そうだ卓球、しよう   作:難民180301

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一年目4

 雀が原中学校の卓球部に所属する生徒のほとんどは卓球の大好きな卓球人だが、部活動は基本放課後から。授業時間は各々普通の生徒として過ごしている。

 

 六月半ば。梅雨の湿った空気漂うある日、四時限目終了のチャイムが鳴った。生徒たちは弁当を手に思い思いの場所へ昼食をとりに行く。

 

「あーちゃん! ごはん食べよう!」

 

「はいはい。そういえばクマミ、いつもこっちに来るけど、ちゃんと自分のクラスに友だちいるの?」

 

「いるよ! でも私はあーちゃんと食べたいの!」

 

 クラスをまたいであがりのもとへやってきたのは月ノ輪紅真深。何度も打っているうちに名前で呼び合う仲になった。距離感の詰め方が少し押し気味なところを除けば、とてもまっすぐないい子である。

 

 空いた椅子を勝手に持って来て、あがりの机に弁当を置くクマミ。

 

「できればカヤちゃんも一緒がよかったな」

 

「席から立つの面倒だからパス、って言われたんだっけ。ほんと、卓球が関わらないとひどいぐうたらね」

 

 クマミが口に出したのは同じ卓球部の親しい同級生のうちの一人、橘カヤの名前だ。全5クラスのうち、1組にあがり、2組にくまみ、3組にカヤ、5組にハナビ、ほくとの内訳となっている。

 

「ううん、そうでもないよ?」

 

「どういうこと?」

 

 二人同時にいただきますをしつつ、お弁当にハシをのばす。

 

「3組の人から聞いたんだけど、カヤちゃん3時間目の体力測定で、学校記録出したんだって」

 

「嘘でしょ!?」

 

 中学生の体力測定。室内と屋外の二コマに分けて実施される体育のテストである。卓球が絡まなければ、眠そうでけだるげな雰囲気の通りかたつむりのようにしか動かないカヤが記録を出したなんて、あがりには到底信じられない。

 

「うーん、言われてみると私も信じられなくなってきたかも。この後直接聞きに行かない?」

 

「そ、そうね。あ、体力測定といえば1組は5時間目体育だったわ……」

 

「うわ、おなか痛くなるやつだね」

 

 嫌なことを思い出しつつ、昼食の時間は和気あいあいと過ぎて行った。

 

---

 

 昼食を終えたあがりとクマミは、カヤのいる三組の教室へ向かう。

 

 カヤが本来とは違う戦型でプレイしていることが分かったのは先週のことだった。二年のトップである後手キルカに、ペン持ちのドライブ主戦型という戦型で圧勝したのだ。

 

 実力を隠していたのかと激昂しかけたあがりだったが、後手との試合後、ペン持ちをする自身の右手とラケットを見つめるカヤの物悲しい表情を前に、怒りが失せてしまった。その表情から何か事情があることを察するのは、あがりをはじめ全部員にとって難しいことではなかった。

 

 結局カヤは、異様に強いが本来の戦型でプレーすることに抵抗がある、よく分かんない子として認識されるようになった。

 

 よく分かんないといっても強いことだけは確かなため、一年はもちろん二年、三年にも練習相手としてよく指名されており、敬遠されている雰囲気はない。

 

 そんなカヤがまた、眠そうなイメージに合わない体力測定で新記録などとよく分かんないことをしでかしたという。あがりとクマミが気になるのも無理はないことだった。

 

「あれ、カヤちゃんじゃない?」

 

 クマミの声にしたがって見てみると、三組の教室から知らない女子二人についていく形で、カヤが出てきた。

 

 女子の一人は手にアンパンを持ち、馬に対するにんじんのごとくカヤの目前に掲げている。その女子が歩けばカヤも同じ方向へ歩いていく。三人は階段の踊り場へ入って見えなくなった。

 

「餌付け?」

 

「言ってる場合!? 追いかけるわよ!」

 

「ま、待ってよあーちゃん!」

 

 首をかしげるクマミを置いてあがりが駆けだす。まるきり不審者に甘いものでつられる子供のような状態だった。放っておくと何されるか分からない。

 

 三人がいたのは閉鎖された屋上前の踊り場だった。カヤはアンパンをもさもさしつつ、女子二人が話すのを聞いている。一段下の踊り場にいるあがりとクマミには気づいていないようだ。

 

「お願い! 夏大会の助っ人にきて! うち、部員が少なくて欠場の危機なの!」

 

「あわよくばそのまま入部して! 50メートル7.7なら短距離で全国狙えるよ! 長距離もフォームを覚えれば化ける! 陸上で世界目指そう!」

 

 あがりにはそのタイムがよく分からなかった。クマミに目線で問いかけても首を横に振られる。

 

 とにかく状況は把握できた。短距離走で学校記録を出したカヤの足に目を付け、同じクラスの陸上部が引き抜きをしようとしているのだろう。

 

 だとすれば割って入る必要はなさそうだ。カヤが卓球を心から好きなことは、あがりを含め共に打ったことのある部員みんなが知っている。卓球を捨てて陸上部に行くことはないはず。

 

「うーん……」

 

「今なら食後のコーヒー牛乳もつけるよ! 掛け持ちでもいいからさ!」

 

「コーヒー牛乳……うーん……」

 

「モノに釣られてんじゃないわよ!」

 

『知らねー相手にモノをもらうなって教わんなかったかオイ!?』

 

 あんぱんとコーヒー牛乳で釣られそうになっているカヤを見てあがりとクマミはたまらず割って入った。クマミは威圧感を与えるため腹話術で低い声、荒い口調を使う。

 

「な、なに今の声怖っ!?」

 

「あなたたち! 部活の事情は分かるけど、カヤは私たち卓球部のものなんだから!」

 

『渡さねーぞコラァ!』

 

「もの扱い……」

 

 ヒートアップして若干カヤの扱いが雑になっている。複雑な表情を浮かべるカヤだったが、構わず事態は進行する。

 

「もー! 二人は分かってる? 50メートル7秒台、1000メートル3分20秒の価値!」

 

「フォームが壊滅的なのにこのタイムなの! 走り方を覚えたらどれだけ上に行けるか!」

 

「そんなの知らないわよ! カヤはうちで卓球するの!」

 

「そうだよ。夏大まであと二か月、みっちり練習するんだ」

 

「私、夏は出ないよ」

 

「この原石を放っておけって言う……ん?」

 

 さらっと投げ込まれた爆弾発言に議論の熱は急速に冷めた。

 

 夏は出ない。つまり、夏の大会は出場を見合わせる。ほぼ確実に地区予選はぶっちぎり、全国を狙えて、団体戦も二年三年の先輩方を押してメンバー入りも可能なカヤが、夏の大会に出ない。

 

 意味を理解した陸上部女子は目をぱちぱちと瞬かせる。

 

 次いで、あがりとクマミはワナワナと震えながら、

 

「ええーっ!?」

 

 と校舎中に響く驚愕の声を発したのだった。

 

---

 

「カヤは夏大出ないのか!? なんで!?」

 

「気になる」

 

「私も教えてほしいかな」

 

「わ、私も」

 

 練習前の更衣室にて、カヤはハナビ、ほくと、後手、ムネムネの四人に問い詰められていた。直接聞きはしないが、二年、三年の部員も静かに耳をそばだてているようだ。あがりとクマミが部室に来るなり「昼休みのこと詳しく!」と聞いたことから全員に知れ渡った。

 

 更衣室の雰囲気は張りつめている。カヤの実力は全員が知っており、二年と三年は団体戦のメンバー争いにおいてカヤを非常に大きな難敵として見ている。難敵がいなくなるのはうれしいが、できれば試合の場でキチンとメンバー枠を賭け戦いたい。複雑な思いが緊張感を生んでいる。

 

 この空気で誤魔化すのは筋が通らない。そう判断したカヤはゆっくりと口を開いた。

 

「大阪にある私の実家で、卓球教室をやってる。夏は忙しくて人手が足りないから、手伝いに行く」

 

「ああ、なるほど。新しい人も入るし、既存メンバーに集中して教えたりとかあるからね」

 

「はい。ちなみに日本一先生と部長には事前に伝えてます」

 

 後手の補足に聞いていた部員たちは納得した。要は、夏に繁忙期を迎える家業の手伝いがあるらしい。家庭の事情なら強くは言えない。顧問と部長にきちんと伝えているなら文句もなし。

 

「お手伝いかー! それなら仕方ないなー!」

 

「私も家が卓球ショップだから事情は分かる」

 

「残念だけど仕方ないわね」

 

 普段のにぎやかな雰囲気に戻りつつある中、未だ納得できない二人がいた。あがりとクマミだ。切なげな顔で胸をぎゅっと抑え、唇を噛んでいる。

 

 二人はカヤとマンツーマンで長時間打った経験もあって、カヤの卓球の腕をほかの部員たちよりも深く知っている。同年代の中ではダントツで強い。もしかすると部内一位の部長すら上回るかもしれない。それだけの実力があると身をもって知っているからこそ、カヤが力を発揮する場に出ないことが悔しく、口惜しい。

 

 そんな二人の気持ちを知ってか知らずか、カヤは変わらず眠そうな目つきで、

 

「私の分までがんばって」

 

「わ、分かってるわよ!」

 

「うん、絶対、がんばるよ!」

 

 雀が原中学校卓球部、更衣室で繰り広げられる、練習前の一幕だった。

 

---

 

 基礎メニューを終えた後の卓球場。各自この後の自由練習に備え、部員たちは休憩したり水分をとったり、練習パートナーを見つけに行っている。

 

 自由練習とは課題練習とも呼ばれ、自分に足りない部分を補うこと、または強みをさらに強化することなど、選手それぞれの課題をもとに自分でメニューを考え実践する練習である。

 

 部長である紫藤も課題をこなすため練習パートナーを探しているのだが――紫藤の抱える課題に付き合える部員の当てがなく、腕を組んで考え込んでいた。

 

(夏大に備えて裏面対策したいんだけど……いないわよねー、出来る人)

 

 紫藤が探しているのは、ペンホルダーによる特殊な打法、裏面打法ができる部員だった。通常のペンホルダーはラケットの表面(フォア面)のみを使ってフォアとバック両面の打球をするのに対し、裏面打法ではラケットの裏面(バック面)を使ってバックに対応する。通常のペンのバックに比べラケットを振りぬきやすく切り替えも速いため、強力なバックドライブ、スマッシュが可能となる。

 

 ただ、ペンホルダーの人口が減っていることと、実用レベルまで習得するのは極めて難しいこともあって、裏面打法の使い手は少ない。

 

 しかし夏大会の地区予選にこの打法の使い手が出るのだ。まだ組み合わせは決まっていないが、上に行けば確実に当たる。特殊な打法なので事前に慣れておきたい。

 

 と、そこまで考えたとき橘カヤの姿が目に入った。外の冷水器まで水を飲みに行ったのから帰ってきたところで、練習パートナーはまだいない。

 

(たしか元はペンホルダー。全然使わないくせにカットも覚えてるってことは、裏面打法ももしかすると……。ダメ元で聞いてみようかしら)

 

「橘さん!」

 

 前髪の間から眠そうな目が紫藤を見上げる。

 

「裏面打法できる子を探してるの。あなたはできる?」

 

「できます」

 

「そうよね、やっぱり――えっ、できるの!?」

 

 橘は即答した。さも当然のように、見栄を張ってる風でもなく、淡々と答えた。

 

「じゃ、じゃあこの後の練習一緒にお願いできる?」

 

「分かりました。どんな練習にしますか?」

 

「まずは――」

 

 棚からぼたもち。紫藤は今年の一年の有望さに舌を巻きながら、事前に考えておいた練習メニューをテキパキと伝えていった。

 

---

 

 裏面打法による基本のラリー、ドライブとブロック、ツッツキなど、基本のメニューを駆け足で済ませた時点で、紫藤は裏面打法のボールにすっかり慣れた。フォアドライブと同等のバックドライブ、スマッシュが打てる点と、若干の横回転が混ざっていることを除けば普通の打ち方とさして変わらない。

 

 そうして仕上げとしてサービス二本交代、コース指定なし、つまり試合形式の練習を行っている。

 

(く、さすがに面倒ね……!)

 

 先輩の意地でどうにか得失点は互角に抑えているが、実戦形式での裏面打法は面倒極まりない。

 

 紫藤が大会で相対する使い手は、フォア面に表ソフト、バック面に粘着性裏ソフトを貼り、テンポの速いフォアのスピードボールと回転量の多いバックのドライブで変化をつけ、相手が慣れないうちに押し切る戦い方を得意とする。

 

 橘には事前にそのことを伝え出来ればそれを意識した打ち方をしてほしいと言ってある。

 

 橘はスペアの両面裏ソフトラケットを使い、言われた通りの打ち方に徹している。バックは裏面打法で回転を重視し、フォアは角度打ちとスピードドライブで表ソフトのスピードを疑似的に再現している。

 

 紫藤はラリーをしながら、春の大会で見かけた例の対戦相手と目の前の橘の姿を重ね見た。

 

(この回転量と速球の緩急……! 初見でこれに対応するのは私でも難しい。強いわけね。でも、それ以上に――)

 

 どんだけこの子器用なの、と戦慄する。普段は前陣異質攻守型、本来はペンのドライブ主戦型、今は疑似的な表ソフト裏ソフトによる前陣速攻型。この上カットまで習得しているらしい。オールラウンドにもほどがある。

 

 フォアに飛んできた裏面打法のドライブを、ドライブでクロスに打ち返す。ボールがサイドライン上を鋭く抜けて行ったところで、タイマーが鳴った。

 

「はあ、はあ、か、課題交代!」

 

「はーい!」

 

 部長として号令をかければ元気な返事が返ってくる。台に手をつき息を整える紫藤。先にこちらの課題に付き合ってもらったので、次は相手の課題練習だ。

 

「あ、ありがとう。大分いい練習になったわ」

 

「そうですか? ならよかったです」

 

 対戦相手のイメージはつかめた。後はそのイメージをもとに対策、戦術を考え一つ一つ実践していけばいい。紫藤が練習で得られたものは大きかった。

 

 後輩にこれだけ教えられたことにプライドが不服を唱えているが、そのくらいは気にならない。橘の課題練習を完璧にこなして礼をしよう、と紫藤が顔をあげると――

 

「……すみません、ちょっと休憩もらっていいですか」

 

「え?」

 

 苦々し気な顔で右手首のストレッチをする橘が目に入った。

 

「まさかどこか痛めたの?」

 

「いえ、ラケットを持てば痛む程度なのでそんなには」

 

「大分ひどいじゃん! 手当てするからこっち来て!」

 

 大丈夫です、と主張する橘を練習場の外へ引っ張っていく。練習中の部員たちが手を止めるものの、「みんなは練習を続けて! よもぎ、後は任せた!」と紫藤が一喝する。副部長のよもぎに指揮が預けられ一応練習は続いたが、部員たちは心配のあまり気もそぞろで集中できなかった。

 

 保健室への道中、橘はぽつりと口にする。

 

「えっと、腱鞘炎っぽいので、冷やしてじっとしておけばいいと思います」

 

「分かった! 他に痛むところは!?」

 

「大丈夫です」

 

 保健室で腱鞘炎だと説明したとき、橘の右手の指はけいれんしていた。養護教諭の先生は難しい顔で患部を処置していく。

 

 紫藤は自身の考えの甘さを悔やんだ。いくら強く器用といっても、橘はまだ体の出来上がっていない中学一年だ。裏面打法を使わせるのに危険があることは分かるはずだった。

 

 中学女子卓球界で裏面打法の使用者が少ない原因は、習得難易度の他に手首への負担がある。通常の打ち方よりも肘と手首を駆動させるため、筋力の不足しがちな中学生が使うには腱鞘炎などのリスクが伴う。

 

 アイシングの処置を受けてから保健室を出る。危険があると知っていたのに、自分本位に喜んで橘にけがをさせてしまった。そう考える紫藤は意を決して橘に向き直り、頭を下げようとして――

 

「こうなることは知ってました」

 

 橘の一言に動きを止めた。

 

「裏面打法の使い過ぎでこうなったことはよくあります。分かってて打ちました。だから私の責任です。すみませんでした」

 

「……たしかに故障を分かってて打ち続けるのはいけない。でも、私もいい練習ができて舞い上がってた。そのせいであなたの負担を忘れていた。こっちこそごめんなさい」

 

 お互いに非を詫びた二人はしばらく頭を下げ続けた後、同時に頭をあげる。

 

 今回のトラブルはお互い様ということで落ち着いたが、紫藤には部長としてはっきりさせておくことが残っている。なぜ橘が無理をしてまで打ち続けたのかだ。

 

「やっぱり、先輩に頼まれると断りづらい?」

 

「いえ。相手が誰でも嫌なら断ります。でも私はその……大会に行けないから。先輩を応援できないから、少しでも練習で役に立ちたかった。できることをしたかった」

 

 そうか、と紫藤は得心する。前もって欠場する旨を聞いたとき、今日練習前にみんなに言ったとき、橘はずっと平静を保っていたように見えた。しかし実際は、出られないこと、部員を応援できないことを強く悔いていたようだ。故障を恐れず無茶をするほどに。

 

 紫藤の手が橘の頭にのびる。人形のようにサラサラの黒髪をわしゃわしゃとかき乱した。

 

「まったく。応援はうれしいけど、あなたが身体壊したら意味ないでしょ!」

 

「……ごめんなさい」

 

「これからはもっと自分を大事にすること! 分かった!?」

 

「はい……」

 

 しょぼくれた返事をする橘。実力も戦型も、性格もよく分からない彼女だが、部員への思いはとても強いらしい。

 

(こんだけ身体を張った応援されて負けるようじゃ、女が廃るわ。絶対結果を出してやるんだから!)

 

 夏大会に向け気合を新たにする紫藤。調子に乗られてまた同じことをされると心臓に悪いので、決意はあえて声に出さない。

 

 ひとまず、練習を抜け出して物陰からこちらを盗み見ている一年生の四人組を捕まえに行こう。事情を話せば橘はまた叱られることになるだろうが、それが何よりいい薬になるだろう。

 

 そう考えた紫藤は「そこの一年! 出てきなさい!」と声を張り上げるのだった。









副部長の名前は独自補完です。
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