そうだ卓球、しよう   作:難民180301

10 / 10
二年目2

 旋風こよりがカヤを目にした最初の印象は『ものすごく上手い人』だった。打球の不安定な一年生の初心者のボールを難なく拾い、寸分たがわぬコースと威力で返球する。それも呼吸するような自然体でだ。あまりにも綺麗で無駄のない振りをするので呆けてしまい、話しかけられたときには慌ててしまった。

 

 そして実際に打ちあったときの印象は――『熱い』だった。

 

 卓球は相手との距離が近いため相手の表情がよく見える。カヤの表情はどんなときでも大きく変化しなかった。その代わり強い意志を主張していたのは、眠そうな半眼の下にある瞳だった。

 

 両の瞳には卓球に対する熱い思いが炎のようにたけり狂っている。卓球が大好きでたまらないその気持ちは、一球打つごとに火の粉のようにこよりへ飛び火し、灼熱のラリーが展開された。

 

 一年生の先生役になったから基本のメニューでは打てなかったけど、部内戦ではまたあの熱いラリーを……!

 

 と意気込んだこよりは部内戦の時間になるや否や飛ぶようにカヤの下へ駆ける。しかしカヤは一年生たちとともに試合を見学するつもりらしく、防球フェンスに沿って一年生を一列に整列させている。

 

「この試合をよく見て学ぼう。三球目、五球目のイメージがつかめると思う。あと、見てて面白い」

 

「はーい!」

 

「あ、旋風さんも一緒に見る?」

 

「あ、あの、試合……」

 

「この試合の後でよければ」

 

「ほんとっ!? 約束だよ!」

 

 約束を取り付けたこよりはカヤの鼻息荒くカヤの隣に陣取る。反対側には試合を見学する一年生たちがずらりと並んでいた。

 

 観戦する試合はハナビ対ほくと。こよりの印象では、ハナビがスピード感あふれる速攻、ほくとが三球目戦術を駆使した速攻、どちらも実力は互角である。

 

 まずは一球目、ほくとからのサーブ。バックに短い下回転。ハナビがこれをフォアへストップ。

 

 が、想定以上に強い回転がかかっていたのか、ストップではなく長いツッツキになった。ほくとはそのチャンスボールをすかさずストレートへドライブする。エンドラインへ鋭く入ったドライブをハナビはブロックするが、角度が合わずネットミス。先制点はほくととなった。

 

「今のが三球目攻撃。相手のレシーブにある程度ヤマ張って攻撃する戦術」

 

「なるほどー」

 

 感心する一年の声をバックに試合は進む。ほくとの二球目のサーブ。フォアに短く下回転、と見せかけたナックルサーブ。回転を見抜いたハナビは思い切りよく台上で払う。ほくとはこの速球を再びストレートへカウンターで返す。

 

 が、ハナビも負けてはいない。素早くニュートラルへ戻ったかと思うとラケットをバックに構え、全身でタメを作りヒジを支点にラケットをふるう。パアン、という快音とともに速球がほくとのバックサイドを抜けて行った。

 

「今のはナックルを払われると読んだ上でのカウンター三球目。普通なら決まってた。ハナビのファインプレー」

 

 ハナビがカヤの祖父に教えられた技術の一つがバックハンドスマッシュだった。ペンホルダーはフォアに比べてバックが弱いと言われており、事実ハナビもその通りだった。かといって実戦でバックに回り込んでフォアで攻撃し続ける体力、フットワークを身につけるのは一朝一夕ではかなわない。そこで出た案がバックハンドスマッシュである。

 

 入らなくてもいい。パッと見威力のありそうなボールをバックで打てば、バックにも大砲があるというこけおどしになる。要は、安定性度外視の威嚇であった。

 

 ただ、カヤが休部している間に成功率、安定性が増したようだ。今のボールも去年の新人戦のころは入ってなかっただろう。

 

 次はハナビのサーブとなる。ハナビのサーブは打ち合い上等なハナビらしい素直なものが多い。

 

 今回もその例にもれず、分かりやすい横上回転のロングサーブだった。ほくとはミドルにレシーブ。

 

 すかさずハナビが打って出る。自信満々のフォアハンドドライブを相手のフォアへ。そこに来るのを読んでいたほくとはブロックしてハナビのバックへ。

 

 ハナビは素早くバックに切り替えバックハンドスマッシュ。ほくとはこれもブロックして今度はフォア側へ送ると、若干ボールが高くなってしまう。

 

 チャンスボールを全力でフォアハンドスマッシュで決めるハナビ。そのボールはノータッチでほくとの後ろへ抜けていく。

 

「今のハナビみたいに、スムーズなフォアとバックの切り替えができると強い。旋風さん顔赤いけど大丈夫?」

 

「だ、大丈夫。えへへ……」

 

 熱くドキドキする打球の連続に、あがりは興奮を抑えられない。しかも目の前のハナビとほくとだけではなく、卓球場のすべての台で今のラリーのような胸躍る試合が行われているのだ。頬が上気し変な笑みが出るのも無理はない。

 

 そうして妙に興奮しているこよりを訝し気な視線を送りつつカヤは試合の解説を続け、ほどなくハナビの勝利で試合が終わるのだった。

 

---

 

 こより対カヤの試合には多くの部員の注目を集めている。部内ランク二位のクマミと互角の勝負をした期待の新人と、去年の新人戦シングルス覇者の戦いだけあって、期待の視線が多い。

 

 軽く手首をストレッチしながらすでにカヤは台についている。こよりも素振りや足踏みをして準備は万端なようだ。と、そこでカヤは何かを思い出したかのように「あ」と声に出すと、急ぎ足で先ほどまで教えていた一年のところへ戻ってきた。

 

「私じゃなくて、旋風さんの動きをよく見て学んでね」

 

「へ?」

 

「はいはい、私がちゃんと教えとくから早く行ってきなさい」

 

「よろしく、あがり」

 

 あがりに一年への解説を頼み、カヤは再び台につく。軽い練習ラリーをしてラケット交換へ。その様子を見ながらたんぽぽが代表して質問する。

 

「あがり先輩、今のどういうことですか?」

 

「試合展開を見てれば分かるわ。ちなみにラバーの種類についてはもう覚えた?」

 

「はい、裏ソフト、表ソフト、粒高、アンチですよね!」

 

「なら説明も楽ね。カヤはペンに粒高、裏ソフトを貼ってるの。ほら、試合を見て」

 

 まずはこよりからのサーブ。カヤのバックに長い下回転サーブ。カヤはこれを回り込んでループドライブ。

 

 こよりはミドルへ帰ってきたループドライブをカウンターで叩こうとするが、回転量に負けてオーバーミス。

 

 次のこよりのサーブはバックに短い下回転サーブ。カヤはこれを粒高でプッシュする。こよりのフォアサイドをナックル性の速球が駆け抜けた。

 

「あれ? 何かおかしいような……」

 

「田中さんは気づいた? 今のカヤの変なところ」

 

「あの、粒高って回転がかけづらいんですよね? でも一球目のレシーブですごい回転をかけてたように見えたんですけど」

 

「でも二球目のレシーブは相手の回転を無視してプッシュで押し込んだわよね?」

 

 一球目は裏ソフトのようなレシーブ、二球目は粒高らしいレシーブだった。しかしペンラケットはフォアもバックも同じ一枚のラバーで対応するはずなので――と一年全員が首をひねっていると、たんぽぽが「あっ」と声をあげる。

 

「もしかして反転ですか!」

 

「正解! よく見て」

 

 カヤが赤面でツッツキをする。こよりがツッツキで返球すると、カヤは黒面でそのボールをはじくように打ち抜いた。無回転のボールがこよりのラケットにあたり、下へ落ちてネットにかかる。

 

「粒高と裏ソフトの面を反転しながらラリーをしてるの。赤面が裏、黒面が粒高ね」

 

「へー、器用ですね」

 

 中ペン前陣異質攻撃型。これが去年の新人戦でカヤのたどり着いた戦型だった。回転量が多く威力の高い裏ソフトでの打球と、無回転がほとんどで守備的な技術を主とする粒高を使った緩急で相手をほんろうする。もともと得意だったドライブ技術と迷走中に手を出した粒高技術を折衷した戦型である。

 

「この戦い方の一番厄介なところは、粒高の弱点がなくなってることよ」

 

「弱点ですか?」

 

「ええ。粒高は打ちにくいボールを出せるけど、その分コントロールが難しくてミスも多い。だから粘り強く返し続けて自滅を待つのが結構効くの。今やってるみたいに」

 

 こよりは強打からツッツキを中心にコースを散らし、粘る作戦に切り替えた。カヤが粒高でプッシュしたボールも含めて忍耐強くボールを拾う。

 

 これだけ粘っていれば粒高の方がミスをするのがふつうなのだが――こよりのボールがほんの少し高くなった。

 

 それを待ってたとばかりカヤは素早く回り込み、ラケットを反転させ渾身のスピードドライブ。突如速くなったラリーのテンポについていけず、こよりの伸ばした腕の先をボールが抜けていく。

 

「カヤのドライブ技術はピカ一よ。消極的になればとたんに狙い撃ちされる……!」

 

「……最初から全部裏ソフトで攻撃するのはダメなんですか?」

 

「それは本人に聞いて」

 

 あがりは解説を投げた。実際、単純な強さでいえば粒高をひっぺがしてフットワークとドライブの威力でごり押しするドライブ主戦型の方がカヤは強い。しかしどちらの戦型でも強いのは変わらないので、なぜ戦型を変えるのか当初は気になっていた部員たちもしだいに関心が薄れていった。そのため、祖父に勝てず迷走の末今の戦型になったことは、カヤ本人以外誰も知らないのだった。

 

---

 

 スコアは7-1。こよりの劣勢である。

 

 こよりはカヤが格上であることを理解していたし、そんな相手に六点差をつけられている状況がすでに絶望的であることも知っていた。得点差の優位がプレーと心に余裕を与え、実力差が如実に出るようになるからだ。

 

 それでもなお、こよりの表情は輝いていた。

 

(すごい、すごいすごい! こんな卓球があるんだ!)

 

 何をどんなにがんばっても、気持ちよく強打することができない。チャンスボールがやってこない。開き直って無理に打ちに行くとやはり入らない。カヤの卓球は、相手のペースをかき乱し自分のやりたいことだけを押し付ける究極のマイペース戦術だった。

 

 こよりはペンホルダーの粒高の選手と戦ったことはある。その選手たちとの試合では粘り強く続けていればチャンスボールがめぐってきて、スマッシュで気持ちよく決めることができた。

 

(ツッツキで粘っても――)

 

 ドライブされる。台上でストップしても粒高で払われる。

 

(強打しても――)

 

 入らない。相当ボールタッチの感覚が優れているのか、無回転に近い上回転、下回転、横回転、完全な無回転などを細かく使い分けており、角度を合わせてこわごわとツッツキをしないと返せない。

 

(サーブは――)

 

 読めない。同じモーションから順横回転、逆横回転を出し分けしているので判断が遅れ、返すだけの消極的なレシーブになってしまう。

 

 そうしてスコアは10-2。カヤのマッチポイント。サーブはこよりだ。

 

(相手に何もさせない卓球。すっごいや。でも私だって、こんな卓球するってところ、一回くらいは見せるんだから!)

 

 こよりの卓球の主軸はスマッシュだ。気持ちいいフォアハンドスマッシュで打ち抜く得点パターンが多い。せめて一度は打つために、カヤに効きそうなサーブを考える。

 

(相手のフォアにロングの上回転!)

 

 カヤは何度も強力なフォアドライブで得点しているため、追い詰められたこよりがあえて危険なフォアにサーブを出すとは予想しないはず。甘く返ってきたボールを思い切り強打したい。

 

(行くよ橘さん! これが――)

 

 私だよ、と思い切りよくサーブを出す。

 

 すると今日最速のドライブがこよりのバックサイドをぶち抜いた。

 

 目が点になっているこよりにかまわず、無情にも得点カウンターがめくられ11-2となる。試合終了だ。

 

「え、ええー!?」

 

「何か仕掛けてくるって顔に書いてあった。打ち合い上等でロングにヤマ張ったらその通りだった。旋風さん、もうちょっと表情に気を付けた方がいいと思う」

 

「あ、あはは……卓球は相手の表情よく見えるもんね」

 

 部内ランク最下位対決は、カヤの勝利で幕を閉じた。

 

---

---

 

 カヤの復帰とこよりの入部を機に部は活気づいた。身近に強い選手がいることで目標が明確になり、また新戦力に負けたくない一心で士気は大幅にあがった。特に指揮を任されている副部長のムネムネは、近く相方の後手が復帰することもあって人一倍練習に熱が入った。その熱が部全体に伝播し、練習場では毎日のように灼熱の気炎があがる。

 

 新年度を迎えた雀が原卓球部は、こうして熱いスタートを切るのだった。










一区切り。
七巻と二期を待ちつつ書き溜めます。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。