旅と宝石と本の虫   作:塩崎廻音

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前のものは色々気に入らなかったのでプロローグから書き直しました。


第一章 財宝の街
プロローグ 「ある魔術師の一生」


 幸せな人生とはどんなものでしょうか。

 もしもあなたが、『それは立派な家に住んで、たくさんのお金を持って、ぜいたくな暮らしをすることに違いない!』なんて思っているのでしたら、それは間違いだと言わざるを得ません。だって、そんな暮らしをしていながら、ちっとも幸せになれなかった男が少なくとも一人いたのですから。

 

 これは、遠い昔のある国のお話。

 その国には、世界で一番偉大だといわれた魔術師の男が住んでおりました。その魔術師は、国中のどんな魔術師よりも沢山の魔術を知っており、できないことは何もないと言われるほどの力を持っていました。

 しかも、その魔術師はその力を人々のために惜しみなく使い、それによってその国の人々の暮らしはたいそう豊かなものになっていました。しかも、それだけの力を持っていながらその魔術師はちいとも偉ぶったところがなく、困っている人がいればすぐさま駆け付けてその問題を解決していきました。

 

 例えば、東に不治の病を患った子供がいてこのままでは命が危ない、ということを聞きつければすぐにその村まで赴いて、自慢の魔術でその病気をすっかり治してしまいました。それだけでなく、その病気の元になった悪い獣が森に潜んでいることを見抜いて、すぐさまそれを退治してしまいました。

 あるいは、西に重労働を課す不届きな役人がいて人々が苦しんでいると聞けば、やはりすぐさま駆け付けて役人の雇った兵隊をものともせずにその役人を懲らしめてしまいました。

 しかも、それだけ人々のためになることをしているにも関わらず、その人々からは一切お金を取ることはありませんでした。何しろ、できないことは何もないと言われるほどの力を持っているわけですから、お金を稼ぐことには何一つ不自由しなかったのです。

 とはいえ、対価も求めずに人助けをするその魔術師の姿を見て、人々は一層彼をたたえるようになったわけです。

 

 そんな立派な魔術師であるわけですから、当然その国の王様からも丁重に扱われていました。王様が命令して建てさせた豪邸はその国の大貴族にも負けないほど立派なものでしたし、人々の暮らしを豊かにした褒美として様々な宝物を贈りもしました。そのため、その魔術師はとっても豊かな暮らしをすることができ、人々も立派な人は立派な暮らしをするんだなあ、とたいそう羨ましがっていました。

 

 ある日のこと、魔術師の男は書斎で本を読んでいました。すでに誰よりも沢山の魔術を知っている男でしたが、それにもかかわらず毎日勉強して自分の知識を深めることは止めませんでした。世界一優秀な魔術師の男は、世界一勤勉な魔術師でもあったのです。なにより、男にとって自分の知識が増えていくことを実感するときが、何より楽しい時間でした。

 さて、男がいつものように本を読んでいると、とある昔話に目を引かれました。

 その昔話は古い村の伝承をまとめた本に書かれていたもので、昔話とはいってもおとぎ話ではなく古くから言い伝えられた歴史を物語としてまとめたものでした。物語の大半は村の興りや代々の教訓を言い伝えたものであまり面白いものではありませんでしたが、一つだけ男が目を引かれたのは、とある村に住んでいた親切な魔術師のお話でした。

 

『その魔術師は、魔術師としての腕は大したものではなかったものの、とても立派な人格者でした。村で起こった問題に誰よりも早く取り掛かり、村の皆の暮らしが少しでも良くなるようにと日々手を尽くしていました。そんな立派な人ですから村の皆にとても慕われていて、その魔術師が世を去ったときは村の誰もがその死を悼んだそうです』

 

 その物語を読んだ魔術師の男は、「この物語の魔術師は自分と同じだ」と親近感を抱き、その物語の男について調べ始めました。調べたところで何か新しい発見があるわけでもないのでしょうが、自分と同じ生き方をしていたその魔術師がどんな生涯を送っていたのか、興味を抱いたのです。

 手始めに、自分の書斎に置いてある本の中から昔話の本と歴史書をかき集めて、片端からそれを読み始めました。しかしながら、あの物語の魔術師について書かれた本はありません。どうやら、相当古い時代の言い伝えなのか、よほど寂れた村のことで失伝してしまっているのか。とにかく、あの魔術師のことは何もわかりませんでした。

 続いて、男は王都の図書館に赴いて昔話の本と歴史書を片端から読んでいきました。流石に王都の図書館ともなればその本の数はたいそうなもので、軽く目を通すだけで何日もかかってしまいました。しかしそれでも、あの魔術師のことは何もわかりません。男はいよいよ気になってしまい、何が何でもあの魔術師のことを調べつくしてやろうという気になりました。

 そして、男はあの伝承に書かれた村の描写からどのあたりの村の伝承であるかをおおよそ突き止め、その村に赴いて実際の言い伝えを調べることにしました。その村は予想していた通り山奥にある小さな寒村でしたが、一度だけ作物が病気でダメになったという話を聞いて助けに来たことがありました。村についた男はたいそう歓迎され、調べものについても村の全員の協力を得ることができました。

 

 しかし、それでもあの伝承の魔術師のことは何もわかりませんでした。

 

 がっかりとして家に戻ったその男は、やがてある恐怖に囚われるようになりました。

 あの伝承に書かれた魔術師の男は村の全員から慕われていたようだが、それでもこうして後の世になってしまえばその名前すらも忘れ去られてしまっている。だったら、あの魔術師と同じように世の人々を助けて高い名声を得ている自分であっても、後世に名は残らずに忘れ去られてしまうのではないか?そうなったら、自分が生きた証というのはどこに残るというのだろうか?

 

 初めのうちは自分でも「何を馬鹿なことを」と思っていたその男ですが、日に日にその恐怖は強くなっていきます。魔術師としてより優秀な人間になるための日々の勉強も、世の人々の暮らしをより豊かなものにするための様々な努力も。今の自分の名声もやがて忘れ去られて無に帰すのだと考えると、まるでいつか崩れ去るだけの砂の城を一所懸命に作っているような気分になってくるのです。

 

 そして、あるとき男は決断しました。

 自分の名声がいつか忘れ去られるのであれば、せめて自分がどれだけ素晴らしい魔術師であったのかは後世に伝えたい。自分が修めた魔術の知恵だけは後の世に残したい。そのために、自分の魔術の知恵のすべてを書き記した魔導書を作り出そう、と。

 

 それからというもの、その男は魔導書を書き上げることだけに専念するようになりました。なにしろ、男は他のどの魔術師よりも魔術を知り尽くし、できないことはないといわれるほど。当然、その知識量もとてつもなく多く、そのすべてを書き記した魔導書ともなればそう簡単に書き終わるようなものではありません。

 屋敷から出ることもほとんどなくなり、寝る間も惜しんで魔導書を書き続ける男を屋敷の皆はとても心配しましたが、男は一向に気にせず魔導書を書き続けます。その顔は、まるで悪魔か何かに憑りつかれたかのようで、最初は心配していた周囲の人たちも、次第に男から距離を置くようになりました。もっとも、男は邪魔されなくなって好都合だと言わんばかりでしたが。

 

 そうやって魔導書を書き上げていった男でしたが、彼は魔導書にちょっとした仕掛けを施していました。彼は自分の魔術の知識を後世に残そうと思って魔導書を書いていたのですが、自分が苦労して得た知識を、魔導書を見ただけの人間に与えるのは癪だと思っていたのです。何より、彼の持つ魔術の知識には危険なものも多く、中途半端な知識で扱ってはいけないものも沢山ありました。

 そんなわけで、その男は魔導書にちょっとした仕掛けを施し、十分な知識がないものには読み解けないようにしていました。読める人間が少なくなるのは悲しいが、与えるべきでない人間に力を与えては危ない。そう思ったのです。

 

 そのあとも男は魔導書を書き続けます。彼の知識の深さは本当にとてつもないもので、もう十年以上も書き続けているのにまだまだ終わりません。そうやって書き続け、書き続け。上手く仕掛けをして一冊の本に収めていますが、その内容は国中の魔導書を集めても追い付かないほどのものになっていました。この本を読んだものは、きっと世界を征服することだってできるだろう。男がそう思う程の物でした。

 

 そしてもう何年もたったある日、男はついに魔導書を書き上げることができました。精も根もその魔導書につぎ込んでしまったその男は、自分が書き上げた魔導書のできに満足した笑みを浮かべると、そのまま息を引き取ってしまいました。その顔は自分のすべきことをやり切ったすがすがしい表情であったので、その最期の瞬間、男はきっと幸せであったことでしょう。

 

 

 さて、その男の葬儀を終えた後、使用人が男の部屋を片付けていると、その机の上に一冊の本が置いてあるのを見つけました。その使用人は、男が何やら鬼気迫る表情で何かを書き続けているのを知っていましたから、「これが旦那様の書き続けていた本かしら」と少し内容を確認してみました。しかし、予想は違ってその内容は様々な伝承や寓話を集めたもので、あの魔術師の男が懸命に書き続けていたものだとは到底思えませんでした。

 もちろんこの本こそが男が書き続けていた魔導書に違いないのですが、十分な知識のないものには読めないようにするための仕掛けのせいで、使用人にはただの寓話集にしか見えなかったのです。

 

 結局、その使用人はその本の本当の価値に気付かず、適当に処分してしまいました。男の生涯をかけた魔導書は、誰の手にもわたることなく姿を消すことになったのです。

 

 でも、それで良かったのかもしれません。男が書きながら思った通り、その魔導書がそれを読める人間の手に渡れば、きっとその人間は魔導書の力でもって世界を征服しようとしたに違いありませんから。

 

――――アルフレッド寓話集より、『ある魔術師の一生』

 

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