帝国暦 995年 バレンヌ帝国 帝都アバロン正門広場
ゴブリンたちを追い払った後、私達は城下の広場に集まっていた。皆の表情は暗く下を向いている。ゴブリンは追い払った。だがそれは目先の問題が一つ解決したに過ぎない。今だこの国の滅亡は目前だ。
誰かが彼らを導かねばならない。でも誰が?皇帝も、貴族も、将軍も、領主もいない。今のバレンヌ帝国には誰かを導く力を持つ者は一人もいないのだ。
「これからどうする・・・?」
「ゴブリンの監視をしないと・・・またあいつら襲ってくるぞ。」
「いや先に荒らされた畑を直さないと食い物が・・・。」
「それより北からモンスターの大群が来ているらしいぞ。俺たちも逃げないと・・・。」
「どこへ行くんだ?行く当てなんかないぞ・・・。」
人々が口々に今後のことを喋りだす。しかし、まとめるものがいない中で次第に言い争いに変ってゆく。
いくら話をしても何も決まらない。言い争いが過熱しあたりに怒号が飛び交い始めた時、私の耳にはっきりと聞こえた声があった。
「悪いモンスターを退治しに行ったおとーさんはまだ帰ってこないの?」
そちらを振り向く。母親に手を握られた子供。その子が母親をまっすぐにみて質問の答えを待っていた。母親はその質問に答えられずただ悲しい目で子供を見つめ返すことしかできなかった。
『あの人なら何をするだろうか?』
私は広場にあった檀上に上がった。一段上から見れば人々が言い争う姿がよりはっきりとわかる。私はどうすればいいのか分からない。でも・・・
「皆、聞いて頂戴!」
私の声で皆の視線が私に集まり広場が静まり返る。深く考えたわけじゃない。でも私は今の自分の思いを皆に向かって喋り始めた。
「私はこの国を守りたい。だからお願い。皆の力を貸して。この国を、ジェラール皇子が愛したこの国を守るための力を、どうか私に貸してほしいの・・・。
私にはレオン皇帝のように皆を導く力はない。だから敵が襲ってきたら皆と国を守り、皆が飢えているならば共に飢えと戦う。大切な人を亡くしたなら隣で共に泣き慰める。そして、神が私たちに滅びろというならば・・・皆とともに最後を迎える。
私は・・・皆を導くことはできないけれど、どのような結末であっても私は最後まで皆と共にあり続ける。でもできるなら、私はこの国を守りたいの。
どうかお願い・・・この国を私と共に支えてください。」
私は深々と頭を下げた。
ばかばかしいとは自分でも思う。自分は王族どころかこの国の人間ですらない小娘なのだ。自分に従う理由も信用する理由もない。だがこの国を守るために私にできることはもうこれしかなかったのだ。
皆は静まり返っている。どう思われただろうか?馬鹿な話をしたことへの嘲笑か、身の程知らずな小娘への怒りか、非力な私への落胆だろうか?
怖くて顔を上げられなかった。
その時何か音がした。初めは一つだけだった音は直ぐにあちこちから聞こえどんどん大きくなる。
拍手だった。顔を上げるとそこには私へ拍手する皆の姿があった。
自分の願いが受け入れられたのだと気づき涙があふれた。誰かが叫ぶ。
「レミリア様万歳!」
皆が続けて同じことを叫ぶ。あふれる涙が止まらなかった。受け入れられた喜びが胸を満たしていた。
が、誰かの言葉で私はそれ以上の衝撃をうける。
「レミリア皇帝陛下万歳!」
皇帝?私が?私は王族ではないしそんな器でもない。皆を導く力もなく共に苦痛を受け入れることしかできない私に皇帝なぞ務まるはずがない。
否定の言葉を口にしようとしたとき、後ろから声がする。
「お嬢様。誰かが皆を導かねばならないのです。」
後ろで仕えていたサクヤが告げる。私がサクヤのほうへ振り返ると、サクヤは私をしっかりと見据え言葉を続けた。
「皆にとって皇帝とは、民と国を守る覚悟を持って皆を導く存在なのです。そして今この場において・・・その資質を持ちえるのはお嬢様だけなのです。」
そこまで言ってサクヤは跪いた、そして誓いの言葉を口にする。
「お嬢様・・・。いえレミリア皇帝陛下。騎士サクヤは陛下に忠誠を誓います。如何なる困難が相手でも陛下の身をお守りし、陛下の理想の実現のためこの身を捧げます。たかが一騎士ではありますが・・・この命どうぞ存分にお使いください。」
振り返って皆を見る。万歳を叫ぶ皆の眼差しは最後の希望に縋ろうとしているように見えた。
・・・あの人ならどうするだろうか?決まっている。だったら私もそうすればいい。
「サクヤ。私は皇帝になる。そして最初の命令よ。私に剣を教えなさい。私に皆を守る力を教えて頂戴。」
サクヤに向かって凛とした声で告げた。・・・私はもう泣き虫の貴族の娘ではいられない。
国と守るために、皆を守るために、約束を果たすために、私は皇帝にならなければならない。
「かしこまりました。手加減はいたしません。よろしいですね。陛下。」
もちろんだ。たとえ何があっても、私はこの国を守り抜いてみせる。
あの人の姿を思い浮かべながら、私は皇帝として第一歩を踏みだした。