帝国暦1000年 バレンヌ帝国 帝都アバロン
その日は朝から小雨が降っていた。雨が音を全て溶かして流してしまったようにアバロン全体が静まり返り、ただ雨が降り注ぐ音だけが聞こえていた。私は黒いドレスを着てお姉様と一緒にアバロンの城下へ向かった。
普段は喧騒でにぎやかな城下町はしんと静まり返り、皆が泣くことも嘆くこともなく押し黙っている。そして城下の広場まで来ると、そこには棺が並べられていた。正邪に殺された兵と民、彼らの遺体が収められている。その周りには恋人の兵士を殺されたすすり泣く女性、娘を切り刻まれて殺され震えながら立ち尽くす夫婦、小さな子供を抱きかかえ呆然と棺を眺める未亡人など、殺された人々の遺族で溢れていた。
そして並んだ棺の中央にひときわ美しい棺がおかれていた。サクヤの棺。まるで眠るような姿で棺に横たわったサクヤを見たお姉様の表情は、とても優しいにもかかわらず胸が締め付けられるような悲しい表情だった。
広場にはこあに支えられたチルノと包帯を巻いた美鈴の姿もあった。守るべき人々を虐殺した敵に対し何もできなかった私たち。悲しみに暮れる人々を前に彼女たちと私は俯くことしかできなかった。
祈りの言葉が終わり墓地へ棺が運ばれる。埋められていく棺に皆が祈りをささげる中で私は横にいたお姉様の口から祈りではない言葉がこぼれたのを聞いていた。
「・・・正邪・・・許しはしない・・・」
葬儀が終わり城に戻った後、私は自室で一人泣いた。サクヤが死んだこと。お姉様が見せた表情。そして何もできなかった自分。
あらゆることが混ぜこぜになり、私は何に泣いているのかもわからずに涙が枯れるまで泣き続けた。
本来なら私とメイド以外は入らないその部屋に彼女はいた。白く透き通るような肌と美しく整った顔立ち。そして赤と青を交互にあしらった独特な服装。にもかかわらず、永琳と名乗る彼女は私よりもその部屋に自然に部屋に溶け込んでいた。
葬儀の後に面会を申し出た彼女は『正邪を倒すための方法を知っている。二人きりで話がしたい。』と私に伝えてきたのだ。もちろん胡散臭いことこの上ないが・・・今は正邪を倒す手がかりが欲しい。私は彼女を寝室に呼びつけ、アバロンを襲った正邪について話を聞いていた。「正邪は5年前にカイドウ王国をはじめとする北バレンヌ各地の国を滅ぼした元凶です。彼女はアンデッドモンスターを中心とした軍勢を持っており総数は1万を超えます。かつて北バレンヌ各地の国を滅ぼした時よりモンスターの数は減っていますが今のバレンヌ帝国軍で太刀打ちすることは出来ません。そして正邪自身も強い。正邪の相手になるものは現時点で誰もいないのです。」
だがその永琳は私が勝つことはできないと言ってのけた。
「仮に奇襲をかけ相打ち覚悟で正邪を仕留めたとしてもアンデッドモンスターの軍勢は残ります。相打ちで陛下がいなくなればバレンヌ帝国も長くは持たないでしょう。」
「やってみなければわからない・・・。それに私が死んでもフランがいるわ。」
「今のフラン様がお一人で軍の指揮や内政をこなしバレンヌ帝国を導くことができるのですか?」
言い返せない。もうサクヤもいないのだ。フランだけで国を支えるのは荷が重すぎる。時間があればフランに皇帝の何たるかを伝え自分の後釜にも出来るのに・・・。
「・・・あなたはそんなことを言いに来たのかしら?正邪を倒す方法を知っているのではなかったの?」
私は苛立ちながら永琳へ刺々しく質問をぶつける。永琳は私を見据え懐に手を伸ばしながら答えた。
「フラン様が皇帝になる方法が1つあります。これです。」
永琳が懐から取り出したのは水晶だった。訝しげに見る私をよそに永琳は説明を続ける。
「この水晶には『継承法』の力が込められています。」
「継承法?」
「はい。一言で言えば『陛下の記憶と力を次の皇帝に受け継ぐ力』です。」
「記憶と力を受け継ぐ?・・・眉唾にもほどがあるわ。そんな胡散臭いものを信じろと?」
「信じて頂けないのは当然でしょう。ですが水晶を手にとっていただければ分かります。」
そういって永琳が水晶を机の上に置いた。磨きぬかれた水晶は一遍の曇りも無く輝いている。訝しがりながらも私は水晶を手に取った。
私が水晶を手に持った瞬間、水晶のてっぺんにひびが入った。直後、私の頭の中に何かが入ってくる。何かの知識。これは・・・これが継承法?時間にして数十秒だろうか?全ての継承法の知識が私の頭に入ったとき、水晶は粉々に砕け散り光となって消えた。
「これが・・・継承法・・・。」
「はい。この力をもってすれば如何なる者でも皇帝になることができます。そして継承法の力は1代ではありません。その上限に達するまで幾度でも継承を続けることが可能です。」
これなら・・・何とかなるかもしれない。
「感謝するわ。永琳。欲しいものを言いなさい。用意するわ。」
「正邪を倒していただければ十分です。・・・陛下。継承法とは別にもう一つお伝えすることがあります。」
永琳はそう言って話し始めた。
「陛下は七英雄の伝承はご存知ですか?」
「七英雄の伝承?もちろん知っているわ。
『かつて人々をモンスターから守るために立ち上がった7人の英雄がいた。英雄達はあらゆるモンスターから人々を守り抜き、脅威となるモンスターをすべて打ち倒して姿を消した。ただ英雄達は決して消え去ったわけではない。人の世が再び脅威にさらされたとき英雄達はこの世界に戻ってくる。』
バレンヌ帝国の始まりよりも古くから伝わる最古の伝承の一つでしょう。学校の教科書にも載っているような知識よ。」
こんな話が何の役に立つのか・・・。と考えて私は思い出す。そういえば・・・
「そういえば正邪は七英雄を名乗っていたわね。なんでそんなものを名乗ったのかしら・・・?」
「それは、正邪が正真正銘の七英雄だからです。」
私の疑問に永琳が答える。しかし、私はその言葉の意味が分からなかった。あの正邪が七英雄?
「・・・何を言っているの?最低でも1000年以上前の伝承よ。その伝承に出てくる存在が今生きているはずがないでしょう。」
私の問いに対して永琳は私をしっかりと見据えて答えた。
「正邪・・・いえ七英雄は人ではないのです。」
「・・・人ではない?どういうこと?」
私の問いかけに対し、永琳は懐から何かを取り出し私に渡した。
「これは1000年以上前に古代の民の技術で作られたものです。ほとんどの物が遺失、あるいは損壊していましたがこれだけは無傷で現存しています。」
私が受け取ったのは一枚の小さな絵だった。その絵は手のひらほどの大きさであったが、まるで風景をそのまま切り取ったかのように精密な絵で薄い紙に描かれている。そしてその絵は透明な板の中に埋め込まれていた。どうやって描かれたのか見当もつかない。だがそんなことは描かれていた人物と比べればどうでも良いことだった。
絵は7人の女性が集まってこちらを向いた姿が描かれている。6人が笑顔で1人がふてくされた顔だ。そして、そのふてくされた顔の人物は紛れもなくあの正邪だった。
そして絵の真ん中の女性が手に持っている紙。そこには古代語で・・・『七英雄結成!』と書かれている。
私は言葉が出なかった。絵を見つめることしかできない私に永琳が言った。
「陛下、裏面もご確認ください。」
そう言われ私は絵を裏返した。裏面は白紙だが何かが書かれている。名前だった。書かれていた名前は一つ一つが違う筆跡で書かれており、それが7つある。
『輝夜』『依姫』『豊姫』『衣玖』『勇儀』『アリス』『正邪』
「これ以外で七英雄が何者なのかを示すものはごく僅かしか残っていません。しかし七英雄がその力を得るために使った技術として、殺したモンスターをその身に取り込み力を得る『同化法』を用いた記録が残っています。七英雄はその全員が人の体にモンスターを取り込んだモンスターの集合体です。」
めまいがした。手が震えて考えがまとまらない。
「なぜ正邪が今になって現れたのかはわかりません。しかし間違いなく言えるのは彼女は伝承とは違い人に害をなす脅威です。陛下。どうか正邪を打ち倒し帝国をお救いください。」
永琳はそこまで言って席を立ち深く一礼した。彼女の話は終わりのようだ。
「・・・少し考えさせて頂戴。」
私はそう言った後永琳を退室させた。殺したモンスターをその身に取り込んだ集合体。にわかには信じ難いが、あの時感じた重圧と圧倒的な力がそうとしか思えない。そうならば・・・私が戦って勝てる相手ではない。
その日の夜、私は美鈴、こあ、チルノを呼び出し告げた。
「正邪と戦うわ。皆。力を貸して頂戴。」