帝国暦1000年 バレンヌ帝国 帝都アバロン 城門
城の入り口には既に兵が集まっていた。だが兵士長の間でなにやら言い争いが起きている。
どうやら城下町のゴブリンを追い払う意見がまとまらないらしい。あるものは城下町のゴブリンを虱潰しにするべきだといい、あるものは城の防衛に専念し最小限の人員のみ出すべきだという。
見かねた私は兵士長たちを一喝した。
「一刻を争う自体に口論などしている場合ではないでしょう!」
兵士長たちが驚き目を丸くする。それはそうだろう。私はいままで彼らを叱るどころか意見一つまともに言ったことがないのだから。
「現時点でゴブリンたちは城の防壁を破壊できる力はないわ。城は入り口のみを固めて残りの兵で速やかに城下町のゴブリンを掃討する。兵の編成と指揮は私が取るわ。」
私は兵市長たちに作戦を説明する。
「重装歩兵は半分を城の入り口に配置、後方に弓兵をおきゴブリンたちをせき止めなさい。今はゴブリンたちが城下に散らばっている。散発的な攻撃からなら十分守りきれるわ。
重装歩兵残り半分は軽装歩兵、宮廷魔術師と共に正門の奪取に向かう。正門にはゴブリンが固まっているでしょうから相手をおびき出して宮廷魔術師の術で一掃する。
正門を奪取したら軽装歩兵を中心に遊撃部隊を再編成して城下町のゴブリンを掃討する。必ずこちらの数が相手より多い状態で戦い、相手が増えたらいったん逃走して体勢を立て直すこと。正門を奪取すればゴブリンは袋のねずみ。後は確実に数を減らせば何とかなるわ!」
自分で作戦を説明しながら驚いていた。いままでまともに作戦を考え指揮など執ったことがないはずなのに当たり前のように言葉が浮かんでくる。そう、まるでお姉さまのように・・・。
これが継承法の力・・・なんであれかまわない。今は私が国を守らなければ!
「まずは正門を取り戻すわ!出撃準備!」
私の号令で兵たちが動く。うまくいくか分からないはずなのに、私は負ける気がしなかった。
城下町にはいたるところにゴブリンたちがいた。手には棍棒、石斧、簡素な弓矢などを持っている。下卑た笑いを浮かべながら手当たり次第にそこらじゅうを荒らしまわっている。
城から出てきた私たちを見て最初は警戒していたが、正門へ直進する私たちをみて次々に襲いかかってきた。1匹1匹はたいしたことはないが囲まれれば危険だ。
「軽装歩兵!ゴブリンを蹴散らしなさい!重装歩兵は前進を優先!宮廷魔術師は重装歩兵の後ろへ!術はまだ使うな!」
ゴブリンどもを軽装歩兵が蹴散らしてゆく。討ち漏らしたゴブリンが向かってくるがそれもこあの弓矢と美鈴、チルノの剣で倒される。私たちは一気に正門前の広場まで進軍した。
正門前の広場には見えるだけで50匹近いゴブリンたちがいた。周辺にいるゴブリンも含めればもっといるだろう。そしてゴブリンたちはこちらを見ると一斉に襲い掛かってきた。
「軽装歩兵!後退!重装歩兵!前へ!ゴブリンたちを受け止めなさい!」
大盾をもった重装歩兵が前に出てゴブリンたちの間に入る。ゴブリンの棍棒や石斧では重装歩兵の盾や鎧相手には意味をなさない。
「広場の入り口まで後退!」
私達はゴブリンたちの攻撃を受け止めながら広場の入り口までゆっくり後退していく。広場全体にいたゴブリンは私達を追いかけて広場の入り口付近に密集していた。
「今だ!攻撃術!放て!」
「ウインドカッター!」
「ファイアーボール!」
私の合図と共に一斉に術が放たれ風の刃と火の玉がゴブリンに降り注ぐ。切り刻まれて血を撒き散らし炎に包まれるゴブリンたちは次々に絶叫を上げながら死んでいく。その光景は余りに凄惨で兵たちも思わずたじろいでしまう。
地獄絵図のような光景。その光景にかつて王都ソーモンから逃げ延びたときの事がフラッシュバックする。胸が動悸し治まらない。しかし怯んでいるわけにはいかない。私はもう小娘ではいられない・・・私は・・・皇帝なのだから!
「っ・・・!怯むな!全軍前進!正門を奪取する!私に続きなさい!」
私は兵に檄を飛ばし自ら前へ進みだす。兵たちも一瞬遅れるがすぐに我に返り前へ進みだした。ゴブリンたちが血をまき散らし火だるまになって転げまわる地獄絵図の中を私たちは必死に正門へ突き進む。
正門付近にいたゴブリンは同胞の凄惨な最後をみて次々逃げ出していった。私たちは難なく正門を奪取し兵たちが跳ね橋を閉じる。あとは掃討戦だ。軽装歩兵達は既に遊撃を開始しており、城下のいたるところでゴブリンたちが切り殺されていく。城は大丈夫だろうか?そう思い城へと続く大通りに目を向けた時、見覚えのある人影があった。
ルーミアだ。たった一人でこちらへ歩いてくる。時折ゴブリンたちが彼女に襲い掛かるが彼女の大剣であっさりと切り捨てられた。彼女はそのまま真っすぐ私の前までやってきた。
「ルーミア!?いまさらアンタ何をしに・・・!?」
チルノが食って掛かるがルーミアは動じず視線すら合わさない。ただ真っすぐに私を見つめていた。
私は愛剣を担いで城の外へ出た。城の入り口では重装歩兵が守りを固めている。私も作戦に加わるよう誰かが言ったが無視して城下町に出た。
自分でも何がしたかったのか良く分からなかった。私の価値を認めてくれた陛下と、私が目標とした騎士が一緒にいなくなったことで自暴自棄になっていたのだろう。どうあれ、私は城下町で正門へ進軍するフラン様を見かけた。
重装歩兵を先頭に軽装歩兵が周りを固めている。さらに重装歩兵の真後ろに宮廷魔術師。セオリー通りの戦い方だ。
しかし街中は大通りでも兵が多数戦えるほど広くはない。そのうえ脇道から奇襲をうけやすく正面にゴブリンの大群が現れれば一気に囲まれ弓矢持ちのゴブリンのいい的になるだろう。威勢だけで進軍した結果いたずらに兵を失う愚かな戦い方だ。ついていかなかったのはやはり正解だった。
蔑みつつも様子を伺っていて気がついた。さっきから宮廷魔術師が術を使っていない。わざわざ護衛が必要な魔術師を連れてきているのに術を使わないのは不自然だ。疑問に思っているとついに恐れていたことが起こる。正門前の広場でそこにいた大群のゴブリンに進軍を阻まれたのだ。とっさに軽装歩兵を後列に下げたのはいい判断だがこのままでは進軍できない。そうすれば脇道から現れるゴブリンに囲まれておしまいだ。
撤退するなら適当に手を貸してやり、やっぱりアンタじゃ駄目だなと罵ろうかと考えた時、突如ゴブリンの大群が絶叫を上げた。宮廷魔術師たちが一斉にゴブリンへ術を放ったのだ。固まっていたゴブリンは術の力で一掃された。そこでようやく気が付く。どうして術を使っていなかったのかを。
術をゴブリンに見せていれば術を恐れ近づいてこない個体もいただろう。そうすれば術で一掃することができず残ったゴブリンたちに取り囲まれる。だからゴブリンが集まっていることが予想される正門前の広場まで術を使わずに進軍してゴブリンを油断させたのだ。
あとは近寄ったゴブリンたちにまとめて術を叩き込めばいい。あの時軽装歩兵を後列に下げたのは術による巻き添えを防ぐため。あらかじめ決められた作戦での動きだったから素早く後退できたのだ。
しかし私の耳にゴブリンたちの絶叫が次々に聞こえてくる。ここにいても鳥肌が立つ声だった。この距離でこれなら間近で聞いている兵たちはかなり辛いはずだ。予想通り先頭の兵たちが怯んでいる。進軍は無理だと私が思ったとき辺り一帯にはっきりとした声が響いた。
「怯むな!全軍前進!正門を奪取する!私に続きなさい!」
私ははっとしてフラン様を見る。ゴブリンたちが断末魔をあげる地獄絵図の中をフラン様がまっすぐに進んでいく。その姿は頼りない皇帝の妹ではなく・・・自分が付いてゆくと決めたレミリア陛下の姿にそっくりだった。
フラン様たちが正門にたどり着き跳ね橋を上げた。城下町のゴブリンたちも同胞の凄惨な最後を見て気が動転している。勝負は決まった。彼女は公言通り正門を奪い返したのだ。レミリア陛下の戦い方で。
フラン様は陛下の遺志を継ぎこの国を守って見せた。・・・私は?不貞腐れて八つ当たりし現実から逃げているだけだ。ついていくと決めた陛下や目標とした騎士の遺志を何か一つでも受け継ぐことはなかったのか?
私の足はフラン様の元へ向かっていった。何も受け継げなかった、いや現実を受け入れられずに受け継ごうとしなかった私に彼女たちを語る資格はもうない。ならば、ならばせめて・・・
せめて・・・何だったのだろう?そんなことすらわからないまま、私はフラン様の元へ歩いていった。
「余りにも傲慢で無礼な物言い、弁解の言葉もありません。いかような罰でもお与えください!この命で償えとおっしゃるなら、今ここでそのとおりに致します!」
周りがどよめく。それもそうだ。ルーミアが頭を下げるどころか謝った姿すら見たことがないものが大半だった。そのルーミアが平伏して謝罪しているのだ。
「・・・ルーミア、立ちなさい。」
少しして私はルーミアに告げた。俯いたままルーミアは立ち上がる。
「顔を上げなさい。」
私は続けてルーミアに告げる。ルーミアが顔を上げた時、私はその顔を殴り飛ばした。殴り飛ばされルーミアがその場に倒れこむ。
「命で償う!?ふざけたことを言う暇があるならゴブリンの掃討を手伝いなさい!」
殴りとばされたルーミアも周りの兵士達も呆気に取られていた。
「ルーミア。あなたは生きている。お姉様やサクヤが命を賭けて守ったものの中にあなたも入っている。だから無意味に命を捨てないで頂戴。お姉様やサクヤがしたことを無駄にはしたくないの。どうかその命を大事に使ってくれないかしら?」
私はそうルーミアに告げた。私はもう小娘であってはならない。そう思ったはずなのに私は今にも泣きそうになっていた。きっとひどい顔をしているだろう。それでも私は自分の思いをルーミアに告げたかった。
ルーミアは立ち上がり私の前に来る。また呆れられ何かを言われるのかと思ったが、ルーミアは私の足元へ跪いた。そして・・・。
「フラン様・・・いえ、皇帝陛下。私は陛下の兵として忠誠を誓います。如何なる困難が相手でも陛下の身をお守りし、陛下の理想の実現のためこの身を捧げます。傭兵の身ではありますが・・・この命どうぞ存分にお使いください。」