「ほら、おにいさん、こっち!これ、すごいですよ?」
「エリザ、危ないからあまりはしゃぎすぎるなって…」
「うわあ、なにこれ!生きてるみたい!」
「聞いてない……」
エリザが露店の商品をみてはしゃぎまわる。見るものすべてが物珍しいといった風に興奮するエリザは、この街に着いてからずっとこんな調子だ。
混みあった大通りをひょこひょこと器用に通り抜けて露店の間を飛び回り、並べられた商品を覗いては「おぉ~」と感嘆の声を上げる。見た目優先で裾の長い服を着ているから動きづらそうに思うのだが、彼女は気にした様子もなく飛び回る。動きに合わせて揺れる後ろ髪が、なんだか小動物の尻尾みたいだ。
そのはしゃぎようも無理はない。何せ、ここは世のすべての財宝が集まるといわれるエルンヴァーク。俺だって、見たこともない魔道具や魔本の数々に興奮が抑えきれないのだ。
財宝の街「エルンヴァーク」
富豪上がりの貴族であるエルンヴァーク準男爵初代の施策により、この都市は国内でも屈指の商業都市として大発展を見せた。財が財を呼び人が人を呼び、今となっては王都よりも華やかとまで言われる栄えぶりである。
俺もその名前こそ知りつつ実際に訪れたことはなかったので、かの財宝の街がどれほどのものであるかは本に書かれた程度にしか知らなかった。だから、珍しい魔道具や宝石を扱う「商店」が他の街よりたくさんあるのだろうと高をくくっていたのだが、いやはや恐れ入った。まさか、大通りに立ち並ぶ露店の一つ一つが類まれな財宝秘宝を取り扱う店であるとは!
さらに、財宝だけでなく食事や宿も素晴らしい。庶民向けから富豪向けまで様々なランクのレストランやホテルがそろっているし、露店で売られている料理もおいしそうなにおいを漂わせている。
「これだけの店が集まるのもすごいけど、治安維持も大変だろうねえ…」
思わずそんな感想が口を出る。よく聞いていなかったらしいエリザが聞き返すように振り向くが、なんでもないと首を振って返す。所詮独り言だ。
そんな俺をしばし不思議そうに眺めていたエリザであるが、すぐに関心を失って再びぴょこぴょこと露店を覗きだす。やがて、気になる店があったのか、右手を大きく動かして俺のことを招き寄せる。
「おにいさん!このお店、凄いですよ!!」
「ん?どれどれ…」
エリザに呼ばれるがままにその露店を覗いてみると、そこには立派な額に納められた美麗な絵画の数々。
「いや、なんでだよ…」
思わず呆れ声が口を出る。
他の店に並んでいるような奇妙な魔道具や古ぼけた装飾品の類ならともかく、こういう美術品は露店ではなくしかるべき店で売っている物のはずだ。見たところ構図も見事で色彩豊かなそれらの絵画は、仮に贋作だとしてもかなりの値段で取引されるようなもの。魔導学院の後輩の屋敷にお呼ばれしたときに散々その辺は叩き込まれたから、多少の審美眼は身についている。そうそう的外れな評価でもないはずだ。
しかし、どう見ても名画ばかりであるはずのその商品は、どれも捨て値どころではない、本来の価値からしたらタダも同然の安値がつけられている。この露店の店長は、これらの絵画の価値を分かっていないらしい。
「うわぁ、どの絵画も素敵ですね……」
ただ、エリザにとってはそんなことはどうでもいいらしく。思いがけず目にすることになった素晴らしい絵画にくぎ付けだ。上機嫌に鼻歌まで歌って、絵画の前を右へ左へ行ったり来たりしている。
そんな風に興奮するエリザを横目に俺も並べられた絵画をしばらく眺めていると、露店の奥から店主らしい男が声をかけてくる。
「おう、嬢ちゃん。なにか気に入ったのでもあったか?」
商人にしては無愛想で乱暴な物言い。というか、ガタイの良い体に刻まれた数々の傷を見るに、多分商人じゃない。
「え?ああ、ごめんなさい。どの絵も気になってしまって…」
「まあ、気に入ったのがあれば言ってくれや。少しくらいならおまけしてやってもいいぜ?」
「…むむむ、そう言われるとますます気になりますね」
「早めに決めた方がいいぜ?いつもすぐに売れちまうからな」
「!…これが唯一のチャンスということですか」
「おう。運よく手に入った逸品だ。これを逃す手はないと思うぜ?」
「ううぅぅぅ、どうしましょう……」
…まあ、嘘は言ってないんだろうけど。
多分この店主は傭兵だろう。雇われ先で勝ち戦に恵まれて、その際にどこかの貴族の屋敷から略奪してきた宝物をこの街で売りさばいているのだと思う。あらゆる商人が集まるこの街なら、略奪品を売っても足がつきづらい。
「おお!おにいさん、見てください!この絵画、濃霧の森の絵ですよ!」
そんな事情に気付いた様子もないエリザは、故郷に近い森をモチーフにした絵画を見つけて大はしゃぎしている。
ちなみに、「濃霧の森」はエリザの故郷である「宝石の森」を囲むように広がる未開の森林地帯だ。常に深い霧に包まれたその森は、絵画のモチーフにするにふさわしい神秘的な雰囲気がある。
確かに、エリザの見つけた絵は見事なものだが…
「…そんなもの買っても、持ち歩く余裕がないでしょうが」
「えぇ~、良いじゃないですか。額から外せば、そんなにかさばりませんよ?」
「丸めてバッグに入れたりしたら痛むし、どのみち邪魔になるって」
「むぅ、せっかく良い感じの絵が見つかったのに…」
ぶつくさこぼすエリザの背中を押して、その露店を後にする。少し抵抗したエリザであったが、さらに背中を押すと渋々と言った感じで歩き出した。
口には出さなかったが、略奪品を買って元の持ち主に睨まれたくないという理由もあった。こういう物を買うと面倒なのだ。
ちなみに、よく見ると隣の露店も略奪品らしき宝石と装飾品を売っている。
――他の露店もこんな感じとか言わないないよな…?
少しだけ心配になってしまった。
その後も、エリザと一緒に露店を回る。エリザは基本的に何にでも興味を持ち、全ての露店で足を留めて商品を眺めるので一通り見て回るだけでも時間がかかる。一日ではとてもすべて見ることはできないだろう。
――確か、里の皆に教えてやるんだって息巻いてはいたけど…
熱心にすべての露店の商品を見て回るエリザの様子に、彼女のその言葉を思い出す。
「宝石の森」と呼ばれる隠れ里の出身であるエリザであるが、こうして里を抜け出して旅してまわっている理由を聞いたときに、「里の皆に世界の広さを教えてあげるんです!」と言っていた。なんでも、森の奥深くに隠れているだけあって相当に閉鎖的な里らしく、周りの世界のことを知ろうともしないんですよ、とエリザは嘆いていた。
そして、そんな周囲から取り残された里の現状を変えるべく、世界を旅して回ってその素晴らしさを伝える、というのがエリザの旅の目的らしい。キラキラした目で夢を語るエリザは、思わず応援したくなるほど可愛らしかった。そんなわけで、毎日旅の結果を旅行記としてまとめているのを知っているし、今もさりげなく特に気に入ったことを手帳にメモしているのが見える。
「ふおぉぉ、このランプのデザインは良い、良いですよぉぉぉ…!」
…もっとも、はしゃいでいる理由のほとんどは彼女自身の好奇心からだろうけど。見た目は大人しそうなのに中身はやんちゃなのだ。
まあ、ここで「なるほど作りのいいランプです。状態はいいし、値段も相応ですね」なんて澄まて言い出されるよりはマシかもしれない。少なくとも、年相応に目を輝かせているエリザの様子は可愛げがあって見ていても楽しい。
そんな風に考えつつ露店に並べられた古本を眺めていると、不意にエリザがぐいと俺の手を引き寄せる。近寄ってみると、エリザは興奮した様子で、
「みて、おにいさん!この魔道具の猫、可愛いですよ!」
と言ってきた。彼女が指さす先を見ると、見た目だけは本物の猫と見紛うばかりに精巧に作られた魔道具の猫が、こちらを見てにゃ~と鳴いているところだった。
うん、なんと言うべきか。
試しにその頭を撫でてみるが、特に反応はなし。手触りはまあまあだけど。多分、どこかの腕のいい人形師が作った猫の人形に、後付けで魔導石を組み込んで魔道具に仕立て上げたのだろう。動きの単調さからして、魔術師の方はあまり腕がよくない。人形の出来がいいから凄い魔道具であるかのように見えるが、このくらいだったら俺が即興で作ったほうが良い動きをするだろう。
――子供だましにもほどがある…
内心げんなりしてその魔道具を眺めていると、俺がそれを気に入ったと勘違いしたのだろうか、店主が話しかけてきた。
「おう、旦那。なかなかいい魔道具でしょう?カラモド魔導工房の逸品、こんなものなかなか手に入んないですよ?」
ぬけぬけと。店主はその魔道具を、さも御大層なものであるかのように言ってくる。こんな適当な拵えの魔道具がそんな高級品であるはずがない。
「…まあ、見た目はかなり本物の猫に似ていますね」
「そうでしょう?俺もこの猫を一目見た瞬間からただの魔道具じゃないって見抜いて、その日のうちに仕入れちまったわけですよ」
「なるほど」
「あれは東の…どこだったかな。どこかの小さな街に行商に行ったときに、雑貨屋でたまたま見つけまして。こんな掘り出し物はなかなかないですよ?」
「へぇ…」
「交渉には苦労しましたが、おかげで良いもんが手に入りました。どうです?いまならお安くしときますよ?」
「……」
俺の様子を見てイケると判断したらしい店主が怒涛の如く話しかけてくるが、俺の方はいつ話を切り上げて店を去るべきかを考えていた。タイミングを逃して売り文句を聞き続けているが、もちろんこんなチャチな魔道具を買うつもりはない。買うぐらいなら自分で作る。
そんなわけで、意図して生返事をして諦めさせようとしているわけだが、ヒートアップした店主はそんな俺の様子を意に介した様子もない。
やがて、この猫の魔道具がいかに良い出来であるかを説明しだした店主は、
「それに、組み込まれた魔導石だって下級とはいえそれなりのもの!これならC3級は堅いでしょうな…」
などと言ってきた。
店主の言葉になんて返すべきか、一瞬言葉に困る。
魔導石の品質を七段階で表した等級表示の中で、C3級というのは下から二番目。だが、少し探った感じだと実際に使われている魔導石は最下級のD級でも中くらいの品質。おそらく、分かったうえで嘘をついている。
魔導石の等級を詐称する行為は、王国法で禁止された犯罪行為。しかも、元々の目的として軍用魔導石の品質を担保する目的で作られた法であるため、違反者に対する罰則はかなり厳しい。流石に下級の魔導石の品質を少しごまかすくらいで厳しくとがめられることは滅多にないので甘く見ている商人も多いらしいが、警備隊に訴え出られれば注意や少々の罰金程度では済まされない。
D級の魔導石を一ランク上にごまかしたくらいならばれないと思ったのだろう。実際、非魔術師にしてみれば下級の魔導石の良し悪しなど分かりもしないのだろうが。
生憎、俺は魔術師である上に得意分野の一つが魔道具系統である。下級の魔導石など嫌になるほど見ているから、魔道具に組み込まれたくらいで品質を見誤ったりはしない。
――とはいえまあ、ちょっと脅すくらいで済ましてやろうか……
れっきとした犯罪とはいえ、この程度のちょろまかしで警備隊に突き出すのも忍びない。他の商品を見ても悪徳という程でもなし、ハズレをつかまされたがゆえの出来心だろう。
そう思って、くぎを刺す程度に注意して終わりにしようかと口を開こうとした瞬間。
「嘘ですね」
さっきまで隣で猫の魔道具を眺めて騒いでいたエリザが、酷く冷たい声でそう言った。思わずエリザの方を見る。先ほどまでのはしゃぎようが嘘のように、その表情は冷たく静かな怒りをたたえていた。
――これは、マズいかもしれん…
酷薄な表情のエリザをなだめようとするが、ギロリと睨めつけられて何も言えなくなる。怖い。
「…おいおい、嬢ちゃん。何が嘘だっていうんだ?」
店主はそんなエリザの様子に気づいているのかいないのか、エリザの言葉に反論を返す。だがそれは悪手だ。
エリザは「自分は嘘をついた」という意識を読むことで嘘を見抜く。だから、言い逃れをすることはまずできない。さらに、過去の経験から潔癖なところがあるエリザは質の悪い嘘つきや悪人を許さない。ここで自分の非を認めて謝っていればまだましだったろうが…
「…ふざけるなよ」
そう呟くエリザはすっかり目が据わっている。こうなってしまったらもう止められない。
「…何が嘘かと言われれば何もかもですよ。魔導石の等級をごまかすだけでなく、入手の経緯も作られた場所も全てが嘘。よくもまあぬけぬけと…」
「は、何を根拠に。証拠はあるんだろうな?」
「証拠も何も。適当なお店で鑑定してもらえば一発でしょう。それとも、ペテンがばれるのが怖いですか?」
「……言ってくれるじゃないか、おい。そこまで言われたらこちらとしても黙っていられないぞ?」
「あら、今度は脅しですか?」
「ぬかせ。躾のなってない失礼なガキに教育してやろうってんだ」
「…犯罪者風情が」
――あ、やば…
過熱を通り越して沸騰に至ったエリザの様子に危機感を抱いた俺は、彼女が店主に向けようとした右手をとっさに抑える。ついでに、その手の甲の宝石が光り出すのを抑え込む。
「…おにいさん、離して?」
「”血晶術”はやりすぎだよ、エリザ」
「……」
俺の言葉に苛立たしげに目を細めたエリザは、いささか乱暴に俺の手を振りほどく。彼女の様子は正直怖いが、このままだとやりすぎそうなので、その小さな肩に手を置いてそっと後ろに下がらせる。これも振りほどかれるかと思ったが、意外にも従順にエリザは後ろに下がった。
エリザを下がらせた俺は、再び店主に向き合って、こう言った。
「連れが失礼しました。ただ、魔導石の品質詐称は止めた方がいいです。けっこうな重罪ですから」
「…はん、あんたもそれを言うか。さっきも言ったが、証拠はあるんだろうな?」
「ええ、もちろん。これでも魔道具には詳しいので、使われている魔導石の良し悪しくらいは分かります。これだけの単純な動きしかしない魔道具であれば、使われている魔導石は確実にD級でしょう」
「……それはあんたの主観だ。証拠にならねえ」
「そうですね。ただまあ、俺も魔術師の端くれ、ちょっとした魔導石の鑑定くらいはできるんですよ」
そう言って、鑑定魔術を起動する。準備もなく使えるような鑑定魔術では魔導石の詳しい品質などは分からないが、今使われている魔導石に刻まれた魔導式の規模や、魔導石の容量に空きがあるかどうか位は簡単に判別できる。
魔術の発動に合わせて、猫の魔道具の上に輝く文字が現れる。それが示すのは、魔導石に刻まれた魔導式がごく小規模であること。それに、魔導石の容量が使い切られているということ。
「見ての通り、この小規模の魔導式で一杯になる容量だと、確実にD級の魔導石。解釈の余地はありませんね」
「……知らなかったんだ。騙された。俺も、仕入れもとにC3級だって言われて…」
「まあ、ごまかしたいのは分かりますが。エリザ、連れは嘘を見抜くので正直に自白したほうが印象が良くなりますよ?」
そう言うと、店主はすっかり青くなって押し黙ってしまった。先に言った通り魔導石の品質詐称は重罪。ここで俺たちが店主を警備隊に突き出せば、店主はけっこうな罰を受けることになる。下級魔導石なので死罪にこそならないが、財産没収や以後の商売の禁止くらいは課せられる可能性はある。
正直、下級の魔導石の品質詐称くらいは表沙汰にならないだけで良く行われているし、されても大した被害ではない。店主もそれほどの悪人には見えないし、俺としては警備隊に突き出すのは少し気が引けた。
「俺としては素直に認めて以後改めてもらえれば、これ以上責めるつもりもありませんから」
「……」
俺の言葉に、店主は押し黙ったまま考え込む。と言っても、今は混乱して心の整理がつかないだけで、しばらく放っておけばこちらの提案通りに詐称をやめてくれるだろう。
一分、二分と経ち、ようやく落ち着いてきたらしい店主が顔を上げたその瞬間。
「ここです!この店の店主が魔導石の品質詐称を!!」
「…案内ありがとうございます。さて、話を聞かせてもらいましょうか」
エリザが連れてきたらしい警備隊の男が現れた。どうりで、静かにしていると思ったら!
これはもう、言い逃れはできないだろう。
「…何と言うか、ご愁傷様です」
もはや青を通り越して白くなった店主に向かって、俺はそう言うほかなかった。
エリザ、やりすぎ。