そしていつしか見る夢は   作:黒川 卓

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第二幕 戦う以外に道はなく

 京都府舞鶴市。そこには『舞鶴鎮守府』と呼ばれる旧日本海軍の鎮守府がある。この国が大日本帝国と名乗っていた頃から存在する場所で、戦争終結から現在まで使用されていなかった。

 しかし、深海凄艦と対峙し始めて約十年。戦力増強の為に、この舞鶴鎮守府が使用される事になった。

 その初代提督として選ばれたのが、軍人でも人間でもない佐久間だった。

 

「あなたの事を聞いた時、正直信じられなかったわ」

「だろうな。逆の立場だったら俺も信じられないよ」

「深海凄艦の力を持つ人間が居るなんて信じられるわけないでしょう」

 

 深海凄艦の力。矢矧が口にしたそれは、日本国の政府が独自に研究を進めてきたモノだ。

 約十年前、深海凄艦と対峙し始めた頃、劣勢だった日本国の政府は「奴らの力を取り込んだ人間を作ればいい」という結論に至り、数々の子供を使って研究・開発を進めてきた。

 

 その内の1人が佐久間という訳だ。

 

「俺と初めて会った時、お前物凄く警戒してたよな」

 

 佐久間はマグカップを机の上に置くと、束ねていた書類に手を伸ばして執務を再開する。

 

「誰だろうと警戒はするわよ」

「確かにな」

 

 矢矧は佐久間に背を向けたまま、どこか優しい口調で話す。

 たった一週間の出来事なのに、ひどく懐かしい。あれが――あの日が始まりだったのだと佐久間は思う。

 

 それは今から一週間前の出来事。

 化け物まがいの提督と艦娘が初めて出会った時の話だ。

 

 

 

 

 

□ 一週間前 舞鶴鎮守府

 

 

 

 

 

「軽巡矢矧、着任したわ」

「あ、ああ。よろしく……」

 

 目の前の彼女の姿を見た佐久間は、物凄く困惑していた。

 提督としての仕事初日。初期艦との対面に気合充分で来たはいいものの、その初期艦が現在進行形で佐久間の事を睨み続けている。

 佐久間に心当たりがないわけではないが、それは彼女が知っている筈のない話だ。

 

 あるとするならば、彼のような若造――さらに一般人でもある者の下に付くことが余程癪に障ったのか。

 

「あ~……あのさ」

「何か?」

 

 コミュニケーションを取ろうにも、話しかけるだけで厳しい表情で睨まれては流石に困難である。そう判断した佐久間は、言おうとしていた言葉を喉元で止める。

 

「……いや、何でもない」

「……あなたね――」

 

 しかし、それは逆効果。

 その鋭い眼に威圧され萎縮した佐久間に対して、矢矧はまたもや鋭く睨む。

 

「何か言いたい事があるなら言ったらどうなの? あなたはここの提督でしょう? なら上に立つ者らしく堂々と――」

「あ、ああ」

 

 そう返事をした時に気づく。

 

(やってしまった……)

 

 今指摘されたばかりだというのに、気の入ってない返事をしてしまった佐久間。その事をひどく反省し、コミュニケーションを取ろうとするも、鋭い視線に萎縮してしまう。

 

 第一印象は最悪。初めての艦娘にここまで委縮してしまうと、これから先が思いやられる。

 そう思ってはいても、険悪ムードの中で暢気に話を進められるほど佐久間の精神は強くなかった。

 

 その日は、矢矧に舞鶴鎮守府を案内したところで終了した。

 彼女とは終始無言で歩き続けていたので、佐久間はひどく気まずく思っていた。時折、矢矧が佐久間のことをジッと見ていたが、彼はその視線を気のせいだと無視していた。

 

 

 

 

 二日目も終始無言で執務を行っていた。佐久間が話しかけようとするも、矢矧の放つオーラに圧倒されて何も言葉を発せない。

 ただ無言で書類にサインをするだけの作業。新たに鎮守府を扱うにあたり、提出すべき書類は嫌というほどに溜まっている。

 

 しかし、佐久間は素人中の素人。一般のド素人である。

 そんな彼がまともに軍の書類を作成したりなどできるわけもなく。

 

(この書類……どういう意味なんだ)

 

 頭に疑問を浮かばせながら、小首を傾げている。

 二日目にして早速壁にぶつかった佐久間は、どうしたものかと頭を悩ませる。

 

 佐久間は書類を眺めるふりをし、ちらりと左に目を向ける。

 執務室の壁際に設置された秘書スペース――その場所にて執務を行っている矢矧に聞けば手っ取り早い。それは佐久間にもわかっていた。

 

 しかし、聞いたところで「そんな事もわからないの?」と鋭く睨まれるのが目に見えている。

 ここはやはり自分で何とかするしかない。そう考えた佐久間は自力で何とかしようと試みるが、全くわからないため一向に進まない。

 

(どうしたもんかな……)

 

 頭を抱えながら書類を眺めていると、彼を不振がったのか横目でちらりと見てくる矢矧の視線に気が付いた。

 

(バレたか……)

 

 しかし、矢矧は視線を送るものの一向に向かってくる様子はない。

 気付いているのに見て見ぬふりをしているのか、はたまたそれ以外の理由なのか。

 どちらにせよ、佐久間にとってそれはどうでもよかった。

 

 今目の前にある書類をどうにか終わらせること。それだけが頭の中でぐるぐると回っていた。

 

(……聞こう。そしてこれを機にコミュニケーションがとれれば……)

 

 秘書艦の椅子に座り執務を行っている矢矧に体を向けた佐久間。

 少しの躊躇いの後、佐久間は口を開いた。

 

「あのさ、矢矧さん――」

 

――刹那、執務室に広がる緊急事態を告げる音。

 二人は突然の出来事に驚きを隠せなかった。

 

「一体何が起こってるんだ……!?」

「これって……」

「観測室に行ってくる!」

 

 勢いよく執務室の扉を開けた佐久間は、司令室より二つ奥にある観測室に向かって走り出す。

 

 事前に大本営から送られてきたマニュアルには、今起きている出来事についても記されていた。戦争をしているからには、このような事も想定内である。

 

 この世界は弱肉強食。

 弱いものは死に、強いものが生き残る。

 

 戦争とはそういうものだ。

 

「レーダーに反応……ってことは――」

 

 観測室で探知できた影は三つ。

 所属不明――つまりアンノウン。

 

 時間は待っていてはくれない。

 こちらの準備ができていないとしても、奴らはやってくる。

 

「ねえ、この警報――」

「深海棲艦……!」

 

 観測室のレーダーを前に、佐久間はその名を口にした。

 人類が戦うべき相手。倒すべき敵。

 

 それが深海棲艦。

 

「深海棲艦……! 遂に来たのね」

 

 観測室入り口で、表情を強張らせた矢矧がそう呟く。

 下唇を噛むように口を閉じた彼女の手は、力強く握りしめられていた。

 

「ど、どうすればいいんだ俺は……!」

 

 そんな矢矧の傍で、佐久間は目に見えて狼狽える。

 

「……何を言っているの?」

「まだ何の準備も出来ていないのにどうしろって言うんだよ!」

 

 佐久間は声を張り上げてレーダーを指さした。

 敵の数は確認できるだけで三。それ以上の可能性だって大いにある。それに比べ、今の舞鶴の戦力は矢矧唯一人。

 いくら艦娘と言えど、数で押されては勝てないと考えていた。

 

「こっちは艦娘一人と何の訓練もしてない一般人! これで一体どうしろって言うんだ!」

 

 さらに問題なのが、佐久間がまだ何のシミュレーションも行っていないという事。

 提督として指揮を出すならば、それ相応の戦術を考えて実行する必要がある。

 しかし、佐久間は素人中の素人。つい先日まで一般の生活をしていたのにも関わらず、急に指揮を執れと言われても無理な話だ。

 

 だが――

 

「戦う以外に選択肢はあるの?」

「え……?」

「戦う以外に選択肢なんてないでしょ?」

 

 矢矧の鋭い視線が佐久間の瞳に向けられた。

 

 戦術を学んでから戦おうなど、それこそ無理に等しい。そんな暇は何処にもない。

 時間というものは、誰にでも平等に流れるもの。待ってくれはしないのだ。

 

「あなたが今こうして悩んでいる間にも奴らは刻一刻と迫って来てる。このまま何もせずにいれば、私達だけじゃなくこの一帯の人々にも被害が出るでしょうね」

「それは……」

 

 矢矧の言葉は正しい。それは佐久間にもわかっていた。

 

 自分が提督に選ばれ、ある程度は覚悟を決めてここにやって来たつもりだった。

 しかし、いざ戦争を始めるとなると足が竦みそうになる。

 

 戦争には必ず勝者と敗者が存在する。

 負ければ死に、勝てば生き残れる。ただそれだけ。

 

 だがそれが恐怖心をかきたてる。

 

(もしこれで負けたら、俺はどうなる……?)

 

 その考えが、佐久間の覚悟を鈍らせていた。

 

「――私は行くわ」

 

 いつまでも覚悟を決めない佐久間にしびれを切らし、矢矧はその場を後にする。

 

「ちょ、ちょっと待て! どこに行くつもりだ! まさか一人で迎撃に向かうなんてことは――」

「単艦だろうと関係ないわ。深海棲艦を倒すのが私達艦娘の使命。それに――」

 

 観測室の入り口で立ち止まった矢矧は、去り際に言葉を残す。

 

「今度こそは全てを護りきるって誓ったの」

「…………」

 

 佐久間はそれ以上何も言えないまま、遠ざかっていく矢矧の背中を見続けていた。

 

 

 

 

 艤装を装着し、ドックから下架した一人の艦娘が静かにハッチへと向かう。

 

「妖精さん。ハッチを開けてもらってもいいかしら?」

 

 その問いに、どこからともなく現れた小人と呼ぶべき存在は頷き、ハッチ脇にあるボタンを押した。

 艦娘の目の前のハッチが上に開き、奥まで続く暗闇の通路を一定間隔で設置されたライトが淡く照らし出す。

 

「第一遊撃……って違うわね。何を言ってるんだろ、私」

 

 言いかけた言葉にハッとし、矢矧はゆっくりと海を滑るように進みだした。

 

「阿賀野型軽巡三番艦、矢矧。出撃します!」

 

 そう啖呵を切ると、錨鎖を揚げて勢いよく走り出す。

 

 ここは舞鶴鎮守府の地下に備わるドック。艦娘・艤装の修理や補強、また係船場所としても使用される船渠だ。

 舞鶴鎮守府を再建するにあたり、急遽造られたため他の鎮守府にあるドックに比べると設備は整っていない。

 

 だが、このドックには他の鎮守府にはない利点がある。

 

「これが舞鶴鎮守府の出航路……思っていた以上ね」

 

 ライトアップされた航路を走り続けた矢矧の前に、眩い光が近づいてくる。

 光は近づくにつれて徐々に強くなり、瞳を閉じるほど眩くなった時には、彼女の体を温かい光が包み込んだ。

 

「ふふっ」

 

 瞼を開けた彼女の目に映ったのは、光煌めく海だった。

 どこまでも続く青空、燦々と地上を照らす太陽、地平線の向こうまで輝く海原。その光景に身を委ねるようにして、矢矧は華麗に海原を滑っていく。

 

 鎮守府地下にあるドックは、舞鶴港と呼ばれる軍港への直通航路が備わっている。緊急時などにすぐ駆け付けられるようにと大本営が計画したものだ。

 試験運用という形で舞鶴鎮守府に導入されたが、既に全ての鎮守府に設置するという話に決まった。

 

「さて――」

 

 その言葉と同時に、矢矧の表情から笑顔が消える。

 華麗に滑っていた先程とはまるで違い、風を切り裂くように海原を滑り始めた。

 

「絶対に、護りきってみせる。ここで、私が侵攻を防ぐんだ……」

 

 港内を一瞬にして抜けた矢矧は、レーダーに反応があった場所を一目散に目指す。

 

「――見つけた」

 

 そう口にした矢矧のレーダーに、黒い影が三つ映った。

 

「駆逐艦二隻、軽巡一隻……ね」

 

 レーダーに映った反応を確認し、艦種を言い当てる。

 

 言い当てられるのは、レーダーの反応で見分けることが出来るためだ。

 これも妖精と呼ばれる存在あってこそ。彼らの力が無ければここまでの探知能力は発揮できない。

 

「八マイル程度。これなら――」

 

 矢矧は探知反応から、敵との距離を割り出す。

 八マイルとは、距離にしておよそ十三キロメートル。この距離の先にいる物を目視するのはそう簡単ではない。ましてや、そこにいる小さな的に砲撃を当てるのは至難の業だ。

 

 人間であったなら、の話だが。

 

「砲雷撃戦、始めます!」

 

 砲身を八マイル先の深海棲艦に向ける。

 轟音と共に砲身から放たれた砲弾は、真っ直ぐに飛んでいく。

 

 普通、十三キロメートルと聞くと到底当たるはずもない途方もない距離だ。狙撃銃であったとしても、平均でおよそ二キロメートル先までしか狙い撃つことは不可能。

 しかし、阿賀野型軽巡の最大射程は二十一キロメートル。十三マイルである。

 十三マイルの距離をも撃てるものが八マイル先の敵を撃てないはずがない。

 

 矢矧が砲撃してからおよそ十四秒後。艤装の上に立つ妖精が遠方の様子を確認し、矢矧に一報を入れた。

 

「駆逐イ級、一隻撃沈。まだこれからよ、この調子でどんどんいくわ……!」

 

 矢矧は薄く笑みを浮かべると、徐々に速力を上げて深海棲艦に向かって行った。

 

 先程までの天気が嘘だったかのように、分厚い雲が空を覆い始めている。

 ぽつりと。雨が、降り始めた。

 

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