帝国暦 994年 バレンヌ帝国 バレンヌ城
現在の北バレンヌ地方最大国のカイドウ王国。その最大貴族スカーレット家の次期当主の娘。それが私だった。
ただ元々スカーレット家は下流貴族である。現スカーレット家当主である祖父が全資産を投じて拡張した海運事業が成功し一代で莫大な富を築きあげたため最大貴族となっただけだ。
ゆえに祖父はスカーレット家を正真正銘の大貴族に変えたかった。そのためにスカーレット家の誰かとカイドウ王家との政略結婚を行おうと奔走していたが元が下流貴族のスカーレット家は王家からは相手にもされず、祖父は長い間忸怩たる思いを募らせていた。
カイドウ王家にふさわしいだけの『格』。私が19歳を迎えた時、祖父はついにそれを得るチャンスを掴んだ。カイドウ王国から遥か南西、かつて南北バレンヌ地方を統治したバレンヌ帝国。かつての大国はその領土のほとんどを失い滅亡の危機を迎えていた。それを知った祖父は自らバレンヌ帝国へ向かい皇帝レオンと交渉、バレンヌ帝国へ資金援助を行い滅亡の危機から救い出す代わりに、第二皇子であるジェラール皇子と私を政略結婚させ生まれた子供の一人をスカーレット家が引き取るという話を成立させた。今は滅亡寸前とはいえかつてはカイドウ王国をはるかにしのぐ歴史ある大国の王族の血筋。その血筋を持つ家ならば『格』としては申し分なかった。
こうして私はバレンヌ帝国の帝都アバロンにやってきた。馬車から見える町並みは古くからのオレオン式が並び歴史を感じさせる。だが壁は汚れところどころに板を打ち付けた跡が残っている。また大通りだというのに馬車の揺れが激しい。きっと道路の石畳の手入れがろくにされていないのだろう。馬車の中から時折見える商店の品ぞろえは少なく客もあまりいない。そして何より・・・道路を行き交う人々の表情はどこか切羽詰まった暗い表情だった。
(カイドウとは全然違う・・・。こんな所へ来ることになるなんて・・・。)
通行待ちで止まった馬車から外を眺めつづけていた時目が止まった。ある男性の前に何人もの人が集まっている。男性はやや細身だが身なりが良い。男性は集まった人々を適当な箱や段差に座らせ自分から一人一人の元へ話を聞いて回っている。男性は話を聞いている間、相手の顔をしっかりと見つめ真摯に話を聞いていた。
(貴族の方が平民に話を聞いて回っている?・・・でもどうして平民を座らせて自分は立ったままなのかしら?)
やがて私の乗った馬車は動き出しその風景は後ろへ流れていく。再び周りの景色が元に戻った時に気が付いた。あの男性の表情はそのあたりを歩く人々の暗い表情とは違う。はっきりとした強さを感じる表情だった。
(あの人は何者だったのかしら?)
これが・・・私が初めて彼を見た出来事になる。あの時話を聞いていた男性。彼こそが平民でも真摯に接し、民の為に活動するバレンヌ帝国第2皇子ジェラールであり、私の政略結婚の相手だった。
初めてジェラール様と一緒に外出したのはバレンヌ帝国に来てから2週間後の事だった。
カイドウ王国にいたころは外出も自由にできたがバレンヌ帝国に来てからはそういうわけにもいかなくなった。仮にも第2皇子の妃が軽々と外出などするべきではないと思ったからだ。だからジェラール様から外出の誘いを受けた時は素直に嬉しかった。私はジェラール様の申し出を受けアバロン市街へ共に外出した。
ジェラール様は人気者だった。しかも皆との距離が近い。貴族、平民どちらが相手でも当たり前のように挨拶し言葉を交わしている。カイドウでは貴族でもそんな人を見たことがなかった。
そんな風に人々と話すジェラール様を見ているとジェラール様と目が合った。彼は私の表情を見て気が付いたようだ。
「皇族が皆と当たり前に話をしているのがおかしいかい?」
「い、いえ!そんなことは・・・。」
「いや、いいんだ。貴方がそう思うのも無理はない。他の国で皇子が民とこんなにも気軽に言葉を交わすなど考えられないだろう。」
内心をあっさり見通されて戸惑う私を見て苦笑しながら、ジェラール様は言葉をつづけた。
「・・・明日にも国が滅ぶかもしれない。バレンヌの民は皆そう思っている。だから皆が目先の不安を取り除いてくれる存在を欲しがっている。」
「それがジェラール様が皆と話をする理由ですか?」
馬車の中から見た光景を思い出す。確かにあの時ジェラール様が真摯に話を聞いていた相手は皆とても辛そうだった。そういった不安を少しでも解消できるなら話をする意味はあるだろう。
だが、ジェラール様の答えは私の予想より進んでいた。
「それもある。だが本当の目的は国が滅亡の危機を脱した後のことを考えるためなんだ。」
「滅亡の危機を脱した後・・・ですか?」
「そうだ。今は皆がバレンヌ帝国が滅びないことを願っている。悲しいことだがそのことで皆の意思が統一されているんだ。だがそれが過ぎたれば皆は思い思いの主張を始めるだろう。特に・・・貴族と平民の間に溝ができると思っている。
だからこそ皆の声を今のうちに集めておき、国が安定し始めた時に皆が納得する道を示し導く必要があるんだ。今そんなことができるのは私しかいない。これが私が皆と話をする理由だ。」
私は驚いていた。目の前の不安に捕らわれることなく未来を考え行動を起こしている。カイドウの貴族ですら未来を真剣に考えて行動するものは少なかったのに・・・。
「いずれはジェラール様が内政を担うおつもりだと・・・?」
「いやいや。今は父上がすべて仕切っているし次期皇帝は兄上だ。私が入る余地はない。私は父上や兄上が行いたいことを代わりにやっているだけだよ。私が集めている声も父上と兄上に余裕ができたら全て報告し引き渡すつもりだ。まあ進言ぐらいはするかもしれないけれどね。」
ジェラール様は再び話を皆から聞き始める。私も一緒に話を聞きまわりながら合間を縫って疑問をぶつける。
「ジェラール様も皇子なのですから内政の一部を担ってもよろしいのではないですか?今だってこうして皆の話を自ら集めまわっておられるのですし・・・陛下にお願いすれば聞き入れていただけるのではないでしょうか?」
「確かに父上や兄上に頼めば内政を任せてもらえるかもしれない。だけど一部とはいえ私が直接内政を担うのは避けたいんだ。こんなことを言いたくはないが、誰かが私を担いでクーデターを起こすかもしれない。皇子だからこそ・・・皇帝にならないならその政を直接決められる立場になってはいけないと思っている。
私の役目はあくまで補助。皇帝陛下の政を実現するための駒であるべきなんだ。」
そういうジェラール様の顔は少し寂しそうだった。今の言葉も私に語るというより自分に言い聞かせているかの様に見える。これだけ真摯に皆の声を集め国のために活動されているのだ。本心では内政を行いたい思いもあるに違いない。しかし国のためその思いを殺しあくまで裏方に徹しようとしているのだろう。
その後私たちは皆の話を聞きまわり夕刻を迎えるころに王宮に戻ってきた。ジェラール様の部屋で聞いた話を一緒にまとめる。その後はバレンヌ帝国をどうしていくべきかを遅くまで話し合っていた。
それからジェラール様が話を聞くために外出するときは私も一緒についていくのが日常になった。彼と共に行動するのは楽しく、いつからかカイドウにいたころよりも充実した日々を送っていた。
そんな日々がずいぶん経ったある日、いつものように聞いた話をまとめている時、不意にジェラール様が私へ向き直った。
「レミリア。お願いがある。私と共にこの国を支える手助けをしてもらえないか?」
「い、いきなりどうしたのですか?」
突然のことに私は戸惑った。言葉が詰まり何を言ってよいのかわからない。
「貴方は政略結婚でここへ来た。だからこんなお願いをするのは筋違いかもしれない・・・。だが貴方と一緒に皆の話を聞いて周り、貴方と国の未来を語り合ううちに気が付いたんだ。私が考えていた皆のための未来は所詮私の独りよがりな未来であったことを。
どれだけたくさんの人の声に耳を傾けても私一人の考えでは偏りが出る。だからこの国の未来を考えることができ、その上で私とは違う考えを持っている人が必要なんだ。
レミリア、貴方は賢く清廉でそして私とは違う価値観を持っている。貴方のような人が私は欲しい。それに何より・・・」
そこまで言って彼は一瞬迷った後、私のほうを向いてはっきりと言った。
「レミリア、私はあなたを愛している。」
帝国暦 995年 北バレンヌ北方荒野
「ようやく集まったな。」
荒地を見下ろせる小高い丘の上で、私は集めたモンスターたちを見下ろしていた。
集結させたモンスターは総勢2万体以上の大群。荒地にモンスターたちがひしめき合う姿は圧巻だ。過去の記録をさかのぼってもこれほどのモンスターが一箇所に集まった記録はない。今頃周辺国は大混乱に陥っているだろう。
その時、斥候に向かわせたモンスターが戻ってきた。どうやらカイドウ王国が大軍を集めているらしい。また、カイドウ以外の国も兵を集めているようだ。各国総出で討伐軍を編成するつもりなのだろう。
「まとまって討伐しに来るか。単純な奴らばっかりだな。」
おそらくあと1週間程でモンスター討伐軍がこちらに来るだろう。こちらが動かなければ終結したモンスターを包囲する形を取ろうとするはずだ。モンスター達がいかに屈強でも包囲殲滅されればどうにもならない。だが今回は違う。
「ククク、モンスターは戦略なんざ使えないっていう思い込みをひっくり返して蹂躙してやる。恐怖を刻み付け、痛みを存分に味合わせ、虫けらのように潰してやる。」
これだけの規模で下等種共を皆殺しにできる機会はそうそうない。モンスターを見下ろしながら私はこれからの惨劇に胸を躍らせる。
ただの惨劇ではない。この世界の支配者は人間とかいう下等種ではなく私達であることを示し、世界を足元へひれ伏させる狼煙となるのだ。
「さあ・・・反逆の時間だ!」