帝国暦1000年 バレンヌ帝国 帝都アバロン 正門前
私がモンスターの討伐から戻ってきたとき、アバロンの中は凄惨な状態になっていた。
「いったい何が・・・!?」
正門から見えた惨状をみて私は呟いた。大通りの所々に無数の斬撃跡が付いておりあちこちに紫色の水溜りがあり煙が上がっている。
いつもは賑やかな大通りには人影がなく不気味なほどに静かだ。しかしあちこちに無残に切り裂かれた人と兵の姿がある。城下の様子を伺うため慎重に門をくぐった先の広場で私は倒れ付した人影を見つけた。
「サクヤ!?」
我を忘れて駆け寄り抱き起こした。その顔色は生気がなく呼吸も虫の息だった。何度も呼びかけるとサクヤは辛うじてうっすらと目を開く。
「お嬢・・・様?」
「しっかりしなさい!何が・・・何があったの!?」
大声で呼びかけるもサクヤの意識ははっきりしない。目も焦点が合っておらず虚ろだった。
「申・・・し訳・・・ありません・・・私には・・・守れません・・・でした・・・。」
そこでサクヤの意識が途絶えた。揺さぶりかけるが目を覚まさない。医者を呼ぼうと立ち上がろうとしたとき、
「ペイン!」
声と共に私目掛けて術が放たれる。その術は私をかばうため割り込んだ美鈴に当たった。
「ぎ・・・ああああぁぁぁぁ!」
絶叫に近い悲鳴を上げ美鈴が崩れ落ちる。
「美鈴!」
チルノとこあが駆け寄り彼女を抱え起こす。見たところ傷は無いが美鈴は歯を食いしばって何かに耐えている。
そしてその視線の先には、屋根の上からこちらを見下すように笑う少女がいた。
「ちぃ、外したか。余計なことをしやがって。」
少女は悪態をつく。少女は可愛らしい外見をしているが、見た目と裏腹に少女が生み出す気配はモンスターのそれを思わせるほど強かった。
「誰だ!」
私は少女に向かって叫んだ。
「ククク、お初にお目にかかる。皇帝。私は正邪。七英雄の正邪だ。」
正邪と名乗った少女は嘲笑うかように私に答える。少女の声は見た目相応の声だが、にもかかわらず不気味な重圧を感じた。
「七英雄・・・!?」
「そうだ。最近調子に乗っている小娘がいると聞いてわざわざ来てやったのに留守だときたものだ。だから帰ってくるまでの暇つぶしにそこらの奴と遊んでやったのさ。もっとも、今お前が抱きかかえている奴は遊びにもならなかったがな。だが・・・」
正邪がサクヤを指差して嗤う。
「そいつはなかなか傑作だった!そこらの兵を皆殺しにした惨状を見たにも関わらず、命に代えてもこの国は私が守って見せるとほざいて私に向かってきたんだからな。面白かったから切り刻むのはやめて魂を吸い取ってやったんだ。」
「魂を・・・吸い取る・・・!?」
「いやぁ面白かった!魂を吸い取って動けなくしてやったところで、ガキを捕まえて1人ずつ目の前で切り刻んで見せてやった。威勢のいい身の程知らずの表情が怒りから絶望に染まる瞬間は何度見ても面白い!お前もそう思わないか?皇帝?」
「・・・黙れ。」
「うん?なんだって?」
「口を開くな!私が直々に殺してやる!降りてこい!」
私は体が怒りに支配されるのを感じた。こいつが何であるかはどうでもいい。サクヤをなぶり殺したというのなら、同じ目に合わせるだけだ!
私はサクヤを地面に寝かせ剣を抜いた。屋根の上から正邪が嗤う。
「ククク、殺す?私を??愚か者め。お前に私が殺せるものか。力の差を教えてやるよ!」
正邪が短剣を抜く。一瞬でその短剣は一振りの剣に変わった。正邪はその件を横に一振りする。次の瞬間、私の周りに一瞬風が吹き石畳が切り刻まれた。
「これは・・・!?」
「カマイタチだ。わざわざ見せてやったんだ。避けて見せろ。皇帝!」
正邪はもう一度剣を横に振った。風が生み出す無数の刃が私に降り注いでくる。私は横に飛びのいてカマイタチを避けたが正邪は嗤いながら再び剣を構える。
「ほーら、もういっかい!」
再び正邪が剣を振った。私は飛びのいて体勢が崩れていた。避けられない。覚悟を決めた私に風の刃が降り注いだとき、私の前に美鈴が割り込んだ。
「ぐっ・・・!?」
無数の刃は美鈴を切り刻んだ。全身鎧に無数の傷跡が付き血が飛び散る。カマイタチが止むと美鈴はひざを付いて崩れ落ちた。先ほどの術の影響もあるのだろう。その表情は苦痛に耐えて歪んでいた。
「美鈴!?」
「ご無事・・・ですか?陛下・・・。」
美鈴はこちらを向いて答える。だがその表情はすでに血の気がなく目の焦点もあっていない。すぐに手当てをしなければ危険だ。
「邪魔が入ったか。だが次はまとめて・・・?」
正邪が再びカマイタチを放とうとしたとき、その腕を矢が貫いていた。こあが弓で正邪の腕を射抜いたのだ。
「陛下!美鈴と共に物陰へ!開けた場所は危険です!」
しかし正邪の表情は嗤ったまま崩れない。
「あいつか。これでも食らいな!ポイゾナスブロウ!」
正邪の前に毒の塊が出現しこあのいる場所に放たれる。毒の塊はこあを吹き飛ばしあたりに毒をまき散らす。
「こあ!」
「こんな矢が私に効くものか。馬鹿馬鹿しい。」
矢をへし折ってから引き抜き正邪が言う。矢が引き抜かれたにもかかわらず傷口からは血は吹き出なかった。
「さて、と?まだ邪魔がいるか。」
正邪が視線を横に向ける。その視線の先にはチルノがいた。大剣で相手をするため屋根へ上がり正邪との間合いを詰めていたのだ。
「よくもみんなを!これ以上やらせない!」
大剣を構えチルノが正邪に突進する。だが間合いを詰めきる直前に正邪が動く。
「その程度か?雑魚が。」
正邪が一瞬で間合いを詰め剣でチルノをなぎ払った。突進の勢いと重い大剣が合わさっていたにもかかわらずチルノは弾きとばされ屋根に転がる。
「くっ・・・!?」
「身の程を教えてやるよ。イルストーム!」
紫色の霧が発生し屋根の上を覆い尽くす。霧を吸い込んでチルノは激しくむせ込む。どうやら毒のようだ。それでもなおチルノは正邪に向かっていく。しかしチルノが繰り出す大剣の攻撃を正邪は難なくいなしていく。激しく動いたことで毒が回りチルノの体がふらついた。その隙を突いて正邪は再びチルノを弾き飛ばす。今度は屋根の上ではなく空中だった。チルノはそのまま落下し地面にたたきつけられた。
「チルノ!」
チルノは倒れたまましきりに咳き込んでいた。起き上がることができない。毒が回った状態でまともに受身も取れずに地面に叩きつけられたのだ。
「さて・・・力の差が理解できたかな?皇帝。」
正邪が嗤いながら私に向き直った。護衛の兵を一蹴され動揺する私に正邪が続ける。
「いい加減遊ぶのにも飽きたから用件を言おう。私の配下に入れ。そうすれば命だけは助けてやるよ。」
「何を・・・ふざけるのもいい加減に・・・!」
「そうだな・・・とりあえず金目の物と収穫した農作物を全てもらおうか。あとは適当に奴隷と・・・モンスターの餌に子供を全員頂こう。今言ったものを用意してソーモンまで持って来い。私は気が短いからぐずぐずするなよ。」
正邪は一方的に話し終えると屋根から広場へ飛び降りる。怒りに任せて正邪に切りかかった時、正邪は嗤いながら私に剣を向けた。
「逆らうなら・・・皆殺しだ。サクション!」
正邪の剣から放たれた灰色の魔弾が私に当たる。次の瞬間、全身の力を抜き取られる感覚に襲われ私の体が崩れ落ちた。
立ち上がろうにも力が入らない。その時、私の頭を正邪が踏みつけ見下した表情で言い放った。
「今のはなかったことにしてやるよ。だが次に楯突いたら・・・私のモンスター達で国ごとお前を滅ぼしてやるよ。」
私は正邪に蹴り飛ばされそのまま意識を失った。
私以外に立っている味方は誰もいなくなった。
正邪と名乗る少女はたった一人でお姉様とその護衛を一蹴した。私たちを嘲笑いながら力を見せつけるように振るい、一人ずつ歯向かう相手を叩きのめしていった。
私は剣を抜くことすら忘れ目の前で繰り広げられた惨状をただ眺めていることしかできなかった。お姉様が倒れ次は自分がああなるのだと理解した時、私は呆然とした感覚からいきなり現実へ引き戻された。背筋にゾッとする感覚が走り手足が震え汗が噴き出す。私はそこでようやく自分が剣を抜いていないことに気がついた。震える手で剣を抜き構える。小刻みに震える剣先が私の恐怖をそのまま表していた。
「ん?まだいたのか?」
私は正邪に向き直り必死になって隙を伺った。正邪は私を見つめ、そのまままっすぐ私に歩み寄ってきた。剣を構えてすらいない。
正邪が私の剣の間合いに入った時、私は正邪に切りかかった。・・・はずだった。切りかかろうとした体は金縛りにあったように動かず、私は震えながら正邪を見ることしかできなかった。
正邪は私に近寄ってそのまま私の横を通り過ぎた。通り過ぎるとき私は正邪の声を聞いた。
「お前は相手する価値も無さそうだな。せいぜい怯えて過ごすといい。小娘。」
そう言い残し正邪は正門から出て行った。
彼女が通り過ぎてもなお、震えが止まらず動けない私をそのまま残して。