からの追及も避けられない。だから他の国で手が出されることは少ないだろう……まぁ例外はあるだろうけどね。
それにこれから扶桑で何かあっても、他の国で協力が得られる……というのは大きい」
政治というのはいつ変動を起こすか分からないものである。ましてやネウロイが暴れている現状では、あっという間に情勢が変わるであろう。元々扶桑でも陸軍と海軍の中は悪いのだ。カードは多いことに越したことはない。
ならば『宮藤キリコ』というカードを扶桑任せにするのではなく、『宮藤キリコ』自身がそのカードを交渉に使えばいい、ということである。
幸いにも数年前から海外……特に欧州からは宮藤キリコを欲しがっている。無論一時的なものであるが、ワザワザ毎回扶桑から最新の知識を仕入れるのではなく、自国で全て賄うことが出来れば開発スピードにどれほど差が出るかは言うでもない。
「……だがフィアナはここから離れることが出来ない」
フィアナはPSである。ヂヂリウムがない以上、宮藤家の治癒魔法に頼るほかはない。それがこの土地を離れることが出来ない最大の理由である。
「なら君は愛妻家、ということだけ情報を流そう。体の弱い奥方から長期間離れることが出来ないという感じでね。もちろん余計なマスコミを遮断するためにウィッチの方々から同情を少し誘うように情報を流す感じにするよ」
そんなことをさらりという目の前の男を、俺は頼りになる男と感じていた。戦うことしか能のない男より、戦闘以外では目の前の男のほうが遥かに優秀である。
俺はその誘いに乗った。一郎の思惑通り、俺は世間に愛妻家であることを報じられ、基地に技術指導などで訪れた際にはそのネタで話す機会が増えたほどだ。
唯一困ったことは、芳佳が拗ねたことである。俺は拗ねて機嫌が悪くなった芳佳を元に戻すのが、今まで戦ってきたどんな敵より困難だったと感じるほどだった。
その情報を世間に流すことと並行し、俺の海外派遣の件は勧められていた。欧州のブリタニア。まだネウロイの脅威が届いていない土地を各国の技術交換の場として決められ、俺の参加も決まった。
現在の情勢はオラーシャ帝国は陥落寸前である。もしこの大帝国が落とされれば、ネウロイの進行は歯止めが利かなくなるだろうと予想されていた。
連合軍は存在し機能はしている。しかし各国家間での政治的な思惑があり、完璧な連携が取れているかと言われれば、一部の専門家は口を閉ざすであろう。だからこそ今欧州に行ってパイプ作りをする意味が大いにある、という一郎の意見である。
故に俺は欧州に足を踏み入れることになった。その狙いも、フィアナに話し了承を得た。
しかし一番困難なのはここからだった。
「嫌だー!私もいっしょに行くー!!」
芳佳の激しい訴えは、家中に響き渡った。それどころか隣近所まで響き、なんだなんだと近所の連中が様子を見にくる始末。
近所の人間から見れば、泣きながら駄々をこねる芳佳、落ち着かせようと少し焦っているフィアナ、そして全くいつもと表情が変わりないキリコである。
「お父さんは仕事で行くだけだから、ちょっと遠出するだけで……」
「じゃあすぐ帰ってくるの?」
「……数ヶ月は無理だ」
言い方ァ!と近所の人は思った。キリコと言う男は寡黙で仕事を黙々とやる男で、困っている人がいると無言だがそっと手を貸すという、男らしいと評判である。
ただ不器用なんじゃない?という意見もあり、それが見事に証明されたとも言えるだろう。
結局芳佳を宥めるのに長い時間がかかったが、ブリタニアには行けることになった。
欧州には何名かのウィッチも同行し、ブリタニアに向けて出港した。あの中には坂本と言うウィッチの姿もあった。
到着までの間、俺は客人の扱いだった。だがパイプ作りの目的もあるから、俺はあえて各種兵装の整備などを暇な時間で担当していた。交流を作るというわけだ。
とりわけストライカーユニットの整備担当からの質問が多く、ウィッチからの質問も多かったが、特に問題なかった。
「気が付くと宮藤博士は誰かに囲まれてますな」
たまたま艦内で会った艦長にそう言われたが、あまり自覚がなかった。どうやら一人ではない時間が多いらしい。目的は達成できているようだ。
「……自分にできることをしているまでです」
「……あなたのような考えが上層部にもあればいいんですけどね。無論、上層部全てではありませんが」
艦長は肩を竦めて小さく呟いた。どこの星でも、自分の出世欲を満たしたい人間はいるらしい。
それから航海は問題なく進んだ。ほどなくしてブリタニアに到着し、技術交流が開始された。
ブリタニアもそうだが、カールスラントも中々奇抜な……その、兵器も多かった。間違いなく戦場では使えない兵器であり、兵士としての俺なら手に取るどころか見向きもしないであろう物が多い。
宮藤理論から始め、各戦場における環境下の違いに対応したストライカーユニットのチューンなども話し、ATについてなども話すことになった。
連合軍としてはではあるが、実情としては各国それぞれで防衛線を展開し、兵装や弾丸などの規格も国ごとで異なるケースが多々あり、物資不足などに陥るケースも少なくないと聞いた。
しかしとあるブリタニア将校からの意見より、規格統一の話が持ち出されているらしい。それにはATの液体火薬を用いてはどうだろうか、ということだ。
「(そこまで掴んでいる……いや、知っている人間か?)」
ギルガメス、バララント。両軍のみならず、あの宇宙での争いでたやすく武器を調達し使える理由に液体火薬の恩恵があった。
戦後にもかかわらず争いが続くあの宇宙にとって、規格が合わないから使えない……なんてことがあれば、もう少し戦火は小さかったのだろうか、と一瞬考えた。
俺はそこで少し目を閉じ、気持ちを切り替え目を開いた。重要なのはそこではない。液体火薬をうまく利用しようとしている将校。そいつの名が聞ければ、敵か味方か判断できるだろう。
「では宮藤博士、我が軍のストライカーユニットは……」
「実は我が軍にスピードに関して非常に関心を持っているウィッチが居て、彼女を満足させるストライカーユニットをぜひ……!」
「これ、パンジャンドラムというのですが、ぜひ博士にご意見を……」
しかし聞ける状況ではない。むしろこちらの話を聞かないものが多かった。はたしてパイプ作りになるかいささか疑問だが、恩を売って損はないだろう。
それに相手にこちらが探っているところを感づかれては危険かもしれない。俺はいったん様子を見ることにした。ついでにパンジャンドラムは使えないと言っておいた。
結局ブリタニアにいる間は意見交換に終始し、目的の将校と南極のギルガメス軍の戦艦からの情報は得られなかった。
そう思うようにはいかないらしい。心に引っかかりを感じながら、俺はブリタニアを後にした。
☆☆☆
数年後の1944年。またブリタニアでの技術交流の話が持ち上がった。
このとき既に欧州の大半はネウロイに落とされ、追い詰められた人類は各国の精鋭ウィッチを結集させた統合戦闘航空団を各地に結成していた。
またガリアからのネウロイ侵攻の防衛線として、第501統合戦闘航空団(ストライクウィッチーズ)をブリタニアに置いていた。
欧州の最終防衛ラインとして501を配備しており、ここが陥落すれば欧州は文字通りネウロイの巣となるのは明白であった。
だが統合戦闘航空団による大規模な戦果は今だ挙がっておらず、そこに俺を派遣するのは如何なものかという意見が出るのは当然であった。
だが俺は行くことにした。こういう言い方は欧州で必死に戦っている者たちからすれば失礼極まりないが、そういった地に科学者の俺が人類に貢献すべく危険を承知で向かう──なんとも美談になりそうな話だ。
自分で考えておいて反吐が出そうであるが、現場の兵士から言わせれば、目の前のネウロイと言う脅威が排除できれば何でもいいのだ。
俺はフィアナと芳佳が無事であれば他は何でもいいのだ。そっとして平和に暮らせれば、それでいい。
だからそのためにも自ら戦火の近くに飛び込むことにした。欲しいものを手に入れるために。
家族に伝えると、2人とも了承してくれた。必ず無事で戻ってくることを、フィアナは分かっていたからだ。
ただ一つ気がかりなのが芳佳だ。俺たち2人の子でありながら、強大な魔法力に目覚めている芳佳。
この星の人間でないはずなのに、何故魔法力が目覚めたのか。異能生存体としての適応力が、魔法力として現れたのだろうか?
もし異能生存体によるものであれば、近いうち芳佳は戦火に巻き込まれるであろう。親として、心配であった。
そして液体火薬のことをいち早く気づいていたブリタニアの将校も気になる。
解けない謎を抱えながら、俺はまたブリタニアに旅立った。言い知れぬ不安を心の隅に抱きながら。
航海自体は順調であった。そう、南アフリカ沖に着くまでは。
艦内に警報が鳴り響く。視界は霧で覆われており、氷山の発見が遅れてしまったのだ。
しかし発見時は回避できる位置関係であり、問題ないとされていた。
──氷山がこの船に真っ直ぐ向かってこなければ、であるが。
巨大な氷山は船が回避行動をとっても、真っ直ぐ船へ向かってきた。まるで生きているかのような、そんな動きだ。
「主砲、てー!」
艦長の判断は早かった。回避行動しつつ、主砲で氷山を狙い打った。
現状ベストな行動であろう。だが、氷山は止まらない。
「面舵一杯!回避行動も取りつつ、撃ち続けろ!AT部隊も甲板上で氷山を狙い打て!ウィッチも氷山に向けて攻撃しつつ、周辺警戒を怠るな!」
判断が速い艦長である。持てる火力を氷山に向け、ウィッチも出撃させた。俺は邪魔にならないような位置で状況を見守っていた。
砲撃で氷山の一部が砕ける。艦内から歓声が沸くと同時、耳障りな音が響いた。
「氷山から、ね、ネウロイ出現!」
黒い触手の様なものが氷山から何本も生えていた。否、それは正確ではない。中に入っていたネウロイが外の氷山が砕けて這い出てきた、というのが正しいだろう。
「バカな!ネウロイが海水を克服しただと!?」
ネウロイは海を越えることが困難であるのが現在の定説である。無論以前に扶桑を襲った『山』など例外はあるが、それは空を飛んでいたからだ。
今回の様に海水と接している氷山の中にいるネウロイなど、観測史上初であることは間違いなかった。
「ウィッチに伝令!本艦が離脱するまでの時間を稼げ!撃破が目的ではな────」
戦場において敵が待つことはない。ネウロイの赤い熱線は、ブリッジを中の人間事消滅させた。
氷山にいるネウロイは大型ネウロイである。その攻撃力は戦艦を一撃で落とすものであり、今回は当たり所が悪かった……としか言いようがない。
指令室は吹き飛び、浮足立つ兵士たち。統率の取れない兵士など、ネウロイからしてみれば烏合の衆でしかない。
何とか空に飛んでいたウィッチは体勢を立て直し攻撃を仕掛けるが、氷山の厚い氷に阻まれ、2桁以上の触手からの熱線で近寄ることすら困難であった。
ネウロイの攻撃は他の船をも攻撃し、次々と火柱が上がり、船と人が沈んでいった。海が赤く炎で燃え上っていた。
俺はATがある場所へ駆ける。抵抗せず船と運命を共にする選択肢は俺にはない。
既に艦内は火が回り始めていた。ATに着く前に脱出の準備を始めている者から声を掛けられる。
「宮藤博士!こちらへ!脱出します!」
「……今ここで脱出しても狙い撃ちされるだけだ」
「しかし!」
後の言葉は続かなかった。突如爆発が起こり、俺は何度も廊下を転がる羽目になった。
しかし俺に大きな外傷はない。だが先ほどいた兵士たちは抉られて消滅された廊下と同様、この世から姿を消していた。
俺は走った。何度も目にした光景に、もはや感傷に浸るほど感受性は高くないと、言い聞かせながら走った。
目的の場所にあったのはスコープドッグ。慣れ親しんだ機体は、俺にどこか安らぎを与えてくれた。
だが氷山のネウロイは遠い。ATのヘヴィマシンガンしか武器がないスコープドッグでは、奴の相手は荷が重い。
燃え上る甲板上から俺はネウロイを狙い打った。落ちていくウィッチ、弾け飛ぶ脱出艇、沈む戦艦。何もかもが海に還るのを横目で捉えながら、俺は撃ち続けた。
「おはよう、言葉はわかるかい?」
「……ああ」
眼を開けると、医者らしき男が一声かけてきた。全身包帯だらけで痛みが走る俺を一瞥した医者は俺の脈と瞳孔を確認し、カルテに記した。
あれから3日。医者から話を聞くと浜で打ち上げられていた俺を村の人間がここまで連れてきてくれたらしい。村唯一の医者は、俺以外の外部の人間は存在しないと語った。
「礼を言う」
「なぁに、僕は医者だからね。むしろ大勢を助けられなかったことが心残りさ」
最後の記憶は氷山のネウロイが割れたこと、そのネウロイが直前に火薬庫に熱線を直撃させ、
文字通り船が木っ端みじんに吹き飛んだこと。それぐらいだった。
医者によると、ここでは通信施設なんてものはないという。もし何等か通信手段を手に入れるのであれば、もっと大きな街や都市に行く必要性があると言われた。
「だがお勧めしないな」
「………何故だ?」
「民族問題は理屈じゃない、ということさ。ネウロイより根が深い」
どうやらネウロイと言う人類を脅かす脅威があっても、人は争い続けるらしい。
俺は立ち上がると、無理しないよう医者に止められる。だが半分以上は治っていると感覚で分かっていた。心臓を打ち抜かれたときより、傷の治りは早く感じている。
もしも多くの街や都市がダメなのであれば、確実に連絡を取れる基地を俺は知っていた。
──トブルク
地図で言えばエジプト・カイロの隣にあるアフリカ最前線基地であれば、確実に扶桑に連絡は取れるだろう。
アフリカ大陸横断ということに目を瞑れば、だが。
青い空、黄色い砂。
かつては民族同士の流された夥しい血がこびりついた、不吉な砂。
しかしここには輝く星もある。
ネウロイへの鋭い爪痕が刻む星が。
次回『アフリカの星』
その星でさえ、勝利を掴めるかは分からない。
ストライクウィッチーズRtB最高でした。しかし本編に平和はいつ訪れるのだろうか