そしていつしか見る夢は   作:黒川 卓

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初陣
第一幕 佐久間、着任!


 

 西暦2005年。突如現れた『深海凄艦』と呼ばれる化け物によって、人類は陸以外を失った。深海凄艦は恐ろしい程に強く、人類では太刀打ちできない程であった。

 

 しかし、それでも陸を失わずに済んだのには理由がある。

 人でもなければ深海凄艦でもない。古い艦艇の記憶を持った女性、通称『艦娘』。

 彼女たちは深海凄艦にも匹敵する程の力を持っている。そのため、人類は陸を失わずに済んだのである。

 

 だが、彼女たちだけの力で守りきれているかと言われると断言できない。なぜなら、彼女たちには優秀な司令塔がいるからだ。

 

 司令塔、それは『提督』と呼ばれる人間である。その提督が優秀であるからこそ、彼女たちの力を存分に発揮する事ができる。逆に、その提督が無能であった場合は彼女たちの力を最大限発揮できない。そのため、彼女たちだけの力だとは断言できないのだ。

 

 しかし、そんな責任重大な役職に一般人が選ばれてしまった。

 軍の人間でなければ、政府の人間でもない一人の青年がだ。

 

 その青年の名は『佐久間 市郎』。

 戦争というものに人生を狂わされた――戦いを知らない青年である。

 

 

 

 

 朦朧とする意識の中、布団の中でごそごそと蠢きながら、鳴り続ける目覚ましを探す。

 布団からぬるりと出た腕が二、三度頭上を叩くが目覚ましは止まらない。ようやく横着するのを諦め、布団から顔を覗かせて目覚まし時計を止めた。

 

(もう九時十五分か……)

 

 身体を起こし、まだ重たい瞼と死闘を繰り広げながらのそのそと起き上がる。

 

「うぅ、寒い」

 

 自らの身体を抱きしめるように腕を回し、凍えそうな身体を摩擦で温めようとする。

 カーテンを開け、窓から射しこむ陽の光を浴びて温まろうとするも、冷気の方が余程強くて敵わない。

 

「今日は一段と冷えるな……」

 

 冷気で目覚めた身体は、一目散に炬燵へと向かう。炬燵のスイッチを入れ、台所に向かった青年はやかんに水を灌ぐ。

 ガスコンロでやかんを温めつつ、冷蔵庫の中に保存しておいた昨夜の残り物を口に含む。

 

 本日は日曜日。一週間の中で唯一ゆっくりと過ごせる時間だ。

 しかし、今日は違う。今日だけは、青年が早起きをしなくてはならない程の用事があった。

 

「今日は何時に来るんだっけ」

 

 そう言い、先程沸かしたお湯を注いだほうじ茶を啜りながら手帳を確認する。

 

「――って九時三十分! 完全に寝過ごした!」

 

 慌ててほうじ茶を飲み干し、床に投げ捨てられた衣類や雑誌を片付ける。

 

「あと五分もあればなんとか!」

 

 急いで寝間着を脱ぎ去り、私服に着替え始める。

 そんな時、軽快な音が玄関から鳴り響く。来訪を知らせるインターホンだ。

 

「いや早過ぎませんか!?」

 

 もう一度、インターホンが鳴る。

 そこまで急かす必要があるのかと不思議に思う青年だったが、私服に着替えて玄関のドアを開けた。

 

「ちょっと早いんじゃな――」

「どうも、お早う御座います」

「い、おはようございますぅ」

 

 度肝抜かれたかのように目を丸くし、正面に立つスーツ姿の男を見る。

 

 それは青年が待っていた人物とは全く違う人種。

 引き締まった身体に不釣り合いなぴちぴちのスーツ。色黒でサングラスをかけたまさに恐いお兄さん。

 

「佐久間市郎さん、でお間違えないでしょうか?」

「は、佐久間市郎でございましゅ」

 

 訳が分からず噛んだ。頭の理解が追い付かない。

 

「私、海軍司令部大本営所属。綿引と申します」

「へぁい」

「突然で誠に申し訳ないのですが、新設されます舞鶴鎮守府の提督に貴方が選ばれました。おめでとうございます」

「はい?」

 

 海軍。鎮守府。提督。

 聞きなれない単語が飛び交う。

 

 しかし、頭の片隅に残っていた記憶の中で、同じような単語が飛び交っていた物を思い出す。

 

 それは一週間程前、テレビのコマーシャルで流れていたもの。

 深海棲艦という敵と戦う艦娘たち。それを指揮する提督がいない。だから民間から選ぶことにしました。

 というお茶目なコマーシャル。

 

「はい?」

 

 何も言われていないのに、思わず聞き返す。何も言われていないのに。

 

「舞鶴への着任は明後日となります。出発は明日の朝。前日入りして戴き、鎮守府内を案内しますので」

「待って」

「ご家族の方への御挨拶などは今日中にお済ませになることをお勧めします」

「ねえ聞いて?」

「それではまた、明日の朝お迎えに上がります」

「ちょっと」

 

 佐久間の声が聴こえていないらしく、恐いお兄さんは足早に帰っていった。

 

 暫くの間ポカンと口を開いて唖然としていた佐久間は、ふと我に返り微笑みながら玄関を締める。

 

「今の内にどこか遠くに逃げるか」

 

 次の日、近所の知り合いの家に居たら見事にバレて舞鶴鎮守府に連行された。

 

 

 

 

□―― 一週間後

 

 

 

 

「矢矧。この書類はどうすればいい?」

 

 部屋の中央の椅子に座り、机上の書類とにらめっこしていた青年が、部屋の隅に座っている女性に声をかける。

 

「どの書類? 少し待っていて」

 

 女性はスッと立ち上がると、青年の元に向かう。

 

「ごめん、助かる」

 

 椅子にもたれかかったまま女性を待つ青年の名は『佐久間 市郎』。何千万という大多数の市民の中から選ばれた提督である。

 

 正規の軍人ではない彼は、仕事もろくに出来ずにいる。先ほども述べた通り、彼は市民の中から選ばれた一般人だったからだ。

 こんな大役は普通、将校格の軍人がやるべきなのだろう。しかし、大本営は正規の軍人を選ばず、佐久間を提督として、ここ『舞鶴鎮守府』に着任させた。

 

 なぜ軍人の中から提督を選ばなかったのか。理由はいくつかあるが、特に重要なのが『艦娘を恐れない心を持っている事』である。

 艦娘たちに指揮を出す者として、人間の力を凌駕した存在である彼女らを恐れないのは当然の条件であり、一番大切な事なのだ。

 

 また、艤装と呼ばれる彼女達を艦娘たらしめる装備には、妖精が宿ると言われている。

 艤装を同期させると艦娘の神経と繋がり、細かな照準などを合わせることが出来る。しかし、それ以上の精密な機能は全て妖精達が行っているそうだ。

 その妖精を視認し、コミュニケーションを図る事ができるのも提督の素質である。

 

 今行っている書類も、妖精達から手渡された『矢矧の艤装』に関する書類である。

 

「――という風にやるのよ」

「……全然わかんねぇ」

 

 佐久間は書類をどかし、死人のように机に突っ伏す。

 

「仕方がないわ。あなたは先日まで一般人だったんだから」

「頑張って勉強してるんだけどな」

 

 書類にサインとして自分の名前を書き込み、椅子にもたれかかる。

 元々軍人ではない佐久間が、いきなり提督として執務を行うのは無理がある。だが、彼は提督としての自覚を持ち、日々努力を重ねている。

 

「大丈夫よ。ここに着任してからまだ一週間……それでこの覚えようは素晴らしいと思うわ」

「ありがとう。でももっと頑張って大本営に認めてもらわないと、矢矧が可哀想だしな」

「ふふっ、なあに? ここに艦娘が私一人しかいないのを気にしてるの?」

 

「まあね」と頷きながら書類を見つめる佐久間。

 現在、この鎮守府には艦娘が一人しかいない。佐久間の近くで一緒に執務をしている女性、『矢矧』という艦艇の記憶を持った艦娘だけ。

 彼女は佐久間が着任してすぐ初期艦として配備された、たった一人の艦娘である。

 

 艦娘の配置を決めるのは大本営。その大本営に認めてもらわなければ艦娘を配属して貰えない。だからこそ、彼は成果を出そうと努力している。

 

 佐久間は机の上に並べてある書類を束ねながら、壁に掛かっているカレンダーを見る。

 

「もう一週間、か……」

「色々あったわね。私もこの一週間は驚いてばっかり」

「そんな驚く事あったか?」

 

 佐久間が矢矧に問いかけると、彼女は静かに立ち上がってコーヒーポットを取りに行く。

 

「……提督、珈琲はどうする?」

「いただくよ」

 

 矢矧は、珈琲の入ったカップをゆっくりと佐久間の机の上に置き、秘書艦の椅子に腰掛けた。

 

「そうね……中でも1番驚いたのは――」

 

 佐久間が治める舞鶴鎮守府。ここには、他の軍事施設とは違う部分がある。

 

 それは戦争の結果。政府の闇によって生み出された異物。

 

 この鎮守府に人間は存在しない。

 いるのは艦娘と妖精、そして化け物まがい。

 

「あなたが本当に、あの計画の生き残りだったって――」

 

 佐久間は人間ではない。

 深海凄艦でもなければ艦娘でもない。

 

「あの『深海凄艦化計画』の生き残りだったという事ね」

 

 ただの化け物だ。

 

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