帝国暦1000年 バレンヌ帝国 帝都アバロン 城下町
「やれやれ・・・。お嬢様が私にアバロンを守らせる理由が良く分かるわ。」
アバロンの裏通りで私はため息をつきながら大剣をしまった。目の前には気絶した男達が地面に転がっている。私がこのあいだ叩き伏せたチンピラの仲間が復讐しにきたのだ。だが所詮は素人。私に敵うはずもなく最初の数人を素手で気絶させたあとに大剣を抜いて構えを取るだけで残りの連中は慌てて逃げて行った。
アバロンの治安は決して良くはない。5年前の大混乱の時からバレンヌ帝国は可能な限り難民たちを受け入れている。しかし当然のことながら、食い詰めて切羽詰まった者、他人の物を奪い取って生きてきた者、自分より弱い人間をいたぶることが好きな者なども増えた。最近は幾分か良くなったがそれでも難民の受け入れを続ける以上安全な日々はまだまだ先だ。
気絶した男を縛り上げる。目を覚ましたら逃げた連中の居場所を聞き出しきちんと始末をつけなければ。国を任された以上、この手をいくら汚したとしても半端な仕事をするつもりはない。
「さて・・・!?」
全ての男を縛り上げた時、突然後ろから悲鳴が聞こえた。悲鳴の数は1つ2つではなく、しかも1回で終わるどころか何度も聞こえてくる。私は縛った男たちをその場に捨てて声のもとへ走り出した。
裏通りから出ると表の大通りはパニックになっていた。正門前の広場から人々が一斉に逃げ出している。その中には血を流しながら逃げる人が何人も混ざっている。私は押し寄せる人波をよけながら正門前の広場へ向かう。
「これは・・・一体何が・・・!?」
正門前の広場は普段の様子とあまりに違っていた。辺り一帯が血で染まり人々が倒れている。倒れている人は無数の切り傷を負っており酷い者は人の原型をとどめていない。
そしてそんな惨状の中で、体躯に似合わない剣を持った少女が笑いながら立っていた。この惨状は彼女がやったのか?
言葉が出ない私がただ茫然と立ち尽くしていると少女はこちらに気が付いた。
「うん?まだ残っていたのか。」
少女がこちらを向いたとき、私は得体のしれない気配を感じた。体が危険を察知し大剣を抜いて構える。見た目とは裏腹に油断できる相手ではないことは明白だった。
「ほう・・・多少は剣の腕が立つみたいだな。こいつらとは違うってわけだ。」
そう言って少女は足元の丸い物を蹴り飛ばした。蹴り飛ばした物は私の傍へ落ちる。それは兜をかぶった人の頭だった。今日この広場の警備担当だった兵士の顔だ。
「なんてことを・・・!」
体を怒りが駆け巡る。睨みつける私をよそに少女は笑ったまま表情を崩さない。
「なんだその顔は?こんな雑魚が何人死んだって大したことはないだろう?それよりも・・・」
少女が纏う空気が変わる。いや纏った空気だけではない。広場全体の空気が押しつぶされるような重圧をまとっている。
「お前はどのくらい遊べるのかな?」
少女が剣を構え横なぎに振った。一瞬の間の後に私の前の石畳が切り刻まれるのが見えた。咄嗟に大剣を盾にする。直後、凄まじい力が大剣に叩きつけられた。足元の石畳が切り刻まれていくのが見える。力が収まった時、私の周囲は無数の斬撃で切り刻まれた状態になっていた。
「これはカマイタチ!?これ程広い範囲を切り刻むなんて・・・!」
「どうした?こんなものは小手調べだぞ?」
少女が再びカマイタチを放とうと剣を構えた。そうはさせまいと私は少女に向かって突進する。しかしまだ少女とは距離があった。普通に近づいたのでは間に合わない。
「それじゃあ間に合わないぞ!」
少女が剣を横なぎに振ろうとした。
「いえ・・・!これなら届く!」
少女が剣を振り始めた時、私は突進しながら体を右回転させ、同時に大剣を横に振り始める。回転の勢いで敵を叩き切る『巻き打ち』。本来なら1回転し横から叩き切る剣技だが、私は体が後ろ向いたところで体と腕を強引に捻り剣の軌道を縦に変える。軌道は横薙ぎから斜め上からの振り下ろしに変わった。私は左手を離し右手をわずかに緩める。遠心力で柄を滑らせ柄の1番下を右手で握り腕を目一杯のばす。腕1本分の間合いを強引に伸ばし振り下ろした大剣は少女が振った剣の刃先へ直撃した。
「なっ!?馬鹿な!」
少女が振った剣は軌道を強引に変えられカマイタチは不発に終わる。私は少女が動揺する一瞬の隙をついて大剣を持ち直す。この間合いならカマイタチを打つ前に対応できる。私は少女に斬りかかった。
「ぐっ・・・くそ・・・。」
剣の技術は私のほうが上だった。私は徐々に少女を押し込み広場の角まで追い詰める。少女の表情には焦りが浮かんでいた。
「ふざけた遊びは終わりよ。あの世で報いをうけなさい!」
追い詰めた少女にとどめの一撃を振り上げる。が、少女の表情は焦りから嘲笑に変わった。
「イルストーム!」
突然辺りに紫色の霧が発生した。息をした瞬間にむせ込み体に痛みが走る。どうやら毒のようだ。
「遊びは終わり?もう少し付き合ってくれよ?」
むせ込みと痛みで一瞬動きが鈍った隙を衝かれ少女は脇に飛び退いた。紫の霧はかなり濃く距離を取った少女がどこにいるのかわからない。「ポイゾナスブロウ!」
霧の中から術が突然飛んできた。辛うじて身を反転させ術を避ける。術が掠めた服の一部がボロボロに崩れた。
毒の塊を飛ばす術のようだ。当たればただでは済まないだろう。
「よく避けたな。だがいつまで避けられるかな~?」
小馬鹿にしたような少女の声が聞こえる。声は四方八方に移動していた。おそらく私の周りをぐるぐる回っているのだろう。
再び術が右後方から飛んでくる。今度は大剣を掠め、術の衝撃で大剣が振動し弾き飛ばされそうになる。次は避けられるかわからない。
私は毒の霧の中で身動きが取れなくなっていた。
「・・・ならば。」
私は目を閉じて剣を構える。目を閉じると毒の霧が肌と肺を焼き付かせるような感覚をはっきりと感じる。そして空気の流れと辺りを駆け回る音。音は私の周りを駆け回り空気がかき混ぜられている。そしてその音が唐突に止まった。同時に空気がその場所に流れ込む感覚を感じる。術の前動作だ。
「食らえ、ポイゾナスブロ・・・!」
「無明剣!」
私は感覚だけを頼りに空気が流れ込んだ場所へ大剣を振り下ろす。振り下ろした大剣は少女が放とうとした術を真っ二つに切り裂いた。
「なっ・・・!?」
振り下ろした大剣の先に驚愕の表情を浮かべる少女の姿が見えた。この距離ならもう逃さない。
「今度こそおしまいよ。どんな手を使って来ようと関係ない。命に代えてもこの国は私が守って見せる!」
私は大剣を振り上げる。少女は術を使ったため剣を構えていない。剣を構えなおす前に切り捨てようとしたとき突然紫の霧が晴れ、そして足元の魔方陣が光った。
「なっ・・・!?」
魔方陣に一瞬気を取られ大剣を振り下ろすのが遅れた。振り下ろした大剣は後ろへ飛びのいた少女の目前を通り過ぎる。
「人間にしてはなかなかやるな。だが、これでおしまいだ。」
少女のその言葉と同時にひときわ強く魔方陣が光る。
「ソウルスティール!」
魔方陣は禍々しい黒い光を放ち直後に光と共に消え去った。そしてその中央で私は地面に倒れ伏した。何が起こったのかわからない。ただ何かが私から抜け落ちたような感覚があり力が全く入らなくなった。顔の向きを変えることすら敵わない。私の視界の後ろから少女の声が聞こえる。
「魂を抜き取られた気分はどうだ?」
「魂・・・?私の・・・!?」
辛うじて声を絞り出した。少女は嗤いながら答える。
「そうだ。お前はもうすぐ死ぬ。だがちょっと時間がかかるからな。死ぬまでの間退屈しないようにショーを見せてやろう。」
少女は私の頭を強引に掴み無理やり自分のほうへ向きを変えさせた。
「何を・・・!?」
「なあに。お前が死ぬまで何人か子供を切り刻んでやるだけさ。子供が泣きながら切り刻まれて死ぬ姿を眺める機会はなかなかないだろう。お前は運がいいぞ。」
「ふざけるな・・・!」
私は立ち上がろうとする。しかし体は全く動かない。嘲笑う表情を浮かべる少女は私の頭を踏みつけて言い放った。
「『命に代えてもこの国は私が守って見せる!』だったか?いまから殺すガキを1人でも助けられたらやめてやる。出来るもんならな!」
そうして動けない私の前で殺戮ショーが始まった。正邪は適当な子供を捕まえてきては私の目の前で切り刻んだ。広場に子供の悲鳴と絶叫が響き渡り、駆け付けた兵と子供が合わさった死体の山が築き上げられる。目の前で起こる惨劇の光景を、私はただ見ていることしかできなかった・・・。