自分がお人よしだってこと、知っている。
散々に恨んで恨まれてすべてを消した後だったから、今度の人生は信じようと決めて生きてきた。
信じる強さを教えてくれた人たちがいたから。
だから、私は
はじけた音がした。
何がと目線を動かしても、何処にも欠片が残っていない。
確か、私はアヤメさんに撃たれて、撃たれて。
どうしたんだっけ?
「ち、違うの。私、そんなつもりじゃ、そんなんじゃなかったから」
泣き崩れるアヤメさんと、火薬の匂い。あれ、私って撃たれたんじゃなかったの。え? なんで、私は膝をついていて。
どうして、副長の体に銃弾が刺さっているの?
「え?」
『まったくよう、こら、嬢ちゃん、言っただろうが』
変わらない顔で、何時もと同じ声で、副長が私を見上げてくる。
『俺達はあんたの艤装妖精なんだぜ、あんたに何かあったら、俺達は存在できないんだ。もうちっとでいいから、自分の身を可愛がったらどうだ?』
「ふく・・・ちょう?」
『本当にこりゃ、どうするべきかね』
副長が自分のお腹に手を当てて、深くため息をついた。
え、え、なんで、どうして、そんなに穴があったら死んじゃうじゃない。
そこで私はようやく自分が冷静じゃないと気づいた。
遅いくらいに、馬鹿みたいに。
「副長?! 穴があいてるよ!」
『そりゃ銃弾が刺さったんだから当たり前だろうが。穴があいてるって、貫通はしてねぇぞ』
「そんなの関係ない! 今すぐに入渠して・・・・」
『高速修復材は艦娘にしか効果がない。妖精には無意味なんだよ』
なんで、そんなのやってみないと解らないじゃない。なんでそんなに冷静でいられるの、どうしてそんなに優しく私を見ていられるの?
『おいこら、アヤメ』
ビクッと、彼女は体を震わせて泣いた眼でこちらを、副長を見つめた。
『どうだ? すっきりしたか? 怒りにまかせて引き金ひいて、嬢ちゃんから俺を奪って、すっきりしたんだろ?』
「違う! 私はそんなつもりじゃなかったから!」
『じゃなんだ? 艦娘なら銃弾で傷つかないって、思ったからか? 笑わせるなよ、てめぇ。艦娘ならって考えてる時点で、おまえはあいつらと同じだ』
ちょ、副長、それで立ち上がるの?
お腹に手を当てて立ち上がり、中指を立てるなんて。すっごく勇ましい感じがなんだろうけど、妖精の体じゃ不格好だと思うんだけど。
『おまえと艦娘を見捨てた連中と同じだな』
「違う! 違う! 違う!」
『違わねぇんだよ! てめぇは同じだ! 引き金をひいた時点で同じなんだよ! おまえらを見捨てた連中と同じだ! 大切なものを奪われた! その悲しみと怒りを知りながらな! 誰かの大切なものを奪おうとした時点で、おまえはあいつらと変わりねぇ!』
「副長!」
思わず止める私に対して、副長はこちらを一切見ずにアヤメさんに叫び続ける。
『ぎゃーぎゃー喚いて否定して憎んで恨んで! 同じだよてめぇは! どこも変わらねぇ!』
「私はそんな人たちじゃない! 私はもっと皆と」
『じゃ、なんで引き金が引けた?』
とても静かな副長の声に、アヤメさんは言葉に詰まって凍りついたような顔でこちらを見続けた。
『認めろよ、おまえは同じでしかなかった。そして、失った連中をきっかけに、余計に深くなっちまった。おまえは今、深海棲艦と変わりない』
「私は、深海棲艦?」
『どっちだって同じだ。艦娘でも深海棲艦でもな、そのあり方が表か裏か、たったそれだけ。おまえは今、裏側に落ちたんだ。ようこそって言ってやるよ、『愛憎渦巻く泥沼に』ってな』
ビッと指を差した後、副長はゆっくりと倒れて、そして消えて行った。
バタンと音がした。扉が開いて私の妖精たちがなだれ込んで来て、その後に叢雲と大和が入ってきて。
「事情は、聞いたわ」
小さく呟く叢雲の声に、私は頷きながら立ち上がる。
「ごめん、ごめんね、ロンド・ベル。私は」
「謝っても副長は帰ってきませんよ」
アヤメさんが縋り寄って来たから、私は思わず呟いた。自分でも驚くほど冷たい声だったけど。
「妖精だからもう一度、艤装に生まれるかもしれません」
あっとアヤメさんが顔を上げて、少しだけ嬉しそうな顔をする。
でも、私は冷たく突き放す。
「それでも、貴方が『殺したこと』事実は変わらない」
「ロンド・ベル!」
背後で大和が叫んで艤装を展開するけど、砲が動くことはない。
私はチラリと後ろを振り返って確認すると、大和の艤装は『もう誰もいなかった』。
「どうして?!」
「妖精達は気づいたんです。貴方はもう、『艦娘じゃない』って」
「私は大和です! 大和なんですよ!」
もう違う。はっきりとしみ出すような気配は、『姫』のもの。かつて、私も身に纏っていたから、よく解る。
叢雲は黙っているけど、自覚しているんだ。自分がもう艦娘じゃないから、妖精たちは近づいてこないって。
そして、アヤメさん。彼女はもう『提督じゃない』。妖精たちが彼女に顔を向けていない、もう彼女に提督の資格はない。
同族を殺した相手は、もう認めたくないってことかな。
「アヤメさん、貴方を助けたこと、間違いかもしれません」
「ごめん、そうだよね」
震える声で囁くように告げる彼女は、とても弱弱しくて、先ほどまで憎しみを燃やしていた女性とは思えなくて。
深海棲艦の匂いがする人間の少女、かな。希望に満ちていた、未来を夢見ていただけなのに。人間って、ずるいな。
「でも、私は貴方を助けたことを後悔してません」
「え?」
「私もかつて、そうだったから」
昔の話を語るのは、とても恥ずかしい。自分が不幸なんだって声高に言って、同情を誘っているようだけど。
でも、話すこと、語ることは必要だって教えてくれた。
そうですよね、暁さん。
「私はかつて、要塞のような艤装を纏った深海棲艦の姫でした」
人類を憎いんでいたこと、アメリカを大陸ごと割ったこと。憎くてすべてを消したくて、周り中を恨んで力を振り回していたこと。
「そして、私はとても強い人たちに救われました。『一緒に帰ろう』そう言ってくれた人たちのおかげで、私は艦娘としてこうしてここにいます」
吹雪さんのおかげで、私はもう一度、世界と向き合えている。憎しみも苦しみもまだ心の中にある。でも、感情のまま世界のすべてを消したいなんて思わない。
「強さは力だけじゃないって教えられました。心を強く持つこと、誰かに必要とされた自分ならば、その人達のためにも『自分らしくあること』が大切だって」
苦しいこともある、辛いこともある、理不尽なことだってある。でも前を向こう。笑顔で立ち向かっていこう、誰かに優しくして、笑いかけよう。きっと、そうやって誰かを助けることが、巡り巡って自分を助けることになるから。
だから、私は『助けて』の言葉を無視できない。私が救ってもらったように、誰かを救いたいから。自己犠牲じゃない、私はまず私がしっかりと立って幸せであることが大切だって教えられた。
自分の幸せも見つけられない人が、どうやって人を救えるのか。その人の幸せを語れるのか、そう言われたから。
私はそっとアヤメさんの手に触れる。ビクッと震える彼女の手をとり、目線を合わせて微笑む。
穏やかに優しく、ゆっくりと語りかけるように。
「だから、もう一度、やりましょう。ここから、一からでもなくゼロでもない、マイナスからのスタートがあってもいいじゃないですか」
ねっと、語りかける。彼女は泣きはらした目を向けながら、小さく首を振った。
「ダメだよ。解るの、私はもう提督じゃないって、妖精たちが私に力は貸せないって」
「そうですか。ならそれは普通の人と変わりないですよね?」
「え?」
「普通の人です。ならば、また提督になればいい。妖精たちが力を貸さなくても、私がいます。艦娘がいないなら、私が力になります。だから、アヤメさん。いいえ、『提督』。貴方が選んでください」
ギュッと力を込めて握り締める。
「貴方は、憎しみのままに世界を壊したいですか。それとも、今も泣いている人たちのために戦い続けたいですか?」
答えて、お願い。どちらを選んでも、貴方の意思は尊重する。でも、お願いだから『あるべき姿を選んで』。
お願い。
「わ、私は、まだ『提督』でいいの?」
「貴方がそう望むなら」
「妖精を殺しちゃったのよ?」
「まあ、副長ならそのうちひょっこり出てくるんじゃないですか? 妖精ですから」
「でも、私は弱いよ。また誰かを恨んで、暴走するかもしれないよ?」
「その時はぶん殴ってでも戻します。貴方が『望んだ方』へ」
どっちにしますか、と無言のまま私はアヤメさんに語りかける。
貴方が本当に望んだことは何なのか。答えは彼女しか知らない、だから私は言葉を重ねる。
心と心の距離は、海よりも深くて宇宙よりも広い。だから人は言葉を紡ぐ、相手の心と自分の心を繋ぐ橋のように、広い海を沈める大地のように。
そう教えられたから、私は言葉を止めない。
「・・・・ロンド・ベル。私は、『提督』でいたいよ」
「はい、提督。それが願いならば、大丈夫です」
「みんなが笑顔で平和に暮らせる世界にしたいよ」
「解りました。このロンド・ベルの力でよければ、存分に使ってください」
「私、私は!」
ギュッとアヤメさんが抱きついてきた。泣きじゃくる子供のように、大声で叫ぶ彼女からはもう深海棲艦の匂いはしなかった。
もちろん、背後の二人からも。
良かった。これでいいんだよね、副長?
二度と会えないかもしれないけど、いいんだよね?
『いいわけあるか、ボケども!』
はい、絶賛、執務室にてお説教中です。
アヤメさん、私、叢雲、大和が正坐した先、艤装を山積みにしたお立ち台に立った副長が、盛大に怒鳴り声を上げているのです。
ううう、やっぱ死んでなかった。良かったような、悪かったような。
『ド阿呆どもが! 恨み辛みなんて日常的にあるだろうが! それをなんだ! 復讐してやるで深海棲艦側に落ちんなよ! 艦娘達を失った悲しみは理解できるがな! 手当たり次第に八つ当たりだ?! 情けなくて泣けてくるぜ』
「ごめんなさい」
あ、アヤメさん、そこで謝っちゃダメ。余計に火に油だから。
『あぁ?! てめぇが最初に落ちてんじゃねぇよ! 提督だろうが! 鎮守府の危機ならば逃げろ! 救援に頼る前に戦術考えろよ! 書類仕事一つできねぇところを見ると、大淀あたりに丸投げで毎日のんびりだったんだろうが?!』
「は、はい、ごもっともです」
いや、それもダメ。
『ごもっともです・・・・・じゃねぇぞてめぇ!!!』
「副長ストップ! ダメだよ! なんで艤装で狙ってるの!?」
主砲とか副砲とかが動いてるんだけど! アヤメさん人間だよ! なんで砲撃しそうになってるわけ?!
『黙ってろ嬢ちゃん! てめぇだってなんだあの『挑発』は?! 挑発しといて防御も回避もできねぇってどういうことだ、コラァァ!』
「は、はいごめんなさい!」
うう、こっちに矛先が向いてきた。
その後も副長の怒りは収まることはなく、アヤメさんを散々に怒鳴って、叢雲と大和も罵倒して、最後にまた私に戻ってを延々に繰り返して。
あ、夕日が沈むねぇ。
『よっし、言いきった。とにかくだ、おまえら全員落第点だ。これから先、ビシバシと鍛えてやるから、覚悟しろ』
「は、はい」
『なんだその生ぬるい返事は?! 気合入れろオラぁぁ!!』
「はい!!!」
『よぉし、最初はアヤメ、てめぇだ』
腕組みしたままニヤリと笑う副長に、アヤメさんはガタガタと震え出す。
「お、お手柔らかに」
『いいぜ、お手柔らかにしてやるぜ。何しろ、俺はおまえに一度、殺されてるからな。その分は『優しく』教えてやるよ』
うわ、副長の笑みが黒い。あれって、話には聞いていたけど、初めて見るなぁ。確か、元上司の腹黒い笑みらしいけど、誰のことだろう。
『まずは、鎮守府の書類をやろうか、な、小娘』
「え、私は小娘なの?!」
『あ? 半人前以下の赤ん坊以下が、生意気言ったか?』
「すみませんでした」
見事な土下座だよね、アヤメさん。見ていて清々しいよ。
『ほら、さっさとやれ。ああ、それと、だ。他三人、ちょっと演習場に行ってこい』
「え? 何で?」
今から? もう暗くなるし、演習場に行っても何もないような。
そこで副長は、とても晴れやかな顔で告げたのでした。
『ロンド・ベル。俺らの艤装の弾薬、無限らしいぞ』
「え?」
音符でも乱舞してそうな副長の言葉を最後に、私と叢雲、大和の三名は地獄の底を歩くことになったのでした。
『おらおらおら! 魚雷の絨毯だぞ!』
『マシンガン主砲でございます!』
『航空機のカーニバルだよ!』
「ちょっと待って!? なにそれ!? どうしてそうなるの!?」
まさに地獄絵図。爆弾と主砲弾と魚雷が踊る訓練場で、私は必死に回避を続けていた。
『ミサイル、ゴー』
「待って! 死んじゃうから! 轟沈しちゃうから!」
止めてと妖精たちに必死に懇願してみると、彼らはにこやかな笑顔で親指を立てた。
『そういって死んだ奴はいない、演習で轟沈した艦娘は艦娘じゃない』
鬼! 悪魔! なんなのこの妖精たち!?
そして、私達の地獄の舞踏会は二日間、続けられたのでした。
ちなみに、ですが。
アヤメさんが副長から、『一万光年譲って合格してやる』と解放されたのは、五日後のことでした。
お風呂も睡眠もダメって、女の子には辛いよね。
色々あったけど、これが私達のマイナススタート。
足りないものもある、不備も多い。
でも、決して諦めて逃げ出したわけじゃないから。
だから副長、毎日のようにあの訓練するの、止めようよ(泣)