色々あったけど、ようやくアヤメさんの鎮守府は再開になった。
まだまだ心の傷は深いし、癒えることはないと思う。
でも、立ち止まって振り返っていた足は進んでいるから。
だからね、副長、もう許してあげようよ(泣)
鎮守府の朝はとても早い。
朝日が昇るか昇らないかって時間にね。
『起床!!!!!!』
「うきゃぁぁぁ?!」
波動砲と超重力砲の起床ラッパが盛大になるから。
『おらおらおら! 敵襲だったら速やかに鎮守府が灰になるんだぞ! 今すぐに起きろ!』
今日も副長が絶好調で怖いよ!
『小娘! てめぇ何してやがる! 提督はいの一番に司令室に直行って言っただろうが!』
「待って、本当に待って、昨日に寝たのが朝の五時だから」
床に突っ伏しているアヤメさんを抱き上げて、速やかに走り出す私。
『嬢ちゃん! それやったら訓練倍だからな!』
「ひぃ?! でも副長!」
『デモもストもねぇ! いいから・・・・って大和に叢雲! 艤装装着まで五分以内って教えたよなぁ!』
あ、あっちに意識が向いた、今がチャンスだ!
「アヤメさん、飛ばすよ」
「ごめん、ロンド・ベル」
「いいから掴まって」
『で、捕まえるんですよね、解ります』
終わった。
私はゆっくりと両手を上げて、そしてアヤメさんは床に突っ伏したまま、できるだけ両手を上げたのでした。
い、何時の間に作ったの、人型サイズの真・ゲッター。
『フフフフフフ、知らなかったのですか、ロンド・ベル。我らの艤装の中はスパロボなんですよ?』
「あ、うん、そんな気はしていたから」
そして、今日も鎮守府の朝は賑やかに盛大に、地獄のような苦しさで始まるのでした。
いい機会だから、嬢ちゃんも鍛え直すか。
なんて気楽な副長の言葉で始まった強化月間は、まさに地獄だった。
『おい、小娘。書類五十枚に何時間かけてんだ? あ?』
「待って、本当に待って。五十枚って手書きで時間かかるものじゃないの?」
『ロンド・ベル、教えてやれ』
え、私に聞くの? え、まさか、あれを教えてやれって言うの?
そんな厳しいことって、私が副長に目線を向けて『違うって言って』と懇願しているけど、副長はとても悪い顔で笑ったまま否定してくれない。
「・・・・私の鎮守府の初期艦の人は、五十枚を一分で決済します」
アヤメさん、ごめんなさい。本当なんです、吹雪さんは一分で五十枚なんです、本当に本当にどうかしているんじゃないかって。
ヒ?! い、今、吹雪さんの気配が。まさか、異世界にまで能力を届かせるなんて、そんなこと。
『ロンド・ベル? たるんでませんか?』。
「ヒィィィィ?!」
嘘でしょ!? 誰か嘘だって言って!!
『鬼神の異名は伊達じゃないんだよ、嬢ちゃん』
「ふ、副長だって顔面蒼白じゃないの」
『当たり前だろうが。下手な鎮守府だったら、二十や三十を片手間で相手する艦娘の頂点だぞ。あの人が激怒した時なんて』
あ、副長が真っ白になった。そんなになの、お説教中だった副長が燃え尽きて灰になるくらいなの?
『吹雪さん、申し訳ありません』
「土下座した?!」
「あの鬼を土下座させるくらいの吹雪って本当に駆逐艦?!」
あ、アヤメさんも驚いている。でも、私も驚いているんだよね。
本当に、あの吹雪さんって怖いのか疑問があるけど。普段は本当に穏やかで優しい思いやるのある先輩って感じで。
『よし、これでいいだろう。さあ、やろうか、小娘』
あ、復活した。うわぁ、凄くいい笑顔でアヤメさんに近寄っていく副長が、妖精サイズなのに大型巨人みたいに見えるよ。
「ひ?! あ、あのね、私だって頑張っているんだから、その」
言い訳を述べるアヤメさんに、副長はとてもいい笑顔で親指を下に突き出す。
『寝言は地獄に落ちてからにしろや、小娘。結果の出ない努力に何の意味がある? 頑張りましたねが許されるのは小学生までだ、後は結果出せ、いいから結果出せ』
あ、アヤメさん顔面蒼白で泣きだした。
『泣いて結果が出るのか小娘ぇ!! いいからやれ! おら!』
「は、はい!」
『誤字あるじゃねぇかボケ! 書類っていうのは社会人の基本だぞ!』
「ごめんなさい!」
『手ぇ止めんじゃねぇ! 提督だろうが! 提督だったらな、書類の片手に指揮できて当たり前なんだよ!』
なにその理不尽!?
「副長!」
『ちなみに、提督代行は書類を片手間、指揮やりながら、資材の在庫まで把握して戦略の練り直しをやった』
くあぁぁ、あの伝説の『提督代行』。私は一度しか会ったことないけど、たった一人で日本を支えた戦略を展開した、天才軍師って言う。
高野総長がもう大絶賛して、軍学校では『あれが出来たら一流』って言われている、あの。
「あ、あの、私にそれをしろとか言わないわよね?」
『当たり前だろうが。小娘があの人に並ぼうなんて、一般人が英雄王に勝てって言うもんだぞ』
そこまで言うの?
ちょっと副長に『嘘でしょ』と視線を送ったのだが、副長は知らぬ顔で大きく頷いた。
『だが、俺達の中の提督はそういう人物だがな』
その瞬間、アヤメさんは盛大に床に転がったのでした。
月月火水木金金、昔の日本帝国海軍はそういうことを平然としていた、なんて話を聞くんだけどね。
「もう、いや、魚雷見たいくない」
「砲弾怖い、砲弾怖い」
あ、うん、二人とも解るよ。本当に心の底から解るんだけどね。
食堂で突っ伏してブツブツと呟いている叢雲と大和に、同意を示しながらも私は一方で思ってしまう。
私が所属していた鎮守府は、もっと苛烈な訓練があったなぁ、と。
「流刃若火と物干し竿を使う駆逐艦」
「え?」
「あ、ごめん、なんでもないから」
思わず口から出てしまった言葉を、慌てて取り消す。
うん、そうだよね。暁さんが持っている刀って、『聖杯』で能力は『刀関係の全能力の使用可能』。斬魄刀だろうが、宝具だろうが、使い放題で使っているからね。
あの訓練、本当にきつかったなぁ。
後、瑞鳳さんの意味不明な航空機の雨とか。え、何処から出てきたのっていう航空爆撃と魚雷のスコールって言うのもあったな。
あ、大和さんの五十二センチ三連装主砲と、斬艦刀二刀流の嵐のような攻撃もあったなぁ。
「え、あのロンド・ベル。本当なんですか?」
「口から出てました?」
「え、ええ」
大和がすっごい怯えたような顔をしているけど、事実だから。
「私の先輩の『大和さん』は、五十二センチ三連装主砲を四つ、乱撃のように放ちながら命中率が九十九を割ることはなく」
「え?」
「五メートル以上ある斬艦刀を二つも持って、相手を絡め取って叩き伏せて、砲撃で逃がさない完全殲滅型の人でしたよ」
「・・・・・・・」
あ、気絶した。でも、副長達の訓練って、初期の頃の大和さんと同じらしいから、完成形はそこなんだろうな。
「む、叢雲は?!」
そこで踏み込みますか? あの人は特に怖いことはなかったけれど。
「槍の一撃で小島を消し飛ばしたことありますね、確か」
私は見たことないけど。
「あ、そう」
「はい。後、魚雷と主砲の命中率がすごくて。ケシ粒しか見えない的に対して、命中率九割を超えるとか、砲弾と砲弾を当ててのピンボールで相手を撃沈したとか、色々と」
「・・・・・・あんたのところの鎮守府はおかしい!」
いや、そんなことないけど、あ。
『おいどういう意味だ、コラ』
「ひ?! で、出たわね鬼軍曹!」
あ~~あ、叢雲さん、そんなこと言うと。
『せっかく休憩をもっと伸ばしてやろうかって考えていたんだけどな。元気そうじゃねぇか』
すっごく凶悪な顔しているね、副長。
『休憩終了だ』
「ちょっと!」
「まだ十分ですよ!」
『戦争中に『もっと休憩』なんて言えるわけないだろうが! オラ! とっとと歩け! 走れ! 艤装もってこい!!』
そして、食堂に波動砲の一撃が吹き荒れた、と。
『なに呑気な顔してるんだ、嬢ちゃん?』
「え、私も?」
『・・・・・・』
「サーイエッサー!!」
なにその憤怒の表情?! 今まで一度だって見たことなかったんだけど!
『朝のペナルティ、まだだったよな、嬢ちゃん?』
「あれまだ続いているの?!」
『当たり前だろうが! とっとと行け! 今日は誰も付き添わないからな!』
ふぇぇぇ?! 悲鳴を上げながら走りだす私の背中に、副長の一言が突き刺さる。
『なんだ、まだまだ元気だな。そろそろ段階を上げるか』
まだ上があるの?!
今日も日が沈む。誰もが穏やかに一日が過ぎたことを喜び、明日の幸せを願う夕陽を眺めながら、私は海面に転がった。
「あ、もう、ダメ」
『耐久訓練の最中に落ちるんじゃねぇ! 立てやこの馬鹿ども!』
副長の声が遠くに聞こえる中、私と叢雲、大和は沈んだのでした。
と、思ったら海面の上に立っていた。
『そう簡単に沈めると思うか? なぁ』
『いぇーい!』
あ、ダメコン班だ。うわぁ、いい笑顔でハイタッチしている。
「がんばれ、皆」
その横で、正坐したアヤメさんが泣きながら書類している。あそこってブロックベイだから、相当に痛いんじゃ。
『おい、嬢ちゃん、終わったのか?』
「もう少しです、サー」
ああ、返答がおかしくなっている。副長に毒されているなんて、そんなことないって信じたい。
『後一分で終わらなきゃ、追加な』
「ひぃぃぃ?!」
半狂乱になりかけたアヤメさんがいた。
『さて、随分と余裕そうだな、お前ら。次だぞ』
そして私たちに砲弾と魚雷が降り注ぎ、やがて闇の中での感に頼った夜戦に突入したのでした。
「もう嫌!」
「終わってください!」
「誰か止めて!」
三人の悲鳴を聞きながら、私は昔、時雨さんに言われたことを思い出していた。
『止まない雨はないのだから』、同じように『地獄の訓練も何処かで終わるから、大丈夫』と。
とても可愛らしい笑顔だったけど、言っている内容はとても物騒だよね。
地獄へようこそ。深海棲艦の方がマシだった、そんなこと言われることになると思うけど、まだまだ生きているから頑張って生きよう。
死ぬことなんて甘いこと許してくれないから。
だからさ、もう諦めて前に進もう。後退したら?
あの鬼の笑顔の副長が迎えてくれるよ。