「エリザ~、どこまで行くつもり?」
「おにいさんには関係ないです」
「…関係なくはないし、あまり外れまで行くと危ないよ?」
「どうとでもなります」
にべもない。
あの露店の店主を警備隊に突き出したあと、エリザは話しかけようとする俺を無視するように猛然と歩き出した。数々の露店が並ぶ華やかな中心街を抜け、民家がまばらに立ち並ぶだけの街の外れまで。ここまでくると人はほとんど見かけないし、喧噪が聞こえない代わりに虫の声や川のせせらぎが聞こえてくる。ざざ、と木々を揺らしながらそよぐ風が気持ちいい。
ただ、警備隊が目を光らせているであろう中央街に比べると、この辺は安全面で少し不安がある。まあ、エリザには”血晶術”があるし、彼女の言う通り多少のトラブルはどうとでもするだろうが…
「かといって、わざわざ危険な方に行かなくてもいいでしょ…」
「放っておいてください」
「いや、放っておけないって…」
なにせ今のエリザは頭に血が上っていて、まともに物事を判断できそうにない。普段だったら何でもないような状況でもいらぬ怪我をしそうで心配なのだ。
ただでさえお嬢様然としたエリザの格好はこんな場所には向かないというのに…
「ほら、そんなカッカしないで落ち着いて」
「…落ち着けってどういうことですか?」
――あ、止まった。
足を止めたエリザは、いささかも落ち着いた様子もなくこちらを振り返る。その表情は怒りに満ち溢れ、いつもより鋭くなったその目がこちらを睨みつける。怖い。木陰から何事かとこちらを見つめる子猫の愛らしい目つきを見習って欲しい。
「どうもこうも、カッカしすぎだよ、エリザ。そんなに怒らないで」
「…おにいさんは、さっきみたいな裏切りに対して何も思わないんですか?」
「いや、裏切りって…」
エリザの言葉にやや呆れを覚える。あの露店の店主が魔導石の品質をごまかしたのは確かだが、あれくらいのごまかしにいちいちショックを受けていてはキリがない。あまり褒められたことではないが、かといってそんなに大げさに扱うようなことでもないのだ。
悪質さで言えばむしろ、小さめの街の雑貨屋の方がよっぽど。競合がいない分ごまかしがききやすいので、何らかの水増しは当たり前。昔住んでいた街でもあったことだから良く知っている。
そんなわけで、一々目くじらを立てる必要はないとエリザをなだめよう思ったのだが。
「あれくらいで一々苛立ってたらキリがないよ?厳密に言えば犯罪とはいえ、大した被害になるわけでも…」
「…おにいさんも、そうやって正当化するんですね」
――やば。地雷踏んだ。
圧力を増したエリザの視線に、自分がまずい所を突いてしまったことに気づく。
生まれつき持った力なのかは分からないが、エリザは人の本質を看破するような能力がある。流石に心を読むとまではいかないが、善意と悪意を見分けるくらいは簡単にできるらしい。『人を見る目には自信があるんです』とは本人の談。初めて会った時にその能力で色々見透かしたようなことを言ってきたので、すわ読心能力者かととても驚いた。
そして、その力があるために、人の悪意に常人よりもずっと深く向き合うことになった。誰もが知り合いであるような小さな里であったためそれほど大がかりな犯罪こそなかったようだが、逆にその近しい友好関係を利用した悪質な嘘や犯罪行為を間近に見続けることになったらしい。
そんな過去の経験からエリザは嘘や犯罪を毛嫌いしている、ということは一度聞いていたのだが。とはいえ、ここまでの物だとは思っていなかった。
「そうやって、『これくらいなら許されるから』と何度も盗みを繰り返す人を見てきました」
「あの店主は気の迷いで今回だけちょっとごまかしただけだって」
「『もうやらないから』っていえば許してもらえるからって反省もせず」
「…元はと言えば仕入れ元に騙されたのが原因だし」
「『僕は悪くないんだ』と責任転換までする始末」
「……」
「穢らわしい…!!」
や ば い !
俺の説得はことごとくエリザの神経を逆なでしたようで、エリザの表情がさらに厳しくなっていく。さらに、握りしめられた右手の甲の宝石がほのかに光り出している。完全に臨戦態勢だ。
一触即発。
数秒、俺たちの間に冷たい緊張感が走る。
その空気を打ち破ったのは、どこからか聞こえてくる女の子の泣き声だった。
「うぅ、…ぐす、ぇぐ……うぇえぇぇ……」
「「……」」
一瞬の沈黙の後、俺たちは矛を収めてその声の主を探すことにした。この状況で私闘を優先するほど非情ではない。
泣いていた女の子は、さして捜索する必要もなく見つかった。さっきまで歩いていた街道から数十歩のあばら家の影。草が生い茂る前は家庭菜園だったと思われる場所の小さな木の下で、その小さな女の子は泣いていた。
母親の姿が見えないのはちょっと気になるが、たぶん中心街の方に出かけているのだろう。ここから中心街までは歩いてもそんなにかからない。採れた野菜を片手にちょっと街まで、と言った感じで出かけているところなのだろう。
とはいえ、見つけてしまった以上は母親が戻ってくるまで放っておくのも気が引ける。そう思っていると、
「ね、どうして泣いているの?」
エリザが、その女の子に視線を合わせるように座り込み、目を見つめて優しくそう問いかける。そして、女の子を安心させるようにふらりと微笑んだ。その穏やかな微笑みが可愛らしくって、状況も忘れて思わず見入ってしまった。
女の子も、そんなエリザの微笑みに安心したのか、泣くのをやめて状況を語りだした。
「あのね、えっとね……――」
その女の子が語った情報をまとめると、お母さんが街へ行っている間、この前買ってもらったお気に入りのおもちゃで遊んでいたらしい。そのおもちゃというのが、鼻やお腹を触るとちょっと動いて鳴き声を出すクマの人形の魔道具。ただ、不注意でその人形を地面に落としてしまった拍子に、どう触っても動かなくなってしまったらしい。
「なるほど…」
その話を聞いたエリザは、しばらく考え込んだ後ちらりと一瞬横目でこちらを見たが、俺と目が合った途端にプイッと視線を反らし、
「…ちょっとそのお人形さん、見せてもらえる?」
そう女の子に言った。
魔道具というのは何かしらの道具に魔導石を組み込み、そこに魔導式を刻むことで道具に魔術的な能力を付加するもの。よく見るのは包丁なんかの刃物を基にした魔道具で、切れ味を向上させたり劣化を抑えたりするもの。あとは、人形を魔道具にすることで単純作業を代行させたりすることもある。
こうやって説明すると、魔道具に詳しくない人間は「魔道具って意外と単純なんだな」と誤解しがちなのだが、意外も何も全く単純ではない。個々の道具の特性に合わせて刻み込む魔術式を調節しなければならないので、ごく単純な効果を付加するだけの魔道具でもかなりの熟練の技術が必要になる。正直、得られる効能からすると勉強することが多すぎる「割に合わない」分野なのだ。
俺も魔導学院時代は魔道具系の魔術を専攻の一つとして学んで学院では並ぶものがないほどには修めていたが、それでもできることと言ったら人形を動かしたり本の劣化を抑えたりすることくらい。物語に謳われるような魔剣魔装の類なぞどう作ったらいいのか見当もつかない。
つまり、なにが言いたいのかと言うと。
意地を張って俺に頼らず自分で人形を直そうと試みたエリザではあるが、それはあまりにも無謀ということであり。
「なおるの?!」とキラキラした目で見てくる少女の期待に応えられずどんどん追い詰められていくのも自業自得というものであり。
今度はこっちが泣きそうだなと見るに見かねて手助けすることにしたのである。
「ほら、エリザ。貸して」
そう声をかけて後ろから人形を奪い取る。了承も得ずに人形を取られたエリザは恨めしそうにこちらを睨むが、涙目の一歩手前まで言っているのでむしろかわいい。
「どうにもならんでしょ?」
と言うとまたプイッとそっぽを向いてしまった。何となく頭を撫でてみると、女の子の手前怒り出すわけにもいかずプルプルと震えていた。よく見ると、耳が赤い。
そんなエリザはとりあえず放っておいて、クマの魔道具の方に注意を向ける。魔術師としてはほとんど素人のエリザと違って、俺は曲がりなりにも本職である。この程度の簡易な魔道具の修理くらいはお手の物だ。
そう思ってクマの魔道具に刻まれた魔導式を確認してみると…
――へぇ、思ってたよりもずっと出来がいい。
どうせどこぞの魔術師の小遣い稼ぎ程度の出来だろうと高をくくっていたその魔道具は、しかし思ってもみない高度な技術を費やした力作であった。そうは言っても魔導式の破損を修正するくらいならたやすいが…
自分で一から作ったとして、同じレベルのものが作れるかどうか。
魔導学院で精神系と魔道具系魔術の成果により主席を取った自分であっても、その魔道具と同レベルの物を作れるとは自身を持って言えなかった。どうも、魔術師的な視点よりも人形師的な視点で魔導式を刻んでいるようだ。俺にはそう言った知識がない。
魔導式に刻まれた銘は「ベッテル」。聞いたことはない。
――いつか、会って話をしてみたいかも。
旅の楽しみが、一つ増えてしまった。
さておき、魔道具はさっくり修正した。どうも、落としたときに運悪く人形の構造がゆがみ、人形に合わせた魔導式が破綻してしまっていたようだ。この辺の修正は、魔術的な観点で魔導式を刻む自分の得意分野。魔導石の余剰領域も利用して魔導式に柔軟性を持たせ、多少手荒に扱っても問題なく動くように修正しておいた。簡単な自己修復機能もつけておいたので、しばらくは壊れることもなくなるだろう。
「はい、お嬢さん。治ったよ」
跪いて女の子と視線を合わせ、治ったクマの人形を手渡す。女の子は受け取った人形をしばらく弄り回していたが、人形が前と同じように動いたり鳴き出したりするのを確認するとパァッと笑顔になり、
「ありがとうございます。おにいさん、おねえさん」
深く頭を下げて、そう言ってきた。
そのあとは、母親が返ってくる前に早々に退散した。
留守中の子供に寄って集って話しかけていたことで要らぬトラブルを起こしたくなかったのもあるし、魔道具を直したことを知られて色々気を使わせたくなかったというのもある。魔道具の修理は、魔道具系の魔術師の少なさもあってそれなりに高額なのだ。
そんなわけで、女の子には内緒にしておいてねとお願いしてさっさとその家を後にした。
今は、エリザと一緒に元来た道を戻っている。女の子の一件でうやむやになっていたが、さっきまでエリザとは対立?状態になっていたわけである。今も、少し前を速足で歩くエリザの様子を伺おうとするが、
――全くわからん。
流石に後ろ姿だけで彼女の機嫌をうかがい知ることはできなかった。とりあえず、さっきみたいな一触即発の状況には戻っていないようだが…
「…このあたりの穏やかな雰囲気、悪くないですね」
不意に、エリザが向こうを向いたままそう話しかけてきた。何かを意図したというよりは、自然と口をついたといった感じで。その声色からは、特に怒りは感じられない。
「…そうだね。穏やかで、静かで、心地よくて。良いところだと思う」
俺も、特に意図を持たず、感じたままを口にする。ざざ、と揺れる木々、穏やかな風、さらさらを流れる川のせせらぎ。そのどれもが、色々なこざかしい考えを洗い流していくような気がした。
「はい。私の故郷もこんな感じの雰囲気でした」
「…もしかして、帰りたくなったり?」
「いえ。あの場所と同じようで、違う場所がある。それが分かったのもいい経験です。里の皆にも教えてあげたいくらい」
「…そっか」
そのあとしばしの沈黙が流れた後、エリザは脚を止めてこちらに振り返った。その表情は穏やかで、かすかに笑みを浮かべているようにも見える。
「おにいさん、先ほどはありがとうございました」
「いや、いいよ。もともと、あういうのは俺の役目だし…」
エリザは魔術師としてはほぼ素人なので、ああいったことに対応するのは俺の役目。そんな役割分担が、エリザとの二人旅の中で自然と決まっていた。
「それでもです。意地を張って自分でやろうとした私を助けてくれましたし」
「…まあ、そう言うなら。どういたしまして」
「はい」
そう言ってエリザは、ふわりと微笑んだ。いつもの元気な笑顔ともちょっと違う、たおやかな笑み。それは、彼女のお嬢様然とした容姿とも相まって、いつも以上に魅力的な笑顔だった。
しばしその笑顔に見惚れていると、エリザは徐にこちらに近づいてきて、
「さ、早いところ街へ戻りましょう。まだ露店も見たいですし、宿も探さないと」
「…そうだね。とっとと戻ろうか」
「はい。善は急げ、です」
そう言って、エリザは俺の手を握る。
にこりと笑いかける彼女に手を引かれ、俺たちはまたあの「財宝の街」へと歩みを進めていった。
「…あっちから来るのって、さっきの子のお母さんじゃ」
「知らんぷり知らんぷり」