君の膵臓を食べたいと仮面ライダーエグゼイドのクロス小説です。
仮面ライダーもバグスターも出ませんが!
ついでにいうとエグゼイド側も監察医と天才外科医しか出ませんが!
9月21日 1時30分更新
完結しました。
ありがとうございます。


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君の膵臓をたべたい 時系列的には桜良の寿命が半分に縮まるメールが来る直前
エグゼイド     本編からトゥルーエンディングまでの間だと思っていただければ



散らない桜と文学少年と後悔している大人

「また来てねー!」

そんな風に手を振っていた彼女の病室が、翌日の夕方には空になっていた。

 

僕は呆然とした。彼女の病気の重さから考えて、普通の患者にありがちな、症状が軽くなったから病室を移るという事はありえない。

なので僕がまずしたのは最悪の想像だった。病院のベッドが空になるということは。

彼女が……

 

「いや、そんな訳がない」

そんな風に小さく呟いていてこそいたものの、白状しよう、僕は必死だった。

前日に、彼女に「明日も学校が終わったら来るよ」という旨を昨日の夜メールした。

だが、返信はなかった。彼女は僕のメールに関しては、常に5分以内には返信してきていたのに。

その時は、もう寝たのだろうくらいにしか思わなかったが、今となっては、彼女にその時既に何かが起こっていたのだろう。

 

「あの、503号室の山内桜良さんってどこの病室に移られたんですか?」

「あら?貴方、毎日お見舞いに来てた彼氏さんじゃない。知らされてないの?」

必死な僕に対して、なにか僕と彼女の関係を勘違いしたナースステーションのナースが、衝撃の言葉を僕に告げる。

 

「彼女さん、転院したわよ。確か……東京の病院だったかしらね?」

「……えっ」

呆然とする。僕と彼女の関係は確かに、友達や恋人といえるようなものではない。

互いを名前で呼び合ったこともない。

 

だが、そんなことを教えてくれないほど、彼女は冷たい人間だっただろうか。

呆然としたまま、病院を出て、携帯を取り出す。

新着問い合わせ……無し

彼女以外、僕の携帯にメールしてくる人間などいない。

そして初めて僕は彼女の携帯に電話もした。

 

声が聞きたかった。彼女の口から、今回のことについて聞いてみたかった。

 

 

散らない桜と文学少年と後悔している大人

 

 

「おかけになった電話は~」

お決まりのメッセージが耳元で鳴る。もう、これで30回は同じメッセージを聞いただろうか。

メールも、電話も全く返事がない。

転院先というを病院から聞き出そうともしたが、個人情報がなんだとうるさい昨今、どこの馬の骨とも知れない学生にそんなことも教えてくれなかった。

そして、東京である。

僕の住んでいる北陸の地方都市からは、最近なら新幹線で2時間でつくといったところだが、高校三年生の財力ではそんなものを使うこともできない。

かつ、彼女の転院先が分からないのではただ東京をさまようだけになってしまう。

 

「……どうしろっていうんだよ」

携帯を部屋の机の上に置き、途方に暮れる。

このまま、彼女という物語がどこか知らない場所で終わってしまう。

それだけはどうしてか、僕は許容することができなかった。

 

そんなことを考えている中、待ち望んでいた人物からの着信が携帯を震わせていた。

「山内 桜良」

ぼくはもう、それこそ即座に携帯に飛びつき、通話ボタンを押した。

 

「もしもし?」

「……」

彼女は、全く喋らなかった。時折、彼女の息遣いみたいなものが携帯から聞こえてくる。

そして、彼女以外の声も携帯からとぎれとぎれだが聞こえてくる。

 

「--大学ーー院のー飛彩です、-回の手術を…」

そこで電話は切れた。もうかけなおしても、彼女につながることはなかった。

 

 

 

「……うん、ごめん、じゃあ明日は休みって言っておいてほしい」

バスに乗る前に、両親に最後の電話をする。

慣れないながらも、インターネットなんてものを使い、断片的に聞こえてきた情報を検索した。

 

彼女はおそらく、聖都大学附属病院に居る。

飛彩という先生が勤務している東京の病院はそこしかない。

検索したら、CRという部署に所属している鏡飛彩先生の論文が出てきたのだ。

おそらく、ここで間違いない。

行って僕はどうしたいのか。

彼女に何か物でも申してやりたいのか。

 

とにかく、今は彼女の顔が見たかった。なんでかはわからない。

彼女という物語をここまで見てきた人間の意地なのか、それとも

両親には「関東に転院した友達に会いに行きたい」と正直に言った。

休みでいいんじゃないか、と両親は言っていたがあまりに必死な僕を見て、お金を渡して

「行ってこい」と背中をたたいたのだ。

いい両親を持った、と今なら思える。

 

もう電車がない時間。

深夜バスに飛び乗り、僕は東京への旅路についた。

彼女に会って僕はどうしたいのか。

そう考えるうちに、慣れない車中という事もあって、僕の意識は自然と沈んでいった。

 

ーーーーーーー

 

「すいません、こちらに入院している山内桜良さんの病室はどちらですか?」

翌朝、僕の姿は聖都大学付属病院にあった。

これまで彼女が入院していた県内の総合病院とは比べ物にならない大病院。

恐らくここなら、県内の総合病院とは比べ物にならない設備と医療が受けられるのだろう。

限られているであろう彼女の命を少しでも長引かせたい、という彼女の両親の思いがこの病院を選んだのかもしれない。

 

「山内桜良さん?……702号室ですけど、もうすぐ手術のご予定ですので親族の方以外の面会はお断りしております」

 

病院の受付で、そう突き放された。

友達でも、ましてや彼氏でもない、親族でなんかあるわけがない僕では、この状況で彼女に会うことはできない。

 

「山内桜良……?お、君はあの患者の関係者か?」

受付で突き放された僕に、突然後ろから声をかけてくる人がいた。

彼女の名前が出たので、僕はそれはもう首が痛くなる勢いで振り返った。

 

「監察医の九条貴利矢です、よろしくぅ」

「……失礼しました」

「待て待て待て、こんな格好してるけどまっとうな医者なんだよ!」

 

振り返ったそこにいたのは白衣を乱雑に着て、白衣のその下にはアロハシャツが見えるドクター?と思える人。

思える人としたのは、僕には彼が到底ドクターに思えなかったからだ。

ドクターというのは、もう少ししっかりした人のイメージがあったのだ。

目の前のアロハシャツの人がとてもそのしっかりした人間には僕には見えなかった。

 

「で、君は山内桜良さんの恋人か何かか?」

「違います」

……僕は意志が弱い。結局流されるまま、このいい加減な雰囲気の医者に連れられて、彼女の病室に向かっている。

九条貴利矢、この人は「監察医」というらしい。昔、本で読んだことがある。

患者を治すのではなく、患者の死因を特定する医者。

それが監察医。

そんな監察医が、彼女について質問してくることに僕は若干の恐怖を感じた。

彼女を死後この医者が調査したりするのではないかと。

 

「そんな怖い顔すんなって、別に今回は彼女の死んだ後に仕事しようってんじゃねえよ」

そんな僕の心を見抜いたのか、九条先生は頭上から頭をポンポンしてきた。

子供扱いされていることに若干のイラつきを覚えたが、彼女の話の続きを聞きたかったので、僕は黙っていた。

 

「彼女な、転院してから毎日泣いてんだよ。携帯を見てはな。俺は本業は監察医なんだけど、少し精神科医的なこともできなくもないから、手術前に彼女を診てほしいって頼まれたわけ」

「泣いてた……?」

「ああ、病室からたまにすすり泣く泣き声が聞こえるんだよ」

彼女を泣かせてしまった日のことを思い出し、僕の胸は締め付けられる。

彼女の親友の言葉「あの子は誰よりも繊細で傷つきやすいの」という言葉も、僕の頭を走る。

 

「ま、彼氏なら彼女の心の傷に触れ合うこともできるだろ」

「彼氏じゃないです」

「……んじゃ友達か何か?」

「違います」

「……は?お前さんわざわざ彼女の地元から来たんだよな?」

九条先生が、僕と彼女の関係性について困惑する間に、僕らは彼女の病室の前についた。

702号室 山内 桜良

そうプレートに記載されている。正直に言おう、僕はどうしていいのかわからなかった。

結局のところ、僕は彼女に会って何が言いたいのか。

どうしていいのかわからない……となっている間に、横の九条先生がドアを開けていた。

 

「山内さーん、面会でーす」

 

ーーー彼女が、そこにいた。

奇麗な目を驚愕に見開いて、こちらを見て明らかに呆然としていた。

 

「んじゃ、あとはごゆっくり~」

困惑する僕らをしり目に、九条先生は病室に入ることもなく、去っていった。

 

あとはただ、僕らが残された。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

結論だけ言おう。

僕と彼女は何も喋ることなく互いに沈黙し、そして僕は彼女を診に来た彼女の主治医に見つかり摘まみだされた。

僕の彼女以外乏しい人間経験では何をしゃべればいいのかわからなかった。

 

そこでしばらく待っていろ、と病院の中庭のベンチを案内された。

あれが彼女の主治医……そっか、あれが飛彩先生か

白衣をびしっと着こなし、その下にはYシャツとネクタイがこれまたびしっと締められていた飛彩先生。

 

 

……うん、あれこそ医者って感じだ。

僕はどこかのアロハ医者と飛彩先生を無意識に頭の中で比べていた。

 

「おい」

「うひゃあ」

そんな想像をしていると、本人がいつの間にかベンチの後ろに立っていた。

心臓に悪い。

 

「お前は彼女の家族じゃないな?」

僕が彼女の家族じゃないととあらかじめわかっているのか、飛彩先生の口調は厳しかった。

 

「違います」

「ならなんで病室にいた。手術間近で面会謝絶なのは聞いていただろ」

「九条って先生が案内してくれました」

そういうと、飛彩先生はわかりやすく顔をしかめる。この人、ポーカーフェイスかと思ったが、意外と顔に出るんだな。

 

「監察医にはなんといって案内してもらったんだ」

「関係者なら彼女の心の傷を癒すことができるだろ?って言われました」

 

俺が頼んだのは患者のカウンセリングだ、と小声でつぶやいているのが聞こえる。

どうやら、飛彩先生と九条先生は何らかの知り合いではあるらしい。

まあ同じ病院だろうから仕事仲間でも何ら不思議はないのだが。

ただ、このぴしっとした飛彩先生と九条先生が並んでいるイメージが全く浮かばない。

 

「……まあ、良い、患者にはかかわらない主義だが、今のままでは手術に関わる。話を聞かせろ」

「話ですか?」

「家族でもないという事は、ストーカーでもない限り転院先を何らかの形で聞いてお前はわざわざ彼女がいた地方都市からここまで来たんだろ」

「昨日の夜出発して、今朝到着しました。転院先については彼女が電話で」

明らかに目の前の相手が困惑しているのが分かる。親族でもないのならなぜそこまでするのか。という顔だ。

人間経験が薄い僕でもその顔を見抜くくらいのことはできた。

 

「お前は彼氏か?」

「違います」

「なら友人か?」

「違います、こないだまでは話したこともないクラスメイトでした。」

 

先ほどの九条先生同様に、飛彩先生の顔から困惑の色が消えない。

主治医なら、話しても構わないだろう。と感じた僕は、彼女との出会いから今までを語り始めた。

記憶にある限り、たどたどしくても話し続けた。

誰かに、聞いてほしかったのかもしれない、彼女の物語というものを。

病院で共病文庫を手に取った。

それを読んで、彼女の病気を知った。そして、彼女の願いを聞き届けて、彼女と同じ時間を過ごしたこと。

友人でもない、ましてや恋人でもないとの距離。

そして彼女に迫りつつある死という現実。

 

 

飛彩先生はてっきり、すぐ席を立つものと思っていたがじっとベンチで僕の横にに座って話を聞いていた。

時々どこか、遠い目をしながら。

 

「話を聞いていて、ずっと気になっていたことがある」

飛彩先生の口調はどこか、さっきより柔らかくなっている気がした。

まるで、先生が生徒に教えるかのように

 

「春樹、お前は何で彼女を名前で呼ばないんだ?」

「それは……」

急に、今までの呼ばれ方と大きく変わったことに僕は困惑してしまった。

そして、思いもかけない質問にも。

 

「ずっと話の中でお前は「彼女」だ。山内さんでも桜良さんでもない、まるで意図的にそうするのを避けているのか様に」

「きっと春樹は自分の中で「友人」とか「彼女」ってカテゴリーに入れたくなかったんだろ?」

よ、さっきぶりだな、とアロハシャツの医者、九条先生がいつの間にか僕の横に座っていた。

ほんとに全く気配を感じなかった。まるで急にそこに現れたかのように、九条先生はそこにいた。

 

「え、いつからいたんですか」という目を九条先生に向けると「共病文庫のあたりから聞いてたよ」と小声でつぶやいていた。

最初からじゃないか、ほんとにどこにいたんだこの人は。

 

 

 

「ま、それはさておいてだ。いつか彼女を失うかもしれない、その恐怖が春樹にあった。そんな彼女を特別な何かにするのが怖かったってとこか?」

……この人は本職実は精神科医ではないだろうか。

そう思うくらい、九条先生の言葉は僕の心を揺さぶっていく。

 

「そして、その名前を呼んだ時、彼女が自分をどう思うのか怖かった……か」

九条先生の話の間、黙り切っていた飛彩先生が静かにしゃべりだす。

まるで、僕でも九条先生でもない誰かに話すように。

 

「……なあ、春樹。真実ってのが必ずしも正しいとは限らねえ、真実が人の人生を狂わせることもある。」

「だが、俺たち医者はその真実を患者に伝えなくてはならない。そして、真実に向き合わなければならない」

九条先生も、飛彩先生もまるで何かを思い出すかのように、僕のほうを観ることなく空を見ながら話している。

まるで、遠い何かに思いをはせているかのように。

 

「大切なものは、失ってから気づく。そして気づいてからでは遅いんだ」

飛彩先生は座っているベンチの横を見ながら、どこか寂しい目をしている。

 

「自分の心にだけは嘘つくんじゃねえぞ、お前の中で答えは出ているんじゃないのか?彼女を心配して地方都市からここまで出てきた時点で」

……先生たちの言葉が、胸に突き刺さる。思わず顔を伏せる。

 

そうだ、僕は彼女を……桜良を名前で呼ばないことで、無意識に失う事の恐ろしさから逃げていた。

臆病だった。

「友人」や「恋人」になった彼女が僕のことをどう思うのかが怖かった。

そうなった彼女を失う時が怖かった、怖くて仕方がなかった。

だからこそ、僕は彼女が入院した時も、転院した時も、いの一番に駆け付けたのかもしれない。

 

「怖いです。思いを伝えた後に彼女が死んでしまうのが」

それが本音。彼女を失った喪失感に、僕は耐えられるだろうか。という恐怖。

 

「心配すんなよ、そこの鏡先生がやる限り彼女が死ぬことだけはありえねえ、思う存分行って来いよ」

目の前に気配を感じて顔を上げる。

そこにはいつの間にか飛彩先生が立っていて、両手を顔の前に掲げていた。

 

「必ず助ける……俺に切れないものはない」

 

そう言って、飛彩先生は病院に戻っていった。

それに軽い足取りで九条先生もついていき、最後は僕が中庭に残された。

なにか九条先生が飛彩先生をからかい、飛彩先生が迷惑そうにそれを払いのけていた。

 

僕は決意を固め、そっとベンチを立った。

「答え」を出さなくてはいけない。どうして僕がここまで来たのか。

彼女のことをどう思っているのかという答えを。

もう、だんまりは許されない。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「約束通り、今日も来たよ」

そんな言葉を言いながら、彼女の病室に入る。

九条先生が話を通しておいてくれたのか、彼女の病室のカギは空いていた。

そういえばさっきも彼女の病室のカギは空いていた。

もしかしたら九条先生は手品師か何かかもしれない。

監察医兼精神科医兼手品師。

なかなか多彩な彼の言葉を、そして不器用に生きてきたのかもしれない彼女の主治医の言葉を、思い出しながら、彼女がこちらをじっと見つめているのを確認してから僕はゆっくりと口を開く。

 

「君も、僕も、色々互いに言いたいことはあるだろう。だけど、まずは黙って僕の話を聞いていてほしい……桜良」

 

その名前に、彼女の顔が明らかに驚きに染まる。

 

「僕は、君に憧れていた。僕は常に自分の想像の中で人間関係を完結させてきた。だけど、君は逆だ、誰かを認められて、誰かに認めることができる。

 人を愛して、人から愛される人間に……そうだね、僕は君になりたかったんだ」

彼女の顔は驚きから少しずつ赤く染まっていく。恥ずかしいのはお互い様だ。どうせならこのまま言ってやる、全部ぶちまけてやる。

話したいことは山ほどあるのだから。

 

「君が転院して、それを追いかけてきて気づいた。君は『恋人でも友人でもない』僕がお望みかもしれない。だからこそ、君は僕と仲良くしてくれていたのかもしれない。

 名前を呼ばなかったのは、名前を呼んでしまえば君との関係が崩れてしまう、そうすれば君は僕に特別なものを感じなくなって失僕から離れて行ってしまうかもしれない、それが怖かった」

 

彼女は黙って下を向いている。

彼女は黙り、僕が饒舌とは言えないかもしれないが喋り続ける。

これじゃまるで、いつもと逆だなと思いながらも、

 

 

心の中で一番秘めていたものを引っ張り出す。

おそらく、あのおせっかいな医者たちがいなければ一生胸の中に封印し続けたであろうそれを、彼女にたたきつける。

 

「だけど、失望されてもいいから僕は君に伝えたい。……僕は、君に生きていてほしい。君のことを大切に思っている」

彼女の顔が上がる。そこには涙が浮かんでいる。

いつか、雨の日に泣かせたことを思い出したが、あの日とは質の違う涙に見えるのは、きっと僕のうぬぼれだろう。

ならうぬぼれたままで構わない。彼女にはそんな馬鹿な男がいたことを覚えていてほしかった。

もう、頭の中で人間関係を完結させることはしない。ちゃんと傷つけ、痛みから逃げるな。

 

「山内桜良さん、好きです」

 

そんな、胸に秘めていた言葉。言葉にしてしまえばたった数文字の言葉だが、彼女との関係を終わらせてしまうであろう言葉。

「恋人」でも「友達」でもない特別な関係を僕に望んでいた彼女からしてみれば、これは裏切りに近いものだろう。

 

言いたいことは言いきった、と目を伏せる。

あとは病室を後にするだけだ。

その前に彼女に一発ビンタでも食らうのかもしれないが。

僕は誰かに恋をした経験がない。だから振られた時の事を、小説でしか知らない。

だが、たいていこういうものの主人公は振られるとビンタを食らい、女が去っていくものだ。

 

彼女の両手で顔が固定される。

これだけ近いのはあの雨の日以来かもしれない。

足元だけは見えるので、彼女は少し高い僕の背丈に合わせるように背を伸ばしているのがわかる

さあ来るぞ、と体をこわばらせる。

 

「……!?」

ビンタに身構えた僕を待っていたのは、彼女の唇だった。

数秒間ではあったものの、彼女の唇は確かに僕の唇と触れ合っていた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「患者にはかかわらないのがポリシーじゃなかったけか?」

「うるさい」

春樹の元を後にした後、散々監察医にからかわれた。

そうだ、俺は患者にはかかわらない。

それは、患者に対して感情を抱くことで、手術への支障をきたさないようにするためだ。

目の前の患者に治療を行う事。それこそがドクターの最大の使命だ。

すこしの心の揺らぎが、手術において大きなミスにつながることもある。

それを避けるためにも、俺は患者にはかかわらない。

 

 

 

だが、俺は関わってしまった。

山内桜良と志賀春樹に。

志賀春樹は患者ではないが、間接的に見れば俺は山内桜良とあいつの事情にかかわってしまったことになる。

山内桜良の心的安定というだけなら、監察医に任せればよかったはずだ。

この男は、ヘラヘラこそしているものの、人を見る目に長けている。

死人どころか、生きている人間の事なら読み切って精神科医の仕事もこなせる優秀な医者であることは俺が一番よく知っている。

 

「……昔の俺と、重なったのかもしれないな」

振り返って、ベンチを見る。

そこにはもう、春樹の姿はなかった。

 

きっと彼女のところに向かっていったのだろう。

「何も言わなくてもわかってくれる、なんてのは驕りだ」

そのベンチに、遠い誰かの姿を見る。

 

医学書を読む俺と、彼女の姿を。

 

百瀬小姫。

あの日、失ってしまったもの。そして、今の俺を形作っているもの。

いつか、きっと呼び戻すと誓っているが、あの日俺は過ちを犯した。

彼女の姿を見ていなかった。言わなくても伝わっていると勘違いしていた。

ただひたすらに医学に打ち込んでいた。

 

彼女が病に侵されていることにも気づかずに。

ゲーム病。

バグスターウィルスと呼ばれる病原菌に感染し、ウィルスが感染者に寄生する。

感染者本人がストレスを感じることで、ウィルスは活性化し、最終的には感染者を消滅させ、ウィルスは実体を得る。

感染者のストレスは様々だ。

「あいつに勝たせたくない」「彼女と付き合い始めたが、うまくいくだろうか」「間近に迫った大舞台を自分がこなせるだろうか」

と様々だった。

 

彼女のストレスの原因は俺だった。

彼女は医学に打ち込み、俺が彼女と同じ時間を過ごせなかったことに、ストレスを感じていた。

そして、彼女は消滅した。

バグスターウィルスによって。

 

俺は自分の責任であった事に、心のどこかで気づいていたが、それから目をそらした。

ただひたすらにそれからも医療に打ち込んだ。

 

彼女の遺言が、俺を突き動かした。

「世界で一番のドクターになって」

その言葉が、俺を支えていた。

 

「……あいつには、後悔しない選択をしてほしい」

俺も、人付き合いが決して上手ではなかった。

子供のころから勉強に励み、友人こそいなかったわけではないが、それこそ学校生活を過ごすための最低限の関係にとどめていた。

そんな俺に小姫は付き合ってくれていた。

 

そんな俺と、春樹がダブったのかもしれない。

自分の世界を持ち、人を観察し、人と付き合わなければ傷つくこともない、

山内桜良に対しても、名前を呼ばないことで「友人」でも「恋人」でもない関係であることで、大切なものを失う痛みから逃れようとした。

俺は、小姫を失った後、自分の罪に気付かなかった。

ただひたすらに、当時の主治医を責めた。自分の責から逃れていた。

そんな昔の俺と春樹が少し、似ていたのかもしれない。

 

 

「……小児科医には言うな」

それだけ言うと、俺は俺の横を黙って歩いていた監察医を見ることなく、外科に向かった。

もう気配はしなかったから、いつものようにさらっと消えたのかもしれないが。

 

バグスター化してから神出鬼没ぶりが悪化している監察医にため息をつくと、俺は再び歩き出す。

あいつは恐らく選択した。

彼女に対して、踏み込むことを。

ならば、俺はここから私情を再び捨てて、彼女を助けることに全力を尽くすべきだろう。

 

頭の中でに、彼女のカルテやCTを思い出し、術野をイメージする。

今までしてきたオペの中でもかなり困難なものになるかもしれない。

 

「世界で一番のドクターになって」

 

なにか、声がした気がして振り返る。

そこには当然誰もいない。

だが、俺はその声を確かに聞いた気がした。

俺にとって決して忘れることのない声。

俺は再び歩き出す。

目の前の命を絶対に失わない。

 

それが彼女の遺した願いだ。

 

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「怖かったんだ、春樹君に黙っていなくなってしまったことが」

「そうだね、正直すごく動揺したよ。何も言わずに桜良がいなくなってしまったから」

 

彼女と二人の静かな病室。

まるで、いつもの日常が返ってきたかのようだった。

ただ、決定的に違うのは、僕と彼女の「距離」が変わったことだろう。

 

「友人」でも「恋人」でもないという彼女と僕の距離は、明らかに変わってしまった。

僕が変えたんだ。勇気を出して、胸の中の思いを打ち明けて。

彼女の言葉を借りるなら、変わることを選んだのだ。

 

彼女はベッドで、隣に座る僕の手を握っている。

その顔は、夕日に染まってこそいるものの、赤く染まっているように僕には見えた。

 

「どうして、言ってくれなかったの?」

それは、ここまでくる時になんども心の中の彼女に問いかけた言葉。

メールでも山ほど訪ねた言葉。

だが、心の中の彼女も、現実の彼女も決して答えてはくれなかったこと。

 

「春樹君が、私のことをここまで想ってくれているとは思わなかったんだ。春樹君にとって、ずっと一緒にいたけど、私は友人でもなければ恋人でもない関係だったでしょ?」

そうだ、だがそれは

「私が自分から望んだことだから、それについて春樹君に何か言うつもりはないよ。ただ、それでも君は私のお願いを聞き届けて、真実と日常を過ごしてくれた」

つくづく、不思議な距離だったと自分でも思う。彼女も僕も、友人でもなければ恋人でもない、そんな名前のつけようのない関係と距離を気に入っていた。

 

「ただ、今日まで春樹君は一度も私の名前を呼ぶことはなかったじゃない?」

「それは……」

「わかってるよ、さっき教えてくれたから。でもまさか私の予想通りとは思わなかったけどね!」

 

彼女は胸を張る。つまり彼女は僕が名前を呼ばなかった理由に気づいていたという事だ。

流石に彼女と僕の対人経験値の差だろうか?いや、見抜かれたのは今日で二人目だ。

しかも九条先生には即座に見抜かれた。もしかしたら僕はわかりやすい人間なのかもしれないと思うと

少し恥ずかしくなり、彼女から顔をそらそうとする

 

「はい、顔そらさなーい!」

 

彼女は顔をつかみ、強制的に僕の顔を引き戻す。

だが、彼女の顔も赤かった。鏡こそないが、おそらく鏡があれば僕の顔も真っ赤になっているのだろう。

 

「だから、私は君が私をこんなにも大切に思っていてくれるなんて思わなかったんだ……流石にここまで来たのには本気でびっくりしたけど!」

「それは、まあ、自分でも驚いてるよ。こんな行動力が自分にあったとは思わなくて」

その行動力を友達を作ることにも生かせばいいのに、という彼女の小言を軽く聞き流す。

今は、まだ、彼女にしかこの行動力は出ない。

彼女のような人間になりたいという願いは、まだはるか遠くにあるように思えた。

 

「それで、転院した時にもう君とは会えないだろうな、って思ったんだ。君がここまで来てくれるとは思わなかったから」

彼女は僕の顔を両手で自分の顔に向けて固定しながら、彼女は話を続ける。

 

「とうとうその時が来たかーって。まだ花火も見てないし、お祭りも行けなかったし、ほかに後悔は山ほどあったの、ただ」

「ただ?」

 

「君にここまで想われているのを知らなかったから、私はとうとうその時が来るかもって事を、春樹君に言わないようにって、君に私の死って言う傷を残したくないなって考えたの」

「馬鹿なのかもしれない、とは思っていたけど、やっぱり君は馬鹿だね」

「地方都市から東京まで看病のためにくる人にだけは言われたくありませーん!えへへ……」

目の前の彼女がいつものにへらとした笑顔を浮かべる。

それにつられるように、僕も自然と笑顔を浮かべる。

 

「そうだ!本当は、私が死んでから共病文庫で明かすはずだったけど、教えてあげるよ。ほかならぬ春樹君が正直に私に思いを打ち明けてくれたんだから……私が君のことを、どう思っているのか」

彼女の、僕に対する想い。それは、今までの僕ならば一番恐れていたこと。

だが、今の僕ならば

彼女に対する思いを打ち明けてしまった今ならば、彼女が僕のことをどう思っていたのかも、受け入れられる。

 

「私はね、ずっと君になりたかったんだ」

「え?」

思いもよらない言葉だった。彼女は僕とは正反対の人間で、だからこそ僕は彼女になりたいと打ち明けた直後だったからこそ。

 

「前病室で話したよね、私にとって生きるっていうのはどういうことなのか」

「人とのかかわりこそが、自分を作る。君の心があるのは、みんながいてその関係こそが君の心を形作る」

「そうだね、自分一人だけじゃ、自分がいるってわからない。私は誰かがいて誰かとかかわっていてこそ、自分がいるってわかるんだ」

それが、彼女にとっての「生きる」ということ。

 

だが、自分でいうのもなんだが彼女のそれと、僕の人生は正反対だと思う。

かつて彼女に「僕らは正反対だ」といったことがある。

それに彼女も「そうだね!正反対だね!」と笑っていた。

 

「でもね、春樹君は誰ともかかわらなくても自分で魅力を作り出していた。本を読んで、知識を深めて、自分で春樹君という人間の魅力を作り出していた」

今ならわかる。僕は人とかかわるのが怖かっただけだと。

人が僕のことをどう思うのかというのが怖かったんだ。

 

「でも、君は選んでくれた。残り少ない時間だってわかっていても、春樹君は私の事を心配してここまで来て……気持ちを打ち明けてくれた。人との関係を必要としてこなかったほかでもない君が」

「残り、少なくないよ」

「え?」

「飛彩先生ならきっと、君を助けてくれるよ」

 

彼女の時間はきっと続く。

あの先生ならば、きっと彼女を救ってくれるだろう。

根拠はない。僕に医療的知識はないし、飛彩先生が名医といわれてることこそ知っているが、彼がどうすごいのかもわからない。

 

だが、それでも僕には確信に近いものがあった。

飛彩先生はきっと、彼女を救ってくれる。彼という人間に少し触れただけだが、それでもそう思えた。

 

「えー?さっき摘まみだされてたのにえらく先生の肩もつねー……あ!あの先生がどこか君に雰囲気似てるから?」

「いやいやいや、似てないよ」

「そんなに話してないけど雰囲気が似てると思うんだけどなあ、飛彩先生と春樹君」

 

……似てない、よね?もし似ているのならば、すこし嬉しくなる。

たった数分の会話で、僕の中で飛彩先生の株は大きく上がっていたのだ。

あの先生と九条先生がいなければ、僕は彼女に思いを打ち明けることも、こうやって彼女と心を通わせることもなかったかもしれない。

 

「じゃあ、春樹君が言うなら飛彩先生を信じましょう!春樹君に似た飛彩先生を!」

「いわなくても信じなよ……治ったら一緒にお祭りや花火に行こう」

「いいね!行くよ!!それとね、お願いがあるんだ。」

彼女が僕の顔を固定していた両手を外し、僕の耳元に顔を持ってくる。

 

「あのねーーーーーー」

そのお願いに、僕は思わず変な声を出してしまった、

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「飛彩さん、どうしたんですか?携帯見て珍しく笑ってましたけど」

小児科医が少し薄く笑いながらこちらを見ている。

小児科医の前で俺が笑うことなど皆無に等しかったので、それが珍しかったのだろう。

 

「……え、貴利矢さん何してるんですかこれ!?というか誰ですかこの子達!」

携帯には写真が送られてきていた。

それは、どこかの海。

4人の人間が肩を組んでいる写真。

全員が笑顔で映っており、その4人になぜか監察医が混ざっていた。

 

「溜まってるし休日とるわ」と言っていたが、まさか会いに行ったとは思わなかった。

 

メールには写真の他に「彼女と春樹と彼女の親友が「偶然」いたから写真撮ってきたわー!術後経過見に来たってことで一つ」

と書かれていた。嘘をつけ、休み数日前からどこかに電話をかけていたことを俺が知らないと思っているのか。

 

肩を組んで幸せそうに笑っている彼女。そして春樹。彼女の親友らしい少女。

 

春樹は選んだんだろう、変わることを。

踏み出すことを。

 

どうか、後悔がないように。そう少し願って、俺はメールの写真を携帯に保存した。

 

 

「大変だよ!!黎斗が衛生省から脱走したよー!!」

そんな金切り声とともに、スイッチを切り替える。

俺に出来ることをするために。いつか、彼女を取り戻し、再び春樹のように横に居られるように……

 




よっしゃ、終わりました。
拙い文を読んでくださったあなたになによりの感謝を。
またどこかでお会いしましょう。


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