光と影は表裏一体だって、昔に話をされたことがある。
表と裏、それはクルリと裏返ることがあるから、気をつけなさいって。
艦娘は深海棲艦と切っても切れない、縁みたいなものがある。
特に貴方の場合はって。
私はその時、この話は艦娘だけだって思っていたんだけど。
本当にもう、どうしようかな?
『またか!!』
『ああもう!! あいつらいっそのこと推進機を破壊しませんか?!』
うん、もうちょっと穏便にね。
止めようと考える私の目の前で、叢雲と大和がまた敵艦隊へ突撃していくのでした。
本当にもう、どうしてこう何度も敵艦隊に、正確に突撃出来るかなぁ。
「私より探査範囲が広いとか」
『おい、嬢ちゃん』
「ごめん、そうだよね。こんな場合じゃないか」
今はどうでもいいことか。とにかく今は二人を止めないと。
海面を蹴とばすように、私はもう『二十回』を超えた出来事を止めるために動き出した。
鎮守府の会議室は重い空気に包まれていた。
「本当にもう勘弁してください」
こんなこと、言いたくないけど。
「ごめん」
小さく叢雲が謝ってくるけど、これを聞くのは何度目かなって話だよ。
『謝ればいいって話じゃないんだよ。俺達は資源を集めているのに、何だこれは?』
副長、本当に怒ってるね。普段なら口を挟まないのに、ここまで語気を荒げるのも珍しい。
他人の艦娘には他の妖精がついているから、そいつらの度量に入りこむことは失礼だからって、遠慮していたりするのに。
まあ、直接に言わないだけで、『苦情』は口にするけど。
『二十四回だぞ、二十四回。あんたら本当に止めるつもりあるのか?』
「副長」
あんまりきつい言い方に私が口を挟むけど、こちらを見ずに片手を上げるだけだった。
『黙れ』か、本当に激怒しているんだね。
「ごめんなさい。私からもきつく言っておくから」
アヤメさんも頭を下げるけど、副長の怒りは収まらない。
彼が怒っている理由は、たぶん二人が突撃していっているから、じゃない。
資材の残量のこともある。
鎮守府の建物はどうにか形になった。工廠もドックも入渠施設も、どうにかこうにかってところだけど。
大和と叢雲の二隻しかいないのに、その修理費で資材の残量が半分を切るって、どういうことなのかな?
倉庫一杯にあったのに、どうしてこうなったのか疑問が私にもあるけど。
『第一だ、資材管理や運営は提督の義務だろうが。なんで在庫確認してないんだよ』
「ごめん、それは今まで『大淀』が手伝ってくれていたから」
一瞬、アヤメさんの顔色が黒く染まる。
僅かにこぼれた殺意に、咄嗟に副長達妖精が身構える。
嘘、あの気配って『深海棲艦』の。
『だからやれないってか? あんた、本当に提督か』
ちょっと待って、副長。それを続けるの? 明らかにアヤメさんの気配が違っていたよ。
信じられない顔で見つめると、彼はチラリとこちらを振り返って小さく頷いた。
解っているけど、確かめずにいられないってことかな。
『提督なら鎮守府の運営ができて当然だ。艦娘達の帰る場所を護る、それが提督の義務だろうが』
「うん、そうだね。だから、私もね」
小さく笑う彼女は、完全に深海棲艦の顔をしていた。
こんな顔、二人に見せられない。と、視線を向けた先の二人は平然としていた。
怒るでもなく悲しむでもない、『それが当たり前』のように。
嘘でしょ、まさかそんなところまで『侵食』できるの。
私は信じられずに、『三人』らしい人物を見つめていた。
『チ、話は終わりだ。とにかく、次の遠征は俺達だけで行く。おまえらも、解っているだろ?』
問いかけたのは、叢雲達にじゃない。
彼女達につく妖精たち。彼らは、泣きそうな顔で、けれどしっかりと頷いていた。
「うん、その方がいいかな。叢雲と大和もいいよね?」
アヤメさんが声をかけた。もう顔は人間のものに戻っていたし、二人も艦娘の顔をしていた。
でも、僅かに滲む気配が、懐かしい感触を伝えてくる。
闇の底のような、酷く濁った憎しみの感触を。
会議が終わり、私は皆と一緒に工廠に来ていた。
『殺そう』
開口一番、副長がそんなことを話す。
「待って。ダメだよ。まだ、まだ間に合うでしょ?」
止めたくて声を出しても、副長は首を振る。
『間に合うかどうかなんて俺も解らない。でもな、嬢ちゃん。あいつらは『深海棲艦』だ。艦娘や人間じゃない』
「アヤメさんも、人間じゃないの? 深海棲艦に人間が『墜ちる』なんてあるの?」
『俺も信じられないが、あの顔は『憎しみの塊』だった。間違えるものじゃない。俺達は妖精だぞ、嬢ちゃん』
私も、それは解った。間違えることなんてない、あれは昔の『要塞棲姫』だった頃の私と同じ憎しみだったから。
『殺すしかないですよ、女帝。妖精達には申し訳ないですけど』
『右に同じです。あのまま放置しておいたら、周りの鎮守府とかにも伝染します』
『妖精たちが苦しむ前に、基を立つべきです』
私の妖精たちは、とても苦しそうな顔で言ってくる。
「本当にダメなの?」
『可能性がないわけじゃないです。もしかしたら、立ち戻れるかもしれません』
『可能性の話だろうが。その一方にかけて、俺達の『女帝』に万が一があったらどうする?』
『最優先すべきは、女帝の安全です。それは私たちが絶対に譲れない一線ですから』
「ありがとう、それは嬉しいけど。でも、私は」
救いたい、助けたい。あの時の声にかけつけられなかった以上は、私はあの三人を見捨てるなんてできない。
「艦娘なら、深海棲艦になっても沈めてまた戻れるかもしれないけど、アヤメさんはそうはならないよ。だから、もう少しだけお願い」
深々と頭を下げると、副長の深いため息が聞こえてきた。
『クソ、本当にうちの女帝は。解ったよ。だけどな、もし万が一があったら俺達は容赦なく『侵食兵器』を使うぞ』
『第一種兵装も使いますから』
「解った」
それで皆が納得できるならば。
第一種兵装は、私の中でも特殊戦略武装の総称。
波動砲、超重力砲、侵食兵器、相転移砲、バスターランチャー。どれも最大出力で使用すれば空間を歪ませることが可能な者達。
『口頭での約束だけじゃダメだ。解っているだろ、女帝?』
う、そこまで皆は不安を感じているの。
「ロンド・ベルの名の元に副長達に権限を許可します」
カチンと、頭の何処かで鍵が開くような感触が流れた。
『みんな、解ったな。我らが女帝は彼女達を取り戻すことをお望みだ。俺達は彼女の妖精だ。全員、その矜持を持って全力でやるぞ』
副長の檄を受けて、全妖精たちが片手を胸に添えた。
昔から決意の時はこういった敬礼するけど、これって宇宙戦艦ヤマトの敬礼の仕方だよね。
『我らが女帝ロンド・ベル』
副長が真っ直ぐに私を見てくるから、私も同じ敬礼をする。
『我ら妖精一同、貴方の願いのために散りましょう。けれど、貴方が散ることになるならば、我らは周り中を消します。よろしいか?』
「うん、そうならないように頑張るよ」
一瞬、気圧されるんだよね。だから私はちょっと下がり気味に答えてしまって。
『はぁ、あのな女帝』
『本当にうちの女帝は、まったくもう』
『どうしてそこで『絶対にやり遂げてみせる』とか言えないんですかね』
「みんなの意地悪」
途端にため息を情けないって顔で見つめてくる妖精たちに、私はちょっと涙目で見つめてしまったのでした。
『で、具体的にどうするんだ?』
「うん、それなんだけど、ね」
私はちょっとだけ考えてから、前に教えてもらったことを思い出して、作戦を伝えた。
『おい、嬢ちゃん、そりゃ無茶の通り越して不可能じゃないのか?』
「大丈夫だよ。たぶん」
『たぶんって、なぁ』
「だってこの方法を最初に考えたのは、吹雪さんだから」
私の言葉に妖精たち全員が固まって、その後に叫び出した。
うん、その暴言は聞かないことにしておくよ。
『あの鬼神が』とか『殲滅の吹雪が』とか、『終焉の化身が』とか、どうしてそんなこと言うかな。
あ、吹雪さんの能力って周辺一帯を殲滅可能だった。そっか。
夜は明ける。空けない夜はないのだから。
決して長く続く闇はないように、人の心にも闇があり続けることはない。
そう、私は信じているから。
だからこそ、私はここにいる。
「失礼します」
ドアをノックして入った部屋は、執務室。
「あ、ごめん、ロンド・ベル。今ね、在庫の確認をしていたところなんだ」
資料が散乱した部屋に入った私に、アヤメさんは『情けないところを見られちゃったね』と笑っていた。
とても優しい笑顔で、穏やかな雰囲気の女性。
彼女は多くの艦娘に慕われていたからこそ、艦娘の影響を一番に受けてしまったのかもしれない。
「いえ、大丈夫です。無くなったものは、また取り戻せばいいので」
「うん、ごめんね。じゃ、遠征を・・・・」
「沈んだ艦は戻らないんですよ、提督」
ピシリと、亀裂が入ったように、私は錯覚した。
「え?」
「提督、貴方の艦娘は沈みました。解っているんでしょう?」
「解っているよ、そんなの当たり前じゃない。だからこうして・・・・」
「復讐しようとしている?」
再び、提督が止まる。
紙の資料を片手に持ったまま、笑顔が凍りついたように停止した提督に、私は一歩一歩と近づいていく。
「深海棲艦が憎い。軍部が憎い、助けに来なかった他の鎮守府が憎い、他の艦娘達が来てくれなかったから憎い」
「な、に、を」
「全部が憎くて妬ましくて、だから」
「ロンド・ベル!!」
叫んで私を睨みつけてくるアヤメさんの目の前に立ち、真っ直ぐに相手を見つめた。
「全部、消えてしまえばいい」
ギリっとアヤメさんが奥歯を噛んだ。そして次の瞬間には、右手に持った拳銃が、真っ直ぐ私に向いていた。
「そうよ!! 全部あいつらのせいじゃない! 私達は助けてって言ったのに! 救援を求めたのに! 情報もよこさないで勝手にこっちを見捨てて! 派閥争い? 上に行くのに邪魔だから? 冗談じゃない!!」
彼女の顔が憎しみに染まっている。本当に何処からどう見ても深海棲艦の顔だね。
「今は人類が終わるかどうかの瀬戸際なのに! 艦娘達は必死に戦っているのに! 権力とか派閥とか関係ないじゃない!! あの子たちは命をかけて戦っているのに! 軍人も政治家も! 一般市民だって! お金がそんなに大切なの?! 戦後の立場がそんなに重要?! 今が終わったら!!」
憎しみに染まった顔の一部に、欠片のように落ちてくるのは『悲しい』って気持ち。
「その先なんてないじゃない。私達は未来のために戦っているのに、どうして仲間同士で足を引っ張らないといけないの? ねぇ、ロンド・ベル。私達は何のために戦っているのかな? 私はもう解んないよ。解んなくて苦しくて、だからもう『すべて憎ませて』」
「ダメです」
「どうしてよ?!」
「そんなことで憎んだら、全てを本当に消してしまうから。消して砕いて最後に自分も消してしまう。憎しみはそう言ったものです」
あの頃の私はそうだったから。
アメリカが憎かった。周り中が助けてくれなかったことが許せなかった。世界中のすべてを消してしまいたかった。
その結果、私がやったことは本当に許されないことだから。あの苦しみをアヤメさん達に味わってほしくない。
「いいじゃない! もう何もないのよ! もうみんないない」
「叢雲と大和がいます」
「二人だってそれを望んでいるから! 全部、跡形もなく消して、楽にさせてよ」
小さく零れ落ちるのは、雫のような涙。真っ白な顔に流れる涙だけが、妙に存在感を語ってくる。
うん、まだ戻れるよ。そうやって誰かを想って泣けるんだから。
「楽にさせてあげたいです。でも、それを見逃せないんです。私にはアヤメさんにその道を選ばせることができません」
「なんで?!」
「だって、貴方の心の底には、今も『貴方の艦娘達の想い』があるのだから」
暖かく包み込むように、なのかな。
こうやって彼女の内心をすべて吐き出した今だからこそ、アヤメさんの艦娘達の想いが浮き彫りになってくる。
彼女の心の底の底、最後の部分にずっと残っいた想い。アヤメさんを慕っていた艦娘達が抵抗していたからこそ、彼女は完全に『墜ちる』ことはなかった。
「だから、もうやめましょう。復讐は何も生みません。貴方がそれをしてしまったら、この子たちを本当に『沈めてしまう』ことになりますから」
憎しみという海底に。
願いを込めて微笑みを浮かべ、どうかと祈ってみた言葉に対して、アヤメさんは。
「そんなのもう解んないよ!!」
銃声が、執務室に響いた。
女帝、あれだけ言っただろ?
俺達はあんたがすべてなんだ。俺達はあんたの艤装にいる妖精なんだ。
あんたがいれば俺達は存在できる。あんたがいなければ俺達は永遠に消える。
だからさ、生きてほしかった。
ボスから言われたことでも、なくな。
俺達はあんたに惚れてるんだよ。惚れて惚れて、惚れ抜いてるんだ。
だから、あんたのためなら喜んで散ってやれる。
なあ、女帝。いい妖精人生だってぜ。