帝国暦 995年 バレンヌ帝国 帝都アバロン 皇女の寝室
皇女の寝室。そこで私は一人、静かにすすり泣いていた。とうに涙も枯れ果てたというのに、泣くことをやめることができなかった。
(お父様もお母様もジェラール様もいなくなってしまった・・・。いいえ。家も故郷も何もかもなくなってしまった。私は、私はどうすれば・・・?)
命からがら逃亡した私に待っていたのは、辛すぎる現実だった。
バレンヌ帝国に着いてから3週間。たったそれだけの間にバレンヌ帝国を取り巻く状況は激変した。
帝国軍は軍のほとんどを先のバレンヌ北部大規模モンスター討伐作戦において喪失。さらに皇族であるレオン皇帝陛下、ヴィクトール皇子、ジェラール皇子が全員戦死。これによりバレンヌ帝国は正当な皇位継承者はいなくなった。
また、討伐軍を破ったモンスターが北部の国家に来襲。いくつかの国はすでに滅亡し難民が南方の国へ流れていた。国の許容量をはるかに超える難民たちが押し寄せ、南方の国は次々と国としての機能を失っていった。
この事態を受け保身を考えた各国の王族や貴族たちはこぞって財産を持って南バレンヌに逃亡。指導者を失った国がモンスターの来襲を止めるすべはなく次々滅ぶ悪循環が始まっていた。それはバレンヌ帝国も例外ではなく貴族のほとんどが南バレンヌに逃亡し、さらに国庫の金貨や城内の金品までも持ち去られていた。
私が泣きながら顔を上げた時、ベッドで苦しそうに眠るフランの横顔が見えた。王都ソーモンからの脱出。そのとき火傷を負ったフランはアバロンに到着して以降ずっと熱を出して寝込んでいる。火傷はそこまでひどくはなかったが、目の前で父と母が惨たらしく殺される様を見てしまった事で未だにうなされ続けている。
「あの人は・・・私を幸せにしてくれると約束したのに・・・。」
ジェラール様との日々を思い出す。政略結婚ではあったが私はジェラール様を愛していた。貴族と平民を差別なく扱い、国の未来のために活動するその姿に憧れとときめきを感じていた。彼と共にこの国を支えていこうと心に誓った。そのはずだったのに・・・。
彼は約束を守ってはくれなかった。皇族の血筋は途絶え国も風前の灯。自分は両親も家も故郷も全てなくし最後のときを震えながら待つことしかできない。いや、いっそのことそうなれば彼の下へいけるのだろうか・・・。
にわかに廊下が騒がしくなった。聞こえてくる声から察するにゴブリンの襲撃で城下町の正門が破られたらしい。いよいよかと覚悟を決めようとした時、苦しそうに寝息を立てるフランの姿が目に入った。その瞬間、思い出す。
『約束する。必ず君の家族を連れて帰る。信じてくれ。』
そういって燃え盛る町へ向かっていった愛する人を。そしてその後、フランをつれて帰ってきた親衛隊を。
約束を守ってくれなかった?違う。あの人は守ってくれた。全てではないが・・・確かに私との約束を守ってくれたのだ。
私は・・・?
私は何の約束を守ったのだろう?
部屋の隅にある剣が目に入る。彼が使っていた訓練用の長剣だ。再び彼の言葉が頭の中に浮かんでくる。
『共にこの国を支え、民を守る手助けをしてほしい』
無意識のうちに手を伸ばし剣を手に取った。触ったことすらない鉄の塊はずっしりと重い。私はその剣を抱え部屋を出る。
「ジェラール様。私も約束を守ります。・・・ごめんねフラン。少しだけ待っていて。」
そのまま私は廊下を駆け出していった。