帝国暦1000年 バレンヌ帝国 帝都アバロン 玉座の間
お嬢様が再びモンスター退治に出発した後、私は空になった玉座を見つめながら昔を思い出していた。
レミリアお嬢様と最初に出会った時、私は自分の部屋の隅で泣いていた。
私が9歳の時、母が流行り病で死んだ。私の母は生まれつき持病を患っており下級貴族の私の家はその治療薬を買う余裕がなく母はずっと病に苦しんでいた。だから父が遠い親類であったスカーレット家の海運事業に参加できたのは本当に幸運だった。1年以上家を空けることになるとはいえようやく母の薬を買える目途がついたのだから。父も私もその時はとても嬉しかったことを覚えている。まさかその年に流行る病で母が命を落とすことになるとも知らずに・・・。
母を亡くし一時的に身寄りが無くなった私は、スカーレット家のご厚意でお屋敷の空室を父が戻るまでの間使わせてもらえることになった。しかし母を失った悲しみから立ち直れなかった私は、ほとんど部屋から出ずに一人で泣きながら過ごしていた。
「どうして泣いてるの?」
そう声を掛けられ顔を上げた時に目の前にいたのは女の子だった。こちらをのぞき込み心配そうな顔をしている。
「私はレミリア。あなたの名前は?」
そう尋ねられて彼女が何者なのか気が付いた。スカーレット家次期当主の娘、レミリア・スカーレットお嬢様。私がこのお屋敷に来て数日経った後に彼女の7歳の誕生日パーティが開かれていた。
「あ・・・!ええと・・・?」
突然次期当主の娘に声を掛けられて私は直ぐに返事をすることができなかった。おかしな受け答えをすれば不敬に当たる。答えに詰まる私をみてお嬢様は言葉を続けた。
「退屈だからお庭を散歩していたらあなたの姿が窓から見えたの。あなたこの間家にきた子でしょう?何かあったの?」
彼女は窓を指さしながらそう話す。しまっていたはずの窓は開け放たれていた。どうやらお嬢様は散歩中に泣いている私の姿を見つけてそのまま窓から入ってきたらしい。
「ねえ、あなたの名前は?」
再び私に名前を尋ねるお嬢様に対し私は怯えながらも答えた。
「サクヤ・・・です。数日前からお世話になっています。」
「サクヤね。どうして泣いていたの?」
「・・・。」
私は俯いて黙ってしまった。未だに母が死んだことを受け入れられずいた私は、自分の口から『母は死んだ』ということができなかった。
「・・・話したくないのね。分かったわ。」
いつまでも答えない私を見てレミリアお嬢様が先に口を開く。その言葉を聞いて私は震えた。ご機嫌を損ねたらここから追い出されるかもしれない。慌てて何か答えようと前を向こうとしたときお嬢様の声がした。
「じゃあそれ以外の事で私とおしゃべりしましょう!話し相手がいないからつまらないの!」
呆気にとられた私をよそにお嬢様は自分のことを話し始めた。日々の習い事の話、マナーの話、レディとしての立ち振る舞いの話、この間喋るようになった妹の話、散歩中に見つけたきれいな石や変な虫の話、メイドの靴に無視を入れるいたずらをして怒られた話・・・。
他愛ない話を聞かせるお嬢様を見ているうちに私は母のことを思い出していた。ベッドで横になった母に一日の出来事を話して聞かせた時・・・母と一緒に笑った、もう二度と戻ってこない時を。
お嬢様の話を聞きながら私は再び泣いてしまった。お嬢様は戸惑っていたが私は今まで胸の中にしまい込んでいた思い出が涙になってあふれ出すのを止めることができなかった。
これ以降、私とお嬢様はおしゃべりをする間柄となった。あの後お嬢様はメイドから私の事情を聞き出し、私に謝ったあと積極的に私の部屋へ来るようになった。最初は話題を避けていたがいつからか普通にご家族の話をされるようになり特に妹のフランお嬢様の話をよくされていた。
私たちの関係は私が騎士見習いとなってスカーレット家を離れる4年間の間続き、そしてお嬢様の護衛騎士として戻ってきてから再び始まった。以来、お嬢様と私はお互いに最も信頼しあえる間柄として今日までその関係を続けている。
だからこそもどかしい。お嬢様の傍でお守りすることが今はできない。待つことしかできないのがこれ程辛いとは知らなかった。
(お嬢様と一緒に出かけられる日が1日でも早く来てほしい。・・・なら私も自分の仕事をしなければ)
お嬢様から与えられた国を守る使命。お嬢様が背負っている責務の一部は今私が背負っているのだ。
あの小さな背中に背負った責務をいつか一緒に背負える時を夢見て、私は城下町へ見回りに向かった。
「シケた城下町だな・・・。」
町を見歩きながら私はそう思っていた。5年間で体の傷は完全に癒えていた。
バレンヌの歴史ある帝都アバロン。と言えば聞こえはいいが、実際は年数相応に古ぼけただけ町だ。表通りはまだ体裁を保っているが裏通りに入るとあちこちに修繕の後があるボロボロの汚い屋敷が見て取れる。
表通りと違い石畳も荒れておりあちこちにごみが散らかっている。滅亡寸前になるまで疲弊した国が最小限の衣食住からようやく抜け出しかけた状態。それがそのまま今のバレンヌ帝国の帝都アバロンの状態だった。
体を癒していた5年間で帝国が力を取り戻したと聞いたから辺境まで出向いてきたというのに予想以上の酷さに呆れるしかなかった。しかも・・・
「まさか皇帝自らモンスター退治とは・・・」
私は先ほど寄った食堂と売店の両方で聞いた話を思い出す。つい数日前に近場の村がモンスターに襲われその討伐に向かったそうだ。最初は冗談かと思ったがよくあることらしい。しかも最小限の護衛のみを連れてあちこちを回っているとのことだ。民衆たちはそのことを賞賛していたが私からすればただの馬鹿としか思えない。いくらシケた国の皇帝とは言えそこらの村人よりは価値があるだろうに。
一通り歩き回った私は正門前の広場に戻ってきた。ただでさえうっとおしい広場の喧噪が苛立った気分のせいで余計にひどく聞こえる。まずは皇帝に話をするつもりだったが気が変わった。
「気晴らしだ。このうっとおしい喧噪を黙らせてやる。」
私は懐から短剣を取り出し魔力を集める。魔力が注ぎ込まれた短剣はその形を変え一振りの剣になった。広場の人間は誰もこちらを向いていない。だがすぐに全員がこちらを向くことになるだろう。
私好みの惨劇の始まりだ。